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恋衣(こいごろも)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-22 10:11:27  点击:  切换到繁體中文



誰れが子かわれにをしへし橋納凉はしすゞみ十九の夏の浪華なには風流ふうりう

露の路畑をまがれば君みえずもろこしの穂にこほろぎ啼きぬ

鳥と云はず白日はくじつ虹のさす空を飛ばばはねある虫の雌雄めをとも

夏の日の天日てんじつひとつわがうへにややまばゆかるものと思ひぬ

百間ひやくけんの大き弥陀堂ひとしきり煙みなぎり京の日くれぬ

夕されば橋なき水のふなよそひ渡らば秋の花につづく戸

母屋もやかたあけ三丈の鈴のつな君とひくたびきぬもてまゐる

君やわれや夕雲を見る磯のひと四つの素足すあし海松みるぶさ寄せぬ

里ずみに老いぬと云ふもいつはりの歌と或る日は笑めりとおぼ

きざはしの玉靴たまぐつ小靴をぐついでまさずば牡丹ちらむとさうさまほしき

恋しき日やさもらひなれし東椽とうえんの隅のはしらにおもかげ立たむ

ほととぎす岩山みちの小笹をざゝ二町深山みやまといふにわらひたまひぬ

あやにくに虫歯むしば[#ルビの「むしば」は底本では「むしは」]病む子とこもりゐぬ皷きこゆる昼の山の湯

君によし撫でて見よとて引かせたり小馬ましろき春の夕庭

花とり/″\野分の朝にもてきたる十人とたりの姿よしと思ひぬ

なゝたりのなる人あり簾して船は御料ごりやうの蓮きりに行く

かしこうて蚊帳にふみよむおん方にいくつ摘むべき朝顔の花

ふるさとやわが君が草ながし松もかへでもひるがほの花

ほととぎす山門さんもんのぼる兄のかげ僧服そうふくなれば袖しろうして

よき箱と文箱とどめていもうとは玉虫飼ひぬうらみ給ふな

この恋びとをしへられては日記にきも書きぬ百合にさめぬと画蚊※(「巾+厨」、第4水準2-8-91)ゑがやぬと

水にさく花のやうなるうすものに白き帯する浪華の子かな

春の池ろうある船の歩み遅々ちゝと行くに慣れたるみさぶらひ人

夏花は赤熱しやくねつ病める子がかざしあらはに歌ひはばからぬ人

伯母をばいまだ髪もさかりになでしこをかざせる夏にれは生れぬ (弟の子の生れけるに夏子と名をえらみて)

行く春にもとより堪へぬうまれぞと聞かば牡丹に似る身を知らむ

妻と云ふにむしろふさはぬ髪も落ちめやすきほどとなりにけるかな

われに遅れ車よりせしその子ゆゑ多く歌ひぬ京の湯の山

夕かぜや羅の袖うすきはらからにたきものしたる椅子ならべけり

わが愛づる小鳥うたふに笑み見せぬ人やとそむき又おもひ出ず

かへし書くふたりの人に文字いづれ多きを知るや春の染紙そめがみ

われぼめや十方じふぱうあかき光明のわれより出でむしるものゆゑ

ふりそでの雪輪ゆきわに雪のけはひすや橋のかなたにかへりみぬ人

かけものゝ牛の子かちし競馬けいばのり梅にいこふをよしと思ひぬ

酒つくる神とちうある三尺の鳥居のうへの紅梅の花

われにまさる熱えて病むと云ひたまへあらずとならば君にたがはむ

菜の花のうへに二階の障子さうじ見え戸見え伯母見えぬるき水ふむ

あやまちて小櫛をぐしながしゝ水なればくぐるは君が花垣なれば

河こえてつゞみ凍らぬ夜をほめぬ千鳥なく夜の加茂の里びと

鹿しゝが谷尼は磬うつ椿ちるうぐひす啼きて春の日くれぬ

くれなゐの蒲団かさねし山駕籠に母と相乗る朝ざくら路

あゝ胸は君にどよみぬ紀の海を淡路のかたへ潮わしる時

まる山のをとめも比叡の大徳だいとこも柳のいろにあさみどりして

法華経の朝座あさゞ講師かうしきんらんの御袈裟みけさかをりぬ梅さとちりぬ

いでまして夕むかへむ御轍みわだちにさざんくわちりぬ里あたたかき

歌よまでうたたねしたる犯人ぼんにんは花に立たせて見るべかりけり

うれひのみ笑みはをしへぬとほびとよ死ねやと思ふ夕もありぬ

御供養みくやう東寺とうじ舞楽ぶがくの日を見せて桜ふくなり京の山かぜ

金色こんじきのちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に

紅梅やをなごあるじの零落れいらくにともなふ鳥の籠かけにけり

大木たいぼくにたえず花さくわが森をともに歩むにふさふと云ひぬ

しろ百合と名まをし君が常夏とこなつの花さく胸を歌嘆かたんしまつる (とみ子の君に)

審判さばきの日をゆびきずくるとげにくみ薔薇ばらつまざりし罪とひまさば

山の湯や懸想けさうびとめく髪ながの夜姿よなりをわかき師にかしこみぬ

廊馬道らうめどういくつか昨夜よべの国くればうぐひす啼きぬ春のあけぼの

こゝろ懲りぬ御兄みあになつかしあざみては博士得ませと別れし人も

うへ二まいなかはだへ舞扇はさめる襟の五ついろの襟

きよき子を唖とつくりぬその日より瞳なに見るあきじひの人

ひと春秋はるあきねたしと見るはただに花きぬに縫はれぬ牡丹しら菊

さそひし歌の悪霊あくりやう人生みぬ髪ながければ心しませや

春の夜の火かげあえかに人見せてとれよと云へど神に似たれば

明けむ朝われ愛着あいぢやくす人よ見な花よ媚ぶなと袋に縫へな

にくき人に柑子かうじまゐりてぬりごめの歌問ふものか朝の春雨

よしと見るもうらやましきもわが昨日きのふよそのおん世は見ねば願はじ

酔ひ寝ては鼠がはしる肩と聞き寒き夜りぬ歌びとの妻

ぢからのよわや十歩とあしに鐘やみて桜ちるなり山の夜の寺

兼好を語るあたひに伽羅たかむ京の法師の麻のころも

かくて世にけものとならで相逢ひぬ日てる星てるふたりのぬか

春の夜や歌舞伎を知らぬ鄙びとの添ひてあゆみぬあかき灯の街

玉まろき桃の枝ふく春のかぜ海に入りては真珠しんじゆ生むべき

春いそぐ手毬ぬふ日と寺々てら/″\御詠歌みえいかあぐる夜は忘れゐぬ

春の夜はものぞうつくしゑんずるとひろのあなたにまろ寝の人も

駿河の山百合がうつむく朝がたち霧にてる日を野に髪すきぬ

伽藍すぎ宮をとほりて鹿しか吹きぬ伶人れいじんめきし奈良の秋かぜ

霜ばしら冬は神さへのろはれぬ日ごと折らるるしろがねの櫛

鬼が栖むひがしの国へ春いなむ除目ぢもくに洩れし常陸ノ介と

髪ゆふべ孔雀の鳥屋とや横雨よこあめのそそぐをわぶる乱れと云ひぬ

廊ちかくつゞみと寝ねしあだぶしもをかしかりけり春の夜なれば

しうのぬしは神にをこたるはした女か花のやうなるおもはれ人か

さは思へ今かなしみの酔ひごこち歌あるほどは弔ひますな

   君死にたまふことなかれ
     旅順口包囲軍の中に在る弟を歎きて

あゝをとうとよ、君を泣く、
君死にたまふことなかれ、
末に生れし君なれば
親のなさけはまさりしも、
親はやいばをにぎらせて
人を殺せとをしへしや、
人を殺して死ねよとて
二十四までをそだてしや。

さかひの街のあきびとの
旧家きうかをほこるあるじにて
親の名を継ぐ君なれば、
君死にたまふことなかれ、
旅順の城はほろぶとも、
ほろびずとても、何事ぞ、
君は知らじな、あきびとの
家のおきてに無かりけり。

君死にたまふことなかれ、
すめらみことは、戦ひに
おほみづからは出でまさね、
かたみに人の血を流し、
けものの道に死ねよとは、
死ぬるを人のほまれとは、
大みこゝろの深ければ
もとよりいかでおぼされむ。

あゝをとうとよ、戦ひに
君死にたまふことなかれ、
すぎにし秋を父ぎみに
おくれたまへる母ぎみは、
なげきの中に、いたましく
わが子を召され、家をり、
やすしと聞ける大御代も
母のしら髪はまさりぬる。

暖簾のれんのかげに伏して泣く
あえかにわかき新妻にひづまを、
君わするるや、思へるや、
十月とつきも添はでわかれたる
少女ごころを思ひみよ、
この世ひとりの君ならで
あゝまた誰をたのむべき、
君死にたまふことなかれ。

   恋ふるとて

恋ふるとて君にはよりぬ、
君はしも恋は知らずも、
恋をただ歌はむすべに
こころ燃え、すがた※(「やまいだれ+瞿」、第3水準1-88-62)せつる。

   いかが語らむ

いかが語らむ、おもふこと、
そはいと長きこゝろなれ、
いま相むかふひとときに
つくしがたなき心なれ。

わが世のかぎり思ふとも、
われさへ知るは難からし、
君はた君がいのちをも
かけて知らむと願はずや。

夢のまどひか、よろこびか、
狂ひごこちか、はた熱か、
なべて詞に云ひがたし、
心ただ知れ、ふかき心に。

   皷いだけば

つゞみいだけば、うらわかき
姉のこゑこそうかびくれ、
うちぎかづけば、華やぎし
姉のおもこそにほひくれ、
桜がなかにすだれして
宇治の河見るたかどのに、
姉とやどれる春の夜の
まばゆかりしを忘れめや、
もとより君は、ことばらに
うまれ給へば、十四まで、
父のなさけを身に知らず、
家に帰れる五つとせも
わが家ながら心おき、
さては穂に出ぬ初恋や
したに焦るる胸秘めて
おもはぬかたの人に添ひ、
泣く音をだにも憚れば
あえかの人はほほゑみて
うらはかなげにものいひぬ、
あゝさは夢か、短命たんめい
二十八にてみまかりし
姉をしのべば、更にまた
そのすくせこそ泣かれぬれ。

   しら玉の

しら玉の清らにとほ
うるはしきすがたを見れば、
せきあへず涙わしりぬ、
しら玉は常ににほひて
ほこりかに世にもあるかな。

人のなかなるしら玉の
をとめ心は、わりなくも、
ひとりの君にみてより、
命みじかき、いともろき
よろこびにしもまかせはてぬる。

   冥府のくら戸は

よみのくら戸はひらかれて
恋びとよよといだきよれ、
かのあめに住む八百星やほぼし
かたみに目路めぢをなげかはせ、
土にかくれし石屑いしくづ
皆よりあひて玉と凝れ、
わが胸こがす恋のいき
今つく熱きひといきに。





底本:「恋衣 名著復刻 詩歌文学館」日本近代文学館
   1980(昭和55)年4月1日発行
底本の親本:「恋衣」本郷書院
   1905(明治38)年1月1日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字を新字にあらためました。固有名詞も原則として例外とはしませんでしたが、人名のみは底本のままとしました。
※変体仮名は、通常の仮名にあらためました。
※底本中で脱漏や誤りの可能性がある点については、「與謝野鉄幹・與謝野晶子集 明治文学全集51」筑摩書房、1968(昭和43)年、「與謝野寛 與謝野晶子 窪田空穂 吉井勇 若山牧水集 日本現代文学全集37」講談社、1964(昭和39)年を参照し、補訂しました。
入力:武田秀男
校正:kazuishi
2004年6月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
  • 「くの字点」は「/\」で、「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。

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