二
体重三十貫近くもあろうかと思われる
私は何だかここいらに伯父の巣窟がありそうに思えたので、その印度人に握手する振りをして十円札を一枚握らせると、印度人は私の気前のいいのに驚いたらしい。
毛ムクジャラの両手を胸に当てて、最高級の敬礼をした。直ぐ
私は青い光りに照されているマット敷の階段を恐る恐る降りて、突当りの廻転
私は恐ろしく緊張させられてしまった。早稲田在学当時、深夜の諏訪の森の中で決闘した当時の事を思い出させられたので……。
ところが、そうした樹の茂みの中を、だんだんと奥の方へ分入ってみると驚いた。決闘どころの騒ぎでない。
詳しい事実は避けるが、さながらに極楽と云おうか、地獄と形容しようか。活動写真あり。浴場あり。洞窟あり。劇場あり……そんなものを見まわしながら
私は何がなしにホッとしながら
女はオズオズと私の前にプレン・ソーダのコップを捧げていた。
栗色の夥しい
私は指の切れる程冷めたいソーダ水のコップを受取った。
「君の名は何ての?」
「アダリー」
女の両頬と顎に浮いた
「いつからこの店に出たの」
「今日から……タッタ今……」
「今まで何をしていたの」
「妹のマヤールと一緒に日本の言葉習っておりましたの」
「どこに居るの、そのマヤールさんは……」
「二階のお母さんの処に居ります」
「フウン……お父さんはどこに居りますか」
私の言葉が自然と
「私たちのお父さん、印度に居ります」
「イヤ。そのお母さんの旦那様です。わかりますか」
「わかります。私の印度に居るお父様が、西洋人から領地を取上げられかけた時に、私たち
「そうです。その方の名前は何と云いますか」
「二階のお母さんの旦那様です。須婆田さんと云います」
私の胸は躍った。
「そうそう。その須婆田さんです。どこに居られますか。その須婆田さんは……」
「表に居なさいます」
「表に……? 表のどこに……」
「印度人になって立っていなさいます」
「アッ。あの印度人ですか。僕は
「須婆田さんはホントの印度人です」
「成る程成る程。
「嬉しい。抱いて頂戴……」
と叫ぶなりアダリーは私の首に両腕を巻き付けた。異国人の体臭が息苦しい程私を包んだ。誰に仕込まれた嬌態か知らないが私は急に馬鹿馬鹿しくなった。
「馬鹿……ソレどころじゃないんだ。入口へ案内してくれ給え」
「……あの……会わないで下さい。どうぞ……」
アダリーは早くも私の顔色から何か知ら危険な或るものを読んだらしい。
「イヤ。心配しなくともいいんだよ。お前を
「……ミウケ……」
「そうだ。お前を俺が伯父さんから買うのだ」
「エッ。ホント……?」
「ホントだとも。俺は果物屋の主人なんだ。お前を店の売子にするんだ。いいだろう」
「嬉しい。
「歌なんか唄わなくともいい。二階のお母さんていうのは雲月斎玉兎っていう奇麗な人だろう」
「イイエ。違います。ウノコ・スパダっていう人です」
「おんなじ事だ」
こんな会話をしているうちにアダリーは私を導いて、暗い地下室の階段を登り詰めた。右手に狭い暗い木の階段が在る。ちょうど玄関の用心棒連が腰をかけている
「二階へ行くのはこの階段だろう」
「ハイ。あたしここより外へは出られません」
「ヨシ。あの部屋に帰って待ってろ。今に主人の須婆田さんが呼びに行くから……」
玄関には最前の通り用心棒らしいタキシード男が三人、腰をかけて腕を組んでいたが、外へ出て行こうとする私の顔を見ると三人が三人とも一種の
樫の木らしい重たい玄関の
最前の巨大な印度人が
印度人は私を振返る余裕もないらしい。右手に小さな銀色のピストルを持ち、左手に分厚い札束を
暴力団の中央の無帽の巨漢がステッキを左手に持ち換えた。右手を上衣のポケットに突込みながら怒鳴った。
「天に代って貴様等を
それは真に
しかしこれに反して印度人の態度は見上げたものだった。よしんばそれが卑怯、無残な伯父の変装であるにしても、私は今更に伯父の性格を見直さなければならないかな……と思ったほど堂々たるものがあった。六人もの
「ヘヘヘ。大きな声はやめて下さい。貴方がたのお世話で商売しておりません」
ステッキの巨漢が怒りのためにサッと青くなった。ほかの五人もその
「ナ……何だっ。貴様はこの家の主人か」
「主人ではありませぬ、印度の魔法使いです」
「魔法使い……?……」
「そうです……わたしの指が
「……………………」
スッカリ気を呑まれたらしく
「……サア……どうです。一体いくら欲しいのですか。君等は……」
「……サ……三千円出せ」
「アハハハ。そんなに出せませぬ。今ここに八百五十円あります」
「畜生……そんな
「ヘヘヘ。ここはビルデングの奥です。わかりましたか。ここはビルデングの奥ですよ。ピストルを撃っても往来までは聞えません。どんな取引でも出来ます。サア……お金か……血か……どちらがいいですか」
「血だッ……」
と叫ぶと同時にステッキを提げた巨漢が右のポケットから黒い
その一
巨漢は面喰ったらしい。ピストルを持ったまま一歩
しかし私はソレ以上に面喰った。
アダリーを
「何だ貴様は……」
私は冷然と笑った。その私の前後左右に
その
「……ウヌッ……」
と怒髪天を衝いた巨漢が、私の耳の上に一撃加えようとするのを、私はヘッドスリップ式に首を
その手からピストルを奪い取って膝を突いたまま見まわすと、ほかの連中は巨漢を残して狭い路地口を押合いヘシ合い逃げて行った。その後から
アトを見送った私は倒れた印度人の死骸に向って頭をチョット下げた。
「自業自得です。
と黙祷すると、落散った紙幣を、一枚一枚悠々と拾い集めてポケットに入れた。それから
地下室の豪華
私は一渡り前後左右を見まわすと、その廊下の突当りに向って突進した。
事務室に居るという雲月斎玉兎女史こと、本名須婆田ウノ子を逃さないためだ。
廊下の突当りに事務室と刻んだ真鍮板を打付けた青ペンキ
「アナタの伯母さんを殺してはイケマセン……」
私は
私の舌が狼狽の余り
「馬鹿……ホントの……ホントの伯母さんじゃない。毒婦だ」
アダリーはイヨイヨシッカリと私の腕に絡み付いた。栗色の
「チガイマス……善い人です。私たちの恩人です」
私は呆れた。同時に狼狽した。左手に握っていた八百五十円の札束をイキナリ、アダリーのワンピースの襟元に押込んだ。
「さ……これを遣る。放してくれ」
「アッ。イケマセン」
とアダリーは叫んで、慌てて札束を取出そうとした。その
そこは意外千万にも真紅と黄金の光りに満ち満ちた王宮のような居室であった。
煙突の掃除棒みたようにクシャクシャに乱立した頭髪。青黒く痙攣した顔面筋肉。引き
部屋の中には誰も居ない。大暖炉の横の
「ホホホホホホホホホ」
思いがけない方向から思いがけない女の笑い声が聞えたので、私はビックリした。その方向に向き直ってキッと身構えた。
部屋の右手の隅に七宝細工かと思われる贅沢な寝台が在る。金糸でややこしい刺繍の紋章を
玉虫色の夜会服を着た妖艶花のような美人……噂に聞いた……ブロマイドで見た……銀幕で見た……否。それ以上に若い、匂やかな生き生きした艶麗さ……私は、私の大動脈瘤が描きあらわす一つの幻覚ではないかと思った。コンナ素晴らしい幻影が見えるのは、黴毒が頭に来ているせいじゃないか知らんと思ったくらい
「オホホホホホ。初めてお眼にかかります。
私は
「ホホ。最前からの御様子はここから拝見しておりました。お美事なお手の
「ハイ……」
返事の声と殆ど同時に私の横手の
その
二人は自分達の夫であり、主人である伯父の死体が玄関前に横たわっているのを知っておりながら平気で私を取巻いて、この上もなく冷血な芝居をしている。アダリーが私を
私は、そう気が付くと同時に
「オホホホ。まあ落付いて下さい。どうぞ印度のお紅茶を一つ……実はあなたに御相談したいことがありますの」
「この上に落付く必要はないです。眼が見えます。耳が
「……まあ……随分性急ですね、友太郎さんは……」
だしぬけに名前を呼ばれて、私はビックリした。しかし、それを顔には出さず、咳払いをした。
「止むを得ません。時日がないですから」
「まあ……時間がない、どうしてですか」
「僕はもう二三日中に死ぬのです。大動脈瘤に
「まあ……大動脈瘤と申しますと……」
「前月の二十七日にQ大学で心臓をレントゲンにかけてもらったのです。そうしたら僕の心臓の大動脈の附根に
私がそう云ううちに、伯母の化粧した顔色が眼に見えて変化して来た。幾十歳の老婆のように皮膚が張力を失い、唇がわななき、眼の中に一パイ涙ぐんで来た。カップを持つ手がわなわなとふるえ出した。
「ですから御相談に来たのです。……サア……弟をどうしてくれますか」
「そ……それはもう
「口先ばかりではいけませんよ伯母さん。僕の眼の前でチャンとした方法を立てて下さい」
「待って……待って下さい。伯父様に一度御相談しないと……」
「馬鹿……その手を喰うと思うか。……この毒婦……」
「エッ、妾が……毒婦ですって……」
「毒婦だ毒婦だ……貴様は俺の伯父を
「アッ……そ……それは大変な貴方の思い違いです」
「ナ……ナニを今更ツベコベと……覚悟しろ……」
「アレッ……」
と叫ぶと同時に玉兎女史は、私の振上げた短刀の刃先をスリ抜けて、寝台の中に飛込んだ。玉虫色の羽根布団を頭から引っ冠ったが、私はこの羽根布団の下の人の形の胸のあたり眼がけて、グサッと短刀を突込んだ。
だが、不思議や羽根布団がビシャンコになってしまった。慌てて羽根布団をマクリ上げて下を覗いて見た私は、アッと叫んで
私は一杯食わされたのだ。雲月斎玉兎女史一流の手品で逃げられてしまったのだ。が、腹を立てても追附く話でない。私は血に染んだ短刀を掴んだまま、ぼうっとしかけたが、落着いて見ると、表の方で時ならぬ声がする。
立って寝台の向うの窓から覗いて見たが、騒がしい筈だ。狭い路地口には真黒い警官がつめかけていて、この家の
そのうちに
「動くな。貴様だろう。犯人は……」
私は静かに寝台の上に突立った。
「そうです。お手数はかけません」
「死骸はどこに隠した……この
「知りません」
私は内心唖然とした。警官が片附けたのでなければ消え失せるよりほかになくなりようがない筈だ。
「おのれ……
というなり、先に立った警官が飛びかかって来た。私は
馳け降りると一つの
冥土行進曲(めいどこうしんきょく)
作家录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语
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