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復讐(ふくしゅう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-10 10:14:02  点击:  切换到繁體中文


 彼女はいつもねまきにしている、十六七歳時代の紅友禅べにゆうぜん長襦袢ながじゅばんを着せられていた。その上から紫扱帯しごきの古ぼけたのが一すじ、グルグルと巻き付けてあるきりであったが、そのふくらんだ自分の胸に取りすがるように、両方のてのひらをシッカリと押し当てて、素足のまま寝床を降りると、スラスラと畳の上を渡って、芭蕉布ばしょうふ張りのふすまに手をかけた。その時に、畳に引きはえた襦袢のすそが、枕元に近いお盆の上の注射器に触れてカラカラと音を立てた。それにつれて、睡っていた健策が、すこしばかり大きな寝息をしたが、品夫は別に見向きもせず、足を止めようともしなかった。
 芭蕉布の襖が音もなく開くと、寒い風が一しきりスースーと流れ込んで来た。しかし品夫は、そのあとを閉める気も無いらしく、次の間の障子を今一つスーと開くと、そのまま明るい廊下へ出た。その廊下の一方は硝子ガラス雨戸になっていて、黒々と拭き込んだ板張りにも、外のお庭の雪の植込みの上にも、タッタ今晴れ渡ったばかりのニッケル色の空から、スバラシイ満月の光りがギラギラとふるえ落ちていたが、品夫は、やはり、そんな光景には眼もくれなかった。あたかも何者かに導かれるように、半開きの瞳の前の冷たい空間を凝視しつつ、一直線に長い廊下を渡りつくしたが、その行き止まりに在る青ペンキ塗りのドアを開いて、薬局の廊下に這入ると、真暗なリノリウムの上を、やはり一直線に進んだらしく、間もなく突き当りのドアを押す音がした……と……やがて診察室の中央に吊るされた電球が、眼もくらむほど輝き出した。
 暖かい奥座敷から、急に氷点以下の寒い処に出て来たせいか、品夫の血色は全く無くなっていた。顔も手足も、それこそ雪のように真白く透きとおっていたが、それが黒い髪を長々とうしろへ垂らして、燃え立つような長襦袢を裾もあらわに引きはえつつ、青白い光線をふり仰いで眼を細くした姿はみだりがましいと云おうか、神々こうごうしいと形容しようか。人間の眼に触れてはならぬ妖艶なまめかしさの極み……そのものの姿であった。
 しかし、雪にとざされた藤沢病院の、深夜の診察室に、こんな姿が立ち現われていようことは、誰一人思い及び得よう筈が無かった。すべては零下何度の空気に包まれて、シンカンと寝静まっていた。そのような静けさの中にスックリと立ち止まった品夫は、いかにもまぶしそうなウッスリした眼つきで、そこいらを一渡り見まわしていたが、間もなくへやの隅に置いてある四方硝子張りの戸棚に眼をつけると、ヒタヒタと歩み寄って、重たい硝子戸を半分ほど開いた。そこから白い片手を突込んで、方形の瀬戸引きバットに並んでいる数十のメスをあれかこれかと選んでいたが、やがてそのバットの外に、タッタ一つ投げ出してある大型の一本を取り上げた。
 それは小さい薙刀なぎなたの形をした薄ッペラなもので、普通の外科には必要の無い、屍体解剖用の円刃刀えんじんとうと称する、一番大きいメスであった。この病院では何か外の目的に使われているらしく、の近くには黒いさび痕跡あとさえ見えていたが、彼女はそれを右手の指の中に、逆手さかてにシッカリと握り込むと、背後うしろの青白い光線にかざしながら二三度空中に振りまわして、キラキラと小さな稲妻をひらめかした。それを見上げながら品夫はニッコリと、小児こどものような無邪気な微笑を浮かべたが、そのままメスを右手に捧げて、左手で両袖を抱えつつ、開いたままのドアの間から、又もリノリウムの廊下にすべり出た……と……今度は左に折れて、泉水の上から、病室の方へ抜ける渡殿わたどのの薄暗がりを、ホノボノと足探あしさぐりにして、第一の横廊下を左に折れ曲ったが、やがて、その行き詰まりに在る特等病室の前に来た。そうして、やはり何の躊躇ちゅうちょもなく真鍮しんちゅうのノッブを引いた。
 十しょく電燈でんきに照らされた鉄の寝台ベッドの上には、白い蒲団を頭から冠っている人間の姿がムックリと浮き上っていた。その上にメスを捧げたまま、品夫は何かしらジッと考え込んでいるようであったが、やがて上の蒲団を容赦なく引きけると、髪毛かみのけもうと空中に渦巻かせて、寝床ベッドの中に倒れ込むようにメスを振りおろした。その枕元から、白い散薬の包紙が一枚、ヒラヒラと床の上に舞い落ちた。
「ムム……オオッ……」と夢のような叫び声がして、白いタオル寝巻に包まれた、青黒い巨大な肉体が起き上りかけた。それはイガ栗頭の黒木繁であったが、毛ムクジャラの両腕を引き曲げて、寝巻の胸に沈み込んだメスの柄を、品夫の右腕と一緒に無手むずと掴んだ。
 ……しかし、それをドウしようというような力はもう無かった。血走った白眼をき出して、相手の顔をクワッと覗き込んだが、乱れた髪毛の中を一眼見ると、そのまま両眼をシッカリと閉じて、シーツの上にのけぞった。
「……むむッ……チ……畜生ッ。もう……来……た……か……」
 と切れ切れに叫びかけたが、その言葉尻にはヘンテコな節が付いて、流行はやり唄の末尾のように意味を成さないまま、わななきふるえつつ消え失せた……と思う間もなく、喰い縛った歯の間からこがらしのような音を立てて、泡まじりの血を噴き出した。
 しかし品夫は依然として手をゆるめなかった。相手の腕の力が抜けて来れば来るほど、スブスブスブと深くメスを刺し込んで行った。そうして大浪おおなみを打つ患者の白いタオル寝巻の胸に、ムクムクムクと散り拡がって行く血の色を楽しむかのように、紅友禅の長襦袢の袖を、左手でだんだん高くまくり上げて、白い、透きとおるような二の腕を、力一パイにしなわせながら、ジロリジロリと前後左右を見まわしていたが、やがて眼の前の逞ましい胸が、一しきりモリモリモリと音を立ててりかえって来たと思う間もなく、底深い、血腥ちなまぐさい溜息と一所に、自然自然とピシャンコになって行くのを見ると品夫は、白い唇をシッカリと噛み締めたまま眼を細くして、メスを握り締めている自分の手首を凝視した。大きく、静かに、最後の呼吸を波打たせる相手の胸に、調子を合わせるかのように、彼女自身の呼吸を深く、深く、ゆるやかに張り拡げて行った。そうして相手の呼吸が全く絶えると同時に、彼女自身もピッタリと呼吸を止めて、彫像のように動かなくなった。
「……品夫ッ……」
 という雷のような声が、廊下の方から飛び込んで来たのはその時であった。
 ハッとした品夫は、一瞬間に身を退いた。おびただしい髪毛かみのけさっ背後うしろにはねけて、メスを握った右手を高く振り上げかけたが、白い服のまま仁王立ちになっている健策の真青な、引きゆがめられた顔を眼の前に見ると、急に身をらして高らかに笑い出した。
「……ホホホホホホ。ホホホホあなた見ていらっしたの……ホホホホホホ。ステキだったでしょう……わたし……とうとう讐敵かたきを討ったのよ……」
 品夫の手からすべり落ちたメスが、床の上に垂直に突立った。同時に気がゆるんだらしくグッタリとなった品夫は、両頬を真赤に染めて羞恥はにかみながら、健策の胸にしなだれかかった。血だらけの両手を白い診察服の襟にまわしながら、火のような眼をしてふり仰いだ。
「……ネ……わかったでしょう……。もう貴方と…………ても……いいのよ…………」





底本:「夢野久作全集8」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年1月22日第1刷発行
底本の親本:「冗談に殺す」春陽堂
   1933(昭和8)年5月15日発行
入力:柴田卓治
校正:ちはる
2000年10月11日公開
2006年3月16日修正
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