誰れが子かわれにをしへし橋納凉十九の夏の浪華風流
露の路畑をまがれば君みえず黍の穂にこほろぎ啼きぬ
鳥と云はず白日虹のさす空を飛ばば翅ある虫の雌雄とも
夏の日の天日ひとつわが上にややまばゆかるものと思ひぬ
百間の大き弥陀堂ひとしきり煙みなぎり京の日くれぬ
夕されば橋なき水の舟よそひ渡らば秋の花につづく戸
母屋の方へ紅三丈の鈴の綱君とひくたび衣もてまゐる
君やわれや夕雲を見る磯のひと四つの素足に海松ぶさ寄せぬ
里ずみに老いぬと云ふもいつはりの歌と或る日は笑めりと思せ
きざはしの玉靴小靴いでまさずば牡丹ちらむと奏さまほしき
恋しき日や侍らひなれし東椽の隅のはしらにおもかげ立たむ
ほととぎす岩山みちの小笹二町深山といふにわらひたまひぬ
あやにくに虫歯[#ルビの「むしば」は底本では「むしは」]病む子とこもりゐぬ皷きこゆる昼の山の湯
君によし撫でて見よとて引かせたり小馬ましろき春の夕庭
花とり/″\野分の朝にもてきたる十人の姿よしと思ひぬ
七たりの美なる人あり簾して船は御料の蓮きりに行く
かしこうて蚊帳に書よむおん方にいくつ摘むべき朝顔の花
ふるさとやわが家君が家草ながし松も楓もひるがほの花
ほととぎす山門のぼる兄のかげ僧服なれば袖しろうして
よき箱と文箱とどめていもうとは玉虫飼ひぬうらみ給ふな
この恋びとをしへられては日記も書きぬ百合にさめぬと画蚊に寝ぬと
水にさく花のやうなるうすものに白き帯する浪華の子かな
春の池楼ある船の歩み遅々と行くに慣れたるみさぶらひ人
夏花は赤熱病める子がかざしあらはに歌ひはばからぬ人
伯母いまだ髪もさかりになでしこをかざせる夏に汝れは生れぬ (弟の子の生れけるに夏子と名をえらみて)
行く春にもとより堪へぬうまれぞと聞かば牡丹に似る身を知らむ
妻と云ふにむしろふさはぬ髪も落ちめやすきほどとなりにけるかな
われに遅れ車よりせしその子ゆゑ多く歌ひぬ京の湯の山
夕かぜや羅の袖うすきはらからにたきものしたる椅子ならべけり
わが愛づる小鳥うたふに笑み見せぬ人やとそむき又おもひ出ず
かへし書くふたりの人に文字いづれ多きを知るや春の染紙
われぼめや十方あかき光明のわれより出でむ期しるものゆゑ
ふりそでの雪輪に雪のけはひすや橋のかなたにかへりみぬ人
かけものゝ牛の子かちし競馬のり梅にいこふをよしと思ひぬ
酒つくる神と注ある三尺の鳥居のうへの紅梅の花
われにまさる熱えて病むと云ひたまへあらずとならば君にたがはむ
菜の花のうへに二階の障子見え戸見え伯母見えぬるき水ふむ
あやまちて小櫛ながしゝ水なればくぐるは君が花垣なれば
河こえて皷凍らぬ夜をほめぬ千鳥なく夜の加茂の里びと
鹿が谷尼は磬うつ椿ちるうぐひす啼きて春の日くれぬ
くれなゐの蒲団かさねし山駕籠に母と相乗る朝ざくら路
あゝ胸は君にどよみぬ紀の海を淡路のかたへ潮わしる時
まる山のをとめも比叡の大徳も柳のいろにあさみどりして
法華経の朝座の講師きんらんの御袈裟かをりぬ梅さとちりぬ
いでまして夕むかへむ御轍にさざん花ちりぬ里あたたかき
歌よまでうたたねしたる犯人は花に立たせて見るべかりけり
うれひのみ笑みはをしへぬ遠びとよ死ねやと思ふ夕もありぬ
御供養の東寺舞楽の日を見せて桜ふくなり京の山かぜ
金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に
紅梅や女あるじの零落にともなふ鳥の籠かけにけり
大木にたえず花さくわが森をともに歩むにふさふと云ひぬ
しろ百合と名まをし君が常夏の花さく胸を歌嘆しまつる (とみ子の君に)
審判の日をゆびきずくるとげにくみ薔薇つまざりし罪とひまさば
山の湯や懸想びとめく髪ながの夜姿をわかき師にかしこみぬ
廊馬道いくつか昨夜の国くればうぐひす啼きぬ春のあけぼの
こゝろ懲りぬ御兄なつかしあざみては博士得ませと別れし人も
うへ二枚なか着はだへ着舞扇はさめる襟の五ついろの襟
きよき子を唖とつくりぬその日より瞳なに見るあきじひの人
人春秋ねたしと見るはただに花衣に縫はれぬ牡丹しら菊
女さそひし歌の悪霊人生みぬ髪ながければ心しませや
春の夜の火かげあえかに人見せてとれよと云へど神に似たれば
明けむ朝われ愛着す人よ見な花よ媚ぶなと袋に縫へな
にくき人に柑子まゐりてぬりごめの歌問ふものか朝の春雨
よしと見るもうらやましきもわが昨日よそのおん世は見ねば願はじ
酔ひ寝ては鼠がはしる肩と聞き寒き夜守りぬ歌びとの妻
手ぢからのよわや十歩に鐘やみて桜ちるなり山の夜の寺
兼好を語るあたひに伽羅たかむ京の法師の麻の御ころも
かくて世にけものとならで相逢ひぬ日てる星てるふたりの額に
春の夜や歌舞伎を知らぬ鄙びとの添ひてあゆみぬあかき灯の街
玉まろき桃の枝ふく春のかぜ海に入りては真珠生むべき
春いそぐ手毬ぬふ日と寺々に御詠歌あぐる夜は忘れゐぬ
春の夜はものぞうつくし怨ずると尋のあなたにまろ寝の人も
駿河の山百合がうつむく朝がたち霧にてる日を野に髪すきぬ
伽藍すぎ宮をとほりて鹿吹きぬ伶人めきし奈良の秋かぜ
霜ばしら冬は神さへのろはれぬ日ごと折らるるしろがねの櫛
鬼が栖むひがしの国へ春いなむ除目に洩れし常陸ノ介と
髪ゆふべ孔雀の鳥屋に横雨のそそぐをわぶる乱れと云ひぬ
廊ちかく皷と寝ねしあだぶしもをかしかりけり春の夜なれば
集のぬしは神にをこたるはした女か花のやうなるおもはれ人か
さは思へ今かなしみの酔ひごこち歌あるほどは弔ひますな
君死にたまふことなかれ
旅順口包囲軍の中に在る弟を歎きて
あゝをとうとよ、君を泣く、
君死にたまふことなかれ、
末に生れし君なれば
親のなさけはまさりしも、
親は刃をにぎらせて
人を殺せとをしへしや、
人を殺して死ねよとて
二十四までをそだてしや。
堺の街のあきびとの
旧家をほこるあるじにて
親の名を継ぐ君なれば、
君死にたまふことなかれ、
旅順の城はほろぶとも、
ほろびずとても、何事ぞ、
君は知らじな、あきびとの
家のおきてに無かりけり。
君死にたまふことなかれ、
すめらみことは、戦ひに
おほみづからは出でまさね、
かたみに人の血を流し、
獣の道に死ねよとは、
死ぬるを人のほまれとは、
大みこゝろの深ければ
もとよりいかで思されむ。
あゝをとうとよ、戦ひに
君死にたまふことなかれ、
すぎにし秋を父ぎみに
おくれたまへる母ぎみは、
なげきの中に、いたましく
わが子を召され、家を守り、
安しと聞ける大御代も
母のしら髪はまさりぬる。
暖簾のかげに伏して泣く
あえかにわかき新妻を、
君わするるや、思へるや、
十月も添はでわかれたる
少女ごころを思ひみよ、
この世ひとりの君ならで
あゝまた誰をたのむべき、
君死にたまふことなかれ。
恋ふるとて
恋ふるとて君にはよりぬ、
君はしも恋は知らずも、
恋をただ歌はむすべに
こころ燃え、すがたせつる。
いかが語らむ
いかが語らむ、おもふこと、
そはいと長きこゝろなれ、
いま相むかふひとときに
つくしがたなき心なれ。
わが世のかぎり思ふとも、
われさへ知るは難からし、
君はた君がいのちをも
かけて知らむと願はずや。
夢のまどひか、よろこびか、
狂ひごこちか、はた熱か、
なべて詞に云ひがたし、
心ただ知れ、ふかき心に。
皷いだけば
皷いだけば、うらわかき
姉のこゑこそうかびくれ、
袿かづけば、華やぎし
姉のおもこそにほひくれ、
桜がなかに簾して
宇治の河見るたかどのに、
姉とやどれる春の夜の
まばゆかりしを忘れめや、
もとより君は、ことばらに
うまれ給へば、十四まで、
父のなさけを身に知らず、
家に帰れる五つとせも
わが家ながら心おき、
さては穂に出ぬ初恋や
したに焦るる胸秘めて
おもはぬかたの人に添ひ、
泣く音をだにも憚れば
あえかの人はほほゑみて
うらはかなげにものいひぬ、
あゝさは夢か、短命の
二十八にてみまかりし
姉をしのべば、更にまた
そのすくせこそ泣かれぬれ。
しら玉の
しら玉の清らに透る
うるはしきすがたを見れば、
せきあへず涙わしりぬ、
しら玉は常ににほひて
ほこりかに世にもあるかな。
人のなかなるしら玉の
をとめ心は、わりなくも、
ひとりの君に染みてより、
命みじかき、いともろき
よろこびにしもまかせはてぬる。
冥府のくら戸は
よみのくら戸はひらかれて
恋びとよよといだきよれ、
かの天に住む八百星は
かたみに目路をなげかはせ、
土にかくれし石屑は
皆よりあひて玉と凝れ、
わが胸こがす恋の息
今つく熱きひと息に。
●表記について
- このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
- [#…]は、入力者による注を表す記号です。
- 「くの字点」は「/\」で、「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。
- 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
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