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斜坑(しゃこう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-9 9:15:51  点击:  切换到繁體中文


 その炭車トロッコの左右十六個の車輪の一つ一つには、軌条から湧き出す無数の火花が、赤い蛇のようにじれ、波打ちつつ巻付いていた。そうして炭車トロッコの左右に迫っている岩壁のひだを、走馬燈まわりどうろのようにユラユラと照しあらわしつつ、厳そかに廻転して来るのであったが、やがてその火の車の行列が、次から次に福太郎の眼の前の曲線カーブの継ぎ目の上に乗りかかって来ると、第一の炭車トロッコが、波打った軌条に押上げられて、心持こころもち速度を緩めつつ半分傾きながら通過した。するとその後から押しかかって来た第二の炭車トロッコが、先頭の炭車トロッコに押戻されて、くうを探るかいこのように頭を持上げたが、そのまま前後の炭車トロッコと一緒にユラユラと空中に浮き上って、低い天井と、向う側の岩壁を突崩つきくずし突崩し福太郎に迫り近付いて来た。そうして中腰になったまま固くなっている福太郎の胸の上に、濡れた粉炭の堆積をドッサリと投掛けて、一堪ひとたまりもなく尻餅を突かせると、その眼の高さの空間を、歪み曲った四ツの炭車トロッコが繋がり合ったまま、魔法の箱のようにフワリフワリと一週して、やがて不等辺三角形に折れ曲った一つの空間を作りつつ、福太郎の身体からだを保護するかのように徐々しずしずと地面へ降りて来た。それに連れて半分粉炭こなずみに埋もれた福太郎の安全燈ラムプが、ポツリポツリと青い光りを放ちつつ、消えもやらずに揺らめいたのであった。
 けれどもその安全燈ラムプの光りは、やがて又、赤いすすっぽい色に変るうちに、次第次第に真暗くなって消え失せてしまったかと思われた。それはこの時福太郎の頭の上から、夥しい石の粉が、黒い綿雪のようにダンダラ模様に重なり合って、フワリフワリと降り始めたからであった。そうしてその黒い綿雪が、福太郎の腰の近くまで降り積って来るうちに、いつの間にか小降りになって、やがてヒッソリと降り止んだと思うと、今度はその後から、天井裏に隠れていた何千貫かわからない巨大おおき硬炭ボタの盤が、鉄工場の器械のようにジワジワと天降あまくだって来て、次第次第に速度を増しつつ、福太郎の頭の上に近付いて来るのが見えた。そうしてやがてその硬炭ボタの平面が、福太郎の前後を取巻く三つの炭車トロッコに乗りかかると、分厚い朝鮮松の板をジワリジワリと折り砕きながらピッタリと停止した……と思うとそのあとから、又も夥しい土の滝が、炭車トロッコの外側に流れ落ちて来たのであろう。山形に浮上った車台の下から、濛々もうもうとした土煙がゆるゆると渦巻きながら這込み始めて、安全燈ラムプの光りをスッカリ見えなくしてしまったのであった。
 その時に福太郎はチョット気絶して眼を閉じたように思った。けれどもそれは現実世界でいう一瞬間と殆んど同じ程度に感じられた一瞬間で、その次の瞬間に意識を恢復した時に福太郎はヒリヒリと痛む眼を一パイに見開いて、唇をアーンと開いたまま、落盤に蓋をされた炭車トロッコの空隙に、消えもやらぬ安全燈ラムプの光りに照し出されている、自分自身を発見したのであった。同時に、その今までになく明るく見える安全燈ラムプ光明ひかり越しに、自分の左右の肩の上から、まつげを伝って這い降りてくる、深紅の血のひもをウットリと透かして見たのであったが、それが福太郎の眼には何ともいえない美しい、ありがたい気持のものに見えた。しかもその真紅の紐が、無数のゴミを含んでブルブルと震えながら固まりかけているところを見ると、福太郎が気絶したと思った一瞬間は、その実かなり長い時間であったに相違ないが、それでもまだ救いの手は炭車トロッコ周囲まわりに近付いていなかったらしく、そこいら中が森閑しんかんとして息の通わない死の世界のように見えていた。そうしてその中に封じ籠められている福太郎は、自分自身がさながらに生きた彫刻か木乃伊ミイラにでもなったような気持で、何等の感情も神経も動かし得ないまま、いつまでもいつまでも眼をみはり、顎をこわばらせているばかりであった。
 ところがそうした福太郎の眼の前の、死んだような空間が、次第に黄色く明るくなったり、又青白く、薄暗くなったりしつつ、無限の時空をヒッソリと押し流して行ったと思う頃、一方の車輪を空に浮かした右手の炭車トロッコの下から、何やら黒い陰影が二つばかりモゾリモゾリと動き出して来るのが見えた。そうしてそれがやがてかにのように醜い、シャチコ張った人間の両手に見えて来ると、その次にはその両手の間から塵埃ごみだらけになった五分刈の頭が、黒い太陽のように静かにゆるぎ現われて来るのであった。
 その両手と頭は、炭車トロッコの下で静かに左右に移動しながら、一生懸命に藻掻もがいているようであった。そうしてようようの事で青い筋の這入った軍隊のシャツの袖口とカネ[#「┐」を全角大とした、屋号を示す記号、331-6]サの印を入れた半纏はんてんの背中が半分ばかり現われると、そのままソロソロと伸び上るようにしてり返りながら、半分土に埋もれた福太郎の鼻の先に顔をさし付けたのであった。
 それは源次の引攣ひきつり歪んだ顔であった。汗と土にまみれた……。
 福太郎はしかし身動きは愚か、眼の球一つ動かす事が出来なかった。自分が死んでいるのか生きているのかすら判断出来ないような超自然的な恐怖に閉じこめられつつ、全身が氷のようにギリギリと引締まって来るのを感じているばかりであった。
 その福太郎の凝固した瞳を、源次はジイッと見入りながら、暫くの間、福太郎と同様に眉一つ動かさずにいた。それからその汗と泥にまみれた赤黒い顔じゅうに、老人のようなしわをジワジワと浮上らせて、泣くような笑うような表情を続けていたが、やがて歪んだ、薄い唇の間から、黄色い歯を一パイにき出すと、たまらなく気持よさそうなニヤニヤした笑いを顔一面に引拡げて行った。そうしてサモ憎々しそうに……同時に如何にも愉快そうに顎を突出しながら、何か云い出したのであった。
 その言葉は全く声の無い言葉であったばかりでなく、非常にユックリした速度で唇が波打ったために、全然、意味を成さない顔面の動きとしか見えなかった。それでも、福太郎にはその言葉の意味が不思議にハッキリと読めたのであった。
「……わかったか……おれは……源次ぞ……わかったか……アハ……アハ……アハ……」
 福太郎はその時にちょっと首肯うなずきたいような気持になった。しかし依然として全身が硬直しているために、またたき一つ出来なかった。
「……アハ……アハ……わかったか……貴様は……俺に恥掻かせた……ろうが……俺がどげな……人間か知らずに……アハ……」
「……………」
「……それじゃけに……それじゃけに……」
 と云いさして源次は、眼を真白く剥出むきだしたまま、ユックリと唇を噛んで、けもののようにみっともなく流れ出るよだれをゴックリと飲み込んだ。それを見ると福太郎も真似をするかのように唾液つばを飲み込みかけたが、下顎が石のようにこわばっていて、舌の尖端さきを動かすことすら出来なかった。
「……それじゃけに……それじゃけに……」
 と源次は又もあえぐように唇を動かした。
「……それじゃけに……引導をば……わたいてくれたとぞ……貴様を……ころいたとは……このオレサマぞ……アハ……アハ……」
「……………」
「……お作は……モウ……俺の物ぞ……あの世から見とれ……俺がお作を……ドウするか……」
「……………」
「……ああハアハア……ザマを……見い……」
 そう云ううちに源次は今一度唇をムックリと閉じた。それから左右の白眼を、魚のようにギラギラ光らせると、泥まみれの両頬をプーッと風船ゴムのように膨らまして、炭のまじりの灰色のたんを舌の尖端さきでネットリと唇の前に押出した。そうしてプーッと吹き散る唾液つばの霧と一緒に、福太郎の顔の真正面から吹き付けた。
 その刹那に福太郎は思わず瞬を一つした……ように思ったが……それに連れて全身がにわかに堪らなくゾクゾクし始めて、頭の痛みが割れんばかりに高まって来たので、又も両眼を力一パイ見開きながら、モウ一度鼻の先に在る源次の顔をグッと睨み付けた。すると又、それと殆んど同時に福太郎は、自分を凝視している源次のイガ栗頭の背景となっていた、岩の凸凹でこぼこが跡型もなく消え失せて、その代りにラムプにアカアカと照らされた自分のうちの新しい松板天井が見えているのに気が付いた。そうしてその憎しみに充ち満ちた源次の顔の上下左右から、ラムプの逆光線を同じように受けた男女の顔が幾個いくつも幾個も重なり現われて、心配そうに自分の顔を見守っている視線をハッキリと認めたのであった。
 ……その瞬間であった。
 ただならぬ人声のドヨメキが自分の周囲に起ったので、福太郎はハッと吾に返った。
 見ると眼の前にはカネ[#「┐」を全角大とした、屋号を示す記号、334-2]サの半纏を着た源次が俯伏せになっていて、ザクロのように打ちられたイガ栗頭の横腹から、シミジミと泌み出す鮮血の流れが、ラムプの光りを吸取りながらズンズンと畳の上にい拡がっているのであった。
 左右を見廻すと近くに居た連中はみんな、八方へ飛退とびのいた姿勢のまま真青な顔を引釣らして福太郎の顔を見上げていたが、中には二三人、顔や手足に血飛沫ちしぶきを浴びている者も居た。
 福太郎は茫然となったままやや暫らくの間そんな光景を見廻していたが、やがてその源次の枕元に立ちはだかっている自分自身の姿を、不思議そうに振り返った。
 見ると両腕はもとより、白い浴衣の胸から肩へかけてベットリと返り血を浴びていて、顔にも一面に飛沫しぶきが掛っているらしい気もちがした。そうしてその右手には、いつの間に取出したものか、背後うしろの押入の大工道具のうちでも一番大切だいじにしている「山吉やまきち」製の大鉄鎚おおかなづちをシッカリと握り締めていたが、その青黒い鉄の尖端からは黒い血のしずくが二三本、海藻うみものようにブラ下っているのであった。
 そんな光景を見るともなく見まわしているうちに福太郎は、ヤット自分が仕出かした事が判然わかったように思った。そうして何のためにコンナ事をしたのか考えようとこころみたが、どうしても前後を思い出す事が出来ないので、今一度部屋の中をキョロキョロと見まわした。その時にラムプの向う側からバタバタと走り出て来たお作が、殆んど福太郎にっ突かるようにピッタリすがり付いたと思うと、酔いも何も醒め果てた乱れ髪を撫で上げながら、半泣きの声を振り絞った。
「……アンタ――ッ……どうしたとかいなア――ッ……」
 すると、それに誘い出されたように五六人の男がドカドカと福太郎の周囲まわりに駈け寄って来て、手に手に腕や肩を捉えた。
「どうしたんかッ」
「どうしたんかッ」
「どうしたんかッ」
 しかし福太郎は返事が出来なかった。現在眼の前にブッ倒れている源次の頭でさえも、自分が砕いたものかどうか、ハッキリと考え得なかった。そうしてその代りにタッタ今まで感じていた割れるような頭の痛みと、タマラない全身の悪寒戦慄ぞくぞくが、あとかたもなく消え失せてしまって、何ともいえない気持のいい浮き浮きした酒の酔い心地が、モウ一度ムンムンと全身によみがえって来るのを感じたので、吾知らずウットリとなって、血だらけの鉄鎚かなづちを畳の上に取落して汚れた両手でお作を引寄せながら天井を仰いだ。
「……ハハハ……どうもしとらん……アハハハハハハ……」





底本:「夢野久作全集4」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年9月24日第1刷発行
底本の親本:「冗談に殺す」春陽堂
   1933(昭和8)年5月15日発行
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2005年8月20日作成
青空文庫作成ファイル:
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●表記について
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  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
  • 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。
  • この作品には、JIS X 0213にない、以下の文字が用いられています。(数字は、底本中の出現「ページ-行」数。)これらの文字は本文内では「※[#…]」の形で示しました。

    「┐」を全角大とした、屋号を示す記号    312-16、331-6、334-2

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