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冬の王(ふゆのおう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-7 10:07:05  点击:  切换到繁體中文


 おばさんは意味ありげな微笑をした。そして云うには、ことしの五月一じつに、エルリングは町に手紙をよこして、もう別荘の面白い季節が過ぎてしまって、そろそろお前さんや、避暑客のむれが来られるだろうと思うと、ぞっとすると云ったと云うのである。
「して見ると、あなたの御贔屓ごひいきのエルリングは、余りお世辞はないと見えますね。」
「それはそうでございます。お世辞なんぞはございません。」こう云っておばさんは笑った。
 己にはこの男が段々面白くなって来た。
 その晩十時過ぎに、もう内中のものがてしまってから、己は物案じをしながら、薄暗い庭を歩いて、いだ海の鈍い波の音を、ぼんやりして聞いていた。その時己の目に明りが見えた。それはエルリングの家からしていたのである。
 己は直ぐにその明りを辿たどって、家の戸口に行って、少し動悸どうきをさせながら、戸を叩いた。
 内からは「どうぞ」と、落ち着いた声で答えた。
 己は戸を開けたが、意外の感に打たれて、閾の上に足をめた。
 ランプのけてある古卓ふるづくえに、エルリングはいつもの為事衣しごとぎを着て、り掛かっている。ただ前掛だけはしていない。何か書き物をしているのである。書いている紙は大判である。その側には厚い書物が開けてある。たくの上のインクつぼの背後には、例の大きい黒猫が蹲って眠っている。エルリングが肩の上には、例の烏が止まって今己が出し抜けに来たわびを云うのを、真面目な顔附かおつきで聞いていたが、エルリングが座をったので、鳥は部屋の隅へ飛んで行った。
 エルリングは椅子いすを出して己を掛けさせた。己はちょいと横目で、書棚にある書物の背皮を見た。グルンドヴィグ、キルケガアルド、ヤアコップ・ビョオメ、アンゲルス・シレジウス、それからギョオテのファウストなどがある。あとに言った三つの書物は、背革の文字で見ると、ドイツの原書である。エルリングはドイツを読むと見える。書物の選択から推して見ると、この男は宗教哲学のようなものを研究しているらしい。
 大きな望遠鏡が、高い台に据えて、海の方へ向けてある。のちに聞けば、その凸面鏡は、エルリングが自分でったのである。書棚の上には、地球儀が一つ置いてある。たくの上には分析に使う硝子瓶がらすびんがある。六分儀ろくぶんぎがある。古い顕微鏡がある。自然学の趣味もあるという事が分かる。家具は、部屋の隅に煖炉だんろが一つ据えてあって、その側に寝台ねだいがあるばかりである。
「心持の好さそうな住まいだね。」
「ええ。」
「冬になってからは、誰が煮炊にたきをするのだね。」
「わたしが自分でります。」こう云って、エルリングは左の方を指さした。そこはがんのように出張でばっていて、その中にかまど鍋釜なべかまが置いてあった。
「この土地の冬が好きだと云ったっけね。」
「大好きです。」
「冬の間に誰か尋ねて来るかね。」
「あの男だけです。」エルリングが指さしをする方を見ると、祭服を着けた司祭の肖像がたくの上に懸かっている。それより外には※(「匸<扁」、第4水準2-3-48)へんがくのようなものは一つも懸けてないらしかった。「あれが友達です。ホオルンベエクと云う隣村の牧師です。やはりわたしと同じように無妻で暮しています。それから余り附合をしないことも同様です。年越の晩には、まって来ますが、その外の晩にも、冬になるとちょいちょい来て一しょにトッジイを飲んで話して行きます。」
「冬になったら、このへんは早く暗くなるだろうね。」
「三時半位です。」
「早く寝るかね。」
「いいえ。随分長く起きています。」こんな問答をしているうちに、エルリングは時計を見上げた。「御免なさい。丁度夜なかです。わたしはこれから海水浴を遣るのです。」
 己は主人と一しょに立ち上がった。そして出口の方へこうとして、ふと壁を見ると、今まで気が附かなかったが、あっさりした額縁にめたものが今一つ懸けてあった。それにいばら輪飾わかざりがしてある。薄暗いので、念を入れて額縁の中を覗くと、肖像やではなくて、手紙か何かのような、書いた物である。己は足をめて、少し立ち入ったようで悪いかとも思ったが、決心して聞いて見た。
「あれはなんだね。」
「判決文です。」エルリングはこう云って、目を大きく※(「目+爭」、第3水準1-88-85)って、落ち着いた気色けしきで己を見た。
「誰の。」
「わたくしのです。」
「どう云う文句かね。」
「殺人犯で、懲役五箇年です。」緩やかな、力の這入った詞で、真面目な、憂愁を帯びた目を、おそもなく、大きく※(「目+爭」、第3水準1-88-85)って、己を見ながら、こう云った。
「その刑期を済ましたのかね。」
「ええ。わたくしの約束した女房を附けまわしていた船乗でした。」
「そのおかみさんになるはずの女はどうなったかね。」
 エルリングは異様な手附きをして窓を指さした。その背後うしろは海である。「行ってしまったのです。移住したのです。行方不明です。」
「それはよほど前の事かね。」
「さよう。もう三十年程になります。」
 エルリングは昂然こうぜんとして戸口を出てくので、己も附いて出た。戸の外で己は握手して覚えず丁寧に礼をした。
 暫くしてから海面の薄明りの中で己はエルリングの頭が浮び出てまた沈んだのを見た。海水は鈍い銀色の光を放っている。
 己は帰って寝たが、夜どおしエルリングが事を思っていた。その犯罪、その生涯の事を思ったのである。
 丁度浮木うききが波にもてあそばれて漂い寄るように、あの男はいつかこの僻遠へきえんさかいに来て、漁師をしたか、農夫をしたか知らぬが、ある事に出会って、それから沈思する、冥想めいそうする、思想の上で何物をか求めて、一人でいると云うことを覚えたものと見える。その苦痛が、そう云う運命にあの男をおとしいれたのであろう。そこでこうして、この別荘の冬の王になっている。しかし毎年春が来て、あの男の頭上のかんむりを奪うと、あの男は浅葱の前掛をして、人の靴を磨くのである。夏の生活は短い。明るい色の衣裳いしょうや、麦藁帽子むぎわらぼうしや、笑声や、噂話うわさばなし※(「倏」の「犬」に代えて「火」、第4水準2-1-57)たちまちあいだひらめき去って、夢のごとくに消えせる。秋の風が立つと、つばめや、ちょうや、散った花や、落ちた葉と一しょに、そんな生活は吹きまくられてしまう。そして別荘の窓を、外から冬のやみが覗く。人に見棄みすてられた家と、葉の落ち尽した木立こだちのある、広い庭とへ、沈黙が抜足をして尋ねて来る。その時エルリングはまた昂然として頭を挙げて、あの小家こいえの中のたくっているのであろう。その肩の上にはからすが止まっている。この北国ほっこく神話の中の神のような人物は、宇宙の問題に思を潜めている。それでもまれには、あの荊の輪飾の下の扁額へんがくに目を注ぐことがあるだろう。そしてあの世棄人よすてびとも、遠い、微かな夢のように、人世じんせいとか、喜怒哀楽とか、得喪利害とか云うものを思い浮べるだろう。しかしそれはあの男のためには、くに一切折伏しゃくぶくし去った物に過ぎぬ。
 暴風が起って、海が荒れて、波濤はとうがあの小家こいえを撃ち、庭の木々がきしめく時、沖を過ぎる舟の中の、心細い舟人は、エルリングが家の窓かられる、小さいともしびの光を慕わしく思って見て通ることであろう。
(明治四十五年一月)





底本:「於母影 冬の王 森鴎外全集12」ちくま文庫、筑摩書房
   1996(平成8)年3月21日第1刷発行
底本の親本:「森鴎外全集」岩波書店
初出:「帝国文学」
   1912(明治45)年1月1日
入力:土屋隆
校正:小林繁雄
2005年10月8日作成
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