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双子の星(ふたごのほし)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-29 16:45:16  点击:  切换到繁體中文


「何だと。星だって。ひとではもとはみんな星さ。お前たちはそれじゃ今やっとここへ来たんだろう。何だ。それじゃ新米のひとでだ。ほやほやの悪党だ。悪いことをしてここへ来ながら星だなんて鼻にかけるのは海の底でははやらないさ。おいらだって空に居た時は第一等の軍人だぜ。」
 ポウセ童子が悲しそうに上を見ました。
 もう雨がやんで雲がすっかりなくなり海の水もまるで硝子ガラスのように静まってそらがはっきり見えます。天の川もそらの井戸もわしの星や琴弾ことひきの星やみんなはっきり見えます。小さく小さく二人のお宮も見えます。
「チュンセさん。すっかり空が見えます。私らのお宮も見えます。それだのに私らはとうとうひとでになってしまいました。」
「ポウセさん。もう仕方ありません。ここから空のみなさんにお別れしましょう。またおすがたは見えませんが王様におわびをしましょう。」
「王様さよなら。私共は今日からひとでになるのでございます。」
「王様さよなら。ばかな私共は彗星ほうきぼしだまされました。今日からはくらい海の底の泥を私共はいまわります。」
「さよなら王様。また天上の皆さま。おさかえをいのります。」
「さよならみな様。又すべての上の尊い王さま、いつまでもそうしておいで下さい。」
 赤いひとでが沢山たくさん集って来て二人を囲んでがやがや云って居りました。
「こら着物をよこせ。」「こら。剣を出せ。」「税金を出せ。」「もっと小さくなれ。」「おれくつをふけ。」
 その時みんなの頭の上をまっ黒な大きな大きなものがゴーゴーゴーとえて通りかかりました。ひとではあわててみんなお辞儀じぎをしました。黒いものは行き過ぎようとしてふと立ちどまってよく二人をすかして見て云いました。
「ははあ、新兵だな。まだお辞儀のしかたも習わないのだな。このくじら様を知らんのか。俺のあだなは海の彗星ほうきぼしと云うんだ。知ってるか。俺はいわしのようなひょろひょろの魚やめだかの様なめくらの魚はみんなパクパクんでしまうんだ。それから一番痛快なのはまっすぐに行ってぐるっと円を描いてまっすぐにかえる位ゆっくりカーブを切るときだ。まるでからだの油がねとねとするぞ。さて、お前は天からの追放の書き付けを持って来たろうな。早く出せ。」
 二人は顔を見合せました。チュンセ童子が
「僕らはそんなもの持たない。」と申しました。
 するとくじらが怒って水を一つぐうっと口からきました。ひとではみんな顔色を変えてよろよろしましたが二人はこらえてしゃんと立っていました。
 鯨がこわい顔をして云いました。
「書き付けを持たないのか。悪党め。ここに居るのはどんな悪いことを天上でして来たやつでも書き付けを持たなかったものはないぞ。貴様らは実にけしからん。さあ。呑んでしまうからそう思え。いいか。」鯨は口を大きくあけて身構えしました。ひとでや近所の魚は巻きえを食っては大変だと泥の中にもぐり込んだり一もくさんに逃げたりしました。
 その時向うから銀色の光がパッとして小さな海蛇うみへびがやって来ます。くじらは非常におどろいたらしく急いで口を閉めました。
 海蛇は不思議そうに二人の頭の上をじっと見て云いました。
「あなた方はどうしたのですか。悪いことをなさって天から落とされたお方ではないように思われますが。」
 鯨が横から口を出しました。
「こいつらは追放の書き付けも持ってませんよ。」
 海蛇がすごい目をして鯨をにらみつけて云いました。
だまっておいで。生意気な。このお方がたをこいつらなんてお前がどうして云えるんだ。お前にはい事をしていた人の頭の上の後光が見えないのだ。悪い事をしたものなら頭の上に黒い影法師かげぼうしが口をあいているからすぐわかる。お星さま方。こちらへおで下さい。王の所へご案内申しあげましょう。おい、ひとで。あかりをともせ。こら、くじら。あんまり暴れてはいかんぞ。」
 くじらが頭をかいて平伏へいふくしました。
 愕ろいた事には赤い光のひとでがはばのひろい二列にぞろっとならんで丁度街道のあかりのようです。
「さあ、参りましょう。」海蛇は白髪はくはつって恭々うやうやしく申しました。二人はそれに続いてひとでの間を通りました。まもなくあおぐろい水あかりの中に大きな白い城の門があってそのがひとりでに開いて中から沢山の立派な海蛇が出て参りました。そして双子のお星さまだちは海蛇の王さまの前に導かれました。王様は白い長いひげの生えた老人でにこにこわらって云いました。
「あなた方はチュンセ童子にポウセ童子。よく存じて居ります。あなた方が前にあの空のさそりの悪い心を命がけでお直しになった話はここへも伝わって居ります。私はそれをこちらの小学校の読本とくほんにも入れさせました。さて今度はとんだ災難で定めしびっくりなさったでしょう。」
 チュンセ童子が申しました。
「これはおことばまことおそれ入ります。私共はもう天上にも帰れませんしできます事ならこちらで何なりみなさまのお役に立ちたいと存じます。」
 王が云いました。
「いやいや、そのご謙遜けんそんは恐れ入ります。早速竜巻たつまきに云いつけて天上にお送りいたしましょう。お帰りになりましたらあなたの王様に海蛇めがよろしく申し上げたとっしゃって下さい。」
 ポウセ童子がよろこんで申しました。
「それでは王様は私共の王様をご存じでいらっしゃいますか。」
 王はあわてて椅子いすを下って申しました。
「いいえ、それどころではございません。王様はこの私のただ一人の王でございます。遠いむかしから私めの先生でございます。私はあのお方のおろかなしもべでございます。いや、まだおわかりになりますまい。けれどもやがておわかりでございましょう。それでは夜の明けないうちに竜巻におともいたさせます。これ、これ。支度したくはいいか。」
 一ぴきのけらいの海蛇が
「はい、ご門の前にお待ちいたして居ります。」と答えました。
 二人は丁寧ていねいに王にお辞儀をいたしました。
「それでは王様、ごきげんよろしゅう。いずれ改めて空からお礼を申しあげます。このお宮のいつまでも栄えますよう。」
 王は立って云いました。
「あなた方もどうかますます立派にお光り下さいますよう。それではごきげんよろしゅう。」
 けらいたちが一度に恭々しくお辞儀をしました。
 童子たちは門の外に出ました。
 竜巻が銀のとぐろを巻いてねています。
 一人の海蛇が二人をその頭にせました。
 二人はそのつのに取りつきました。
 その時赤い光のひとでが沢山出て来てさけびました。
「さよなら、どうか空の王様によろしく。私どももいつか許されますようおねがいいたします。」
 二人は一緒いっしょに云いました。
「きっとそう申しあげます。やがて空でまたお目にかかりましょう。」
 竜巻がそろりそろりと立ちあがりました。
「さよなら、さよなら。」
 竜巻はもう頭をまっくろな海の上に出しました。と思うと急にバリバリバリッとはげしい音がして竜巻は水と一所に矢のように高く高くはせのぼりました。
 まだ夜があけるのに余程よほど間があります。天の川がずんずん近くなります。二人のお宮がもうはっきり見えます。
一寸ちょっとあれをご覧なさい。」とやみの中で竜巻が申しました。
 見るとあの大きな青白い光りのほうきぼしはばらばらにわかれてしまって頭も尾も胴も別々にきちがいのようなすごい声をあげガリガリ光ってまっ黒な海の中に落ちて行きます。
「あいつはなまこになりますよ。」と竜巻がしずかに云いました。
 もう空の星めぐりの歌が聞えます。
 そして童子たちはお宮につきました。
 竜巻は二人をおろして
「さよなら、ごきげんよろしゅう」と云いながら風のように海に帰って行きました。
 双子のお星さまはめいめいのお宮に昇りました。そしてきちんとすわって見えない空の王様に申しました。
「私どもの不注意からしばらく役目を欠かしましてお申し訳けございません。それにもかかわらず今晩はおめぐみによりまして不思議に助かりました。海の王様が沢山の尊敬をお伝えしてれと申されました。それから海の底のひとでがお慈悲じひをねがいました。又私どもから申しあげますがなまこももしできますならお許しを願いとう存じます。」
 そして二人は銀笛ぎんてきをとりあげました。
 東の空が黄金色きんいろになり、もう夜明けに間もありません。





底本:「新編 銀河鉄道の夜」新潮文庫、新潮社
   1989(平成元)年6月15日発行
   1994(平成6)年6月5日13刷 
入力:野口英司
1999年7月23日公開
2004年3月22日修正
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