兄弟の一郎二郎三郎は戸口に並んで立って、
「行っておいで。大人の狐にあったら急いで目をつぶるんだよ。そら僕ら囃してやろうか。堅雪かんこ、凍み雪しんこ、狐の子ぁ嫁ぃほしいほしい。」と叫びました。
お月様は空に高く登り森は青白いけむりに包まれています。二人はもうその森の入口に来ました。
すると胸にどんぐりのきしょうをつけた白い小さな狐の子が立って居て云いました。
「今晩は。お早うございます。入場券はお持ちですか。」
「持っています。」二人はそれを出しました。
「さあ、どうぞあちらへ。」狐の子が尤もらしくからだを曲げて眼をパチパチしながら林の奥を手で教えました。
林の中には月の光が青い棒を何本も斜めに投げ込んだように射して居りました。その中のあき地に二人は来ました。
見るともう狐の学校生徒が沢山集って栗の皮をぶっつけ合ったりすもうをとったり殊におかしいのは小さな小さな鼠位の狐の子が大きな子供の狐の肩車に乗ってお星様を取ろうとしているのです。
みんなの前の木の枝に白い一枚の敷布がさがっていました。
不意にうしろで
「今晩は、よくおいででした。先日は失礼いたしました。」という声がしますので四郎とかん子とはびっくりして振り向いて見ると紺三郎です。
紺三郎なんかまるで立派な燕尾服を着て水仙の花を胸につけてまっ白なはんけちでしきりにその尖ったお口を拭いているのです。
四郎は一寸お辞儀をして云いました。
「この間は失敬。それから今晩はありがとう。このお餅をみなさんであがって下さい。」
狐の学校生徒はみんなこっちを見ています。
紺三郎は胸を一杯に張ってすまして餅を受けとりました。
「これはどうもおみやげを戴いて済みません。どうかごゆるりとなすって下さい。もうすぐ幻燈もはじまります。私は一寸失礼いたします。」
紺三郎はお餅を持って向うへ行きました。
狐の学校生徒は声をそろえて叫びました。
「堅雪かんこ、凍み雪しんこ、硬いお餅はかったらこ、白いお餅はべったらこ。」
幕の横に、
「寄贈、お餅沢山、人の四郎氏、人のかん子氏」と大きな札が出ました。狐の生徒は悦んで手をパチパチ叩きました。
その時ピーと笛が鳴りました。
紺三郎がエヘンエヘンとせきばらいをしながら幕の横から出て来て丁寧にお辞儀をしました。みんなはしんとなりました。
「今夜は美しい天気です。お月様はまるで真珠のお皿です。お星さまは野原の露がキラキラ固まったようです。さて只今から幻燈会をやります。みなさんは瞬やくしゃみをしないで目をまんまろに開いて見ていて下さい。
それから今夜は大切な二人のお客さまがありますからどなたも静かにしないといけません。決してそっちの方へ栗の皮を投げたりしてはなりません。開会の辞です。」
みんな悦んでパチパチ手を叩きました。そして四郎がかん子にそっと云いました。
「紺三郎さんはうまいんだね。」
笛がピーと鳴りました。
『お酒をのむべからず』大きな字が幕にうつりました。そしてそれが消えて写真がうつりました。一人のお酒に酔った人間のおじいさんが何かおかしな円いものをつかんでいる景色です。
みんなは足ぶみをして歌いました。
キックキックトントンキックキックトントン
凍み雪しんこ、堅雪かんこ、
野原のまんじゅうはぽっぽっぽ
酔ってひょろひょろ太右衛門が
去年、三十八たべた。
キックキックキックキックトントントン
写真が消えました。四郎はそっとかん子に云いました。
「あの歌は紺三郎さんのだよ。」
別に写真がうつりました。一人のお酒に酔った若い者がほおの木の葉でこしらえたお
椀のようなものに顔をつっ
込んで何か
喰べています。紺三郎が白い
袴をはいて向うで見ているけしきです。
みんなは
足踏みをして歌いました。
キックキックトントン、キックキック、トントン、
凍み雪しんこ、堅雪かんこ、
野原のおそばはぽっぽっぽ、
酔ってひょろひょろ清作が
去年十三ばい喰べた。
キック、キック、キック、キック、トン、トン、トン。
写真が消えて
一寸やすみになりました。
可愛らしい狐の女の子が
黍団子をのせたお皿を二つ持って来ました。
四郎はすっかり弱ってしまいました。なぜってたった今太右衛門と清作との悪いものを知らないで喰べたのを見ているのですから。
それに狐の学校生徒がみんなこっちを向いて「食うだろうか。ね。食うだろうか。」なんてひそひそ話し合っているのです。かん子ははずかしくてお皿を手に持ったまままっ赤になってしまいました。すると四郎が決心して云いました。
「ね、喰べよう。お喰べよ。
僕は紺三郎さんが僕らを
欺すなんて思わないよ。」そして二人は黍団子をみんな喰べました。そのおいしいことは
頬っぺたも落ちそうです。狐の学校生徒はもうあんまり悦んでみんな踊りあがってしまいました。
キックキックトントン、キックキックトントン。
「ひるはカンカン日のひかり
よるはツンツン月あかり、
たとえからだを、さかれても
狐の生徒はうそ云うな。」
キック、キックトントン、キックキックトントン。
「ひるはカンカン日のひかり
よるはツンツン月あかり
たとえこごえて倒れても
狐の生徒はぬすまない。」
キックキックトントン、キックキックトントン。
「ひるはカンカン日のひかり
よるはツンツン月あかり
たとえからだがちぎれても
狐の生徒はそねまない。」
キックキックトントン、キックキックトントン。
四郎もかん子もあんまり
嬉しくて
涙がこぼれました。
笛がピーとなりました。
『わなを軽べつすべからず』と大きな字がうつりそれが消えて絵がうつりました。狐のこん
兵衛がわなに左足をとられた景色です。
「狐こんこん狐の子、去年狐のこん兵衛が
左の足をわなに入れ、こんこんばたばた
こんこんこん。」
とみんなが歌いました。
四郎がそっとかん子に云いました。
「僕の作った歌だねい。」
絵が消えて『火を軽べつすべからず』という字があらわれました。それも消えて絵がうつりました。狐のこん助が焼いたお魚を取ろうとしてしっぽに火がついた所です。
狐の生徒がみな叫びました。
「狐こんこん狐の子。去年狐のこん助が
焼いた魚を取ろとしておしりに火がつき
きゃんきゃんきゃん。」
笛がピーと鳴り幕は明るくなって紺三郎が又出て来て云いました。
「みなさん。今晩の幻燈はこれでおしまいです。今夜みなさんは深く心に
留めなければならないことがあります。それは狐のこしらえたものを
賢いすこしも酔わない人間のお子さんが喰べて下すったという事です。そこでみなさんはこれからも、大人になってもうそをつかず人をそねまず私共狐の
今迄の悪い評判をすっかり無くしてしまうだろうと思います。閉会の辞です。」
狐の生徒はみんな感動して両手をあげたりワーッと立ちあがりました。そしてキラキラ涙をこぼしたのです。
紺三郎が二人の前に来て、丁寧におじぎをして云いました。
「それでは。さようなら。今夜のご恩は決して忘れません。」
二人もおじぎをしてうちの方へ帰りました。狐の生徒たちが追いかけて来て二人のふところやかくしにどんぐりだの栗だの青びかりの石だのを入れて、
「そら、あげますよ。」「そら、取って下さい。」なんて云って風の様に
逃げ帰って行きます。
紺三郎は笑って見ていました。
二人は森を出て野原を行きました。
その青白い雪の野原のまん中で三人の黒い
影が向うから来るのを見ました。それは
迎いに来た兄さん達でした。
●表記について
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