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北守将軍と三人兄弟の医者(ほくしゅしょうぐんとさんにんきょうだいのいしゃ)
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みんなは、みちの両側に、垣をきづいて、ぞろつとならび、泪を流してこれを見た。 かくて、バーユー将軍が、三町ばかり進んで行つて、町の広場についたとき、向ふのお宮の方角から、黄いろな旗がひらひらして、誰かこつちへやつてくる。これはたしかに知らせが行つて、王から迎ひが来たのである。 ソン将軍は馬をとめ、ひたひに高く手をかざし、よくよくそれを見きはめて、それから俄かに一礼し、急いで、馬を降りようとした。ところが馬を降りれない、もう将軍の両足は、しつかり馬の鞍につき、鞍はこんどは、がつしりと馬の背中にくつついて、もうどうしてもはなれない。さすが豪気の将軍も、すつかりあわてて赤くなり、口をびくびく横に曲げ、一生けん命、はね下りようとするのだが、どうにもからだがうごかなかつた。あゝこれこそじつに将軍が、三十年も、国境の空気の乾いた砂漠のなかで、重いつとめを肩に負ひ、一度も馬を下りないために、馬とひとつになつたのだ。おまけに砂漠のまん中で、どこにも草の生えるところがなかつたために、多分はそれが将軍の顔を見付けて生えたのだらう。灰いろをしたふしぎなものがもう将軍の顔や手や、まるでいちめん生えてゐた。兵隊たちにも生えてゐた。そのうち使ひの大臣は、だんだん近くやつて来て、もうまつさきの大きな槍や、旗のしるしも見えて来た。 将軍、馬を下りなさい。王様からのお迎ひです。将軍、馬を下りなさい。向ふの列で誰か云ふ。将軍はまた手をばたばたしたが、やつぱりからだがはなれない。 ところが迎ひの大臣は、鮒よりひどい近眼だつた。わざと馬から下りないで、両手を振つて、みんなに何か命令してると考へた。 「謀叛だな。よし。引き上げろ。」さう大臣はみんなに云つた。そこで大臣一行は、くるつと馬を立て直し、黄いろな塵をあげながら、一目散に戻つて行く。ソン将軍はこれを見て肩をすぼめてため息をつき、しばらくぼんやりしてゐたが、俄かにうしろを振り向いて、軍師の長を呼び寄せた。 「おまへはすぐに鎧を脱いで、おれの刀と弓をもち、早くお宮へ行つてくれ。それから誰かにかう云ふのだ。北守将軍ソンバーユーは、あの国境の砂漠の上で、三十年のひるも夜も、馬から下りるひまがなく、たうとうからだが鞍につき、そのまた鞍が馬について、どうにもお前へ出られません。これからお医者に行きまして、やがて参内いたします。かうていねいに云つてくれ。」 軍師の長はうなづいて、すばやく鎧と兜を脱ぎ、ソン将軍の刀をもつて、一目散にかけて行く。ソン将軍はみんに云つた。 「全軍しづかに馬をおり、兜をぬいで地に座れ。ソン大将はたゞ今から、ちよつとお医者へ行つてくる。そのうち音をたてないで、じいつとやすんでゐてくれい。わかつたか。」 「わかりました。将軍」兵隊共は声をそろへて一度に叫ぶ。将軍はそれを手で制し、急いで馬に鞭うつた。たびたびペたんと砂漠に寝た、この有名な白馬は、こゝで最後の力を出し、がたがたがたがた鳴りながら、風より早くかけ出した。さて将軍は十町ばかり、夢中で馬を走らせて、大きな坂の下に来た。それから俄かにかう云つた。 「上手な医者はいつたい誰だ。」 一人の大工が返事した。 「それはリンパー先生です。」 「そのリンパーはどこに居る。」 「すぐこの坂のま上です。あの三つある旗のうち、一番左でございます。」 「よろしい、しゆう。」と将軍は、例の白馬に一鞭くれて、一気に坂をかけあがる。大工はあとでぶつぶつ云つた。 「何だ、あいつは野蛮なやつだ。ひとからものを教はつて、よろしい、しゆう とはいつたいなんだ。」 ところがバーユー将軍は、そんなことには構はない。そこらをうろうろあるいてゐる、病人たちをはね越えて、門の前まで上つてゐた。なるほど門のはしらには、小医リンパー先生と、金看板がかけてある。
三、リンパー先生
さてソンバーユー将軍は、いまやリンパー先生の、大玄関を乗り切つて、どしどし廊下へ入つて行く。さすがはリンパー病院だ、どの天井も室の扉も、高さが二丈ぐらゐある。 「医者はどこかね。診てもらひたい。」ソン将軍は号令した。 「あなたは一体何ですか。馬のまんまで入るとは、あんまり乱暴すぎませう。」萌黄の長い服を着て、頭を剃つた一人の弟子が、馬のくつわをつかまへた。 「おまへが医者のリンパーか、早くわが輩の病気を診ろ。」 「いゝえ、リンパー先生は、向ふの室に居られます。けれどもご用がおありなら、馬から下りていたゞきたい。」 「いゝや、そいつができんのぢや。馬からすぐに下りれたら、今ごろはもう王様の、前へ行つてた筈なんぢや。」 「ははあ、馬から降りられない。そいつは脚の硬直だ。そんならいゝです。おいでなさい。」 弟子は向ふの扉をあけた。ソン将軍はぱかぱかと馬を鳴らしてはひつて行つた。中には人がいつぱいで、そのまん中に先生らしい、小さな人が床几に座り、しきりに一人の眼を診てゐる。 「ひとつこつちをたのむのぢや。馬から降りられないでなう。」さう将軍はやさしく云つた。ところがリンパー先生は、見向きもしないし動きもしない。やつぱりじつと眼を見てゐる。 「おい、きみ、早くこつちを見んか。」将軍が怒鳴り出したので、病人たちはびくつとした。ところが弟子がしづかに云つた。 「診るには番がありますからな。あなたは九十六番で、いまは六人目ですから、もう九十人お待ちなさい。」 「黙れ、きさまは我輩に、七十二人待てつと云ふか。おれを誰だと考へる。北守将軍ソンバーユーだ。九万人もの兵隊を、町の広場に待たせてある。おれが一人を待つことは七万二千の兵隊が、向ふの方で待つことだ。すぐ見ないならけちらすぞ。」将軍はもう鞭をあげ馬は一いきはねあがり、病人たちは泣きだした。ところがリンパー先生は、やつぱりびくともしてゐない、てんでこつちを見もしない。その先生の右手から、黄の綾を着た娘が立つて、花瓶にさした何かの花を、一枝とつて水につけ、やさしく馬につきつけた。馬はぱくつとそれを噛み、大きな息を一つして、ぺたんと四つ脚を折り、今度はごうごういびきをかいて、首を落してねむつてしまふ。ソン将軍はまごついた。 「あ、馬のやつ、又参つたな。困つた。困つた。困つた。」と云つて、急いで鎧のかくしから、塩の袋をとりだして、馬に喰べさせようとする。 「おい、起きんかい。あんまり情けないやつだ。あんなにひどく難儀して、やつと都に帰つて来ると、すぐ気がゆるんで死ぬなんて、ぜんたいどういふ考なのか。こら、起きんかい。起きんかい。しつ、ふう、どう、おい、この塩を、ほんの一口たべんかい。」それでも馬は、やつぱりぐうぐうねむつてゐる。ソン将軍はたうとう泣いた。 「おい、きみ、わしはとにかくに、馬だけどうかみてくれたまへ。こいつは北の国境で、三十年もはたらいたのだ。」 むすめはだまつて笑つてゐたが、このときリンパー先生が、いきなりこつちを振り向いて、まるで将軍の胸底から、馬の頭も見徹すやうな、するどい眼をしてしづかに云つた。 「馬はまもなく治ります。あなたの病気をしらべるために、馬を座らせただけです。あなたはそれで向ふの方で、何か病気をしましたか。」 「いゝや、病気はしなかつた。病気は別にしなかつたが、狐のために欺されて、どうもときどき困つたぢや。」 「それは、どういふ風ですか。」 「向ふの狐はいかんのぢや。十万近い軍勢を、たゞ一ぺんに欺すんぢや。夜に沢山火をともしたり、昼間いきなり破漠の上に、大きな海をこしらへて、城や何かも出したりする。全くたちが悪いんぢや。」 「それを狐がしますのですか。」 「狐とそれから、砂鶻ぢやね、砂鶻というて鳥なんぢや。こいつは人の居らないときは、高い処を飛んでゐて、誰かを見ると試しに来る。馬のしつぽを抜いたりね。目をねらつたりするもんで、こいつがでたらもう馬は、がたがたふるへてようあるかんね。」 「そんなら一ペん欺されると、何日ぐらゐでよくなりますか。」 「まあ四日ぢやね。五日のときもあるやうぢや。」 「それであなたは今までに、何べんぐらゐ欺されました?」 「ごく少くて十ぺんぢやらう。」 「それではお尋ねいたします。百と百とを加へると答はいくらになりますか。」 「百八十ぢや。」 「それでは二百と二百では。」 「さやう、三百六十だらう。」 「そんならも一つ伺ひますが、十の二倍は何ほどですか。」 「それはもちろん十八ぢや。」 「なるほど、すつかりわかりました。あなたは今でもまだ少し、砂漠のためにつかれてゐます。つまり十パーセントです。それではなほしてあげませう。」 パー先生は両手をふつて、弟子にしたくを云ひ付けた。弟子は大きな銅鉢に、何かの薬をいつぱい盛つて、布巾を添へて持つて来た。ソン将軍は両手を出して鉢をきちんと受けとつた。パー先生は片袖まくり、布巾に薬をいつぱいひたし、かぶとの上からざぶざぶかけて、両手でそれをゆすぶると、兜はすぐにすぱりととれた。弟子がも一人、もひとつ別の銅鉢へ、別の薬をもつてきた。そこでリンパー先生は、別の薬でじやぶじやぶ洗ふ。雫はまるでまつ黒だ。ソン将軍は心配さうに、うつむいたまゝ訊いてゐる。 「どうかね、馬は大丈夫かね。」 「もうぢきです。」とパー先生は、つゞけてじやぶじやぶ洗つてゐる。雫がだんだん茶いろになつて、それからうすい黄いろになつた。それからたうとうもう色もなく、ソン将軍の白髪は、熊より白く輝いた。そこでリンパー先生は、布巾を捨てて両手を洗ひ、弟子は頭と顔を拭く。将軍はぶるつと身ぶるひして、馬にきちんと起きあがる。 「どうです、せいせいしたでせう。ところで百と百とをたすと、答はいくらになりますか。」 「もちろんそれは二百だらう。」 「そんなら二百と二百とたせば。」 「さやう、四百にちがひない。」 「十の二倍はどれだけですか。」 「それはもちろん二十ぢやな。」さつきのことは忘れた風で、ソン将軍はけろりと云ふ。 「すつかりおなほりなりました。つまり頭の目がふさがつて、一割いけなかつたのですな。」 「いやいや、わしは勘定などの、十や二十はどうでもいいんぢや。それは算師がやるでなう。わしは早速この馬と、わしをはなしてもらひたいんぢや。」 「なるほどそれはあなたの足を、あなたの服と引きはなすのは、すぐ私に出来るです。いやもう離れてゐる筈です。けれども、ずぼんが鞍につき、鞍がまた馬についたのを、はなすといふのは別ですな。それはとなりで、私の弟がやつてゐますから、そつちへおいでいただきます。それにいつたいこの馬もひどい病気にかかつてゐます。」 「そんならわしの顔から生えた、このもじやもじやはどうぢやらう。」 「そちらもやつぱり向ふです。とにかくひとつとなりの方へ、弟子をお供に出しませう。」 「それではそつちへ行くとしよう。ではさやうなら。」 さつきの白いきものをつけた、むすめが馬の右耳に、息を一つ吹き込んだ。馬はがばつとはねあがり、ソン将軍は俄かに背が高くなる、将軍は馬のたづなをとり、弟子とならんで室を出る。それから庭をよこぎつて厚い土塀の前に来た。小さな潜りがあいてゐる。 「いま裏門をあけさせませう。」助手は潜りを入つて行く。 「いゝや、それには及ばない。わたしの馬はこれぐらゐ、まるで何とも思つてやしない。」 将軍は馬にむちをやる。 ぎつ、ばつ、ふう。馬は土塀をはね越えて、となりのリンプー先生の、けしのはたけをめちやくちやに、踏みつけながら立つてゐた。
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作家录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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