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狂人は笑う(きょうじんはわらう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-9 8:54:01  点击:  切换到繁體中文


 しかしその支那人が眼を醒ましやしないでしょうか。ヘエ。明日あすの朝まで大丈夫。そうですか。それじゃお話しましょう。まあ腰をかけて下さい。
 貴女は四川しせん省附近に、お茶で身代しんだいを無くした人間が多い事を御存じじゃ無いですか。ヘエ。それも御存じ無い。アノ附近に限られているのですからかなり有名な事実なんですが……。
 エエ、そうです。随分珍妙な話なんです。酒や女で身代限りをするのなら当り前ですが、お茶の道楽で身体からだを持ち崩して、破産するというのですから、馬鹿馬鹿しいのを通り越しているでしょう。トテモ支那でなくちゃ聞かれない話なんです。
 御存じの通り支那人という奴は……聞えやしないでしょうね……チャンチャンという奴は、国家とか、社会とかいう観念となると全然無いと云っていい位に、個人主義的な動物ですが、その代りに私的の生活に関する、享楽きょうらく手段の発達している事といったら、世界一と断言していいでしょう。着物でも、住居すまいでも、料理でも、酒でも、香料でも……ね……御存じでしょう……エロの方面でも何でも、個人的な享楽機関と来たら、四千年の歴史を背景バックにしているだけに、スバラシイ尖端せんたん的なところまで発達を遂げているんです。
 ……ですからタッタ一つのお茶といったような問題にいても、ドエライ研究が行き届いているに違い無い事が、すぐに想像されるでしょう。
 全くその通りなんです。しかも日本人なんかがイクラ想像したって追付おいつかない位、メチャクチャな発達を遂げているのですが、その中でもまた、特別あつらえの天下無敵の話っていうのが、この崑崙茶の一件なのです。
 先ず、支那の奥地の四川しせん省から雲南うんなん貴州きしゅうへかけて住んでいる大富豪の中で、お茶の風味がよくわかって、茶器とか、茶室とかの趣味にり固まった人間が居るとしますかね。又は酒や、女や、阿片や、賭博なんかでも、あらゆる贅沢ぜいたくをし尽した道楽気の強い人間が、今度は一つ、お茶の趣味に深入りしてやろうと決心したとしますかね。いいですか。そこで何でもでもいお茶良いお茶と金にかして、天井てんじょう知らずに珍奇なお茶を手に入れては、それを自慢にして会合を催したり、ピクニックを試みたりして行くうちには、キット崑崙茶を飲みたいというところまで、お茶熱が向上して来るのです。……むろん崑崙茶といったら、お茶仲間の評判の中心で、魅惑みわくのエースと認められている事だし、お出入りのお茶屋が又チャンチャン一流の形容詞沢山で……崑崙茶の味を知らなければ共にお茶を談ずるに足らず……とか何とか云って、口をきわめて誘惑ゆうわくするんですから、下地のある連中はトテモたまりません。それでは一つ……といったような訳で、思い切り莫大なお金をお茶屋に渡して、周旋を頼むことになるのです。
 ところで崑崙茶を飲みに行く連中が、雲南、貴州、四川の各地方の都会に勢揃いをして出かけるのは、大抵正月過ぎから二月頃までの間だそうです。つまり崑崙山脈までの距離の遠し近しによって、出発の早し遅しが決まるのだそうですが、その行列というのが又スバラシイ観物みものだそうです。
 真先まっさきに黄色い旗を捧げた道案内者が、二人か三人馬に乗って行くと、その後から二三匹ずつ、馬の背中に結び付けられた猿が合計二三十匹、乃至ないし、四五十匹ぐらい行くのです。その間間あいだあいだに緑色の半纏はんてんを着た茶摘ちゃつみ男とか、黄袍おうほうまとうた茶博士ちゃはかせとかいったような者が、二三十人まじって行くのですが、この猿が何の役に立つかは後で解ります。それからすくなくて三四台、多くて七八台から十台位の、美事に飾り立てた二頭立の馬車が行くので、その中に崑崙を飲みに行く富豪だの貴人だのが、めいめいに自慢の茶器を抱えて乗っている訳ですが、この時に限って支那富豪に附き物のおめかけさんは、一人も行列の中に加わっておりません。全く男ばかりの行列なんだそうですが、その理由も追々おいおいとわかって来るでしょう。
 その後から金銀細工の鳳凰ほうおうや、蝶々なんぞの飾りを付けた二つの梅漬うめづけかめを先に立てて、小行李とか、大行李とかいった式の食料品や天幕テントなんぞを積んだ車が行く。その後から武器を持った馬賊みたような警固人が、堂々と騎馬隊を作って行くので、知らない者が見ると戦争だかお茶飲みだかチョット見当が付かない。ちょうど阿剌比亜アラビヤの沙漠を渡る隊商ですね。とにかくソンナ大騒ぎをやって、新茶を飲みに行こうというんですから、支那人の享楽気分というものが、ドレ位徹底しているものだか、ほとんど底が知れないでしょう。
 彼等はそれから嶮岨けんそな山道を越えたり、追剥おいはぎや猛獣の住む荒野原を横切ったり、零下何度の高原沙漠を、案内者の目見当一ツで渡ったりして、やがて崑崙山脈の奥の秘密境に在る、遊神湖ゆうしんこという湖の近くに到着するのです。そこいらは時候が遅いので、ちょうどその頃が春の初めくらいの暖かさだそうですが、その景色のよさといったら、実に何ともカンとも云えないそうですね。
 くわしい事は判然わかりませんが、その遊神湖という湖の周囲には、歴史以前に崑崙国といって、素敵に文化の進んだ一つの王国があったそうです。ところが、その国民は極端に平和的な趣味を愛好した結果、崑崙茶の風味に耽溺たんできし過ぎたので、スッカリ気力をうしなって野蛮人やばんじんに亡ぼされてしまったものだそうです。今でもその廃墟が処々の山蔭や、湖の底からニョキニョキと頭を出しているそうですが、その周囲には天然の森が茂り、高山風の花畠が展開して、珍らしい鳥や見慣れぬ蝶が、長閑のどかに舞ったり歌ったりしている。底の底まで澄み切った青空と湖の中間には、新鮮な太陽がキラリキラリと回転している……といったような絵にも筆にもつくせない光景が到る処に展開している。その中でも一番眺望のいい処に、各地方から集まった隊商たちは、先を争って天幕テントりまわすと、手に手におこういたり、神符しんぷを焼いたりして崑崙山神の冥護めいごを祈ると同時に、盛大なお茶祭を催して、滅亡ほろびた崑崙王国の万霊を慰めるのだそうですが、これは要するに、迷信深い支那人の気休めでしかないと同時に、お茶の出来る間の退屈しのぎに過ぎないのでしょう。
 一方に馬から離れた茶摘男たちは、一休みする間もなく各自めいめいに、長い長い綱を附けた猿を肩の上に乗せて、お茶摘みに出かけるのです。鬱蒼うっそうたる森林地帯を通り抜けると、巌石がんせき峨々ががとして半天にそびゆる崑崙山脈にじ登って、お茶の樹を探しまわるのですが、崑崙山脈一帯に叢生そうせいするお茶の樹というのは、普通のお茶の樹と種類が違うらしいのです。皆スバラシイ大木ばかりで、しかも、切って落したような絶壁の中途に、岩の隙間を押分けるようにしてえているのだそうですから、猿でも使わない事には、トテモ危険で近寄れない訳です。ところでその猿が又、実によく仕込んだもので、そんなお茶の大木のこずえにホンノちょっぴり芽を出しかけている、新芽の中の新芽ばかりをチョイチョイとみ取ると、見返りもせずに人間の手許へ帰って来るのだそうです。
 そこでソンナような冒険的な苦心をした十人か十四五人の茶摘男が、めいめいに一握りか二握りのお茶の新芽を手に入れると、大急ぎで天幕テント張りの露営地に帰って来ます。そうすると待ち構えていた茶博士……つまりお茶湯ちゃのゆの先生たちですね。それが崑崙茶の新芽をうやうやしく受取って、支那人一流の頗付すこぶるつきの念入りな方法で、緑茶に製し上げるのです。それから附近の清冽な泉を銀の壺にんで、崑炉こんろと名づくる手捏てづくりの七輪しちりんにかけて、生温なまぬるいお湯を湧かします。そうしてその白湯さゆりにった茶碗にいで、上から白紙の蓋をして、その上に、黒い針みたような崑崙の緑茶を一抓ひとつまみほど載せます。そうしてその白紙の蓋がホンノリと黄色く染まった頃を見計みはからって、紙の上の茶粕を取除とりのけると、天幕テントの中に進み入って、安楽椅子の上に身を横たえた富豪貴人たちの前に、三拝九拝して捧げ奉るのです。
 富豪貴人たちはそこで、その茶器の蓋をした白紙を取除いて、生温なまぬるい湯をホンノ、チョッピリすすり込むのです。むろん一口味わった時には、普通の白湯さゆと変りが無いそうですけれども、その白湯をみ下さないで、ジッと口に含んだままにしていると、いつとはなしに崑崙茶の風味がわかって来る。つまり紙の上に載っていた緑茶の精気が、紙を透した湯気ゆげされて、白湯の中に浸み込んでいるのだそうですが……。
 ……ドウデス。ステキな話でしょう。それはもう何ともかんともいえない秘めやかな高貴な芳香が、歯の根を一本一本にめぐりめぐって、ほのかにほのかに呼吸されて来る。そのうちにアラユル妄想や、雑念が水晶のようにり沈み、神気が青空のように澄み渡って、いつ知らず聖賢の心境に瞑合めいごうし、恍然こうぜんとして是非を忘れるというのです。その神々こうごうしい気持よさというものは、一度あじわったらトテモトテモ忘れられないものだそうです。
 ええ。無論そうですとも。夜になっても眠られないのは、わかり切った事ですが、しかし富豪たちはチットも疲れを感じません。影のように附添って介抱する黄色い着物の茶博士たちが、入れ代り立ち代り捧げ持って来る崑崙茶の霊効でもって、夜も昼も神仙とおんなじ気持になり切っている。しんり、しずみ、星斗と相語り、地形と相抱擁あいほうようしてむところを知らず。一杯をつくして日天子にってんしを迎え、二杯をふくんで月天子げってんしを顧みる。気宇凜然りんぜんとして山河を凌銷りょうしょうし、万象瑩然えいぜんとして清爽せいそう際涯さいがいを知らずと書物には書いてあります。
 けれどもその間は、お茶の味をよくするために食物をりません。ただ梅の実の塩漬と、砂糖漬とを一粒ずつ、日に三度だけ喰べるのですから、富豪たちの肉体が見る見る衰弱して行くのは云う迄もない事です。安楽椅子に伸びちゃったまま、黄色い死灰しかいのような色沢いろつやになって、眼ばかりキラキラ光らしている光景は、ちょうど木乃伊ミイラの陳列会みたいで、気味の悪いとも物凄いとも形容が出来ないそうです。
 ところが、おしまいにはその眼の光りもドンヨリと消え失せてしまって、何の事はないキョトンとしたからっぽの人形みたいな心理状態になる。身動きなんか無論出来ないのですから、お茶は介抱人に飲ましてもらう。その時のお茶の味が又、特別においしいのだそうで、身体からだ中がお茶の芳香に包まれてしまったようなウットリとした気持になるのだそうですが、やはり神経が弱り切っているせいでしょうね。その代りにくそも小便も垂れ流しで、ことに心神消耗しょうもうの極、遺精を初める奴が十人が十人だそうですが、そんなものは皆、茶博士たちが始末して遣るのだそうで、実に行届いたものだそうです。
 こうして二三週間も経つうちに、最初はふもとの近くに在った新茶の芽が、だんだんと崑崙山脈の高い高い地域に移動して行きます。それに連れて採取が困難になって来る訳で、やがて新茶が全く採れなくなったとなると、茶摘男と茶博士が一緒になって、その生きた死骸みたいに弱り切っている富豪貴人たちを、それぞれに馬車の中へかつぎ込んで、牛酪ぎゅうらくや、骨羹こっかんなぞいう上等の滋養分を与えながら、来がけよりも一層ユックリユックリした速度で、故郷へ連れて帰るのです。つまり日中をけて、朝のと夕方だけ馬を歩かせるので、あんまり速く馬を歩かせたり、モウ夏になりかけている日光に当てたりなんかすると、眼をまわしてヘタバル奴が出来かねないからだそうです。
 ところで、コンナ風にしてヤットの思いで、七八箇月ぶりに故郷に帰り着いても、まだ半死の重病人みたいになっている奴が居るそうですが、しかしどっちにしてもこの崑崙茶の味を占めた奴はモウ助からないそうです。完全なお茶の中毒患者になっているんですから、来年の正月過ぎになると、今一度飲みに行きたくてまらなくなる……もっともこれは無理もない話でしょう。支那人一流の毒々しいエロと、バクチと、酒池肉林式の正月気分に、ウンという程飽満ほうまんしたアトの富豪連ですから、そうした脱俗的なピクニック気分を起すのは、生理上むしろ当然の要求かも知れませんからね。
 そこで又行く。その次の年も行く。度重なるに連れて、お茶仲間からはうらやましがられるばかりでなく、お茶の勲爵士ナイトとしての無上の尊敬を受けるようになる。崑崙仙士とか道人とかいったような特別の称号なんかを奉られて、仙人扱いにされるのだそうですが、しかし、何しろその一回の旅行費だけでも一身代かかる上に、頭も身体からだも役に立たない廃人同様になって、あらゆる方向から財産を消耗する事になるのですから、余程の大富豪で無い限り、四五遍も崑崙茶を飲みに行くうちには、財産しんしょうをスッカラカンにってしまうものだそうです。又、それ程左様にこの崑崙茶が、古今無双の、生命いのちがけの魅力を持っているらしい事は、モウ大抵おわかりになったでしょう。
 ドウデス、婦長さん、スバラシイ話でしょう。ヤンキー一流の贅沢ぜいたくだって、ここまで徹底してはいないでしょう。ハハハ……。
 ところがここに一つ困った問題が残っているのです。それはその身代をってしまった、中毒患者の崑崙仙士君です。むろん又と崑崙茶を飲みに行く資力なんか無いのですが、しかしその味だけはトコトンまではらわたに沁み込んでいてトテモトテモ諦められない。そこで仕方なしに、せめてアノしんり、しずんだスバラシイ高踏的な気分だけでも味わいたいものだというので、古馴染ふるなじみの茶店から「茶精」というものを買って飲むんです。これは今お話した富豪連が、崑崙山の麓で使い棄てた緑茶のがらから精製した白い粉末で、相当高価なものだそうですが、それでも我慢して、普通のお茶にぜてんでみると、芳香や風味は格別無い代りに、純粋のエキスですから神気の冴える事は非常なものです。毎日毎夜とおしに眠れない。そうして、しまいには昼も夜もわからない、骨と皮ばかりの夢うつつみたいになって死んで行く奴が多い。しかも支那の事ですから、阿片と同様に取締りが絶対不可能と来ている。中には崑崙茶の味なんか知らないまま、見様見真似に「茶精」の味ばかりに耽溺たんできして、アッタラ青春を萎縮させてしまう青年少女も居るといった調子ですが、今そこに寝ている支那留学生は、たしかにその一人に相違ないのです。僕がこの病院に入院して以来、注射を受けなければ絶対に眠れないようになったのは彼奴きゃつのせいに相違無いです。
 ……ね。婦長さん。ですから済みませんが僕のへやを換えて下さい。イエイエ。口実じゃ無い[#「無い」は底本では「無ない」と誤記]のです。僕はソンナ恐ろしいお茶の中毒患者になって、青春をしぼましてしまいたくないのです。どうぞどうぞ後生ですから……サ……早く……そいつが眼を醒まさないうちに……。
 ナ……何ですって……。支那の魔法ですって……?……。
 ヘエ……貴女がお祖父じい様からお習いになった支那の魔法の中に、飛去来術ひきょらいじゅつというのがある。ヘエ。それはドンナ魔法ですか。
 イイエ。初めて聞いたんです。全く知らないんです。飛去来術なんて……ヘエ。その魔法を応用したら、僕の煩悶はんもんなんか他愛なく解決されてしまう。ホントウですか……ヘエ。コンナ密室でしか行えないから都合がいい。ヘエ。貴女なら嘘は仰言おっしゃらないでしょう。教えて下さい。ヤッテ見て下さい。その飛去来術っていうのを……どうするのですか。
 眼を閉じている……いいです。閉じています。……そうして一から十まで数える……支那の数え方で……ええ。知ってますとも。大きな声で……よろしい。承知しました。いいですか数えますよ。
 ……イイイ……。アルウ……。……サンン……。スウウ……。ウウウ……。リュウウ……。チイイ……。パアア……。チュウウ……。シイイイッ……。……と……。
 いいですか。眼を開けますよ。
 ……オヤア……これあ不思議だ……。
 留学生が居ない。寝台ごと消えて無くなりやがった。コンクリートの壁になってしまった……たしかに壁だ。寝台一つしか這入らない狭いへやになっている。……おかしいな……この間から僕はあの支那人のことばかり気にしていたんだが……変ですねえ。どうしたんですか婦長さん……。
 ……オヤッ……婦長さんも居ない。
 いつの間に出て行ったんだろう。寝台の下にも……居ない。イヨイヨ可笑おかしい。俺はサッキから独言ひとりごとを云っていたのか知らん。チョッとこの薬をめて……みよう。
 ……苦くも何ともありゃあしない。しょっぱい味がする……重曹の味だけだ。オカシイナ……オカシイ……。
 ……アッハッハッハッハッ。やっと解った。
 これが飛去来術なんだ。今のに室と薬がかわったんだ。
 ……エライもんだなあ婦長さんの魔法は……まるで天勝てんかつみたいだ。有難い有難い。お蔭でこれから安心して眠れる。
 ……ああ驚いた……。
 面白い国だなあ支那という国は……。
 アッハッハッハッハッハッハッ……。





底本:「夢野久作全集8」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年1月22日第1刷発行
底本の親本:「瓶詰地獄」春陽堂
   1933(昭和8)年5月15日発行
入力:柴田卓治
校正:ちはる
2000年9月30日公開
2006年3月15日修正
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