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幸坊の猫と鶏(こうぼうのねことにわとり)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-2 8:54:52  点击:  切换到繁體中文


「黒さん、幸坊さん。狐がわたしをとつていく。早く来て、たすけて下さい。」
 幸坊が追ひかけようとすると、又、黒がどこからか出て来て、いきなり狐の耳をバリ/\と引つかきましたから、狐は痛がつて、鶏をおいて、にげてしまひました。
「あれほど言つたのに、とうとさんはなぜ窓をあけたんだ。これからは、だれが何と言つて来ても、開けてはいけないよ。」
 黒猫はさう言ひ/\、いそいでをんどりを小屋に入れて、戸をしめて、さつさといつてしまひました。
「これ/\、黒、黒!」
 幸坊はしきりに呼びましたけれど、黒は見向きもしないで、いつてしまひました。
「をかしなねこだね。」と、幸坊はぶつ/\小言を言ひながら、又窓のところへいつて、をんどりを呼びました。
とうとや、もう狐はゐないから、だいじやうぶだよ。早く出ておいで……」
「いやだ。そんなことをいつて、又狐がぴよつこり出てくるんだもの。」
「だいじやうぶだよ。ぼくが今度は窓のところに立つて番をしてゐるから……こゝにおまいのすきなお米ももつて来てゐるよ。ほうれ。」
 鶏はバラ/\まかれる米の音を聞いて、たべたくなつたと見え、そつと戸をあけてのぞきました。すると、幸坊がぢきそこに立つてゐるものですから、安心して、すつかり戸をあけて、出て来ました。
「もう、だいじやうぶだよ。狐はゐないからね。さアたくさんおあがり。そしてぼくと一しよにかへるんだよ。」
「どこへかへるの。」
「ぼくのうちへさ、おまいの住まつてゐた鶏小屋へさ。」
「わたしの小屋はこゝですよ。あなたのおうちツてどこなの。」
「をかしなとうとだね。じぶんのうちをわすれるなんて……あすこさ。あれ、向うの……」と、言つて、幸坊は、じぶんのうちの方をふりかへつて指さしました。
「あれツ! 狐が!」
 をんどりのさけび声に、びつくりして幸坊が向きなほつたときには、狐はをんどりをくはへて、もう一間ばかり先に走つてゐました。幸坊がうしろを向いたちよつとのゆだんを見すまして、狐はをんどりにとびかゝつたのでした。
「ちきしやう、うちころしてやるぞ。」
 幸坊は竹の棒をふりあげて、おひかけましたけれど、狐の足は早いものですから、たちまち見えなくなりました。こんどはどうしたものだか、黒猫もたすけに出て来ません。
 幸坊は、ぼんやりして、立つてゐますと、やつとそこへ黒猫が来ました。
「おい/\、黒。」と、幸坊が声をかけました。「とう/\をんどりは狐にとられてしまつたよ。おまい、どうするんだ。」
「やア、幸坊さんですか……」と、黒猫は言ひました。「困つたことをしましたね。あなたが戸をあけさしたからでせう。」
「さうだよ……でも狐があんなに早くとびつけようとは、ぼく思はなかつたんだ。」
「だから、わたしが、だれが来ても戸をあけちやいけないと、いひつけておいたのです。しかたがないから狐の巣へいつて、とりもどして来ませう。」
「だつて、もう狐は骨ものこさずたべつちまつただらう。」
「いゝえ、あいつは、すぐにはたべません。これから飼つておいて、もつと大きく、おいしくなつてからたべるのです。」
「さうか。ぢや早くいかう。」
「したくをしますから、ちよつとおまちなさい。」
 黒猫はさう言つたかと思ふと、すぐどこへか行つて、長い外套ぐわいたうと、長靴ながぐつと、三味線さみせん竿さをの短かいのとをもつて来ました。
「さア、これでよろしい。まゐりませう。」


    四

 幸坊かうばう黒猫くろねこについて、きつねの巣へ行きました。穴の口もとに来ると、黒猫は三味線さみせんをひいてうたひ出しました。
「シヤン、シヤン、ツン、チントン。ハアよいやな。金のいとを張つた琴だぞ。きつね、きつねのおうちはこゝか。かはいゝきつねの子はどこぢや。」
 狐はその歌をきくと、一たいだれがうたつてゐるのだらうと思つて、まづ、じぶんの子どもを穴の外に出して、見させました。
「しめたツ。」と、黒猫は手早く子狐を取りおさへてじぶんの外套のすそにおしこんでしまひました。
 そしてまた、「チヤンリン、チントン、ハアよいやな」と、面白くうたつてゐると、狐は子狐がかへらないのに心配して、穴からそうツと顔を出すところを、黒猫がその目につめをうちこんだので、狐はおそろしい泣声をあげて、穴から飛出し、黒猫と大げんかをはじめました。
 そのさわぎに、をんどりがかつ/\と鳴いて飛出しましたから、幸坊は大急ぎで、それをつかまへて一さんにうちの方へ走りましたが、それから先のことは、じぶんでも、どうなつたかわからなくなりました。


    五

 やうやく正気にかへつた幸坊かうばうは、じぶんのうちの床の上にねてゐました。
とうとは?」と、幸坊はまづかう聞きました。お母さんがまくらもとにゐて答へました。
「気がついたかい。やれ/\安心した。おまいは、どうしたんだか、あの森の中にきぜつしてゐたのだよ。」
とうとは?」と、幸坊は又きゝました。
「心配おしでない。かへつて来たよ。」
「黒は?」
「黒もかへつて来たよ。けれども大へんけがをしてゐるよ……」
 幸坊は二三日、つかれて、床にねてゐました。がおきあがると、お母さんたちにないしよで、そつと森にはいつて、小さな小屋や、きつねの穴をさがしてみました。
 けれども、どんなにさがしてもそんなものは影も形もありませんでした。たしかに夢ではなかつたのですが……。





底本:「日本児童文学大系 第一一巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「赤い鳥」赤い鳥社
   1926(大正15)年2月
初出:「赤い鳥」赤い鳥社
   1926(大正15)年2月
入力:tatsuki
校正:鈴木厚司
2005年12月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • 「くの字点」は「/\」で表しました。
  • 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。

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