昔、ある街の町外れで大勢の乞食が集まって日なたぼっこしながら話しをしておりましたが、その中で一人の若い乞食が大きな声を出して申しました。
「おい、皆聞け。俺が昨夜他家の軒下で寝ていると、白い着物を着た人が来て、俺について来いと云った。おれは何でもこれは福の神に違いないと思って従いて行って見ると、この街の真中の四辻に来て神様は、地面の上を指してそのまま消えてしまった。見るとそこには金剛石を鏤めた金の指環が……」
とまだ話してしまわない中に、横に居った跛の乞食が、持っていた松葉杖で、若い男の頭をコツンと打ちますと、若い男はウーンと云って引っくりかえりました。
乞食共は驚くまい事か、どうしたのかと聞きますと、跛はプンプン憤りながら、
「何、その指環は俺が或る金持ちから貰ったのを落したのだ。こん畜生は泥棒だ。俺は指環を取り返さなくちゃならない」
と云いながら、倒れた男を丸裸にして調べましたが、銅貨が二ツ三ツあった限で他に何もありませんでした。この様子を最前から見ていた禿頭の紳士がありました。この紳士はこの町で名高い吝ん坊でしたが、つかつかと乞食の処に近よりまして、その若い男の死骸を買おうと申しました。そして乞食仲間に少しばかりのお金を遣って、若い男の死骸を買い取って、馬車に乗せて家に持って帰りまして、自分の居間に寝かしてお医者を呼びにやりました。そしてお医者が来ると禿紳士は、家中のものを皆遠ざけて、若い乞食の死骸を見せて、極く内緒でこの死骸をズタズタに切って、金剛石の指環を探してくれと頼みました。
お医者は驚いて、私はそんな恐ろしい事は出来ませぬと断りますと、禿紳士は大層憤って、それではお前も一緒に殺してしまうと云いますから、仕方なしに承知して、それでは家に行って、人の身体を切る器械を取って来てくれと頼みました。すると紳士は医者を室に閉じこめて、外から鍵をかけて、自分で器械を取りに行きました。
この様子を最前から窓かけの蔭に隠れて聞いていたのは、この禿紳士の娘と男の子でした。二人はお父さんが出て行くと直に駈け出して、お医者の袖に縋って、この乞食を助けてくれと頼みました。そして娘はお母様から頂いた金剛石入りの指環を出して、これをお父様に上げて下さいと申しました。お医者は涙を流して感心しました。そしていろいろ乞食を介抱しますと、上手なお医者ですから、間もなく生き返らしてしまいました。その時にお父様の禿紳士は器械を片手に持ちながら、息を切らして帰って来ましたが、この体を見ると大層憤って、二人はどこから這入って来たかと叱りました。
その時お医者は一足進み出て、指環を紳士に見せながら申しました。
「お児様方は前からこの室にお出でになっておったのです。私はこの乞食を生かしました。そして飲み込んでいた指環を吐き出させました。ですから何卒乞食の生命だけはお助け下されますように。この指環はあなたに差し上げます」
禿紳士がその指環を一眼見ると、誰の指環かという事が直にわかりました。そしてそれと一所に自分の子供の美しい心がわかりまして、今までの自分の悪い行いを後悔しました。禿紳士はお医者に沢山のお礼を遣り、若い乞食を初め大勢の乞食を集めて、いろいろのものを遣って御馳走をしました。二人の子供にも御褒美をやった事は申すまでもありませぬ。その時に禿紳士は若い乞食に向って申しました。
「拾ったものは返さなくてはいけない。指環はどこに隠してあるのか」
若い乞食は頭をかきかき答えました。
「あれは本当の事では御座いませぬ。夢の話をしていたのに此奴が私の頭をなぐったのです」
と横に居る跛を指しました。跛も顔を真赤にして頭を掻きながら、
「私も夢で指環を落したのですが、此奴が夢の中で同じ所で拾ったのならば、屹度私のに違いないと思うと、急に腹が立ちましたから擲り付けたのです」
と申しましたから、皆腹を抱えて笑いました。
けれども禿紳士は笑わないで申しました。
「お前達の夢は正夢であった。御蔭で俺は善人になる事が出来た」
「じゃ、あの神様は本当の神様だったかしら」
と若い乞食が申しました。
「否、神様はここに居る。この二人の子供が俺の心を直した本当の神様だ」
と云って紳士は二人を抱き上げました。乞食共は一時に万歳を叫びました。
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