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舞姫(まいひめ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-22 10:49:02  点击:  切换到繁體中文


春の山比叡ひえ先達せんだつ桐紋きりもん講社かうじや肩衣かたぎぬしたる伯父かな

君を思ひ昼も夢見ぬ天日てんじつの焔のごとき五月さつきの森に

船の灯や水蘆むらにわかれては海となりたる川口の島

大駿河おほするが裾野の家に垂氷たるひする冬きにけらし山は真白き

夕舟やわがまろうどの黒髪にうす月さしぬしら蓮の水

とつぎ来ぬかの天上の星斗せいとよりたかだか君をさんぜむために

花に寝て夢おほく見るわかうどの君はいくさに死ににけるかな(禰津少尉の旅順二〇三高地のえきに歿しけるに)

みづからの若さに酔へる痴人しれびとは羽ある馬に載せてへかし

おん方の妻と名よびてわれまゐろさくら花ちる春の夜の廊

紫に春日かすがの森は藤かかる杉大木のありあけ月夜

秋の水なかの島なるおん寺の時鐘うちぬ月のぼる時

病む君のまゐれと召しぬおん香や絵本ひろごる中の枕に

うらわかきおんそぎ髪の世をまどひ朝暮てうぼの経に鶯なくも

初秋や朝顔さけるうまやにはちさき馬ありあり牛あり

清滝の水ゆく里は水晶の舟に棹して秋姫の来る

ゆく春の藤の花より雨ふりぬ石に死にたる紅羽べにはの蝶に

秋雨は別れにりしそのかみの柱のごとくなつかしきかな

秋のかぜ今わかかりしだくみの百日ももかかへらぬ京を吹くらむ(西の京なる岡直道の君の追悼に)

手のわかう仮名しりひける字を笑みぬ死なむと見しはたれならなくに

行水や柿の花ちる井のはたのたらひにしろき児をほめられぬ

波の上を遠山はしる風のたび解けて長くもなびきける髪

ふるさとに金葉集をあづけ来ぬ神社みや土座どざする乞食かたゐうば

大馬の黒の背鞍に乗りがほのをひはれぬ野分のわきする家

君見ゆるその時わかぬ幻境の思出ひとつ今日も哀しき

画師の君わが歌よみし京洛の山は黄金のでいしてけな

はく牡丹さける車のかよひ路に砂金しやごんしかせて暮を待つべき

おん胸の石をすべりし逸矢それやともつくつく日記にきを見る日もありぬ

扇ふたつ胡蝶のさまに夕闇の中をよりきぬ灯のあづま屋に

菜の花の御寺も桃のおん堂も仏うまるる人まうでかな

ひがし山やどのあるじにおどされぬひひなぬすみて来しやとばかり

やはらかき少女をとめが胸の春草に飼はるるわかき駒とこそ思へ

君うれし恋ふと告げたる一瞬に老いてし人をよくみとりける

あらし山雨の戸出でて大きなる舟に人まつただひとりかな

この雨に暮れむとするやひもすがら牡丹のうへを横しななめ

秋かぜはれいの音かな山裾の花野見る家の軒おとづれぬ

春の雨橋をわたらむ朝ならば君は金糸きんしみのして行けな

秋の風きたる十方玲瓏じふばうれいろうに空と山野と人と水とに

わが哀慕雨とふる日に※(「虫+車」、第3水準1-91-55)いとど死ぬ蝉死ぬとしも暦を作れ

川ぞひのすすきと葦のうす月夜小桶はこびぬ鮎ひたすとて

よき朝に君を見たりきよき宵におん手とりしと童泣わらはなきすも

まくら二尺さりて水ゆくあづま屋に螢こよなうもてはやす人

舞の手を師のほめたりと紺暖簾こんのれん入りて母見し日もわすれめや

あけがたの鶯ききし空耳の君がまた寝を難じて居たり

わが肩にいとやごとなき髪おちてやがてかれて消し春の夢

君に似しさなりかしこき二心にしんこそ月を生みけめ日をつくりけめ

この恋君こひぎみうらみたまへどそひぶしの寝物語もさまよきほどに

野ゆく君花に聴かずや語部かたりべも伝へずありし幾ものがたり

おもはれぬ人のすさびは夜の二時に黒髪すきぬ山ほととぎす

月の夜をさそへど出でずこほろぎを待つと云ふなるとなり人かな

春の月おとうとふたり笛ふいて上ゆく岡を母とながめぬ

きぬぎぬや春の村びとまださめぬ水をわたりし河下の橋

春の朝われ黒髪にたきものす鶯まゐれ目ざめし人に

炉にむかひ鼓あぶりてものいふを少女と誉めぬわれいつく母

君が妻はなでしこ※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)して月の夜に鮎の籠あむ玉川の里

夕ぐれのさびしき池をわかやかに青葦あをあしふきぬ初夏の風

あつき日のながれに姉と髪あらひなでしこさして夕を待ちぬ

岸に立つ袖ふきかへしもみうらのあけを点じてゆくや河かぜ

目に青き穂麦の中にももいろのひくきもやする花畑かな

おほかたを人とおもはず我だけくなりにけらしな忘られし君

くちびると両手に十の細指はわれの領なる花なれば吸ふ

ふるさとを多く夢みぬ兄嫁の美くしきをば思ふと無きに

あめをあくがれ人は雲を見てつれな顔しぬ我に足らじか

帆織る戸へ信天翁おきのたいふになひ入る人めづらしや初冬の磯

紅梅に幔幕まんまくひかせ見たまひぬ白尾のかけの九つの雛

しら梅や二百六十二人ふたたり女王によわうにいます王禄の庭

花に似し人を載せたる唐船たうせんに大君ふきぬ春の山かぜ

男こそうれしと見ぬれいかがせむあらぬ名着たる大難の日に

舞姫のかたちと誉めよむかしの絵そへ髪たかく結ひたる人を

春の雨障子のをちに河暮れて灯に見る君となりにけるかな

ほととぎす戸をくる袖の友染に松の月夜のつづく住の江

人妻は高き名えたる黒髪のうしろを見せて戸にかくれけり

京の宿に五人の人の妻さだめ妻も聞く夜の春の雨かな

磯草にまどろむ君の夢が生むさくら貝こそひろひきにけれ

天人の飛行ひぎやう自在にしたまふとひとしきほどのものたのむなり

に寒き涙つたふに言葉のみ華やぐ人を忘れたまふな

半身にうすくれなゐのうすもののころもまとひて月見ると言へ

(明治三十九年一月)





底本:「現代日本文學大系 25 與謝野寛・與謝野晶子・上田敏・木下杢太郎・吉井勇・小山内薫・長田秀雄・平出修 集」筑摩書房
   1971(昭和46)年4月5日初版第1刷発行
入力:福岡茂雄
校正:ちはる
2000年11月30日公開
2006年3月18日修正
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