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人間腸詰(にんげんソーセージ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-10 10:02:31  点击:  切换到繁體中文


 そのうちに屋根のックリけえった、破風造はふづくりのお化けみてえな台湾館が赤や青で塗り上って、聖路易セントルイスの博覧会がオッぱじまる事になりますと、今のノスタレとオーム・シッコが二人でフロッキコートてえ活弁かつべんのお仕着せみてえなものを着込んで入口の処へ突立って、藤村さんからおそわった通りの英語を、毎日毎日大きな声で怒鳴るんです。
「じゃぱん、がばめん、ふおるもさ、ううろんち、わんかぷ、てんせんす。かみんかみん」
 お笑いになっちゃ困ります。何てえ意味だかチットモ知らなかったんで……最初のうちは茶目好きの藤村さんが「右や左のお旦那様」を英語で教えたんじゃねえかと思ってましたがそうでもないらしいです。お大師様の「あぼきゃあ兵衛べえ露西亜ロシヤのう、中村だあ」式の英語で、毛唐の厄払いか、荒神まつりの文句じゃねえかともかんげえてみましたがそうでもないらしんで……ズットあとになって聞いてみましたら「日本じゃぱん専売局がばめん台湾ふおるもさ烏龍茶ううろんち一杯わんかぷ十銭てんせんすイラハイかむいんイラハイかむいん」てんですから禁厭まじないにも薬にもなれあしません。
 もっともこのおはらいの文句の意味が、そんなに早くからわかってたら、あっし生命いのちは無かったかも知れません。舶来の腸詰ソーセージになっちゃって、毛唐の糞小便くそしょうべんに生れかわっていたかも知れねえんで……変テコなお話でゲスが人間の運てえものは、ドンナ事から廻り合わせて来るか知れたもんじゃ御座んせん。正直のところ「わんかぷ、てんせんす」と米のる木があっし生命いのちの親なんで……。
 とにかくソイツを訳のわからねえまんまに台湾館の前に突立って、滅法矢鱈めっぽうやたらに威勢よく怒鳴っているとドシドシ毛唐が這入って来る。台湾館の中では選抜よりぬ飛切とびきりの台湾生れの別嬪べっぴんが、英語ペラペラで烏龍茶の講釈をしながら一枚八セント芭蕉煎餅ばしょうせんべいを出してお給仕をする。その毛唐らが這入りがけや出て行きがけにあっしとノスタレに五セントか十セントずつ呉れて行きます。たまには一ドルも五ドルも呉れる奴が居る。そうかと思うと何も呉れねえでソッポ向いて行く猶太人ジューみてえな奴も居るってな訳で、いいお小遣いになりやしたよ。
 そのうちに英語がチットずつわかって参りやした。水の事を「ワラ」ってんで……ワラワセやがるてのは、これから初まったのかも知れません。舟に乗って来るのがナベゲタ。席亭話よせばなし鍋草履なべぞうりてえのと間違いそうですね。女の事が「レデー」ですから男の事が「デレー」かと思ったら豈計あにはからんや「ゼニトルマン」でげす。成る程これあ理窟でゲスが失礼したくなりますね。奥さんのことが「マム」……「女はマモノ」ってえ洒落しゃれかも知れませんがドウカと思いますよ。「お早よう」てのが「グルモン」、こいつは「グル」だけでも間に合います。江戸ッ子の「コンチワ」が「チヤア」で済むようなもんでげしょう。今晩はが「グルナイ」。「勝手にしゃアガレ」てクッ付けてやりてえくれえで……「左様なら」が「グルバイ」……どうしてこう毛唐はグルグル云いたがるんだか……けだものから人間になり立てみてえで……もっとも毛唐は毛の字が付くだけに手も足も毛ムクジャラですからね。女なんかでも顔はパヤパヤとしただらけで身体からだ中は鳥の毛を※(「てへん+劣」、第3水準1-84-77)むしったようにブツブツだらけでゲス。傍へ寄ると動物園臭くって遣り切れませんがね。男でも女でも物を呉れるたんびに「タヌキ」と云ってやると喜んでいるんですからヤッパリけだものなんでげしょう。
 ところが、その毛唐のタヌキ野郎に非道ひどい目に合わされたお話なんで……けだものだけに悪智恵にかけちゃ日本人はかないませんや。
 あっし等が人寄せをやっている台湾館の中には六人の台湾娘が居て、お茶の給仕をしておりました。そいつ等の名前なめえは三十年もめえの事ですから忘れちゃいましたが、何でもフン、パア、チョキ、ピン、キリ、ゲタってな八百屋の符牒みたいな苗字の女の子が、揃って台湾り抜きの別嬪ばかりなんで、年はみんな十七か八ぐれえの水の出花でばなってえ奴でしたが、最初っからの固いお布告ふれで、そんな女たちに指一本でも指したら最後のすけ、お給金が貰えねえばかりでなく、亜米利加でタタキ放しにするという蛮爵ばんしゃく様からの御達しなんで、おまけに藤村さんは藤村さんで、一足でも博覧会場から踏み出すことはならねえ。亜米利加の町にはギャングとかガメンとかいう奴がどこにでも居て昼日中でも強盗や人浚ひとさらいをやらかす。気の弱い奴と見たらピストルで脅威おどかして大盗賊おおどろぼうや密輸入の手先にしちまうから気を附けろ。一度ソンナ奴に狙われたら生きて日本にけえれねえからそう思えってサンザ威嚇おどかされておりましたからね。何の事あねえ不動様の金縛りを喰った山狼やまいぬみてえな恰好で、みんな指をくわえて、唾液つばきを呑み呑みソンナ女たちを眺めているばかりでした。
 可哀相に女の出来ねえ職人たら歌を忘れたカナリアみてえなもんで……ヘエ。あっしゃ今でも気が若い方なんで、その頃はまだ三十になるやならずの元気一杯の奴が、青いをしたセルロイドじゃあるめえし、言葉も通じなけあ西も東もわからねえ人間の山奥みてえな亜米利加三界へ連れて来られて、毎日毎日そんな別嬪たちの色目づかいを見せ付けられながら涙声を張り上げて、
「わんかぷ、てんせんす。かみんかみん」
 をやらされているんですから、たまりませんや。ノスタレ爺もオームのオシッコも眼が釣上っちゃって、今にもポンポンパリパリと破裂しちまいそうな南京ナンキン花火みてえな気もちになっちまいましてね。哀れとも愚かとも何とも早や、申上げようのない「ふおるもさ、ううろんち」が一つい、出来上ったもんでゲス。
 ところがここに一つうまい事が持上りました。その女たちの中でも一等さばけるピンちゃんとチョキちゃんという二人がノスタレだかオシッコだかわかりませんが病気になっちゃったんで、とりあえずの埋め合わせに聖路易セントルイスの支那料理屋に居たというチイチイっていうのとフイフイっていうのと二人の別嬪が手助けに来たんでげす。何しろ一人で卓子テーブルを六つずつも持っているんで一人欠けても頬返ほおげえしが附かないですからね。占めた。こいつは有難いことになったもんだとあっしは内心でゾクゾク喜んじゃいました。ねえ。そうでしょう。今まで居た女には指一本さしても不可いけなかったかも知れねえが、今度来た女なら差支さしつけえなかろう。しかも向うが二人前ならこっちも二人前と云いてえが、片っ方が禿頭はげあたまの赤ッ鼻のノスタレじゃ問題にならねえ。若さといい、男前といい、一番くじ本鬮ほんくじはドッチミチこっちのもんだがハテ。ドッチから先にはしを取ろうかテンデ、知らん顔をして「わんかぷ、てんせんす」のおまじないを唱えながら二三日ジッと様子を見ているとドウです。このチイちゃんとフイちゃんの二人が一緒に、あっしの方へ色目を使い初めたじゃ御座んせんか。
 ヘヘ……どうも恐れ入りやす。おっとっと……こぼれます、こぼれます。どうもコンナに御馳走になったり、勝手なお惚気のろけを聞かしたりしちゃ申訳もうしわけ御座んせんが、ここんところが一番恐ろしい話の本筋なんで致方いたしかたが御座んせん。どっちみち混線させないようにお話しとかないと、あとで筋道がわからなくなりやすからね。ヘヘ、恐れ入りやす。
 二人のうちでもフイフイっていうのは、まだ十七か八の初々ういういしい聡明りこうそうなをした、スンナリとした小娘でしたが、あっしに色目を使いはじめたのはドウヤラ此娘こいつの方が先だったらしいんです。台湾館に来る匆々そうそうからどうやら物を言いたそうな眼付きをして、あっしの方を見ておったように思いますがね。そいつを一方のチイチイってやつが感付いて横槍を入れたものらしいんです。ヘエヘエ。その通りその通り。あっしの取り合いっこが始った訳なんで、ヘヘヘ。ヘエヘエ。大した色男になっちゃったんで……油をかけちゃいけません。ああ暑い暑い……イエイエ。モウ頂けやせん。ロレツが廻らなくなっちゃ困るんで……アトにモノスゴイ話がつながってるんでゲスから……ヘエ。

 ……というのはこのチイチイって奴が大変なものなんでげす。あとから聞いた話では支那人と伊太利イタリ人の混血娘あいのこだったそうですが、とても素晴らしい別嬪でげしたよソレア。おまけにテエブルの六ツは愚か二十でも三十でも持って来て下さい。一人でさばいて見せるからナンテ大それた熱を吹きやがって、来る早々から仲間に憎まれておりましたがね。生やさしい女じゃ御座んせんでしたよ。
 そうですねえ。年はあれでも二十二三ぐらいでしたろうか、スッカリ若返りにしておりましたので一寸見ちょっとみはフイちゃんよりも可愛いくれえで、フイちゃんとお揃いの前髪を垂らして両方の耳ッたぼに大きな真珠をブラ下げたやつが、翡翠ひすい色の緞子どんすの服の間から、支那チャンチャン一流のげ付くような真紅の下着の裾をビラ付かせながらジロリと使う色眼の凄かったこと……流石さすがあっしも一ぺんにダアとなっちゃったんで……流石のだけ余計かも知れませんが、誰だってアイツにぶつかったらタッタ一目のアタリ一発でげしょう。ハタからフイちゃんがオロオロ気を揉んでいるようでしたが、そうなるとモウ問題じゃ御座んせん。
 その場でインキを二つ三つぶっ付け合うと……ヘエ……ウインクですか……どうも相すみません。亜米利加じゃインキの方が通りがいいんで……ツイうっかり、そのインキの方にきめちゃったんで……そいつに気が付くとフイちゃんが慌てて卓子テーブルの向うからあっしに手を振って見せましたが、そうなったら夢中でゲスから気にも止めません。ただその時にフイちゃんを振り返って睨み付けたチイちゃんの眼付の怖しかった事ばっかりは今でも骨身にコタえて記憶おぼえております。その睨みにぶつかったフイちゃんが、真青になってフラフラとブッ倒おれそうになったんですからね。あっしもズットあとになって、そのチイちゃんの睨みの恐ろしい意味がわかってスッカリ震え上がっちゃったもんですがね。
 その晩のことです。あっしは台湾館の地下室で一緒に寝ているノスタレ爺に感づかれないようにソーッと起き出して、首尾よく台湾館を抜け出しちゃいました。それから約束通り噴水の横でチイちゃんに会って、演芸館の裏で夜間出勤のサンドウィチマンを二人買収して、チイちゃんと二人で薄い布張りの四角い箱の中に這入って、入口の看守にテケツだけ見せて会場を抜け出しました。アトからかんげえるとあっしゃこの時にいい二本棒に見立てられていたんですなあ。節劇ふしげきの文句じゃ御座んせんが「殺されるとはつゆ知らず」でゲス。屠所としょの羊どころじゃねえ。大喜びで腸詰ソーセージになりに行ったんですからね。
 博覧会の会場を出るともう、カイモク西だか東だかわからねえ聖路易セントルイスの町つづきでさあ。イルミネーションの海の底を続きつながって流れて行く馬車と電車の洪水でサ。その頃はまだ亜米利加にも円タクなんてものが無かったんですからね。
 あっしの先に立ったチイちゃんは、一町ばかり行った処の薄暗い町角に在るポストの下で立停たちどまりましたから、あっしもその横で立停まって巻煙草に火をけました。すると間もなく白い馬を二頭附けた立派な馬車が来て、ポストの前に止まりましたが、それを見るとチイちゃんはイキナリ広告サンドイチの服を脱いで地面じべたに放り出して、その馬車に飛乗って手招きするんです。ですからあっしも慌てて女の真似をして馬車に飛乗るトタンに、前後左右のスクリンをおろしたチイちゃんあっしの首ッ玉にカジり付いてチュウッ……ヘヘヘ……どうも相すみません。ここがヤッパリその本筋なんで……このチュッてえ奴が腸詰ソーセージ材料タネに合格のアニリンスタムプみてえなチューだったんで……実際眼がくらんじまいましたよマッタク。いい芳香におい臓腑はらわたのドン底までみ渡りましたよ。そうなると香水だか肌のにおいだか解かれあしません。おまけにハッキリした日本語で、
「まあ……よく来てくれたねえ、アンタ」
 と来たもんです。
 トタンに前後の考えなんか、笠の台と一緒にどっかへふッ飛んじゃいましたね、キチガイが焼酎しょうちゅうを飲んで火事見舞に来たようなアンバイなんで……暫くして女がスクリンを上げてから気が付いてみると、その馬車の走り方のスゴイのにチョット驚きましたよ。ほかの馬車をグングン抜いて行くので、金ピカ服の交通巡査が何度も何度も向うから近付いて来て手を揚げて制止とめにかかったようでしたが、私等あっしらの馬車に乗っている黒い頬鬚ほおひげはやした絹帽シルクハットの馭者がチョットむちを揚げて合図みたいな真似をすると、どの巡査もどの巡査も直ぐにクルリと向うを向いて行っちまったんです。
 それが右へ曲っても左に曲っても、どこまで行ってもどこまで行ってもそうなんですから、あっしはだんだん不思議になって来ましたが、アトから聞いてみると無理もない話です。その馭者というのが旦那様……聖路易セントルイス切ってのギャングの大親分で、カント・デックてえ凄い奴だったそうです。聖路易セントルイスの町中の巡査はミンナこのデックの乾分こぶんみてえなものだったってえんですから豪勢なもんで……しかも一緒に乗っている支那娘のチイちゃんと、もう一人のフイちゃんとは揃いも揃ってこのカント・デックのめかけだって事がそんな時のあっしにわかったら、そのまんま目をまわしちゃったかも知れませんね。地球が丸いどころの騒ぎじゃ御座んせんからね。
 それでなくとも何だか少々、薄ッ気味が悪くなりかけているところへ馬車が止って、一軒の立派な明るい店の前に着きました。チイちゃんはそこであっしのキタネエ首根ッ子に今一つキッスをしますと、あっしの手を引きながらその店の中に這入って行きましたが、それは大きなレコード屋だったんですね。スバラシイ花輪や流行児はやりっこの歌い手らしい男や女の写真が、四方の壁一パイに並んでいる店の広間へ、縦横十文字に並んだ長椅子にりかかった毛唐と女唐めとうとが、フロック張りの番頭や手代の鳴らすレコードを知らん顔をして聞いていたようです。

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