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竜宮の犬(りゅうぐうのいぬ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-2 9:10:15  点击:  切换到繁體中文


「こちらでせう、慈悲心正助じひしんしやうすけさんといふ方のお家は?」
「え、さうですよ、あなたはどちらからおいでになりましたか?」
「一寸、此処ここを開けて下さい。さうすればお分りになります。」
 婆さんもその物音に目をさましました。そして起きて戸を開けてみますと、吃驚びつくりして、思はずアッと言つて、尻餅しりもちくところでした。といふのは、其処そこには一ぴきの竜のこま(たつのおとしご)の大きなのが、金銀、珊瑚さんご、真珠などの飾りのついたくらを置かれ、その上には魚の形をした冠に、うろこの模様のついた広袖を着た美しい女が立つてをりました。
 お婆さんはすつかり驚いてしまひました。
「ぢいさん/\大変なものが舞ひ込んだ。おけが来た。早く此処へ来て戸を閉めて下さい。私はこはくて、もう足も腰もかなはない。」とお婆さんは呶鳴どなりました。
 お爺さんもびつくりして飛び起きてくるとこの有様でした。けれども流石さすがに男だけに、気を落付けてきました――
「もし/\お姫様、あなたは何だつて此処へおいでになりました。そして又この慈悲心正助に何の御用がおありなさいますか?」
 竜の駒の背中にのつた美しい女は答へました――
「ちつとも恐がることもなければ、吃驚びつくりなさることもありません。わたしは竜宮から来た使者つかひでございます。正助さんを竜王さま、乙姫おとひめさまが御召おめしでございます。どうぞ御面倒ですが、一寸私について来て下さい。」
 正助爺さんは、初めは少々恐がつて、一緒に行くことを躊躇ちうちよしましたが、道案内が、か弱い女のことですから、何でもなからうと安心してその女について海岸まで参りますと、そこには別に一疋のもつと大きな竜の駒がをりまして、正助爺さんを乗せ、竜宮のお使ひを先に立てゝなみの中へさつと駆け込みました。すると不思議なことには正助爺さん達の行くところは、まるで壁で仕切りをしたやうに海の水が両方に分れて、をかを行くのとちつとも変りがありません。驚いてうしろを振り返つてみますと、そこはもう水ばかりで、白いなみ物凄ものすごいやうにえたり、み合つたりして、岸の方へ押掛て行くのが見えました。
 おほよそ二三十丁も来たかと思ふと、突然の前に立派なお城が見えました。近づいてみますと、門には竜宮といふ字を真珠をかして書き、それを紅珊瑚べにさんごの玉で縁取つた素晴らしい大きな額をかけて、その中には矢張り鱗模様うろこもやうの着物に、魚形の冠をかぶつた番兵がついてをりました。
 正助爺さんはこの門を通つて、お城の中へ参りましたが、その美しいのに恍惚うつとりとして、あやうく竜の駒から落ちようとしたことが幾度あつたか知れません。
 とある玄関で駒をすて、迎へに出た女官につれられて立派なお坐敷ざしきに通り、しばらく待つてゐると、竜王と、乙姫とが沢山な家来をつれて其処へおでましになりました。
「これ正助。」と竜王は仰せられました。「お前が夕方わたしにくれた天の羽衣は、この乙姫が前から手に入れようとして、どうしても求めることの出来なかつたものぢや。それがお前の殊勝な心掛で計らずも手に入つたので、乙姫は勿論もちろん、わしもことの外満足ぢや。何はなくとも先づ一献過せ。」
 そこで大変立派な御馳走ごちさうが出まして、正助爺さん、すつかりいい気持に酔つて夜の更けるのも知りませんでしたが、そのうちに東が白んで来ましたので、やうやく気がついて、お暇乞いとまごひを申しますと、乙姫は侍女にいひつけ一つの美しい箱を持つて来さしました。
「正助や。」と、乙姫は申されました。「この箱には一疋の犬が這入はひつてゐる。これはお前が天の羽衣をわたしに贈つてくれたお礼です。侍女から、よくその養ひ方を教はつて行きなさい。」
 正助爺さんは有難くお受け申して、又もとのとほり竜の駒に乗つて海岸まで送つてもらひました。その時侍女は、かう申しました――
「この犬には毎日小豆あづきを五合づゝよく煮てべさせてお置きなさい。さうすると夜中にふんの代りに五合だけの黄金きんをします。だけれど五合以上は決して喰べさせてはなりませんから。そこはよく気をおつけなさい。」

 成程、侍女が教へたとほり、五合の小豆をよく煮て喰べさせますと、その犬は夜中に五合だけの黄金きんを出してゐましたから、爺さんも婆さんも一寸の間に大金持になりました。けれども無慾むよくで慈悲心の深い人達ひとたちですから、さうして取つた黄金きんも隣近所の貧乏人なんかに多くは恵みますから、人は皆この二人の年寄をめないものはありませんでした。
 ところがその隣りに一人の名高い強慾婆がうよくばあさんがをりました。慈悲心正助のうちがにはかに大金持になつたのに不審を抱き、或日あるひ、そのうちへ行つて、どうしてそんなに金持になつたのかと訊きました。慈悲心正助は正直なものですから、すつかり打明うちあけて話しますと、それぢやわたしにその犬を二三日貸して下さいと、慾張婆よくばりばあさんが申しました。
「えゝゝお安い御用です、さあどうぞお持ちなさい。」と、正助のところでは快く犬をかしてやりました。
 然し二三日どころか五日経つても、又六日経つても犬を返して来ませんので、取りに行つてみると、慾張婆はひどい見幕で呶鳴どなりつけました。
「お前達まへたちは大うそつきだ。黄金きんを出すどころか、したゝかにうんこをしたので、わたしは腹が立つて火吹竹でどやしつけたら、死んでしまつたから、裏の掃溜はきだめに棄てゝしまつた。」
「おや/\ひどいことをしますね。そんなはずはありませんが、お前さん、わたしの言つたとほり五合の小豆を煮て喰べさせましたか?」
「そりや小豆を煮て喰はしたさ。けれども二三日借りたきりのものだから、そのうちにウンと黄金きんを取つてやれと思つて、一升喰はしたんだ。そしたら一升だけうんこをたれて、本当にひどい目にあはされた。」
「あゝそれぢやあいけない、五合以上喰べさしちやならないのだ。犬は可哀さうなことをした。どれ、では死骸しがいでも葬つてやりませう。」
 そこで正助爺さんは掃溜の中から犬の死骸を拾つて、綺麗きれいに洗ひきよめ、それを土竈どがまのさきへ埋めました。すると直ぐそこからえのきが芽を出して、正月の十七日にはその枝に沢山の大判小判の金貨がなりました。正月にかざる繭玉の由来はこれだと申します。





底本:「日本児童文学大系 第一一巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「竜宮の犬」赤い鳥社
   1923(大正12)年5月
入力:tatsuki
校正:鈴木厚司
2005年8月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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