けれども太郎は生れ付きの柔順さで、正直に母親の遺言を守って、いくら友達に誘われても線路を歩かなかったらしく、毎日毎日国道の泥やホコリで、下駄や足袋を台なしにしていた。一方に彼は、いつもそうした太郎の正直さを見るにつけて……これは無論、俺が悪い。俺が悪いにきまっているのだ。だけど学校は遠いし、余計な仕事は持っているしで、モトモト自炊の経験はあったにしても、その上に母親の役目と、女房の仕事が二つ、新しく加わった訳だから、登校の時間が遅れるのは止むを得ない。だから線路を通るのは万止むを得ないのだ……。
なぞといったような云い訳を毎日毎日心の中で繰り返しているのであった。当てもない妻の霊に対して、おんなじような詫びごとを繰返し繰返し良心の呵責を胡麻化しているのであった。
ところが天罰覿面とはこの事であったろうか。こうした彼の不正直さが根こそげ曝露する時機が来た。しかし後から考えるとその時の出来事が、後に彼の愛児を惨死させた間接の……イヤ……直接の原因になっているとしか思われない、意外千万の出来事が起って、非常な打撃を彼に与えたのであった。
それはやはり去年の正月の大寒中で、妻の三七日が済んだ翌る日の事であったが…………………………………………。
……ここまで考え続けて来た彼は、チョット鞄を抱え直しながら、もう一度そこいらをキョロキョロと見まわした。
そこは線路が、この辺一帯を蔽うている涯てしもない雑木林の間の空地に出てから間もない処に在る小川の暗渠の上で、殆んど干上りかかった鉄気水の流れが、枯葦の間の処々にトラホームの瞳に似た微かな光りを放っていた。その暗渠の上を通り越すと彼は、いつの間にか線路の上に歩み出している彼自身を怪しみもせずに、今まで考え続けて来た彼自身の過去の記憶を今一度、シンシンと泌み渡る頭の痛みと重ね合わせて、チラチラと思い出しつづけたのであった。
そのチラチラの中には純粋な彼自身の主観もあれば、彼の想像から来た彼自身に対する客観もあった。暖かい他人の同情の言葉もあれば、彼の行動を批判する彼自身の冷めたい正義観念も交っていたが、要するにそんなような種々雑多な印象や記憶の断片や残滓が、早くも考え疲れに疲れた彼の頭の中で、暈かしになったり、大うつしになったり、又は二重、絞り、切組、逆戻り、トリック、モンタージュの千変万化をつくして、或は構成派のような、未来派のような、又は印象派のような場面をゴチャゴチャに渦巻きめぐらしつつ、次から次へと変化し、進展し初めたのであった。そうして彼自身が意識し得なかった彼自身の手で、彼のタッタ一人の愛児を惨死に陥れて、彼をホントウの独ポッチにしてしまうべく、不可抗的な運命を彼自身に編み出させて行った不可思議な或る力の作用を今一度、数学の解式のようにアリアリと展開し初めたのであった。
それは大寒中には珍らしく暖かい、お天気のいい午後のことであった。
彼は二三日前から風邪を引いていて、その日も朝から頭が重かったので、いつもの通り夕方近くまで居残って学校の仕事をする気がどうしても出なかった。だから放課後一時間ばかりも経つと、やはり、何かの用事で居残っていた校長や同僚に挨拶をしいしい、生徒の答案を一パイに詰めた黒い鞄を抱え直して、トボトボと校門を出たのであった。
ところで校門を出てポプラの並んだ広い道を左に曲ると、彼の住んでいる山懐の傾斜の下まで、海岸伝いに大きな半円を描いた国道に出るのであったが、しかし、その国道を迂廻して帰るのが、彼にとっては何よりも不愉快であった。……というのは距離が遠くなるばかりでなく、この頃著しく数を増した乗合自動車やトラック、又は海岸の別荘地に出這入りする高級車の砂ホコリを後から後から浴びせられたり、又は彼を知っている教え子の親たちや何かに出会ってお辞儀をさせられるたんびに、彼の頭の中にフンダンに浮かんでいる数学的な瞑想を破られるのが、実にたまらない苦痛だからであった。
ところがこれに反して校門を出てから、草の間の狭い道をコッソリと右に曲ると、すぐに小さな杉森の中に這入って、その蔭に在る駅近くの踏切に出る事が出来た。そこから線路伝いに四五町ほど続いた高い堀割の間を通り抜けると、百分の一内外の傾斜線路を殆んど一直線に、自分の家の真下に在る枯木林の中の踏切まで行けるので、その途中の大部分は枯木林に蔽われてしまっていたから、誰にも見付かる気遣いが無いのであった。
ところで又、彼はその校門の横の杉森を出て、線路の横の赤土道に足を踏み入れると同時に、はるか一里ばかり向うの山蔭に在る自分の家と、そこに待っているであろう妻子の事を思い出すのが習慣のようになっていた。その習慣は去年の正月に彼の妻が死んだ後までも、以前と同じように引続いていたのであったが、しかし彼は、その愚かな心の習慣を打消そうとは決してしなかった。むしろそれが自分だけに許された悲しい権利ででもあるかのように、ツイこの間まで立ち働らいていた妻の病み窶れた姿や、現在、先に帰って待っているであろう吾児の元気のいい姿を、それからそれへと眼の前に彷彿させるのであった。山番小舎のトボトボと鳴る筧の前で、勝気な眼を光らして米を磨いでいる妻の横顔や、自分の姿が枯木立の間から現われるのを待ちかねたように両手を差し上げて、
「オーイ。お父さーン」
と呼びかける頬ペタの赤い太郎の顔や、その太郎が汲込んで燃やし付けた孫風呂の煙が、山の斜面を切れ切れに這い上って行く形なぞを、過去と現在と重ね合わせて頭の中に描き出すのであった。もっとも時折は、黒い風のような列車の轟音を遣り過したあとで、枕木の上に立ち止まって、バットの半分に火を点けながら、
……又きょうも、おんなじ事を考えているな。イクラ考えたって、おんなじ事を……。
と自分で自分の心を冷笑した事もあった。そうして四十を越してから妻を亡くした見窄らしい自分自身の姿が、こころもち前屈みになって歩いて行く姿を、二三十間向うの線路の上に、幻覚的に描き出しながらも……。
……もっともだ。もっともだ。そうした儚ない追憶に耽るのは、お前のために取残されているタッタ一つの悲しい特権なのだ。お前以外に、お前のそうした痛々しい追憶を冷笑し得る者がどこに居るのだ……。
と云いたいような、一種の憤慨に似た誇りをさえ感じつつ、眼の中を熱くする事もあった。そうして全国の小学児童に代数や幾何の面白さを習得さすべく、彼自身の貴い経験によって、心血を傾けて編纂しつつある「小学算術教科書」が思い通りに全国の津々浦々にまで普及した嬉しさや、さては又、県視学の眼の前で、複雑な高次方程式に属する四則雑題を見事に解いた教え子の無邪気な笑い顔なぞを思い出しつつ……云い知れぬ喜びや悲しみに交る交る満たされつつ、口にしたバットの火が消えたのも忘れて行く事が多いのであった。
「……オトウサン……」
という声をツイ耳の傍で聞いたように思ったのはソンナ時であった……。
「……………………」
ハッと気が付いてみると彼は、その日もいつの間にか平生の習慣通りに、線路伝いに来ていて、ちょうど長い長い堀割の真中あたりに近い枕木の上に立佇まっているのであった。彼のすぐ横には白ペンキ塗の信号柱が、白地に黒線の這入った横木を傾けて、下り列車が近付いている事を暗示していたが、しかし人影らしいものはどこにも見当らなかった。ただ彼のみすぼらしい姿を左右から挟んだ、高い高い堀割の上半分に、傾いた冬の日がアカアカと照り映えているその又上に、鋼鉄色の澄み切った空がズーッと線路の向うの、山の向う側まで傾き蔽うているばかりであった。
そんなような景色を見まわしているうちに彼は、ゆくりなくも彼の子供時代からの体験を思い出していた。
……もしや今のは自分の魂が、自分を呼んだのではあるまいか。……お父さん……と呼んだように思ったのは、自分の聞き違いではなかったろうか……。
といったような考えを一瞬間、頭の中に廻転させながら、キョロキョロとそこいらを見まわしていた。……が、やがてその視線がフッと左手の堀割の高い高い一角に止まると、彼は又もハッとばかり固くなってしまった。
彼の頭の上を遥かに圧して切り立っている堀割の西側には、更にモウ一段高く、国道沿いの堤があった。その堤の上に最前から突立って見下していたらしい小さな、黒い人影が見えたが、彼の顔がその方向に向き直ると間もなく、その小さい影はモウ一度、一生懸命の甲高い声で呼びかけた。
「……お父さアーん……」
その声の反響がまだ消えないうちに彼は、カンニングを発見された生徒のように真赤になってしまった。……線路を歩いてはいけないよ……と云い聞かせた自分の言葉を一瞬間に思い出しつつ、わななく指先でバットの吸いさしを抓み捨てた。そうして返事の声を咽喉に詰まらせつつ、辛うじて顔だけ笑って見せていると、そのうちに、又も甲高い声が上から落ちて来た。
「お父さアン。きょうはねえ。残って先生のお手伝いして来たんですよオ――。書取りの点をつけてねえ……いたんですよオ――……」
彼はヤットの思いで少しばかりうなずいた。そうして吾児が入学以来ズット引続いて級長をしていることを、今更ながら気が付いた。同時にその太郎が時々担当の教師に残されて、採点の手伝いをさせられる事があるので……ソンナ時は成るたけ連れ立って帰ろうね……と約束していた事までも思い出した彼は、どうする事も出来ないタマラナイ面目なさに縛られつつ、辛うじて阿弥陀になった帽子を引直しただけであった。
「……オトウサーアアーンン……降りて行きましょうかアア……」
という中に太郎は堤の上をズンズンこちらの方へ引返して来た。
「イヤ……俺が登って行く……」
狼狽した彼はシャガレた声でこう叫ぶと、一足飛びに線路の横の溝を飛び越えて、重たい鞄を抱え直した。四十五度以上の急斜面に植え付けられた芝草の上を、一生懸命に攀じ登り初めたのであった。
それは労働に慣れない彼にとっては実に死ぬ程の苦しい体験であった。振返るさえ恐しい三丈あまりの急斜面を、足首の固い兵隊靴の爪先と、片手の力を便りにして匐い登って行くうちに、彼は早くも膝頭がガクガクになる程疲れてしまった。崖の中途に乱生した冷めたい草の株を掴むたんびに、右手の指先の感覚がズンズン消え失せて行くのを彼は自覚した。反対に彼の顔は流るる汗と水洟に汚れ噎せて、呼吸が詰まりそうになるのを、どうする事も出来ないながらに、彼は子供の手前を考えて、大急ぎに斜面を登るべく、息も吐かれぬ努力を続けなければならなかった。
……これは子供に唾を吐いた罰だ。子供に禁じた事を、親が犯した報いだ。だからコンナ責苦に遭うのだ……。
といったような、切ない、情ない、息苦しい考えで一杯になりながら、上を見る暇もなく斜面に縋り付いて行くうちに、疲れ切ってブラブラになった足首が、兵隊靴を踏み返して、全身が草のようにブラ下がったままキリキリと廻転しかけた事が二三度あった。その瞬間に彼は、眼も遥かな下の線路に大の字形にタタキ付けられている彼自身の死骸を見下したかのように、魂のドン底までも縮み上らせられたのであったが、それでもなお死物狂いの努力で踏みこたえつつ大切な鞄を抱え直さなければならなかった。
「あぶない。お父さん……お父さアン……」
と叫ぶ太郎の声を、すぐ頭の上で聞きながら……。
……堤の上に登ったら、直ぐに太郎を抱き締めてやろう。気の済むまで謝罪ってやろう……。そうして家に帰ったら、妻の位牌の前でモウ一度あやまってやろう……。
そう思い詰め思い詰め急斜面の地獄を匐い登って来た彼は……しかし……平たい、固い、砂利だらけの国道の上に吾児と並んで立つと、もうソンナ元気は愚かなこと、口を利く力さえ尽き果てていることに気が付いた。薄い西日を前にして大浪を打つ動悸と呼吸の嵐の中にあらゆる意識力がバラバラになって、グルグルと渦巻いて吹き散らされて行くのをジイーッと凝視めて佇んでいるうちに、眼の前の薄黄色い光りの中で、無数の灰色の斑点がユラユラチラチラと明滅するのを感じていた。それからヤット気を取り直して、太郎に鞄を渡しながら、幽霊のようにヒョロヒョロと歩き出した時の心細かったこと……。そのうちに全身を濡れ流れた汗が冷え切ってしまって、タマラナイ悪寒がゾクゾクと背筋を這いまわり初めた時の情なかったこと……。
彼は山の中の一軒屋に帰ると、何もかも太郎に投げ任せたまま直ぐに床を取って寝た。そうしてその晩から彼は四十度以上の高い熱を出して重態の肺炎に喘ぎつつ、夢うつつの幾日かを送らなければならなかった。
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