三
するとまたしばらくお城に子の鶉が見えません。王様は、どうしたのだらうか、ひよつとしたら鳥さしにでも捕まつてしまつたのだらうか、さうと思ひ付いたら、早く国中におふれを出して鶉を一さい捕ることはならんと人民に言ひつけて置く筈だつた、もう今からでは遅いだらう、困つたことをしたわい、と心配しておいでなさいました。
大臣は王様の御心配を見て、もしやそのために又病気にでも、おかゝりになつては大変だと思つて、人を鶉のゐる野原へ遣はして、捜さしましたけれど、ちつとも行衛が分りませんで弱つてをりますところへ、或日鶉がひよつこりとお庭の樹に飛んでまゐりました。そしてお縁先まで近寄りまして、
「チックヮラケー。」と謡ひました。けれどもその声がいかにも力がなくて、例の疱瘡の神も遁げ出すほどの勢がありません。王様を始め皆は、鶉が来たので大変およろこびになりましたが、その声が、いかにも悲しさうなので、不審に思ひました。
「これ鶉。」と、王様はお声をおかけになりました。
「お前が来ないので、もしや鳥さしにでもさゝれたのではないかと、大変心配してをつたが、無事な姿を見てうれしく思ふぞ。併しお前の歌は今日は非常に悲しいが、一たいどうしたことか? もし心配でもあるなら、私に打ち開けて話してくれ、王の力で出来ることなら、たとへ国の半分をつかふことでもお前のためにしてやるから。」
子の鶉はしばらく考へてをりましたが、
「実は私ども母子は、よんどころないことから、もはやこの国に住つてをられなくなりましたのでございます。」と申しました。
「それは又どういふわけか。私の国にをるのがお前はいやになつたのか?」
「いゝえ/\、いつまでも/\をりまして、王様のお耳に私の歌をお聞に入れることは私の願つても及ばぬ幸福でございますけれど、今をりますところには悪い狐がをりまして、私どもの命が危いのでございます。誠に恐れ多いことでございますが、どうぞ私の尾のところを御覧下さいませ。」
王様は鶉の尾のところを御覧なさると、驚いたことには一本の羽も残つてはをりませんのでした。
「おや/\、それは又一たいどうしたことか?」
「その話をくはしく申し上げれば、かうなのでございます。」鶉は次のやうに話しました。
子鶉が或日畑に出て粟の落穂を拾つてをりますと、どこからか一匹の狐が来て、子鶉に申しました。
「鶉さん/\、お前は誠によく勉強して、おつ母さんに孝行するのは感心なものぢや。お前さんも骨が折れよう。わしは幸ひ隠居の身で、暇が多いから、これからお前さんの手伝ひでもしてあげませう。」
そして、それからは毎日/\精出してよく手伝ひをしてくれました。子鶉はそれを珍しい親切な仕方だと思つて母鶉に話しますと、母鶉は、
「狐は悪賢いものだから、油断をするとどんなひどい目にあふかも知れませんよ。」と注意をしましたけれど子の鶉は余り気にかけないでをりました。
すると或時、子鶉が後をむけて虫をつゝいてゐるのを見て、狐は突然飛びかゝつて、鶉の尾の方を咬へてしまひました。子鶉はびつくりしましたが、ふと計略をもつて、遁げてやらうと思ひ付きました。そこで、わざと落ち着いて申しました。
「狐さん、お前さんは私を殺してたべるつもりだね。そんな殺生をするものぢやありませんよ。だがさういつてみたところで、お前さんは私をのがしてはくれまい。よし。ぢや私もおつ母さんの言ふことをきかないで、油断した罰とあきらめて、お前さんに喰はれてしまひませう。けれども私には年よりの母がゐる。私がこのまゝお前さんに食はれてしまつたなら、さぞ困るだらう。だから生きてゐるうちに一目あつて、一寸遺言をして置きたいことがあります。どうか大きな声を出して、鶉の母、と呼んで下さい。さうすれば母が来ますから。」
狐は口を開けては遁げられると思ひますから、口を閉ぢたまゝで、
「鶉のウヽウ……。」
「それぢやだめ、もつと大きく。」
「鶉の母。」
「しめた。」子鶉は、ぱつと飛び出しましたから、狐はあわてゝ口をしめますと、尾だけが歯の間に残つて、鶉は飛んで遁げてしまひました。
「ですから。」と、子鶉は申しました。
「私は御覧のとほり尾がございません。」
王様はこの話をお聞きになつて仰せられました。
「それでは私のお城のお庭に来て住みなさい。そこには狐も狸も決して入れないことにする。又お前が飛ぶも、歩くも自由にして決して妨げない。決して籠などに入れようとは言はないから……そして私にお前の生々した、美しい歌を謡つて聞かしてくれ。私はお前を今後生れる鶉の先祖にしてやるから。」
そこで鶉は王様のお城に住み、今見るやうな尾無し鶉の先祖になりました。
●表記について
- このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
- 「くの字点」は「/\」で表しました。
- 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。
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