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白くれない(しろくれない)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-9 9:29:55  点击:  切换到繁體中文



 長崎は異人群集の地、商売繁昌の港なり。わが如き者は日本に在りては国の災ひ也。異国に渡りて碧眼奴あをめだまどもを切り従へむこそ相応ふさはしけれと思ひ定めつ。渡船の便宜よすがもがなと心掛けりくうち、路用とても無き身のいつしか窮迫の身となりぬ。詮方せんかた無さに町道場に押入りて他流試合を挑み、又は支那人の家に押入りて賭場荒しなぞするうちに、やがて春となりし或る日の午の刻下りのこと諏訪山下、坂道の途中にて一人の瘠せ枯れたる唐人の若者に出会ひしに、しきりに叩頭して近付き来る。何事やらむと立佇たちとまれば慌しく四隣あたりを見まはし、鮮やかなる和語に声をひそめつゝ、御頼み申上げ度き一儀あり。げて吾が寝泊りする処まで御足労賜はりてむやと、ひたすらに三拝九拝する様なり。すなはち心得たる体にての唐人に誘はれ行くに、港の入口、山腹の中途に聳え立つ南蛮寺の墓地に近く、薬草の花畑をめぐらしたる一軒の番小舎あり。その中に山の如く積み上げたる藁の束を押し分けて、いと狭き落し戸より、真暗き石段を降り行けば、やがて美くしく造り飾りたるあなぐらに出でぬ。得も云はれず芳ばしき煙、夢の如く棚引き籠もれり。
 其処までわれを誘ひ入れし若き唐人は、やがて吾を長崎随一の漢薬商、黄駝となん呼べる唐人に引合はせぬ。
 其の黄駝といへる唐人、同じく三拝九拝して、われに頼み入る処を聞けば別儀に非ず。六神丸の秘方たる人胆ひとぎもの採取なり。男女二十歳以上三十歳までの生胆金二枚也。二十歳以下十五歳まで金三枚也。十五歳より七歳まで五枚也。七歳以下金十枚といふ話也。
 黄駝は肥大、福相の唐人。恭しくわれに銀器の香煙を勧むるに、弁舌滑らかにして甘脂の如し。此の六神の秘方は江戸の公方、京都の禁裡の千金の御命を救ひ参らせむ為に、年々相調あひとゝのへて献上仕るもの。虫螻むしけらと等しき下賤の者の生命いのちを以て、高貴の御命を延ばし参ゐらせむ事、決して不忠の道に非ず。貴殿の御武勇を以て此事を行ひ賜はらば一代の御栄燿ごええう、正に思ひのまゝなるべしと、言葉をつくして説き勧むるに、われ、香煙の芳香にほひにや酔ひたりけむ。一議に及ばず承引うけひきつ。其夜は其の花畑の下なる怪しき土室あなぐらにて雲烟、恍惚の境に遊び、天女の如き唐美人の妖術に夢の如く身を委せつ。
 眼ざめ来れば、身は南蛮寺下の花畑の中に在り。茫々として万事、皆夢の如し。わが曾て岳父御しうとごに誓ひし一生不犯ふぼんの男の貞操は、かくして、あとかたも無く破れ了んぬ。
 われ此時、あまりの浅ましさに心くじけ、武士の身に生れながら、生胆いきぎも取りの営業なりはひを請合ひし吾が身の今更におぞましく、情なく、長崎といふ町の恐ろしさをつく/″\と思ひ知りければ、今は片時も躊躇ためらふ心地せず。そのまゝ南蛮寺を後にして、諏訪神社の石の鳥居にもそがひを向け、足に任せて早岐の方を志す。山々の段々畠に棚引く菜種、蓮花草の黄に紅に、絶間なく揚る雲雀ひばりの声に、行衛も知らぬ身の上を思ひ続けつゝ、幾度となく欠伸し、痴呆うつけの如くよろめき行くさまひとへに吾が生胆いきぎもを取られたる如し。
 さる程に不思議なる哉。いまだ左程に疲れもやらぬ正午下ひるさがりの頃ほひより足の運び俄かに重くなりて、後髪うしろがみ引かるゝ心地しつ。昨日吸ひたる香煙かうえんの芳ばしき味ひ、しきりになつかしくて堪へ難きまゝに、われにもあらず長崎の方へくびすを返して、飛ぶが如く足を早むるに、夢うつゝに物思ひ来りし道程みちのりなれば、心覚え更に無し。今来し道を人に問ひ/\引返し行く程に、いつしか、あらぬ山路に迷ひ入りけむ、行けども/\人家見えず。されども香煙のなつかしさは刻々に弥増いやまさり来りて今は心も狂はむばかり。胸轟き、舌打ち乾き、呼吸いきも絶えなむばかりなり。
 折ふし薪を負ひて、さがしき岩道を降り来れる山乙女あり。われ半面を扇にて蔽ひつゝ、その乙女を呼び止めて、長崎へ行く道を問ふに、乙女は恥ぢらひつゝ笠を取り、いとねんごろに教へ呉れぬ。の長崎にて見し紅化粧したる天女たちとは事変り、その物腰のあどけなさ、顔容かほばせのうひ/\しさ、青葉隠れの初花よりも珍らかなり。
 われ、かく思ひつゝも恭しく礼を返し、教へられし方に立去らむとせしが、又、忽ちに心変りつ。四隣あたりに人無きを見済まして乙女の背後より追ひ縋り、足音を聞いて振り返る処を、抜く手を見せず袈裟掛けさがけに斬り倒ふし、衣服を剥ぎて胸をあらはし、小束こづか逆手さかでに持ちて鳩骨みぞおちを切り開き、胆嚢たんなうと肝臓らしきものをゑぐり取りて乙女の前垂に包み、傍の谷川にて汚れたる手足と刀を洗ひ浄めつゝ一散に山を走り降り、きもあるじが教へ呉れし通りに山峡の間を抜け、村里と菜種畠をよぎり行くに、やう/\にして日の暮れつ方、灯火ともしび美くしき長崎の町に到り着きつ。夕暗ゆふやみの中にの花畑の中の番小舎の扉を叩きぬ。
 番人の瘠せ枯れたる若き唐人、驚き喜びて迎へ入るゝに、下の土室あなぐらにて待兼ねたる黄駝の喜びは云ふも更なり。わが携へたる生胆を一眼見るよりは珍重なり。お手柄なり。たしかに十七八歳なる乙女の生胆なりとて、約束の黄金三枚を与へしのみかは、香煙、美酒、美肴に加ふるに又も天女の如き唐美人の数人を饗応もてなし与へぬ。その歓待もてなし、昨日にも増り(以下原文十行抹殺)。
 かくて年月をるうちに鉄の如くなりしわが腕の筋も、連日連夜の遊楽に疲れけむ。やう/\に弱り行く心地しつ。されどもの香烟の酔ひ醒めの心地狂ほしさはなか/\に切先きつさきの冴え昔にまさる心地して、血に餓うるとは是をや云ふらむ。毎日正午ともなれば人一人斬らでは止み難く、斬れば早や香煙に酔ひたる心地して、南蛮寺下の花畑に走り行く。心は現世の鬼畜、悪魔、外道に弥増いやまさるやらむ。身は此世ならぬ極楽夢幻の楽しみ。阿羅岐あらき蘇古珍スコチン酒、裸形らぎやうの妖女に溺れつくして狂乱、泥迷に昼夜をわかたねば、使ふに由なき黄金は徒らに積り積るのみ。すなはち人知れず稲佐の大文字山に登り行き、有る山蔭の大岩の下に埋め置きつ。早や数百金にもなりつらむと思ふ頃、その中より数枚を取り出し、丸山の妓楼に上り、心利きたる幇間に頼みて、の香煙の器械一具と薬の数箱を価貴たかく買入れぬ。こは人に知らせじと思ひし、わが人斬りの噂、次第に高まり来りて、いつしか長崎奉行、水尾甲斐守の耳に入りしと覚しく、与力、手先のわれを見送る眼付き尋常ならざるに心付き、人知れず身を晦まさむ時の用意に備へたるものにぞありける。

 去る程に其の春の末つ方の事なりけり。何の故にかありけむ。此の長崎にて切支丹の御検分おんあらためことのほか厳しくなり、丸山の妓楼の花魁おいらん衆にまで御奉行、水尾様御工夫の踏絵の御調べあるべしとなり。当日の模様、物珍らしきまゝに、われも竹矢来の外の群集に打ちまじりて見物するに、今しも丸山一の大家、初花楼はつはなろうの太夫職にして、初花はつはなといふ今年十六の全盛なる少女が、厳めしき検視の役人の前にて踏絵を踏む処なりとて人々、息もきあへず見守り居るていなり。
 初花太夫は全盛の花魁姿。金襴、刺繍の帯、裲襠うちかけ、眼も眩ゆく、白く小さき素足痛々しげに荒莚あらむしろを踏みて、真鍮の木履ぼくりに似たる踏絵の一列に近付き来りしが、小さき唇をそと噛みしめて其の前に立佇たちとまり、四方より輝やき集まる人々の眼を見まはし、恐ろし気に身を震はして心を取直し居る体なり。
 傍の下役人左右より棒を構へ、声を揃へて大喝一声、
「踏めい……踏み居らぬか」
 と脅やかすに初花は忽ち顔色蒼白となりつ。そを懸命に踏みこらへて、左褄高々とからげ、はぎしろき右足をもたげて、踏絵のおもてに乗せむとせし一刹那、
「エイツ……」
 と一声、足軽の棒に遮り止められ、瞬く間に裲襠を剥ぎ取られて高手小手に縄をかけられつ。かゝしやま/\と悲鳴を揚げつゝ竹矢来の外へ引かれ行けば、並居る役人も其の後よりゾロ/\と引上げ行く模様さま、今日の調べはたゞ初花太夫一人の為めなりし体裁ていたらくなり。
 われ不審晴れやらず。思はずかたはらを顧るに派手なる浴衣着たる若者あり。われと同じき思ひにて茫然と役人衆の後姿を見送れるていなり。われ其の男に向ひて独言ひとりごとのやうに、
「絵を踏まむとせしものを、何故に切支丹なりとていましめけむ」
 とつぶやきしにの若者、慌しく四周あたりを見まはし、首を縮め、舌を震はせつゝ教へけるやう、
「御不審こそことわりなれ。の初花楼の主人甚十郎兵衛じんじろべゑと申す者。吾家わがやには切支丹を信ずる者一人も候はずとて、役人衆に思はしき袖の下を遣はざりしより、の様なる意地悪き仕向けを受けたるものに候。あはれ初花太夫は母御の病気を助け度さに身を売りしものにて、この長崎にても評判の親孝行の浪人者の娘に候。これに引比べて初花楼の主人甚十郎兵衛こそ日本一の愚者にて候へ。すこしばかりの賄賂まひなひしみし御蔭にて憐れなる初花太夫は磔刑はりつけ火焙ひあぶりか。音に名高き初花楼も取潰しのほか候まじ」
 と声をひそめて眼をしばたゝきぬ。此の若者の言葉、生粋の長崎弁にて理解し難かりけれど、わが聞取り得たる処は、おほむね右の通りなりき。
 さて其のち、程もなく初花楼の初花太夫が稲佐の浜にて磔刑はりつけになるとの噂、高まりければ、流石さすがの鬼畜の道に陥りたるわれも、余りの事に心動きつ。半信半疑のまゝ当日の模様を見物に行くに、時は春の末つ方、夏もまだきの晴れ渡りたる空の下、燕飛び交ふ稲佐の浜より、対岸むかうぎしの諏訪様のほとりまで、道といふ道、窓といふ窓、屋根といふ屋根には人の垣を築きたるが如く、その中に海に向ひて三日月形に仕切りたる青竹の矢来に、警固、検視の与力、同心、目附、目明めあかしの類、物々しく詰め合ひて、毬棒いがばう刺叉さすまた林の如く立並べり。その中央の浪打際に近く十本の磔柱はりつけばしらて、異人五人、和人五人を架けつらねたり。異人は皆黒服、和人は皆白無垢しろむくなり。
 時あたかも正午に近く、香煙に飢ゑたる、わが心、何時いつとなく、くるめき弱らむとするにぞ、袂に忍ばせたる香煙のあぶらを少しづゝ爪に取りて噛みつゝ見物するに、異人たちは皆、何事か呪文の如き事を口ずさみ、交る/\天をあふぎて訴ふる様、波羅伊曾はらいその空にしませる彼等の父の不思議なる救ひの手を待ち設くる体なり。されども和人の男女達はたゞ、うなだれたるまゝにて物云はず。早や息絶えたる如く青ざめたるあり。たゞ五人の中央にけられたる初花太夫が、振り乱したる髪の下にてすゝり上げ/\打泣く姿、此上もなく可憐いぢらしきを見るのみ。その左の端に蓬たる白髪を海風に吹かせつゝ低首うなだれたるは初花の母親にやあらむと思ひしに、果せる哉。時刻となり。中央の床几より立上りたる陣羽織物々しき武士が読み上ぐる罪状を聞くに、初花の母親が重き病床より引立てられしもの也。又、初花の右なる男は初花楼の楼主。左なる二人の女は同楼の鴇手やりてと番頭新造にして、いづれも初花の罪をかばひしとがによりて初花と同罪せられしものなりと云ふ。初花楼に対するお役人衆の憎しみの強さよと云ふ矢来外の人々のつぶやき、ため息の音、笹原を渡る風の如くどよめく有様、身も竦立よだつばかりなり。
 やがて捨札つみとがの読上げ終るや、矢来の片隅に控へ居りし十数人の乞食ども、手に/\錆びたる槍を持ちて立上り来りアリヤ/\/\/\と怪しき声にて叫び上げつゝ初花太夫を残したる九人の左右に立ち廻はり、罪人の眼の前にてやり先をチヤリ丶/\と打ち合はし脅やかす。これ罪のもつとも重きものを後に残す慣はしにて、かくするものぞとかや。
 その時、今まで弱げに見えたる初花、磔刑柱はりつけばしらの上にて屹度きつとおもてもたげ、小さき唇をキリ/\と噛み、美しく血走りたるまなじりを輝やかしつゝ乱るゝ黒髪、さつと振り上げて左右を見まはすうち、魂切たまぎる如き声を立てゝ何やら叫びいだせば、海をかこめる数万の群集、にはかにピツタリと鳴りを静め、稲佐の岸打つ漣の音。大文字山を越ゆる松風の音までも気を呑み、声を呑むばかりなり。
「皆様……お聞き下さりませ。
 わたくしは此の長崎で皆様の御ひいきを受けました初花楼の初花と申す賤しい女で御座りまする。
 今年の今月今日、十六歳で生命いのちを終りまする前に、今までの御ひいきの御礼を皆様に申上げまする。
 なれども私は亡きあとにて皆様の御弔ひを受けやうとは存じませぬ。たとひ、どのやうな悪道、魔道にちませうとも此の怨みを晴らさうと存じまする。
 皆様お聞き下されませ。
 わたくしは切支丹ゆゑに殺されるのでは御座いませぬ。大恩ある母上様を初め、御いつくしみ深い御楼主様、鴇母様おばしやま新造様あねしやままでも皆、お役人衆のお憎しみの為めに、かやうに磔刑はりつけにされるので御座りまする。
 私は日本ひのもとの女で御座りまする。父母ちゝはゝそむかせ、天子様にそむかせる異人の教へは受けませぬ。タツタ一人……タツタ一人の母様かゝしやまの御病気を治療ようなし度いばつかりに、身を売りましたのが仇になつて……そこにお出でになる御役人しゆのお言葉に靡きませなんだばつかりに……かやうに日の本の恥を、くにまでも晒すやうな……不忠、不孝なわたくし……」
 苦痛の為にかありけむ。初花の言葉は此処にて切れ/″\に乱れ途切れぬ。
 石の如くなりて聞き居りし役人どもは此時、俄かに周章狼狽し初めたるが、そが中にも、罪状を読み上げたりし陣羽織の一人は、采配持つ手もわなゝきつゝ立上り、
「それ非人ども……先づ其の女から」
 と指図すれば「あつ」と答へし憎くさげなる非人二人、初花の磔刑柱はりつけばしらの下に走り寄り、槍を打ち合はする暇もなく白無垢の両の脇下より、すぶり/\と刺し貫けば鮮血さつと迸り流るゝ様、見る眼もくらめくばかり、力余りし槍の穂先は両肩より白く輝き抜け出でぬ。
 あはれ初花は全く身に大波を打たせ、乱髪を逆立さかだたせ渦巻かする大苦悶、大叫喚のうちに、
「……かゝしやま……済みませぬツ」
 と云ふ。その言葉の終りは唐紅からくれなゐの血となりて初花の鼻と唇より迸り出づる。

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