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爆弾太平記(ばくだんたいへいき)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-10 10:06:33  点击:  切换到繁體中文


「いいや失敬する。安閑と君等の尻拭いを研究しているひまはない。……何よりも気の毒なのは死んだ二人の芸者だ。林友吉や、お互いの災難は一種の自業自得に過ぎないが、芸妓げいしゃとなるとそうは行かん。何も知らないのに巻添えを喰わされたばかりじゃない。面倒臭いといって沖に放り出されて鯖の餌食にされたんだから、気の毒も可愛想も通り越している。君等には関係のない事かも知れんが、これから行って大いに弔問してやらなくちゃならん。……もっとも今更、線香を附けてやったって成仏じょうぶつ出来まいとは思うがね。ハッハッハッハッハッ……」
 といった調子で、今まで溜まっていた毒気を一度に吹っかけながら退場してくれた。……ハハハハ。イヤ。痛快だったよ。何の事はない役人連中、を突っついてやぶを出した形になった。おまけにアトから聞いてみると、当日来なかった連中の中の十人ばかりが風邪を引いて、宿屋に寝ていたというのだから吾輩イヨイヨ溜飲を下げたもんだよ。
 とはいうものの……白状するが吾輩は、そのアトから直ぐに有志連中が調停に来るものと思って、実は手具脛てぐすねを引いて待っていたもんだ。……来やがったらドウセ破れカブレの刷毛序はけついでだ。思い切り向うずねを掻っ払ってくれようと思って、一週間ばかり心待ちに待っていたがトウトウ来ない。可怪おかしいと思って様子を探っていると、これも慌てて海に飛び込んだ頭株の四五人が、ヒドイ風邪を引いて寝てしまった。しかも、そのうちの一人は急性肺炎……モウ一人は心臓麻痺でポックリ死んでしまったので、それやこそ……死んだ友吉の祟りだ。友吉風ともきちかぜ友吉風というので何ともない奴までオゾ毛をふるって蒲団ふとんを引っかぶっているという……実に滑稽なお話だが、とにかくソレくらい恐ろしかったんだね。友吉たるものもっめいすべしだろう。……もっとも一方から考えてみると有志連中は懲役に行っても職業しょうばいを首にされる心配はない。だから役人連中に泣き付かれない限り調停に立つ必要もない。又、泣き付かれたにしたところが、二度と吾輩を丸め込む見込みはない……というないないの三拍子が揃っているんだから、知らん顔をして寝ていたんだろう。……ただし新聞社には遺憾なく手を廻わしたものと見えて、一行も書かなかった。だから結局、死んだ奴が死に損という事になった訳だ。
 不人情なものさね。
 しかし真剣なところが「友吉風邪」ぐらいの事で癒える吾輩の腹ではなかった。
 芸者や友吉は成仏しても、吾輩が成仏出来ない。吾輩が観念しても五十万人の怨みを如何いかんせんだ。……ドウするか見ろ……というので事件のあくる日から毎日事務所に立て籠もって向う鉢巻でこの報告書を書き初めたもんだが、サテ取りかかってみるとナカナカ容易でない。演説の方なら十時間でも一気呵成かせいだが、文章となると考えばかりが先走って困るんだ。おまけに唯一の参考書類兼活字引いきじびきともいうべき友吉おやじが居ないんだからね。ヤタラに興奮するばかりで紙数がチットもはかどらない。
 その間に有志連中の方では如才なく事を運んだらしい。吾輩との妥協を絶望と見て取って暗々裡あんあんりに事件を揉み消すと同時に、同じような手段でもって総督府の誰かを動かしたものと見える。吾輩の本官を首にした上に、各道で好意的に手続きをしていた組合費の徴収をピッタリと停止してしまった。実に陰険、悪辣あくらつな報復手段だ。山内さんが生きて御座ござったらコンナ事にはならないんだがね。せめてもの便たよりになる、藁塚産業部長までも中風で、郷里の青森県に寝て御座ござるんだから吾輩、陸に上った河童かっぱも同然だった。もっとも恩給を停止されなかったのが、せめてもの拾い物だったかも知れないが……ハッハッ……。

 そこで吾輩は断然思い切ってこの絶影島まきのしまの一角にこの一軒屋を建てて自炊生活を初めた。妻子を持たない吾輩にとっては格別の苦労じゃないからね。ここで本腰を入れて報告を書く決心をしたもんだが、書けば書くほど、朝鮮官吏の植民地根性がしゃくさわって来る。同時にこの素晴らしい爆薬の取次網をおおうべく、内地、朝鮮の有力者連中が、如何に非国家的な黒幕を張り廻わしているかが、アリアリと吾輩の眼底に映じて来た。友吉おやじの云いのこした言葉が、マザマザと耳に響いて来て、ペンを持つ手がブルブルと震え出すようになった。……そうだよ。あるい酒精中毒アルチュウから来た一種の神経衰弱かも知れないがね。しまいにはボンヤリしてしまって、ワケのワカラナイなみだばかりがボロボロ落ちて来るんだ。コンナ事ではいけないと思って、せれば焦せるほど筆がいう事を聞かなくなるんだ。呑兵衛のんべえ老医ドクトルも心配して、
「そいつは立派な動脈硬化じゃ。萎縮腎いしゅくじんも一所に来ているようじゃ。漢法に書痙しょけいという奴があるがアンタのは酒痙じゃろう。今に杯が持たれぬようになるよ。ハハハハ。とにかく暫く書くのを止めた方がえ。そうなるとイヨイヨ気がくのが病気の特徴じゃが、そこで無理をしよると脳髄のうずいの血管がパンクするおそれがある。そうなったら万事休すじゃ。拙者もアンマリ飲みに来んようにしよう」
 といったアンバイで、気の毒そうにおどかしやがるんだ。
 そこで吾輩も殆んど筆をとうぜざるを得なくなった。刀折れ、矢きた形だね。
 ……蒼天蒼天……吾輩の一生もこのまんま泣き寝入りになるのか。回天の事業、独力を奈何いかんせん……と人知れず哀号アイゴーを唱えているところへ又、天なるかなめいなる哉と来た。……りん青年……友吉の忰の友太郎が今年の盂蘭盆うらぼんの十二日の晩に、ヒョッコリと帰って来たのにはきもを潰したよ。
 ちょうどその十二日の正午過ぎの事だった。友吉の大好物だった虎鰒とらふぐを、絶壁がけの下から投上げてくれた漁師やつがあったからね。今の呑兵衛老医ドクトルと、非番だった慶北丸の来島運転士を、その漁師に言伝ことづけて呼寄せると、この縁側で月を相手に一杯やりながら、心ばかりの弔意を表しているところだった。何とかカンとか云っているうちに呑兵衛ドクトルもずるずるべったりに座り込んだ訳だ。
 むろん話といったら外にない。友吉おやじで持ち切りだ。
「結局、友吉おやじは諦めるとしても、あの忰の友太郎だけは惜しかったですね」
 と来島が暗涙を浮かめて云った。
「……ウン。吾輩も諦らめ切れん。あの時に櫓柄へヘバリ付いていた肉の一片ひときれをウッカリ洗い落してしまったが、あれは多分、友太郎のだったかも知れない。今思い出しても涙が出るよ」
 呑兵衛ドクトルも眼を赤くして関羽鬚かんうひげをしごいた。
「……ハハア……それは惜しい事じゃったなあ。あの子供の親孝心には拙者も泣かされたものじゃったが……その肉を拙者がアルコール漬にして保存しておきたかったナ。広瀬中佐の肉のアルコール漬がどこぞに保存して在るという話じゃが……ちょうど忠孝の対照になるからのう……」
んでもない。役人に見せたら忠と不忠の対照でさあ。僕を社会主義者と間違える位ですからね……ハハハハ……」
「ウン……間違えたと云やあ思い出すが、吾輩に一つ面目めんもくない話があるんだ。あんまり面目ないから今まで誰にも話さずにいたんだが……ホラ……吾輩と君とで慶北丸の横ッぱらを修繕してしまうと、君は直ぐに綱にブラ下ってデッキに引返したろう。吾輩は沖の水舟を拾うべく、抜手を切って泳ぎ出した……あの時の話なんだ。実際、この五十余年間にあの時ぐらい、ミジメな心理状態に陥った事はなかったよ」
「……ヘエ。溺れかかったんですか」
「……馬鹿な……溺れかかった位なら、まだ立派な話だがね……」
「……ヘエッ。どうしたんですか……」
「……その小舟に泳ぎ付く途中で、何だか判然わからないものが水の中から、イキナリ吾輩の左足にカジリ付いたんだ。ピリピリと痛いくらいにね」
「……ヘエ。何ですかそれは……」
「何だかサッパリわからなかったが、ちょうどアノ辺にふかの寄る時候だったからね。ここへ来たら大変だぞ……と泳ぎながら考えている矢先だったもんだから仰天したよ。咄嗟とっさの間にソレだと思って狼狽したらしい。ガブリと潮水を呑まされながら、死に物狂いに蹴放けはなして、無我夢中で舟に這い上ると、ヤット落付いてホッとしたもんだが……」
「……結局……何でしたか……それあ……」
「……ウン。それから釜山の事務所に帰って、銭湯せんとうに飛込むと、何か知らピリピリと足にみるようだから、おかしいなと思い思い、上框あがりかまち燈火あかりの下に来てよく見ると……どうだ。その左の足首の処に女の髪が二三本、喰い込むようにシッカリと巻き付いて、シクリシクリと痛んでいるじゃないか……しかも、そいつをつまみ取ろうとしても、肉に喰い込んでいてナカナカ取れない。……吾輩、思わずゾッとして胸がドキンドキンとしたもんだよ。多分、水面下でお陀仏だぶつになりかけていた芸者の髪の毛だったろうと思うんだが、今思い出しても妙な気持になる。……女という奴は元来、吾輩の苦手なんだがね。ハハハハ……」
 といったような懐旧談で、しきりに悽愴すごがってシンミリしている鼻の先へ、庭先の月見草の中から、白い朝鮮服を着て、長い煙管きせるを持った奴がノッソリと現われて来たもんだ。
 三人はその時にハッとさせられたようだった。しかし、そのうちに長い煙管が眼に付くと、
 ……ナアンダ朝鮮ヨボ公か……コンナ処まで浮かれて来るなんて呑気な奴も在るもんだ。アッチへ行け。何も無いオブソ何も無いオブソ
 というので手を振って見せたが動かない。そのうちに気が付いて見るとそれがまがいもない友太郎だったのにはギョッとさせられたよ。噂をすれば影どころじゃない。テッキリ幽霊……と思ったらしい。三人が三人とも坐り直したもんだ。
 ……ハハハ……ナアニ。聞いて見たら不思議でも何でもないんだ。
 何よりも先に××沖で例の一件を遣付やっつけた時の話だが……慶北丸に引かれた小船で、沖へ揺られて行く途中で早くも親父おやじの顔を見て取った友太郎がハッとしたものだそうだ。そこでもしやと思って親父の図星ずぼしを刺してみると果して「その通りだ。モウ勘弁ならん」と冷笑している。……これはいけない。こうなったら取返しの附かない親父だと思うには思ったが、何ぼ何でも吾輩の一身が案じられたもんだから一生懸命に親父の無鉄砲をいさめにかかったが……モウ駄目だった。
「……ナアニ。心配するな。轟先生の泳ぎは神伝流の免許取りだから一所いっしょに沈む気遣いはない。アトで拾い上げて大急ぎで釜山に帰るんだ。そのうちに先生を説伏ときふせて組合の巡邏船、鶏林丸に食糧と油を積んで、そのうちにズラカッてしまう。真直まっすぐに露領沿海州へ抜けて俺の知っている海岸で冬籠りの準備をする。春になったら砂金りだ。誰も寄り付けない絶壁の滝壺の中に一パイ溜まっているのを、お前と二人で見た事が在るだろう。……あすこへ行くんだ……あの瀑布たきの上の方を爆薬ドンでブチ壊して閉塞ふさいでしまえばモウこっちのもんだ。儲かるぜそれあ……轟先生は元来、正直過ぎるからイカン。役人の居る処はドウセイ性に合わん事を御存じないんだ。あんな人を一生貧乏さしといては相済まん。……朝鮮はモウ嫌じゃ嫌じゃ。西比利亜シベリアが取れたら沿海州へ行くと口癖に云うて御座ったから、コレ位、機会おりはない。モウ西比利亜には日本軍がワンワン這入っとるから喜んで御座るにきまっとる……それでも嫌なら今のうちに貴様もデッキに上っとれ。……俺が一人で遣っ付けてくれる。轟先生の演説ぐらいで正気附く野郎等じゃない……」
 という見幕だったのでトテも歯の立てようがなかった。しかし、それでも折角の先生の苦心がこれで打切りになるのか……親父おやじの一代もコレ切りになるのか……といったような事を色々考えているうちに胸が一パイになってしまった。
 ところが虫が知らせたのであろう。そう思っているうちにその言葉が遺言になってしまった。自分も一所に海へタタキ込まれてしまったが、間もなく正気に帰ってみると、水船の舷側にヘバリ付いてブカブカ遣っていることがわかった……ちょうど向側むこうがわだったから甲板デッキの上から見えなかったんだね。おまけにどこにも怪我けが一つしたような感じがしない。
 そこでコンナ処に居ては険呑けんのんだと気が付いたから、出来るだけ深く水の底を潜って、慶北丸の左舷の艙口ハッチから機関室に潜り込んだ。そこいらに干して在った葉服ぱふくを着込んで、原油オイルと粉炭を顔に塗付ぬりつけると知らん顔をしてポンプに掛かっていたが、混雑のサナカだったから誰にもわからなかった。スレ違った来島にも気付かれないで、無事に釜山へ帰り着いた……そこで又、吾輩の処へ帰ったら物騒だと考えたから、そのままドン仲間に紛れ込んで、海上を流浪する事十箇月……その片手間に親の讐敵かたきだというので、潜行爆薬モグリハッパの抜け道を探るべく、あらん限りの冒険をこころみていたが、お蔭で字が読めるようになっていた上に、朝鮮語と、柳河語と、東京弁が自由自在に利いたので非常に便利な事が多かった。
 すると又そのうちに吾輩がタッタ一人で、淋しい絶影島まきのしまの離れ家に引込んだ話を風の便りに聞いたので、これには何か仔細わけが在りそうだ。まだ帰るにはチット早いが、ソーッと様子を見てやろうと思って、一番お得意の朝鮮人に化けて帰って来てみると、なつかしい三人の声が聞こえて来る。それが一つ残らずあの世から聞いているような話ばかりなのでタマラなくなってここへ出て来ました。こうなったら、愈々いよいよ先生と死生を共にするばかりです。朝鮮人に化けていたら一所に居ても大丈夫でしょう。親父おやじと同様に使って下さい。ドンナ事でも致しますから親父の讐仇かたきを討たして下さい……という涙ながらの物語りだ。どうだい。今時には珍らしい青年だろう。

 この青年と、吾輩の半出来できの報告書を一所にして提供したら、いい加減お役に立つだろう。この二つを拠所どだいにして君が霊腕をふるったらドンの絶滅期してつべしじゃないか。
 ウンウン。の青年を君が引受けてくれると云うのか。ウンウン。そいつは有難い。東京の夜学校に通わしてくれる。……死んだ親父おやじがドレ位喜ぶか知れないぜ。
 この密告書はアイツの筆跡に相違ないよ。ここに来て吾輩の窮状を見ると間もなく書上げて、識合しりあいの船頭に頼んで、呼子よぶこから投函さしたものに違いないんだ。コイツが君の手にかかって物をいうとなれば、友吉おやじイヨイヨ以て瞑すべしだ。コレ位大きな復讐はらいせはないからね。
 ああ愉快だ。胸が一パイになった。アハハハ。笑わないでくれ。吾輩決して泣き上戸じゃないつもりだが……オイオイ友。友。友太郎……そこに居るか。チョット出て来い。遠慮する事はない。来いと云うたらここへ来い。アトを閉めて……サア来た……どうだい。立派な青年だろう。今では吾輩の忰みたようなもんだ。御挨拶しろ。御挨拶を……この人が吾輩の親友……有名な斎木検事正だ。ハハハハ。驚いたか。貴様の血で書いた手紙が御役に立ったんだ。そのためにわざわざ斎木君が来てくれたんだ。貴様の親父おやじ仇敵かたきを討ちに……。
 ……何だ何だ。泣く奴があるか……馬鹿……いくつになるんだ。……サア。こっちへ来てお酌をしろ。笑ってお酌をしろといったら。貴様も日本男児じゃないか……アハハハ……。
 斎木君……一杯受けてくれ給え……吾輩も飲むよ。……風速実に四十米突メートル……愉快だ。実に愉快だ。飲んで飲んで飲み死んでも遺憾はないよ……。
今日こんにち、君を送る、すべからく酔いを尽すべしイ……明朝、相憶あいおもうも、みち、漫々たりイ……じゃないか、アハハハハ……」





底本:「夢野久作全集6」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年3月24日第1刷発行
底本の親本:「氷の涯」春秋社
   1935(昭和10)年5月15日発行
※底本の「名画の屏風じょうぶ」を、「名画の屏風びょうぶ」に改めました。
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2003年12月13日作成
2005年5月21日修正
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