「……………」
健策は膝を抱えたまま頭を強く左右に振った。思いもかけぬ……という風に……。黒木は白い歯を
「……ハハア。おありにならない。多分そうだろうと思いました。それならば試しに、この事件の三ツの要素を、一ツ一ツに分解して考えて御覧なさい。そんな
「……数層倍恐ろしい……」
「そうです……おわかりになりませんか」
「わかりません」
「ハハア。おわかりにならない……イヤ
「ハハア……それはどういう……」
「……まず……この事件の犯人と目されている今の……エエ。何とかいいましたね。ソウソウ当九郎……その甥の行方不明と、この事件とが結びつけられているのは一応もっとも千万な事と考えられます……というのは、源次郎氏の妻君と、忠義な
「いかにも……」
「……一方に
「無論ですね……それは……」
「……そこで先ずその第一着手として、自分に嫌疑がかからぬように、
「……驚いた……全くその通りです。
「そうでしょう……これが一番常識的な考え方で、前後を一貫した事実のすべてとピッタリ符合するのですからね」
「そうです。それ以外に考えようは無いと思われるのですが」
「そうでしょう……しかしここで、今一歩退いて別の方面から観察したら、どんなものでしょうか……つまりこの事件には、そのような犯人が全然居なかったとしたら、どんな事になるでしょうか」
「……エッ……犯人が居ない……」
「そうです。つまりその当九郎という甥が、この事件に結び付けられているのは、人々の想像に過ぎないとしたらどうでしょうか……実際と一致する想像は、よく正確な推理と混同され易いものですからね……甥の当九郎はホントウに青雲の志を
「サア……それは……」
「……又……実松氏の貯金を無くしたのは誰でもない実松氏自身で、その金は遊興費か何かに費消されてしまったものとしたら、どうでしょうか。そんな風には考えられぬでしょうか」
「……………」
「……そういう風に三ツの出来事をバラバラにして、一ツ一ツに平凡な出来事として考えて行く方が、この事件を計画的な殺人と考えるよりも
「……そ……そうすると……」
と健策は眼を光らせながら、すこし狼狽したように身を乗り出した。
「そうすると何ですか……実松氏が発射した二発の散弾は、やはり本当の
「イヤ……そこなのです」
と黒木は反対に
「……私もそう考えたいのです。……が……そうばかりは考えられない別の
「……その直感というのは……」
と健策は益々身を乗り出した。同時に黒木はいよいよ
「……手早く申しますと実松源次郎氏は、その
「……或る恐怖……」
「さよう……つまり実際には居ない、或る
「……チョット待って下さい」
と健策は片手をあげた。次第に不安げな表情にかわりながら……。
「その怖るべき敵と云われるものの正体は何ですか……たとえば一種の精神病的な幻覚みたようなものですか」
黒木はキッパリとうなずいた。
「さよう……その幻影は要するに、実松氏固有の
健策は
「実松氏はその幻影と闘うべくレミントンの火蓋を切られたのです。しかし、もとより実際に居ない敵なのですから、いくら散弾でも命中する気づかいはありません。敵は益々眼の前に肉迫して来ましたので、実松氏は恐怖の余り夢中になって逃げ出した……そうしてお話しのような奇禍に
「ハハア……」
と健策はいよいよ不安らしくグッと
「……しかしその証拠は……」
「……イヤ。証拠と云われると実に当惑するのですが……要するにこれは私の直感なのですから……しかし実松氏が、この甥の当九郎を愛しておられた程度が、普通の人情を超越していたらしい事実や、全財産を現金にして絶対秘密の場所に隠していたところなどを見ると、実松氏はどうしても、或る一種の超自然的な頭脳の持主としか思われないのです。従ってそうした脅迫観念に
「……イヤ……解りました……」
こう云いながら相手の話を
「……イヤ。よくわかりました。今まで全く気が付かずにいましたが、貴方の御意見を聞いているうちに何もかも解ってしまいました。……貴方は実松氏の超常識的な性格から割り出して、当九郎の無罪を主張していられるようです。つまり実松氏は……品夫の父は元来、深刻な精神病的の素質を遺伝している、変態的な性格の所有者であった。だから月の光りの強い、雪の真白い山の上で、一種の幻覚錯覚に陥って、自分でも予期しない自殺同様の、
「イヤ。ちょっとお待ち下さい」
と黒木が片手を揚げて制しかけた。健策の語気が、だんだん高まって来るのを怖れるかのように……。しかし健策はひるまなかった。黒木と同時に片手を揚げながら、なおも
「イヤ。お待ち下さい。待って下さい。貴方は御存じないのです。そうした主張で、当九郎の無罪が証明出来るものと思っていられるようですが、そうした説明ならば、僕の方が専門なのです。いいですか。……今お話のような事実を、有名なデビーヌ式の素質遺伝の原則と照し合わせると、
相手の
「……イヤ……お待ち……お待ち下さい。ソ……それは貴方の誤解です。私はただ品夫さんのお父さんの事だけを申しましたので……」
「……
健策は
「……たといドンナ事があろうとも、僕は品夫を殺さない決心ですから……品夫を見棄てる気は
「……………」
「藤沢家のためには、品夫を見殺しにした方が利益だと云われるのですね……貴方は……」
「……………」
「……………」
二人は青い顔を見合わせたまま、石のように凝固してしまった。……ちょうどその時に、
二人はハッとしながら同時に立ち上った。
健策は無言のまま
「……すみませんが……診察室の
その夜の三時をすこし廻った頃であった。
品夫は作りつけの人形のように伏せていた長い
それから
室の中は又も、雪の夜の静寂に帰った。シンシンと鳴る鉄瓶の音と、スヤスヤという看護婦の寝息と、雨戸の外でチョロチョロと
しかし品夫は、ほんとうに眠ったのではなかった。やがて眼を閉じたまま、唇の左右に何ともいえない冷たい微笑を浮かべたと思うと、瞼をウッスリと開きながら、ソロソロと起き上った。両手を前にさし伸べて……手探りをするように
復讐(ふくしゅう)
作家录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语
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