大将「もう二つしかないぞ。」
特務曹長(兵卒を検して)「もう二つで丁度いいようであります。」
大将「何が。」
特務曹長(烈しくごまかす。)「そうであります。」
大将「勲章か。よろしい。」(外す。)
特務曹長「これはどちらから贈られましたのでありますか。」
大将「イタリヤごろつき組合だ。」
特務曹長「なるほど、ジゴマと書いてあります。」(曹長に)「おい、やれ。」(曹長嚥下す。)
特務曹長「実に立派であります。」
大将「これはもっと立派だぞ。」
特務曹長「これはどちらからお受けになりましたのでありますか。」
大将「ベルギ戦役マイナス十五里進軍の際スレンジングトンの街道で拾ったよ。」
特務曹長「なるほど。」(嚥下す。)「少し馬の糞はついて居りますが結構であります。」
大将「どうじゃ、どれもみんな立派じゃろう。」
一同「実に結構でありました。」
大将「結構でありました? いかんな。物の云いようもわからない。結構でありますと云うもんじゃ。ありましたと云えば過去になるじゃ。」
一同「結構であります。」
特務曹長「ええ、只今のは実は現在完了のつもりであります。ところで閣下、この好機会をもちまして更に閣下の燦爛たるエボレットを拝見いたしたいものであります。」
大将「ふん、よかろう。」
(エボレットを渡す。)
特務曹長「実に甚しくあります。」
大将「うん。金無垢だからな。溶かしちゃいかんぞ。」
特務曹長「はい大丈夫であります。後列の方の六人でよく拝見しろ。」(渡す。最後の六人これを受けとり直ちに一箇ずつちぎる。)
大将「いかん、いかん、エボレットを壊しちゃいかん。」
特務曹長「いいえ、すぐ組み立てます。もう片っ方拝見いたしたいものであります。」
大将「ふん、あとですっかり組み立てるならまあよかろう。」
特務曹長「なるほど金無垢であります。すぐ組み立てます。」(一箇をちぎり曹長に渡す。以下これに倣う。各皮を剥く。)
大将(愕く。)「あっいかんいかん。皮を剥いてはいかんじゃ。」
特務曹長「急ぎ呑み下せいおいっ。」(一同嚥下。)
大将(泣く。)「ああ情けない。犬め、畜生ども。泥人形ども、勲章をみんな食い居ったな。どうするか見ろ。情けない。うわあ。」
(泣く。)(兵卒悄然たり。) (兵卒らこの時漸く饑餓を回復し良心の苛責に勝えず。)
兵卒三「おれたちは恐ろしいことをしてしまったなあ。」
兵卒十「全く夢中でやってしまったなあ。」
兵卒一「勲章と胃袋にゴム糸がついていたようだったなあ」
兵卒九「将軍と国家とにどうおわびをしたらいいかなあ。」
兵卒七「おわびの方法が無い。」
兵卒五「死ぬより仕方ない。」
兵卒三「みんな死のう、自殺しよう。」
曹長「いいや、みんなおれが悪いんだ。おれがこんなことを発案したのだ。」
特務曹長「いいや、おれが責任者だ。おれは死ななければならない。」
曹長「上官、私共二人はじめの約束の通りに死にましょう。」
特務曹長「そうだ。おいみんな。おまえたちはこの事件については何も知らなかった。悪いのはおれ達二人だ。おれ達はこの責任を負って死ぬからな、お前たちは決して短気なことをして呉れるな。これからあともよく軍律を守って国家のためにつくしてくれ」
兵卒一同「いいえ、だめであります。だめであります。」
特務曹長「いかん。貴様たちに命令する。将軍のお詞のあるうち動いてはならん。気を付けっ。」兵卒等直立。
特務曹長「曹長、さあ支度しよう。」(ピストルを出す。)「祈ろう。一所に。」 特務曹長「饑餓陣営のたそがれの中
犯せる罪はいとも深し ああ夜のそらの青き火もて われらがつみをきよめたまえ。」
曹長「マルトン原のかなしみのなか
ひかりはつちにうずもれぬ ああみめぐみのあめを下し われらがつみをゆるしたまえ。」
合唱「ああ、みめぐみの雨をくだし
われらがつみをゆるしたまえ。」
(特務曹長ピストルを擬し将に自殺せんとす。) (バナナン大将この時まで瞑目したるも忽ちにして立ちあがり叫ぶ。)
大将「止まれ、やめぃ。」
(特務曹長ピストルを擬したるまま呆然として佇立す。大将ピストルを奪う。)
バナナン大将「もうわかった。お前たちの心底は見届けた。お前たちの誠心に較べてはおれの勲章などは実に何でもないじゃ。
おお神はほめられよ。実におん眼からみそなわすならば勲章やエボレットなどは瓦礫にも均しいじゃ。」
特務曹長「将軍、お申し訳けのないことを致しました。」
曹長「将軍、私に死を下されませ。」
バナナン大将「いいや、ならん。」
特務曹長「けれどもこれから私共は毎日将軍の軍装拝しますごとに烈しく良心に責められなければなりません。」
大将「いいや、今わしは神のみ力を受けて新らしい体操を発明したじゃ。それは名づけて生産体操となすべきじゃ。従来の不生産式体操と自ら撰を異にするじゃ。」
特務曹長「閣下、何とぞその訓練をいただきたくあります。」
大将「ふん。それはもちろんよろしい。いいか。
では、集れっ。(総て号令のごとく行わる。)ション。右ぃ習え。直れっ。番号。」
兵士「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、十二、」
兵士伍を組む。
大将「前列二歩前へおいっ。偶数一歩前へおいっ。」
大将「よろしいか。これから生産体操をはじめる。第一果樹整枝法、わかったか。三番。」
兵卒三「わかりました。果樹整枝法であります。」
大将「よろしい。果樹整枝法、その一、ピラミッド、一の号令でこの形をつくる。二で直るいいか」
大将両腕を上げ整枝法のピラミッド形をつくる。
大将「いいか。果樹整枝法、その一、ピラミッド。一、よろし。二、よろし、一、二、一、二、一、やめい。」
大将「いいか次はベース。ベース、一、の号令でこの形をつくる。二で直る。いいか。わかったか。五番。」
兵卒五「はいっわかりました。ベース。盃状仕立であります。」
大将「よろしい。果樹整枝法その二、ベース一。」
兵卒「一、」
大将「二、一、二、一、二、一、二、やめい。」
大将「次は果樹整枝法その三、カンデラーブル。ここでは二枝カンデラーブル、U字形をつくる。この時には両肩と両腕とでUの字になることが要領じゃ、徒にここが直角になることは血液循環の上からも又樹液運行の上からも必要としない。この形になることが要領じゃ。わかったか。六番」
兵卒六「わかりました。カンデラーブル、U字形であります。」
大将「よろしい。果樹整枝法その三、カンデラーブル、はじめっ一、二、一、二、一、二、一、二、やめい。」
大将「よろしい。果樹整枝法その四、又その一、水平コルドン。はじめっ。一、二、一、二、一、二、一、二、一、やめい。」
大将「次はその又二、直立コルドン。これはこのままでよろしい。ただ呼称だけを用うる。一、二、一、二、よろしいか。八番。」
兵卒八「直立コルドンであります。」
大将「よろしい。果樹整枝法、その四、又その二、直立コルドン、はじめっ、一、二、一、二、一、二、一、二、一、やめい。」
大将「次は、エーベンタール、扇状仕立、この形をつくる。このエーベンタールのベースとちがう所は手とからだとが一平面内にあることにある。よろしいか。九番。」
兵士九「はいっ。果樹整枝法その五、エーベンタールであります。」
大将「よろしい。果樹整枝法、その五、エーベンタール、はじめっ、一、二、一、二、一、二、一、やめい。」
大将「次は果樹整枝法、その六、棚仕立、これは日本に於て梨葡萄等の栽培に際して行われるじゃ。棚をつくる。棚を。わかったか。十番。」
兵士十「果樹整枝法第六、棚仕立であります。」
大将「よろしい。果樹整枝法第六棚仕立、はじめっ。一」
(兵士ら腕を組み棚をつくる。バナナン大将手籠を持ちてその下を潜りしきりに果実を収む。)
バナナン大将「実に立派じゃ、この実はみな琥珀でつくってある。それでいて琥珀のようにおかしな匂でもない。甘いつめたい汁でいっぱいじゃ。新鮮なエステルにみちている。しかもこの宝石は数も多く人をもなやまさないじゃ。来年もまたみのるじゃ。ありがたい。又この葉の美しいことはまさに黄金じゃ。日光来りて葉緑を照徹すれば葉緑黄金を生ずるじゃ。讃うべきかな神よ。」
(将軍籠にくだものを盛りて出で来る。手帳を出しすばやく何か書きつく、特務曹長に渡す、順次列中に渡る、唱いつつ行進す。兵士これに続く。) バナナン大将の行進歌
合唱「いさおかがやく バナナン軍
マルトン原に たむろせど 荒さびし山河の すべもなく 饑餓の 陣営 日にわたり 夜をもこむれば つわものの ダムダム弾や 葡萄弾 毒瓦斯タンクは 恐れねど うえとつかれを いかにせん。 やむなく食みし 将軍の かがやきわたる 勲章と ひかりまばゆき エボレット そのまがつみは 録されぬ。 あわれ二人の つわものは 責に死なんと したりしに このとき雲の かなたより 神ははるかに みそなわし くだしたまえる みめぐみは 新式生産体操ぞ。 ベースピラミッド カンデラブル またパルメット エーベンタール ことにも二つの コルドンと 棚の仕立に いたりしに ひかりのごとく 降り来し 天の果実を いかにせん。 みさかえはあれ かがやきの あめとしめりの くろつちに みさかえはあれ かがやきの あめとしめりの くろつちに。」
幕。
●表記について
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