您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 森 鴎外 >> 正文

猿(さる)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-7 9:35:57  点击:  切换到繁體中文


 然るに或る日金剛石を嵌めた指輪がエツヰに入れた儘で紛失した。それの置いてあつた室の戸が開いてゐた時、戸口にゐたのを人に見られた一人の水兵が嫌疑者にせられた。そこで其水兵の挙動に注意する事になつた。水兵は周囲の人に目を付けられるのを悟つて、艦長の前に出て無造作にかう云つた。
「艦長殿、わたくしがダイアモンドを盗んだと思はれてゐるのでありますか。」
 艦長は答へた。「さうさな。兎に角猿が取つたとは誰も思つてゐないやうだ。」
 この詞を聞いた時、水兵の頭に或る考が浮かんだ。水兵は探索の手掛かりを得たやうに思つた。エドガア・アラン・ポオの小説にリユウ・マルグの二人殺ににんころしと云ふのがあつて、その主人公は猩々である。さうして見れば軍艦の猿だつて窃盗をしないには限らない。丁度探偵が嫌疑者を監視するやうに、水兵は軍艦の猿を監視し始めた。
 二三日立つて、水兵は石炭庫に天鵞絨びろうどの小さいエツヰのあるのを見出した。それが石炭の中に埋めてあつたのである。誰がこんな事をしたのだらう。どうも猿らしい。
 水兵は忽ち工夫して、猿の腕首を掴んで、エツヰのあつた所へ連れて行かうとした。ところが石炭庫が近くなればなる程、猿が震え出した。丁度犬が自分の糞をした所へ連れて行かれるのを嫌ふやうに、軍艦の猿は石炭庫へ行く事を嫌つた。とう/\くらに来て、水兵がエツヰを見出したところを猿に指さして見せると、猿の黒い目に恐怖の色が現はれた。そして猿は祈祷をするやうに両手を合せた。
 それから水兵はからのエツヰを出して猿に見せて、指に指輪を嵌めたり抜いたりする真似をして見せた。猿はそれを見てゐたが、暫くして意外な事をし始めた。猿は指の爪で不細工に石炭の中を掻き捜し始めた。間もなく石炭の中から、金剛石が出て来た。※[#「貝+藏」、126-上-13]品の金剛石である。
 そこで水兵は艦長の前へ出た。「艦長殿。盗坊どろばうが分かりました。これが宝石で、これがそれを盗んだ奴であります。」
 猿はこの詞が分かつたらしい様子をしてゐた。分からぬまでも、この場で何事が訴へられ、又聞き取られてゐると云ふことを悟つてゐたに違ひない。猿は途方に暮た様子で頭をれて視線を船の甲板の上に落してゐて、艦長の顔を一目も仰ぎ見る事が出来なかつた。
「さうか。この役に立たず奴をどう処分して遣つたものだらうかなあ」と、艦長が云つた。
 評議の結果、猿を取調べて、いよ/\有罪と極まつたら、窃盗をした水兵と同じ刑罰に処するが好からうと云ふ事になつた。航海は退屈なものだから、何か慰みになるやうな事があると、誰でもその機会を捕へようとするのである。取調べは一種の軍法会議を組織して行ふことになつた。猿の辯護をする役人も出来た。そこで中世風の裁判をして、刑罰に処するか放免するかになるのである。
 水兵仲間の一人は、この様子を見てゐて、忽然こつぜん一種の疑念を生じて、猿を連れて来た水兵に言つた。「猿は可哀かはいさうだな。やつぱりお主が処罰になつた方が面白かつたのに。」
「難有い為合しあはせだ」と、水兵は答へた。
 猿はとう/\有罪と極まつた。法廷の手続きは一々規則通りに遂行せられた。猿は数人の判事と辯護士とを代る代る見て何事か分からずにゐた。此分からずにゐたと云ふのは平気でゐたのではない。軍艦中で可哀がられてゐた猿の為には此見馴れない法廷がひどく窮屈であつた。猿はどんなになだめても落ち着いてゐることが出来なかつた。大勢の人が自分を見てゐるのが猿には辛くてならなかつた。さて愈有罪と極まつたので、刑の執行をする事になつた。どんな刑罰に処せられるかと云ふことは最初から分かつてゐた。
「とう/\銃殺か、ジヨツコオ奴。可哀さうに。」誰やらがかう云つた。
 窃盗をしたからには、銃殺せられるのは当前である。併し刑の執行は真似だけにして置かうと議決せられた。金剛石の持主は赦免の請求をしたが、この請求は銃口を猿に向けた上で採用するが好からうと云ふことになつた。
 この銃殺の真似を水兵共は楽みにして待つた。毎日同じやうにしなくてはならぬ操練に飽きてゐるので、こんなことも楽みになるのである。いよ/\その日の朝になつて、猿はブリツジへ連れて行かれた。そして銃を持つた水兵等の自分の方へ向いて来るのを見てゐた。士官一同、乗組水兵の全部が集つてゐる。
 ふびんな猿は途方に暮れた目をして一人一人の顔を見た。こんなに大勢の人に見られてゐることは今が始めである。一人の水兵が進み出て白布しろぬので猿に目隠しをして遣つた。その時猿の痩せた手足は、ぶる/\震えた。猿は何か恐ろしい事が実行せられるのだと思つた。そしてそれが自分の身の上だと云ふことが分かつた。猿は銃を構へた水兵等の前に直立してゐたが、その態度は如何にも元気が無くて気の毒に見えた。一同の目は猿に注がれてゐる。或る人はやゝ感動して見てゐる。或る人は又軽く微笑みながら見てゐる。兎に角この場の模様は一種の陰鬱な見ものであつた。
「撃て」と云ふ号令が掛かると、ふびんな猿の全身は電気を掛けられたやうに震えた。此場の危険が分かつたのだらう。布で目を隠されてゐても、銃口を自分に向けられてゐることは知つてゐた。そこでその銃に弾薬が込めてあるかも知れぬと云ふことも、本能的に分かつたかも知れない。この獣も忽然「死」と云ふ暗黒な秘密を感じたかも知れない。
 猿は両手を縛られてゐた繩を引きちぎつた。頭の背後うしろで結んである目隠しの布をかなぐり棄てた。そして銃を構へた水兵等や、それから士官等や、物見高い乗客や、判事などの群を見渡した。その目の中には恐怖と憤怒と努力との三つが電光の如くに閃いた。それから大胆に身を跳らして一人の士官の肩の上に飛び上がつて、次に一人の水兵の肩に移つて、非常な速度を以てふなばたに飛び付いて、高く叫びながら海に飛び込んだ。
「やあ、海へ這入つた。猿が海へ這入つた。」かう云つて大勢が舷へ駆け寄つた。水兵の中には猿を助けに続いて海へ飛び込まうとした者もある。「ボオトを卸せ」と云ふ者もあつた。
 この騒は無駄であつた。ふびんな猿は一瞬間水面を泳いで、波と戦つてゐたが、とうとう沈んで見えなくなつた。
 M提督はこの話をしてしまつて云つた。「言ふまでもなく、それから先の航海はなんとなく物悲しかつたのですよ。こんな事を言つたら、あなたは笑ふでせうが、猿が溺れてからは、艦内で笑声はしなくなりました。丁度親類か友達の死んだ時のやうに、何物を見るに付けても、ふびんなジヨツコオの事が思ひ出されてならなかつたのです。」





底本:「鴎外選集 第十四巻」岩波書店
   1979(昭和54)年12月19日
初出:「新日本 三ノ三」
   1913(大正2)年3月1日
入力:tatsuki
校正:浅原庸子
2001年9月15日公開
2006年4月29日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
  • 「くの字点」は「/\」で表しました。
  • この作品には、JIS X 0213にない、以下の文字が用いられています。(数字は、底本中の出現「ページ-行」数。)これらの文字は本文内では「※[#…]」の形で示しました。

    「貝+藏」    126-上-13

上一页  [1] [2]  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告