您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 森 鴎外 >> 正文

独身(どくしん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-7 9:56:12  点击:  切换到繁體中文


 風の音がひゅうと云う。竹が薬缶やかんを持って、急須きゅうすに湯を差しに来て、「上はすっかり晴れました」と云った。
「もうお互に帰ろうじゃないか」と戸川が云った。
 富田は幅の広い顔に幅の広い笑を見せた。「ところが、まだなかなか帰られないよ。独身生活を berufsmaessigベルウフスメエシヒ に遣っている先生の退却したあとで、最後の突撃を加えなけりゃあならないからな。箕村だってそうだ。僕は何故なにゆえにお稲荷さんが、特に女中をしていたお梅さんを抜擢ばってきしたかということまで、神慮に立ち入って究めることはあえてしない。しかし兎に角第二の細君が直ぐに出来たのは、箕村のために幸福であった。箕村は一日も不自由をしない。箕村のお客たる僕なんぞも不自由をしない。主人が幸福なら、客も幸福だ。」
 主人の無頓着むとんじゃくらしい顔には、富田がいくらくだを巻いてもやはり微笑の影が消えない。
 戸川は主人に目食めくわせをした。「いや。大変遅くなった。もうおいとまをします。」
 そして起ちそうにして起たずに、しきりに富田を促すのである。「さあ。君も行こうじゃないか。もう分かっているよ。分かっているよ。」
 戸川はとうとう引きるようにして富田を連れ出した。
 富田は少しよろけながら玄関へ出て、大声にどなっている。「おい。お竹さん。もう一本熱いのを貰うはずだが、こん度の晩まで預けて置くよ。」
 主人は送りに出て、戸川にささやいた。「車を呼びに遣ろうか。」
「なに。どうせ同じ道ですから、僕が門まで一しょに行きます。さようなら。」

       六

 二人の客の帰ったあとは急にひっそりした。旭町の太鼓はいつか止んでいて、今まで聞えなかった海の鳴る音がする。
 竹が出て来て、酒や茶の道具を片附けている。主人の大野は、見るともなしにそれを見ていたが、ふいと竹を女として視ようとした。
 背の低い、髪の薄い、左右の目の大さの少し違っている女である。初め奉公に来た時は痩せて蒼い顔をしていて、しおらしいような処があった。それがこの家に来てから段々肥えて、っぺたが膨らんで来た。女振はよほど下がったのである。
 宿元は小倉に近い処にあるが、兄が博多はかたで小料理屋をしている。飯焚めしたきなんぞをするより、酌でもしてくれれば、嫁入支度位は直ぐ出来るようにして遣ると、兄が勧めたので、暫く博多に行っていたが、そこへ来る客というのが、皆マドロスばかりで、ひどく乱暴なので、恐れて逃げて帰ったのだそうだ。裏表のない、主人のためを思って働く、珍らしい女中である。しかし女として視ることはむずかしい。これまで一度も女だと思ったことがなかったが、今女だと思おうとしても、それがほとんど不可能である。異性のものだという感じは所詮しょせん起らなかった。
 道具を片附けてしまって起って行くのを、主人は見送って、覚えず微笑した。そして自分の冷澹れいたんなのを、ややいぶかるような心持になった。
 この心持が妙に反抗的に、白分のどこかに異性に対する感じが潜んでいはしないかと捜すような心持を呼び起した。
 大野の想像には、小倉で戦死者のために法会をした時の事が浮ぶ。本願寺の御連枝ごれんしが来られたので、式場の天幕の周囲まわりには、老若男女がぎしぎしと詰め掛けていた。大野が来賓席の椅子いすに掛けていると、段々見物人が押して来て、大野のひざの間の処へ、島田にった百姓の娘がしゃがんだ。お白いと髪の油との※(「均-土」、第3水準1-14-75)においがする。途中まで聞いていた誰やらの演説が、ただ雑音のように耳に聞えて、この島田に掛けた緋鹿子ひがのこを見る視官と、この髪や肌から発散する※(「均-土」、第3水準1-14-75)を嗅ぐ嗅覚きゅうかくとに、暫くの間自分の心が全く奪われていたのである。この一刹那せつなには大野もたしかに官能の奴隷であった。大野はその時の事を思い出して、また覚えず微笑した。
 大野は今年四十になる。一度持った妻に別れたのは、久しい前の事である。独身で小倉に来ているのを、東京にいるお祖母あさんがひどく案じて、手紙をよこす度によめの詮議をしている。今宵こよいもそのお祖母あさんの手紙の来たのを、客があったので、封を切らずに机の上に載せて置いた。
 大野はくらくなったランプの心をじ上げて、その手紙の封を開いた。行儀のいお家流の細字を見れば、あの角縁つのぶちの目金を掛けたお祖母あさんの顔を見るようである。
 歳暮もおひおひ近く相成あいなりそうらへば、御上京なされ候日の、指折る程に相成候を楽み居り候。前便に申上候井上の嬢さんに引き合せくれんと、谷田の奥さんが申され候ゆゑ、今日上野へまゐり、只今ただいま帰りてこの手紙をしたため候。私と谷田の奥さんとにて先に参りをり候処へ、富子さん母上と御一しよに来られ、車を降りて立ち居られ候高島田の姿を、初て見候時には、実に驚き申候。世の中にはこの様なる美しき人もあるものかと、不思議に思はれ候程に候。この人を見せたらば、いかに女嫌の御前様もいやとは申さるまじと存じ候。性質は一度逢ひしのみにて何とも申されず候へども、怜悧れいりなることはたしかに候。ただ一つ不思議に思はれしは、茶店にいこひて一時間ばかりもゐたるに、富子さんは一度も笑はざりし事に候。丁度西洋人の一組同じ茶店にゐて、言語通ぜざるため、色々をかしき事などありて、谷田の奥さん例の達者なる英語にて通弁をしてつかわされ、富子さんの母上も私も笑ひ候に、富子さんは少しも笑はずにをられ候。もつとも前便に申上候とおり、不幸なる境遇に居られし人なれば、同じ年頃の娘とは違ふ所もあるべき道理かと存じ候。何はもあれ、御前様の一日も早く御上京なされ候て、私の眼鏡のたがはざることを御認なされ候を、ひたすら待入候。かしこ。
尚々なおなお精次郎夫婦よりもよろしく可申上様もうしあぐべきよう申出候。先日石崎に申附候亀甲万きつこうまんたるもはや相届き候事と存じ候。
 読んでしまった大野は、竹が机のそばへ出して置いた雪洞ぼんぼりに火を附けて、それを持って、ランプを吹き消して起った。これから独寝ひとりねの冷たい床に這入はいってどんな夢を見ることやら。

(明治四十三年一月)





底本:「普請中 青年 森鴎外全集2」ちくま文庫、筑摩書房
   1995(平成7)年7月24日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版森鴎外全集」筑摩書房
   1971(昭和46)年4月~9月刊
※底本の「お休なさとい云って、」は、「鴎外選集 第二巻」1978(昭和53)年12月22日第1刷発行を参照して、「お休なさいと云って、」に修正しました。
入力:鈴木修一
校正:松永正敏
2003年8月20日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。

上一页  [1] [2] [3]  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告