「君に一つ、きくことがある。」と、虹猫は申しました。「馬追ひ谷のやぶ薔薇は大へんいぢ悪だつてことだが、ほんたうだらうか。」
「ほんたうとも。ほんたうとも。だれだつてあいつの傍に寄れはしないよ。ひどい奴さ。やぶ薔薇だつて中にはなか/\善いのもゐる。けれども、あいつはたまらない。ちつとでも、すきがありや、すぐ引つ掻くんだからね。それや悪いやつさ。」
「ぢや、も一つきくが」と、虹猫は言葉をつゞけました。「あの薔薇は、自分が、せいが低くつて、天までとゞくことができないので、それを大へん口惜しがつて、ひとをねたんでゐるつてことだが、ほんたうかい。」
「ほんたうだよ。いつもぶつ/\小言をいつたり、どなりちらしたり、近じよ近ぺん大迷惑なんだ。」
「ふむ。」といつて、虹猫は腕をくみ、しばらく何やら思案してゐました。
「やぶ薔薇の花びらで、妖精の靴がつくれるだらうか。」と、虹猫はしばらくしてから言ひだしました。
「きれいなのができるよ。でも、色が白だから使へないね。」
その時分には、やぶ薔薇は、妖精の国でも、ほかの国でも、みんな白ばかりだつたのです。
「まつたく、そのとほり。」と、虹猫はいひました。「ところでその白を赤にする工夫があるんだよ。マンドリンを一ちやう貸してくれないか。」
「えゝ、貸さう。」と、木精は走つて帰りましたが、間もなく、銀や、象牙や、真珠貝などをちりばめた、美しいマンドリンを一ちやうもつて来ました。
「やあ、ありがたう。ぢや、三十分もしたら、君の入用な薔薇の花びらを、もつてくるから。」
虹猫はさういつて、マンドリンを首にかけ、いそいで森の方へ出て行きました。
ほどなく、虹猫は馬追ひ谷に来て、やぶ薔薇の爪がとゞかないくらゐのところに腰をおろし、マンドリンの調子を合せて、次のやうな歌をふし面白くうたひました。
かしの木は
天まで腕をのばす、
松の木は天まで頭をあげる
細い樺の木は
すつきりした貴婦人、
ポプラの姿のなよ/\しさ
だが一たい誰だらう?
そこの、ちつぽけな、
いぢ悪は
誰だらう、あゝ誰だらう?
そこの背のひくい変てこな木は?
虹猫が、これをうたひ終らないうちに、やぶ薔薇は、まつ赤になつて怒り出しました。立つてゐても、たまらなくなつたと見えて、体中を、ぶる/\ふるはせました。
虹猫はそつちへは目もくれないで、第二節をうたひました。
楡の木は王様のやうに立派だ、
どろの葉は踊つたり、歌つたり、
ぶなの奥さん、きれいな奥さん、
栗の電燈はぴつかぴか、
だが一たい、誰だらう?
その膝までもとゞかない、
頭が白くて、足曲り、
一たいどうしたわけなんだらう?
歌がすゝむにつれて、やぶ薔薇はます/\怒りました。虹猫は、
「一たいどうしたわけなんだらう。」
と、おしまひをうたふ時には、ほんとにいゝ声でした。節も面白かつたのです。
けれども、やぶ薔薇の方では、そんなことに気がつきはしません。たゞもう、かん/\火のやうに怒るものですから、花びらはだん/\と石竹色になりました。あんまり身をふるはせるものですから、おしまひには花びらが、まるでうす紅の雨のやうに地に降りました。
虹猫はもう、ぐつ/\してはをりません。やつぱり歌のつゞきをうたひながらも足のつゞくかぎり早く/\木精の頭のところへ走つて行きました。そして入用な材料は、馬追ひ谷に行けばあると知らせました。
みんなが行つて、地におちたやぶ薔薇の花びらを寄せあつめて持つてかへりました。
で、とう/\、女王様は、薔薇色の靴を御殿中のものにはかせることができ、虹猫は木精の国に、いつまでも好きなだけ、とゞまつておいでなさいといはれました。けれども、虹猫は、もつと旅がしたいからといつて、それをことわりました。
木精たちは、沢山お土産をくれましたけれど、虹猫はたゞそのうちから、魔術の井戸の水を一びん
貰ひました。この水は、一滴目につけると、石の壁をとほして、向うにあるものが見える便利なものです。又マンドリンはぜひもつていけといはれるので、これも貰つていきました。
やぶ薔薇はその後うす紅の花をさかせるやうになりました。
●表記について
- このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
- 「くの字点」は「/\」で、「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。
- 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。
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