您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 森 鴎外 >> 正文

フロルスと賊と(フロルスとぞくと)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-7 10:08:00  点击:  切换到繁體中文


「檀那様。ここへお這入なさいますか。」
「さうだ。」
 主人の声は苦労の無ささうな声である。二人は監獄の門に入つた。
 財産があり、身分のあるフロルスであるから、獄吏は別に面倒な事も言はずに、客の要求を容れた。勿論心附けは辞退せずに受けた。フロルスは頃日このごろ逃亡した奴隷が監獄の中に入れられてゐはせぬか、捜して見たいと要求したのである。
 フロルスは隅々まで気を配つて、しかも足早に監獄を見て廻つて、最後の地下室をもあまさなかつた。その目附は馴染のある場所を見て廻るやうな目附であつた。最後にフロルスは詞せはしく問うた。
「囚徒は皆内にゐるのですね。今見たのより外にはゐないのですね。」
「はい。あの外にはゐません。きのふ一名逃亡しました。」
「逃亡者がありますか。名前は。」
「マルヒユスと云ふ奴です。」
「マルヒユスですか。目の光る、日に焼けた、髪の黒い男ぢやありませんか。」名を聞いて耳をそばだてたフロルスは、うれしげな声でかう云つた。
「はい。仰やる通の男です。」獄吏は頷いて答へた。
 監獄の門を出た時、フロルスはこれまでになく晴々した気色をしてゐた。子供のやうに饒舌しやべり続けて縁にはまだくまのある目が赫いた。
「どうだい。ムンムスぢゝい。あれを見い。こんな長閑のどかな空を見たことがあるかい。木の葉や草花がこんなに可哀かはいらしく見えたことがあるかい。これからお前と二人でぶら/\歩いて別荘に往かう。己は桜ん坊を食つて、牛乳を牛の乳房から飲まう。そして気楽に日を暮さう。お前田舎の娘を一人世話をしてくれ。枯草や山羊の香のする娘だな。少しは葱臭くても好い。あの※(「やまいだれ+音」、第3水準1-88-52)をしのルカスは別荘へは呼ばないで置かう。どうだい。ムンムス爺い。けふのやうに己の元気の好かつた事があるかい。あの雲を見い。丸で春のやうだ。春のやうだ。」

     四

 別荘の居心の好い家を、フロルスは朝嬉しげに出て、街道や小径を遠方まで散歩する。老人の世話をしてくれたゴルゴオは物静な、詞少なな、従順な、澹泊な、小牛の様な娘である。日に焼けた肌をなんの面倒もなく、さつぱりと任せる。留守居をする時は、古い小唄を歌つてゐる。
 無言のルカスは呼ばれぬに主人の跡を慕つて来て、主人の往く所へどこへでも附いて行く。疲れたやうな、をさない顔の悲しげな目に喜を湛へてゐる。突然昔の気軽に帰つた主人に、暫くも目を放さぬやうにして、黙つて静に附いて行くのである。
 主人はいつも山の阻道そばみちをうろつく。草花の色々に咲いた野に休んで、仰向になつて絶間なく青空を見詰めて、田舎の罪のない唄を歌ふ。そして※(「やまいだれ+音」、第3水準1-88-52)をしの童には笛を吹かせる。白い、目映まばゆい程白い雲が、野の上、川の上に静に漂つて、何物をか待つてゐる。
 主人は髭の伸びた、まだ乳汁ちゝの附いてゐる赤い口をしてゴルゴオに接吻する。都の手振は忘れ、葱の香には構はなくなつてゐる。そんな時は無言のルカスが片隅で泣いてゐる。
 一日一日と過ぎて行く。譬へば飾の糸にいた花の一輪が、次の一輪と接して続いてゐるやうなものである。
 或暮方の事である。フロルスは暢気に遊び戯れてゐた最中、突然沈鬱な気色になつた。俄に敵に襲はれたやうな態度である。急に咳枯しやがれた声でかう云つた。
「どうしたのだらう。どうしてこんなに暗くなつたのだ。牢屋ぢやないか。」
 フロルスは低い寝台ねだいの上に身を横へた。壁の方に向いて、黙つて溜息をいた。
 そこへゴルゴオがそつと這入つて来て抱き附いたが、フロルスは顧みずに、押し退けるやうにして云つた。
「お前誰だ。知らない女だ。今は行けない。気を附けろ。錠前の音がすると、番人が目を醒ますぜ。」
 ゴルゴオは黙つて退いた。
 無言のルカスが狗のやうに這ひ寄つて、寝台の縁から垂れてゐる主人の手に接吻した。

     五

 主人の寝部屋の外で転寐うたゝねをしてゐる家来共のためには、鬱陶しい夜であつた。無言のルカス丈が黙つておとなしく主人の傍にゐた。夜どほし部屋の中を往つたり返つたりしてゐる主人の足音が聞えた。暁近くなつて、家来共がまどろんだ。
 忽ち空気を切り裂くやうな、叫声が響いた。人の声らしく無い。此世のものでないものが、反響のするやうに「死」と叫んだかと思はれた。
 家来共は躊躇しつゝ戸を敲いた。無言の童が内から戸を開けて入れた。童の顔は、いつもの子とは見えぬ程、恐怖のために変つてゐる。そして童は、つひに物を言つたことの無い口で、あらあらしく「死だ、死だ」と繰り返して云ふ。※(「やまいだれ+音」、第3水準1-88-52)をしの物を言ふのを不思議がる暇も無く、家来共は寝台に駆け寄つた。
 フロルスは寝台の上に、うなじを反らせて、真つ黒になつた顔をして動かずにゐる。ルカスは今離れたばかりと見える寝台に、又駆け寄つて、無言で俯伏うつぶしになつた。
 恐怖の使は医師と差配人との許に走らせられた。
 ※(「やまいだれ+音」、第3水準1-88-52)の童は絶間なく「死だ、死だ」と云ふ詞を反復してゐる。只此詞丈を言ふために物を言ひ出したかと思はれる位である。
 フロルスは項を反らせて、真つ黒になつた顔をして動かずにゐる。手が一本だらりと寝台の縁から垂れてゐる。
 医師が来てフロルスの体を検査した。フロルスは慥に死んでゐた。医師は驚きながら差配人に死骸の頸の痕を指さして見せた。くるりと帯のやうに、黒ずんで腫れ上がつて、皮の下には血が出てゐる。なんとも説明のしやうの無い痕である。
 フロルスの死目に逢つた只一人のルカスは、恐怖のお蔭で物が言はれるやうになつて、吃りながらかう云つた。
「死だ、死だ。又縛られなすつたのだ。そして歩いて歩いて、とう/\がつかりなすつて、床の上にお倒なさる。わたしにはなんにも仰やらない。わたしは飛び附いた。すると咽をぜい/\云はせながら、目をいて御覧なすつた。ああ。神々様。朝日が窓から赤く差した。フロルス様は黒くおなりなすつて、それ切動かなくおなりなすつた。」
 死骸の始末などのために、人々はルカスの事を忘れてゐた。
 翌朝やつと明るくなる頃、襤褸ぼろを着た跣足はだしの老人が来て、フロルスに逢ひたいと云つた。主人の怪しい死様しにざまに就いて、何か分かるかと思つて、差配人が出て老人に逢つた。
 老人は※(「魚+更」、第3水準1-94-42)こつかうで、しかも淳樸なものらしい。周囲まはりに狗がたかつて吠えてゐる。
「内の檀那の亡くなつたのを、お前知らずに来たのかい。」
「いゝえ。知りません。だがそれはどうでも好いのです。わたしは只言ひ附けられた用を済ませさへすりやあ好いのです。」
「誰が言ひ附けたのだ。」
「マルヒユスさんです。」
「それは誰だい。」
「今は此世の人ではありません。」
「亡くなつたのかい。」
「きのふの朝おしおきになりました。」
「内の檀那を知つてゐた人かい。」
「いゝえ。知らないのですが、宜しく言つて、そして死んだことを知らせてくれと云ひました。それからこちらでは※(「やまいだれ+音」、第3水準1-88-52)をしが物を言ふだらうと云ひました。」
「うん。己はもう物を言つてゐる。」これはルカスが駆け寄つて、老人の手に接吻しながら言つたのである。
「お前檀那の死顔が見たいのかい」と、差配人が問うた。
「なに。それには及びません。ひどくお変になりましたか。」
「うん。ひどくお変になつた。」
「マルヒユスさんもわなでひどく顔が変ました。頸にひどい痕が附いて。」
「まだ何か言ふことがあるかい。」
「いゝえ。もう往きます。」
「わたしは一しよに往くよ。」これはルカスが優しい声で云つたのである。
 もう日が薄紅うすくれなゐに中庭をいろどつてゐた。雇はれて来た女原をんなばらが、痩せた胸をあらはにして、慟哭の声を天に響かせた。

此訳稿のはじめに人物の目録を添へたのは、脚本には有つても、小説には例の無い事である。訳者は只此短篇を会得ゑとくし易くしようと思つて、特に読者のために、篇中に出してある人物を表裏二様に分けて列記して置いた丈の事である。





底本:「鴎外選集 第十五巻」岩波書店
   1980(昭和55)年1月22日第1刷発行
初出:「三田文学 四ノ七」
   1913(大正2)年7月1日
入力:tatsuki
校正:山根生也
2001年11月13日公開
2005年12月16日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • 「くの字点」は「/\」で、「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。

上一页  [1] [2]  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告