豚吉は
村の人はこの二人を珍らしがってヤイヤイ騒ぎますので、二人は外へ出ることも出来ません。そのうちに二人とも立派な大人になりました。
ある時、村の人たちの寄り
「あの二人を夫婦にしたらなおなお珍らしかろう。村の名物になると思うがどうだ」
と云いますと、みんな一時に、
「それがいいそれがいい」
と手をたたいてよろこびまして、そこに居た二人の両親にこの事を話しますと、両親も、
「村の人がみんなですすめられるのならよろしゅう御座います」
と云いました。それから二人に聞いて見ますと、二人はまだ会ったことはありませんが、かねてからお互に人と違った
村の人はいよいよ喜びました。
「サア面白いぞ。世界中にない珍らしい夫婦がこの村に出来るのだ。村中で寄ってたかって大祝いに祝え」
というので、大騒ぎをやって用意をしましたので、まるで殿様の御婚礼のような大仕かけな婚礼の支度が出来ました。
そうして、いよいよ婚礼の儀式がある晩となりますと、村中の人は皆、あらん限りの立派な着物を着飾って、神様の前の広場に集まりました。
神様の前の広場には、作り花で一パイに飾られたお儀式の場所が出来ていまして、そのうしろに出来た宴会場には、村の人々が作った御馳走やお酒が一パイに並んでいます。まわりには
そのうちに、町から来た楽隊が
けれども、いくら待っても夫婦の姿は見えませんでした。
そのうちに、二人を迎えに行った美しい花馬車が二台帰って来ますと、それには二人の姿は見えず、二人の両親が泣きながら乗っておりましたが、みんなの前に来ますと、
「皆さん、申しわけありません。二人は逃げてしまいました」
と云いました。
「サア、大変だ」
と村中の人は騒ぎ出して、儀式も御馳走も打ち棄てて、大勢の人々が夜通しがかりで探しましたが、二人の姿はどこにも見えませんでした。
豚吉とヒョロ子は、こうして大勢の人々が騒いでいる時、村からずっと遠い山道を手を引き合ってのぼっておりました。
「ふたりで夫婦になったら、今迄よりもっともっと恥かしくなるよ」
「ほんとですわねえ。とても村には居られませんよ。けれどもみんな心配しているでしょうね」
「しかたがない。こうして出かけなければ、一生涯に外に出る時は無いからね」
「ほんとに情のう御座います。どうかして私たちの
とヒョロ子は泣き出しました。
「泣くな泣くな」
豚吉は慰さめました。
「それはおれでも同じことだ。今に都に行ったらば、よいお医者にかかって治してもらってやるから、泣くな泣くな」
こう云ってあるいているうちに、二人は山を越えて広い街道に出ますと、夜が明けました。
豚吉は今まで威張っておりましたが、ここまで来ると、
「おれあもうあるけない」
と豚吉は泣きそうな声で云いました。
「まあ、あなたは何て弱い方でしょう。私がおぶってあげましょうか。あたしはこんなに瘠せてても、力はトテモ強いんですよ」
「馬鹿なことを云うもんじゃない。おれは人の三倍も四倍も重たいんだぞ。そんなことをして、大切なお前が二つに折れでもしたら大変じゃないか」
「いいえ、大丈夫ですよ。私は人の五倍も六倍も力があるのですから」
「いけないいけない。そんなことをしたらなお人に笑われる。それより休んだ方がいい。ああ、くたびれた」
「でも、あとから村の人が追っかけて来ますよ」
「虎が追っかけて来たって、おれはもう動くことが出来ない。休もう休もう」
と云ううちに、そこの草の上にドタンと尻もちをつきました。
ヒョロ子は困ってしまって、立ったまま四方を見まわしますと、ずっと遠方から馬車が一台来るのが見えました。ヒョロ子は喜ぶまいことか、大声をあげて、
「馬車屋サーン。早く来て頂戴よ――」
とハンケチを振りました。
「何、馬車が来た」
と豚吉も立ち上りましたが、背が低いので見えません。
「何だ、草ばかりで見えやしない」
「そんなことがあるもんですか。ソレ御覧なさい」
と云ううちに、豚吉を抱えて眼よりも高くさし上げました。
「アッ、見えた見えた。オーイ、馬車屋ア――。早く来――イ」
と豚吉も喜んでハンケチを振りました。
これを見た馬車屋のおやじはビックリしました。
大変に高い、大きな恰好をした人間が呼んでいる。早く行って見ようと思いましたので、馬の尻を鞭でたたいて宙を飛ばしてかけつけました。
「やあ、これあ珍しい御夫婦だ。おれああんた方のような珍らしい御夫婦は初めて見た。どうもえらく高い人だな。
と馬車屋は大きな声で云いながら近寄って来ましたので、夫婦は真赤になってしまいました。
「あたしはこんな馬車屋さんの馬車には乗らない。今にどんなことを云ってひやかすかわからないから」
とヒョロ子は云いました。
「馬鹿を云え。一所に乗って行かなければ何にもならないじゃないか……。どうだい、馬車屋さん。これから町まで倍のお金を払うから、大急ぎで乗せて行ってくれないか」
と云いました。
馬車屋は大きな手をふって云いました。
「滅相な。お金なんぞは一文も要りません。あんた方のような珍らしい夫婦を乗せるのは一生の話の種だ。さあさあ、乗ったり乗ったり」
と云ううちに、馬車のうしろの戸をあけてくれました。
ところが、その入り口が小さいので、豚吉の肥った
「これあ大変なお客様だ。折角
「おれも乗りたいけれども、これじゃ仕方がない」
「もうよしましょうや。あなたも
こんなことを云っているうちに、馬車屋のお爺さんは不意に手をポンとたたいて、
「うまいことを思い付いた。二人とも馬車の屋根に乗んなさい。私がソロソロあるかせるから」
「ウン、それはいい思い付きだ」
と豚吉もよろこびました。けれども背が低いので登ることが出来ません。
それを見たヒョロ子は、イキナリ豚吉をうしろから
馬車屋のお爺さんはビックリして眼をまん丸にしていました。
馬車が動き出すと、屋根の上がまん丸くなって今にも落ちそうになりますので、夫婦はしっかり抱き合っていなければなりません。
そのうちに一つの村に来ますと、サア大変です。村の入り口に遊んでいた子供たちがすぐに見つけて、
「ヤア。
と村へ走って帰りましたので、ちょうど朝御飯をたべていた人達は、皆一時に表に飛び出しました。見ると成る程、今までに見たことのない奇妙な夫婦が、馬車の上に乗ってソロリソロリとやって来ますので、皆不思議がってワイワイ云い初めました。
「珍らしい夫婦だな」
「
「女の方は
「男の方はまるで
「どこへ行く人だろう」
「都へ見世物になりに行くんだろう」
「見世物になったら大評判だろうな」
「今なら
「ヤア
馬車の上からこれをきいた豚吉夫婦は真赤になって
けれどもヒョロ子はとうとう我慢し切れなくなって、馬車屋のお爺さんの横に掛けてあった
豚吉とヒョロ子を乗せた馬はヒョロ子にいきなり尻を打たれましたので、ビックリしてドンドン駈け出しますと、間もなく村を出てしまいました。
ところが豚吉は、今まで馬車がゆっくりあるいてさえ落ちそうであったのに、それが矢のように走り出したのですからたまりません。
「アッ。大変。お爺さん、馬車を止めてくれ。落ちそうだ落ちそうだ。助けてくれ。アブナイアブナイ」
とヒョロ子に
ヒョロ子も一生懸命になって豚吉を落ちないように押えておりましたが、馬車が村を出ると間もなく、そこにあった道のデコボコに馬車が引っかかってガタンガタンとはね上る
馬車屋のお爺さんの方は馬を引き止めようとして一生懸命に手綱を引っぱっていましたので、そのままドンドン駈けて行ってしまいました。
「ああ、危なかった」
と、豚吉はヒョロ子に助け起されながら云いました。
「ほんとに済みませんでした。私がいたずらをしたもんですから」
とヒョロ子はあやまりましたが、見ると自分の足もとに車屋さんの長い鞭が落ちています。
「アッ。これはさっきの車屋さんのだ。私が走って行って返して来ましょう」
とヒョロ子は駈け出しそうにしますと、豚吉は引き止めました。
「チョット待て。何だかたいそういいにおいがする」
「ほんとにおいしいにおいがしますね」
「ああ、おれはあの
「まあ。あなたは喰いしんぼうね」
「だって、ゆうべから何もたべないんだもの」
「あたしなんか何日御飯をたべなくとも何ともないわ」
「おれあ日に十ペン御飯をたべても構わない。ああ、御飯がたべたい」
「そんな大きな声を出すものじゃありませんよ」
とヒョロ子は真赤になって止めました。
けれども、豚吉は鼻をヒョコヒョコさせながら、あたりを見まわしながらなおなお大きな声で云いました。
「このにおいは、御飯のにおいと、
「そんな
「イヤ。あれを見ろ。あの森のかげにめしやと書いて旗が出ている。あすこだあすこだ」
と云ううちに、ドンドン駈け出して、そのうちへ這入って行きました。
「まあ、何て意地のキタナイ人でしょう。さっきは疲れてあるけないと云っていたのに、今はあんなにかけ出して……しかたがない。私も一所に御飯をたべましょう」
と云いながら、ヒョロ子もあとからかけ出して行きましたが、門口まで来ると、又立ち止まって、軒の先にさっきの
見ると、先に這入った豚吉は葱と豆腐のお汁を熱い御飯にかけて、フウフウ云いながら一生懸命で掻き込んでいます。
「まあ。あなたは何てみっともないたべ方をするんでしょう。そんなことをして喰べると人に笑われますよ」
と云いながら座りましたが、やがてめしやのおかみさんが持って来たお汁と御飯を引き寄せますと、お汁をちょっと
夫婦はこんな風にして御飯をたべ初めましたが、豚吉の方はすぐに喰べてしまいましたけれども、ヒョロ子の方はなかなか済みません。やっぱり一粒か二粒
「お前はまあ何て御飯のたべ方をするんだ。そんなたべ方をしていると、今にお
これをきいたヒョロ子は、真赤になって豚吉を睨みました。
「黙っていらっしゃい。あなたのように牛か馬見たようなたべ方をするもんじゃありません。それに私は
と、なかなか云う事をききません。豚吉は大きなあくびをして立ち上りました。
「ヤレヤレ大変なお嬢さんだ。待っているうちに、又お腹がすいて喰べたくなりそうだ。それじゃおれは外を散歩して来るから、ごゆっくり召し上れ」
と云って、裏の方へ出かけました。
豚吉は裏の方へ来て見ますと、ちょうど春で、野にはいろんな花が咲き、蝶が舞い、
豚吉は驚いて駈け寄りますと、暗い底の方から女の子の泣き声がきこえます。けれども、そこいらに
豚吉は困りましたが、放っておけば女の児が死にそうですから、すぐに上衣を脱いで、ズボンを脱いで、シャツ一枚になって井戸の中へ
ところが
豚吉は驚きました。
「助けてくれ助けてくれ」
と一生懸命で怒鳴りましたが、
その
ところへ、井戸へ落ちた児のお母さんが、子供はどこに行ったかしらんと探しながらやって来ましたが、見ると、大きな短い足が二本、井戸の中からニューと突出てバタバタ動いています。驚いて走り寄って見ますと、大きな
お母さんは肝を潰すまいことか。
「まあ、
と云いながら、急いでその足を捕えて引っぱって見ましたが、どうしてなかなか抜けそうにもありません。
お母さんはいよいよ慌てて村の方へ駈け出しました。
「助けて下さい。うちの娘が井戸の口一パイに引っかかって泣いています。早く誰か来て助けて下さい」
と泣きながらお母さんが叫びますと、村の人々はみんなビックリしました。
「それは珍らしい話だ。まさか井戸の水を飲んでそんなにふくれたんじゃあるまいが……行って見ろ行って見ろ」
と大勢押しかけて来ますと、成る程、井戸の中から大きな足が二本突出てバタバタやっている下から女の児の声がします。
「これは不思議だ。足は男のようだが、声は女の子の声だ」
「変だな」
「面白いな」
「奇妙だな」
「何でもいいから早く引っぱり出して見よう。そうすればわかる」
「そうだそうだ」
と云ううち、大勢寄ってたかって引っぱり初めましたが、
「これはどうだ。
「どうしたらいいだろう」
「仕方がない。車仕掛けで引き上げよう」
「そうだそうだ。それがいいそれがいい」
と云うので、今度は村長さんのところへ行って井戸の水汲み車を借りて来まして、綱の一方に豚吉の足を結びつけて、その綱を車に引っかけると、大勢でエイヤエイヤと引き初めました。
豚吉は驚きました。何をするかと思うと、大変な強い力でイキナリグングン足を引っぱられ初めましたので、今にも足が腰のつけ根から抜けてしまいそうで、その痛いこと痛いこと。
「痛い痛い。ヒイーッ」
と豚吉は死ぬような声を出し初めました。
これをきいた娘のお母さんは気が気でありません。
「あれ、もう止して下さい止して下さい。娘の足が抜けてしまいます。足が抜けて死んだら大変です」
と泣きながら止めましたので、村の人も引っぱるのを止めました。
「この上引っぱったら足が抜けるばかりだが、どうしたらいいだろう」
と村の人は相談を初めました。
「仕方がないから
「それがいいそれがいい」
と云うので、又みんな村へ帰って、めいめいに
「みんな、気をつけろ。娘さんの腹へ鍬や鋤を打ちこむな」
と大変な騒ぎになりました。
ヒョロ子はそんなことは知りません。最前の通り、二粒か三粒
「サア、人間掘りだ人間掘りだ」
「まだ生きているんだぞ」
「
と云う声もきこえます。
「マア、人間掘りなんて初めて聞いた。珍しいこと。御飯はもうおやめにして、ちょっと見てきましょう」
とお茶を飲んで立ち上って、腰をグッと
ヒョロ子が裏へ出て見ると、向うの方で大勢人が寄って、土を掘りながら何か騒いでいます。何事かと思って近寄って見ると、こはいかに。豚吉の足が二本、井戸の中からニューと出ておりますから、驚いてすぐに走り寄って、その足を両方一時に
「ウーン」
と引っぱりますと、スッポンと抜けてしまいました。それと一所に下から女の児の泣き声が聞えて来ましたので、ヒョロ子は井戸の口から長い長い手を延ばして、女の児の手を捕まえて、スーッと引き上げて上へ出してやりました。
村の人はもうヒョロ子の力に驚き
女の児のお母さんは泣いて喜びました。
豚吉も嬉し泣きに泣きながら、脱いだ着物を着て、最前のめしやに帰って来て、ヒョロ子に今までのことをお話ししますと、ヒョロ子も涙を流して喜んで、
「それはよいことをなさいました」
とほめました。
ところが、いよいよ御飯の代金を払おうとしますと、豚吉のお金入れが見当りません。これはきっと最前の井戸のところに落して来たに違いないと思って、又探しに行って見ましたが、そこにもありません。
二人は顔を見合わせて、どうしたらいいか困っておりますと、表の入り口をガラリとあけて、最前馬に引っぱられて走って行った馬車屋のお爺さんが這入って来ました。そうして二人の顔を見ると喜んで、
「ヤア。あなた方はここに居りましたか。私は馬が急に駈け出しましたので、一生懸命で引き止めようとしましたが、どうしても止まりません。やっと向うの町の入り口まで来ると止まりました。それから、あなた方はどうなすったかと思って引き返して見ますと、ここの表の処に私の落した鞭が引っかかっています。それから入り口の処にお金入れが落ちておりましたが、これはもしやあなた方のじゃありませんか」
と云いました。
夫婦は馬車屋の親切に涙を流して喜びました。そうしてお礼を沢山に遣ったあとで、御飯の代金を払ってこの店を出ました。
豚吉夫婦はそれからだんだんと町に近付きましたが、町の入り口まで来ると、そこに大きな河がありまして、水がドンドン流れています。その上に橋が一つかかっていて、その橋を渡らなければ町へ這入られません。
「サア町へ来た。向うの町に這入ると、きっといいお医者が居るのだ。そうしたらお前も私も
と云いながらその橋を渡ろうとしますと、橋のところの小さな小屋から二人の様子を見ていた番人が、
「モシモシ」
と呼び止めました。
豚吉とヒョロ子はうしろから呼び止められましたのでふり返って見ると、それは一人のお婆さんでした。そのお婆さんは二人の様子をジロジロと見ながら云いました。
「私はこの橋の番人だがね。お前さん方はこの橋を渡るならば渡り賃を置いて行かねばなりませんよ」
「そうですか。おいくらですか」
と豚吉は云いながらポケットからお金入れを出しますと、お婆さんは又こう云いました。
豚吉とヒョロ子(ぶたきちとヒョロこ)
作家录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语
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