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超人鬚野博士(ちょうじんひげのはかせ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-10 9:55:47  点击:  切换到繁體中文


     天狗猿教授

 ……どうしてソンナ奇抜な商売を思い付いたかって云うのか。ナアニ、吾輩が発明したんじゃない。向うから発明してくれたんだ。
 前にも話した通り吾輩は、パトロンの有閑未亡人亜黎子ありこさんの爆発昇天後、世の中がひもの切れた越中褌えっちゅうふんどしみたいにズッコケてしまって何をするのもイヤになった。毎日毎日どこを当てどもなく町中をブラブラして、料理屋のハキダメを覗きまわったり、河岸縁かしっぷちかにと喧嘩したり、子供の喧嘩を仲裁したり、どぶに落ちたトラックを抱え上げてやったりしているうちに或日の事、大学校の構内へ迷い込んだ。吾輩これでも亜黎子未亡人のお蔭で、世界有数の大学者になっているんだから、学問の臭いをぐとなつかしい。どこかで学者らしい奴にめぐり会わないかなあ、会ったら一つへこましてやりたいがなあ……なんかと考えながら来るともなく法医学部の裏手に来ると、紫陽花あじさいの鉢を置いた窓から吾輩を呼び止めた奴がある。
「オイ君君……君……ちょっと……」
 見ると相当の老人だ。顔が天狗猿てんぐざるみたいに真赤で、頭の毛がテリヤみたいに銀色に光っている奴をマン中から房々ふさふさと二つに別けている。太眉ふとまゆが真黒でひげは無い。そいつが鼻眼鏡をかけて白い服を着て、紫陽花の横から半身を乗出したところは何となく妖怪じみている。処女見たいな眼を細くして金歯をキラキラ光らしているから一層、気味が悪い。一見して容易ならぬ学者だという事がわかる。
「……君……一つ頼みたい事があるんだが」
 学者だけに常識が無いらしい。初対面の人間に物を頼むのに、窓越しに頼むという法は無い。吾輩も腕を組んだまま、振返って返事してやった。
「何の御用ですか」
 天狗猿がニッコリと笑った。
「君は実験用の犬屋だろう」
 吾輩は面喰らった。そんな商売が在る事を、その時がその時まで知らなかったもんだから思わず自分の姿を見まわした。成る程、煙突の掃除棒みたいな頭に底の無いカンカン帽をかぶっている。右の袖の無い女の単物ひとえものの上から、左の袖の無い男浴衣を重ねて、縄の帯を締めている。河岸の石垣の上から穿いて来た赤い鼻緒の日和下駄ひよりげたを穿いているが、これはどうやら身投みなげ女の遺留品らしい。成る程、実験用の犬屋というものはコンナ姿のもんかなと思ったから黙ってうなずいた。天狗猿もうなずいてポケットを探りながら半分ばかり残っている朝日の袋とマッチを差出した。
「吸わんかね……君……」
「呉れるんですか」
「うん。君は好きだろう。歯が黒い」
 吾輩は気味が悪くなった。天狗猿の奴、吾輩を呑込んでいるらしい。
「まあ御用を承ってからにしましょう」
「アハハ。恐ろしく固苦しいんだね君は……ほかでもないがね。実は今まで僕の処に出入りしていた実験用の犬屋君が死んじゃったんだ。腸チブスか何かでね。おかげで実験が出来なくなって困っているのは僕一人じゃないらしいんだ。本職の犬殺し君に頼んでもいいんだが、生かして持って来るのが面倒臭いもんだから高価たかい事を吹っかけられて閉口しているんだ。君一つ引受けてくれないか。往来から拾って来るんだから訳はないよ。一匹一円平均には当るだろう。猫でもいいんだが……」
「つまり犬殺しの反対の犬生かし業ですね」
「まあ……そういったようなもんだが立派な仕事だよ。往来の廃物を利用して新興日本の医学研究を助けるんだからね。君が遣ってくれないと困るのはこの大学ばかりじゃないんだ。向うの山の中に在る明治医学校でも実験用の動物を分けてくれ分けてくれってウルサク頼んで来ているんだからね。大した国益事業だよ」
 吾輩は天狗猿の口の巧いのに感心した。丸い卵も切りようじゃ四角、往来の犬拾いが新興日本の花形なんだから物も云いようだ。
「やってみてもいいですが、資本が要りますなあ」
「フウン……資本なんか要らん筈だがなあ」
「要りますとも……犬に信用されるような身姿みなりを作らなくちゃ……」
「アハハ、成る程……どんな身姿かね」
「二重マントが一つあればいいです。それに山高帽と、靴と……」
恰度ちょうどいい。ここに僕の古いのがある。コイツを遣ろう」
 と云ううちに最早もう、古山高と古マントと古靴を次から次に窓から出してくれたので、流石さすがの吾輩も少々けむに巻かれた。
洋傘こうもりは要らんかね」
「モウ結構です。先生のお名前は何と仰言おっしゃるのですか」
「僕かね。僕は鬼目おにめという者だ。この法医学部を受持っている貧乏学者だがね」
 吾輩は思わず貰い立ての山高帽を脱いだ。鬼目博士の論文ならかつて亜黎子未亡人の処で読んだ事がある。その頃まで、三十年前頃までは、微々として振わなかった日本の法医学界に、指紋と足痕あしあとの重要な研究を輸入した科学探偵の大家だ。
「学界のためだ。シッカリ奮闘してくれ給え。君を見込んで頼むんだ」
「しかし……しかし……」
「しかし何だい。まだ欲しいものがあるかい」
「イヤ、先生はドウして僕が、この仕事に適している事をお認めになったんですか」
「アハハ、その事かい。それあ別に理由わけは無いよ。君の過去を知ってるからね」
「エッ、僕の過去を……」
「僕は度々君の軽業を見た事があるんだよ。君がドコまで不死身なのか見届けてやろうと思ってね。毎日毎日オペラグラスを持って見に行ったもんだよ。だから君があの木乃伊ミイラ親爺を殺したホントの経緯いきさつだって知っているんだよ。あの未亡人を爆発させた火薬と、バルチック艦隊を撃沈した火薬が、同しものだってことも察しているんだよ。ハハハ」
 吾輩は聞いているうちに全身が汗ビッショリになった。コンナ頭のいい恐ろしい学者が人間世界に居ようとは夢にも思わなかったので今一度シャッポを脱いで窓の前を退散した。
 人生意気に感ず。武士はおのれを知る者のために死すだ。考えてみると吾輩というこの人間の廃物を拾い上げてくれた奴は、次から次に、吾輩のために非業ひごうの死を遂げて行くようだ。最初が木乃伊ミイラ親爺、その次が有閑夫人亜黎子、いずれも吾輩と似たり寄ったりの廃物揃いであったが、今度はどうして廃物どころじゃない、日本第一の法医学者、鬼目博士と来ているんだから間誤間誤まごまごしているとこっちがくらい負けしてしまうかも知れない。むろんこっちでも恩をあだで返す了簡りょうけんなんか毛頭無いんだが……とにもかくにも吾輩の博士製造業……往来の犬生かし事業は、こうして天狗猿の鬼目博士からさずかったものなんだ。

     ウンコ色貴婦人

 そうだよ。目下のところ、吾輩は犬が専門だよ。以前もとは猫もやっていたが、アイツは中々手数がかかるんだ。
 猫という奴は芸者と同様ナカナカ一筋縄では行かない。ニャアニャアいって御機嫌を取るようだが、元来は猛獣なんだからそのつもりでいないと非道ひどい目に会う。その猛獣一流のハッキリした個人主義を伝統していて、自分以外のもの一切を敵と心得ている奴が猫だ。物蔭から「フッ」というと間一髪の同時に身構えるという、講道館五段以上の達人だから容易な事では手に合わない。もっともまむしを手掴みにする商売人も居るんだから練習すると相当に掴めるんだが、持って帰るのが面倒だ、中々マントの内ポケットにジッとしてなんかいないんだから袋の口をぼたんで止めとかなくちゃならん。
 だからコイツは釣るの一手だ。何でも構わないからコマギレを引っかけた釣針に糸を附けた奴を、人通りの無い横露路か何かで、適当な猫の隠れ場所の在る近くに結び付けておくと、やっこさん、散歩のついでに通りかかって引っかかる。チクリと来ると吐出はきだすが又、喰う。そのうちにかぎが舌に引っかかるんだが、引っかかったら最後、決して啼かないから妙だ。
「ミイやミイや」
 なんて抱主かかえぬしが探しに来てもジイッと塵箱ごみばこの蔭なんかに隠れてしまうからナカナカ見付からない。頃合いを見計らって、そいつを拾ってまわると一日に五匹や六匹は間違いない。釣針に附いた糸をマントのボタンに捲付まきつけておけば神妙に黙ったまま藻掻もがいている。
「まあまあ可愛相かわいそうに……コンナ非道ひどい事をして……ジッとしておいで、はずして上げるから。イクラおさかなを盗んだってアンマリじゃないか。死んだら化けて出ておやり。憎らしい……」
 なんていうのには百のうち一つも行当らない。
 もう一つ猫をやめた理由は、ドウも犬と猫との間に需要、供給の不公平があるらしい。犬の余り物の方が実際上、猫よりも遥かに多いんだ。
 俗に三味線太鼓といって三味線は猫の皮、太鼓は犬の皮ときまっているらしいが、猫の皮は日本国中、自惚うぬぼれ瘡毒気かさけの行渡る極み、津々浦々までペコンペコンとやっているが、太鼓の方はそうは行かない。イクラ非常時だからといったってあっちへドンドンこっちへドンドンやっていたら日本中が「お月様イクツ」になってしまう。だからワンワンのすたり物の方がニャアニャアのルンペンよりも遥かに多い訳だ。
 もっともいくらワンワンだって、無鑑札の廃物ばかりを狙っている訳じゃない。時には必要に応じて有鑑札のパリパリを狙う事もある。コイツは極く内々の話だがトテモ珍妙な事件が在るんだ。ツイこの頃の事だ。
 今云った天狗猿博士の乾分こぶんで、法医学の副手をやっている男が、是非とも中位のセパードが一匹欲しい。軍用犬の毒物に対する嗅覚と、その毒物に対する解剖学上の反応を調べてみたいのだが、ナカナカ手に入らないので困っている。金は十円ぐらいまで奮発するから一つやってくれ。鬚野先生以外にお頼みする人が居ないのだから……と恐ろしく煽動おだてやがったから特別を以て引受けてやった。
 そこでその副手から鋭利なゾリンゲン製のはさみを一挺借りて、その日一日中と、あくる日の夕方までかかって市中の屋敷町という屋敷町をホツキ歩いたが、誰でも知っている通りセパード級の犬になるとどこのうちでもナカナカ外へ出さない。タマタマ出していてもゾッとする位大きな奴だったり、頑丈な男が鎖で引っぱっていたりして注文通りの奴に一度も行当らない……これでは日当にならない。ほかの雑犬ざっぱあさって数でコナシた方が割がいい。これ位で諦らめて鋏を返してしまおうか知らんと胸算用をしいしい来るともなく、市内でも一等繁華な四角よつかど交叉点こうさてんへ来てて、ボンヤリ立っているうちに、居た居た。生後三箇月ぐらいの手頃のセパードで、おあつらえ向きに革の細い紐で引っぱられている。しかも引っぱっている奴は四十五六ぐらいに見える貴婦人だ。
 吾輩は元来、貴婦人気取の女が嫌いでね。都合よくエライ親父かエライ亭主に取当ったのを自慢にして、ほかの女とは身分が違うような面付かおつきをしている……その根性がイヤなんだ。貴婦人と普通の女の違いは、債券に当った奴と当らない奴だけの違いじゃないか。
 しかもその身分違いをハッキリさせるために、平民が寄付けないようなドエライ扮装をらしやがる。薄黒いドーナツづら蒟蒻こんにゃく白和しらあえみたいに高価たかいお白粉しろいをゴテゴテと塗りこくる。自分の鼻が慣れっこになればなるほど、強烈な香水を振りかけるから、何の事はない、塗り立てのコールタールだ。目の見えない奴は新しいポストと間違えてけて行くだろう。気の強い奴は処女に見せかける了簡と見えて、頬ペタをベタベタと糞色うんこいろに塗上げている。おまけに豚のけつみたいな唇を鮮血色にいろどっているから、食後なんかにお眼にかかるとムカムカして来るんだ。特権階級を気取るつもりらしく、ヤタラに銀狐の剥製か何かを首に巻いているが、その銀狐の面付つらつきの方が、直ぐお隣の御面相よりもよっぽどシャンなんだから滑稽じゃないか。のみならず、せめてブルドッグでも召連れていれば多少の参考になるところだが、りに選って眉目清秀のセパードなんかを引っぱっているからイヨイヨ以て助からない。

     冒険大泥棒

 その繁華な交叉点で吾輩がぶつかったのは、ちょうどその助からない種類の貴婦人だった。全体にムクムクとふくれ返って、大水で流れて来たか、花火から落ちて来たみたいな四十五六の処女らしい身装みなりの奴が、ゴーストップの開くのを待っているらしく、航空郵便の横に突立って、白ペンキ色の襟首と、毒々しいウンコ色の横顔を見せている。これじゃ何ともなくともチョット悪戯いたずらをしてみたくなる恰好じゃないか。
 しかし吾輩は考えたよ。
 ここは恐ろしく場所が悪い。ちょっとでも通行人に気付かれたら運の尽きだと思ったが……しかしだ。「天の与うるところのものを取らずんば、取らざるにまさる後悔あり」とね、「機会は再び来らず」という鼠小僧の遺訓を思い出したものだから一つ思い切って決行した。貴婦人が引っぱっている革の紐のたるんだところを目がけて、例の鋏でチョン切る。トタンに例の手で犬をポケットに納めるという離れ業を試みた……。
 ……つもり……だったがアニはからんやだ。天なるかなめいなる哉だ。アニが計らずに弟が計ったものと見えて、革の紐をチョン切ったトタンに向うのゴーストップが青に変った。トタンに待構えていた貴婦人が向うへ歩き出す。トタンに手の革紐が軽くなったのに気が付いて振返る。トタンに吾輩が犬の首ッ玉を吊るしてポケットに半分納めかけている現場が見えた。トタンに失策しまった……と思った吾輩が、その貴婦人のヨークシャづらを睨んでニタニタと笑って見せた。トタンにその貴婦人が、鳥だか獣だか、わからない声をあげてフラフラと前へのめった。トタンに横合いからすべって来たドッジの箱自動車セダンが、その貴婦人の在りもしない鼻の頭を、奇蹟的に突飛ばして停車した。トタンに貴婦人の意識にも奇蹟のブレーキが掛かったらしく両足を上にしてヒャーッと顛覆てんぷくする。トタンに吾輩が投出したセパードが御主人のお尻の処を嗅ぎまわって悲し気に吠え立てる。トタンに通りかかった野次馬がワアーと取巻く。そこいら中がトタンだらけになっちゃって、何がどうして、どうなったんだかテンヤワンヤわからない状態に陥ってしまった。
 これを見た吾輩はホッとしたね。この調子なら吾輩が仕出かした事とは誰も気付くまい……と思ったから何喰わぬ顔で野次馬を押分けた。その伸びちゃっている貴婦人の頭の処へ近付いて大急ぎで脈を取って見た。それからまぶたを開いて太陽の光線を流れ込まして見ると、茶色の眼玉を熱帯魚みたいにギョロギョロさしている。たしかに、まだ生きている事がわかったので今一度ホッとしたね。
「ワア……テンカンだテンカンだ……」
「そうじゃねえ、行倒れだ」
「何だ何だ。乞食かい……」
「ウン。乞食が貴婦人を診察しているんだ」
「……ダ……大丈夫ですか」
 とドジを踏んだ運転手が、吾輩の顔を覗き込んだ。青白い銀狐みたいな青年だ。
「何だ何だ。死んだんか。怪我けがをしたんか」
 と馳付はせつけて来た交通巡査が同時に訊いた。察するところ、運転手の方は生きている方が好都合らしく、巡査の方はこれに反して、死んだ方が工合がいいらしい口ぶりだ。面喰らったセパードは、まだ貴婦人のお尻の処を嗅ぎまわってドッチ附かずに吠えている。
「どうしたんだ。ヘタバッたのかい」
「ナアニ。鼻が千切ちぎれたんだよ。キット……俺あ見てたんだが」
「ベリベリッと音がしたじゃねえか。助からねえよ。急所だから……トテモ……」
 何かと云っているところを見ると野次馬の連中も巡査と同感らしい。人生貴婦人となるなかれだ。
 しかし厳正なる医師の立場に居る吾輩は、遺憾ながら運転手君に味方しなければならない事をこの時、既に既に自覚していた。貴婦人は最早もはや呼吸いきを吹返している。ただキマリが悪いために狸の真似をしている事実を、吾輩はチャンと診断していたのだから止むを得ない。
 吾輩はダカラ勿体もったいらしく咳払いを一つした。
「……エヘン……これは大丈夫助かります。大急ぎで手当をすればね。脳貧血ヒルンアネミーと、脳震盪ゲヒルンエルシュテルンシが同時に来ているだけなんですから……」
「何かね。君は医師かね」
 と新米らしい交通巡査が吾輩を見上げ見下した。吾輩は今一つ……エヘン……と大きな咳払いをした。それから悠々と長鬚をしごいて見せた。
「そうです。大学の基礎医学で仕事をしている者です。天狗猿……イヤ。鬼目教授に聞いて御覧になればわかるです。……そんな事よりも早くこの女の手当をした方がいいでしょう。今、処方を書いて上げますから……誰か紙と鉛筆を持っておらんかね」
「ハ。……コ……ここに……」
 と云ううちにドッジの運転手が、わななく手で差出した手帳の一枚を破いた吾輩は、サラサラと鉛筆を走らせた。
「早くこの薬を買って来たまえ。間に合わないと大変な事になるぞ」
「……か……かしこまり……」……ました……と云わないうちに運転手はエンジンをかけたままの運転台に飛乗った。アッという間に全速力フルスピードをかけて飛出した。

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