六 文学と政治(目的意識文学について)
私は文学の本質、文学の目的そのものも進化することを前に述べた。従つて、文学作品が、政治と同じ目的――社会改革の目的をもつて製作されることがあり得ることを完全に認める。だが併し、私たちは、文学はなぜさうでなければならぬかといふやうな問題の出しかたをすべきではない。文学はさうでなければならぬ理由をそれ自身に少しももたぬのであるし、またこの問題は、文学そのものをいくら穿鑿して見ても解決されない問題である。問題は、如何なる社会条件が文学をさうさせるかにある。
封建主義から資本主義への過渡期の社会には一部の文学が自由主義的となり、資本主義から社会主義への過渡期には一部の文学が社会主義的となるといふ言ひ表はしかたは、単に現象形態だけに視野を局限した者の言ひ現はしかたであつて、間違ひとはいへないまでも甚だ不完全な言ひ表はしかたである。理論的に正確な言ひ表はし方をしようと思ふならば、私たちは、文学がさうなると言はないで、文学がさうさせられると言ふべきだ。何がさうさせるのであるかといふと、一般的には社会的条件が、もつと直接には、「文芸戦線」のテーゼが明確に言つてゐるやうに「政治闘争の必要」がさうさせるのである。マルクス主義的目的意識が文学に強調され出した所以も、この「政治闘争の必要」のためであつて、この目的意識は断じて政治的意味に於て主張さるべきである。マルキストの目的意識性と大衆の自然成長性といふ言葉は意味をなすが作者の目的意識性と読者の自然成長性といふ言葉は意味をなさない。作者と読者との関係には政治的意味はないからである。この、後の対立を意味あらせる為めには、「文学作家」を「社会主義的文学作家」としなければならぬ。然りとすれば、目的意識の関係するのは、「社会主義的」といふ形容詞の部分だけである。
そこで「文芸戦線」第四巻第二号のテーゼ中「社会主義文学の芸術価値」の(一)の前半「吾々は芸術家である前に社会主義者でなければならぬ」といふ提言は意味をもつ。だが、その後半をなすところの「社会主義文学は何よりも先づ芸術でなければならぬ!」といふ提言は、社会主義文学の自己否定である。社会主義文学は、さういふ代りに「社会主義文学は何よりも先づ社会主義的でなければならぬ!」と修正すべきである。何故ならば、同じ「文芸戦線」の次の号で正当にも指摘してゐるやうに「政治闘争の必要」がそれを規定するからである。
このテーゼの筆者は「この二つの命題は決して矛盾しない。何故ならば、社会主義的世界観は、それ自体の中に芸術観を含むものであり、社会主義的芸術観は、現在に於ける最も完全な芸術観であるから」と言つてをられるが、果してこの二つの命題は矛盾せぬだらうか。若し矛盾しないならそれは無意味である。この文句のうちの社会主義といふ文字を資本主義とかへて「資本主義文学は先づ第一に芸術でなければならぬ」としたらどうだらう。それでもこの提言は論理的には立派に成立するではないか。然らば「社会主義的芸術観は現在に於ける最も完全な芸術観である」といふのは独断以外の何物でもない。私たちは、それが最も完全な芸術観であるかどうかなどは問題にしなくともよいのであるし、又たとひ問題としてもそれは解決し得ざる問題である。ただ、資本主義から社会主義への過渡期に於て、政治闘争の必要が、文学を社会主義的たらしむることだけで、社会主義文学の意味は明白であるのだ。
繰り返して言ふが、文学を社会主義的たらしむるものは、社会の条件である。政治闘争の必要である。そして私は言ふがそのこと自体は文学にとつて禍でもなければ幸福でもない。それによつて文学が完全になるかどうかは、「政治闘争の必要」とは全く無関係である。よし、社会主義文学に、従来の作品(たとへばゾラやトルストイの作品の如き)のやうな傑作が生れないとしても、社会主義文学の存在理由は微動だもしないのである。
七 芸術のための芸術
私は、文学の機能を意識の体系化であるといふ見解には反対であるに拘らず、政治闘争の必要が文学を規定することを完全にみとめた。一定の目的意識をもつて文学作品を製作し、これを利用することは、政治闘争の必要上真にやむを得ない。社会の諸条件、――そして進んだ社会に於ては、最も直接に政治闘争の必要が文学を規定することは、つまり、文学の歴史性、階級性をみとめることにほかならぬ。
しからば、芸術のための芸術といふ言葉は、如何なる意味をももち得ないか。それを考察する前に、芸術のための芸術論を、まるでブルジヨア社会から生れて来る本質的な理論であるかのやうに思ひちがへてゐる人がすくなくないことを私は指摘しなければならぬ。「文芸戦線」のテーゼすらも、そのやうな口吻を洩らしてゐる。だが、かゝる理論は一定の社会条件のもとには常に繰り返される理論であり、その意味に於て、十分存在の理由をもつ説である。それは、政治闘争といふものゝ全面的性質を把握しないで、政治闘争は、議会とか政党とか、社会の一局部に限定された現象であると考へる人々の芸術観を代表する。これ等の人々にとつては芸術文学が、政治闘争にいさゝかでも交渉をもつといふことは理解するのに骨の折れることである。文学は完全に政治の圏外に立ち得ることを彼等は確信してゐる。そしてかゝる人々は、政治的に相闘ふ二つの勢力の中間層に最も多く見出される。今日の社会条件のもとでは小ブルジヨア階級の間にこの理論が最も勢をもつのはそのためである。しかしながら、芸術のための芸術論は、ブルジヨア社会の特産物ではなくて、それ以前の社会にもあつたし、社会主義社会に至つても想像し得る。といふわけは、文学は必らず政治の指令下にたゝねばならぬ義務をそれ自身にもつてゐるのでもなく、文学者は必ずしも政党の命令によつて創作活動を営む義務をもつてゐるものでもない。たゞ社会主義者が文学者である場合には、社会主義に最も忠実ならんとする限りに於て、その文学活動が社会主義の実践でなければならず、反動主義者は、反動の目的に忠実ならんとする限り、文学を反動の目的に利用せねばならず、国家主義者は、その文学活動をあげて国家のために奉仕すべきであるのに他ならぬ。
何々主義者といふのは、一定社会に於ける客観的条件及びそれから必然に生ずる政治闘争の目的、意味を意識してゐる者のいひである。芸術が目的意識的となることは、それの作者が、社会の客観条件、及びそれより必然に生ずる政治闘争の意味を意識すること、即ち今の階級戦の場合には、芸術家が社会主義者となることにほかならぬ。
だが、かゝる意識はすべての人のもつものではなく、政治的前衛のみのもつものであり、社会の比較的安定である場合には、特にかゝる意識は凡ての人に於て稀薄となる。かゝる条件に於ては芸術は、所謂自然成長的に、換言すれば芸術それ自身の自律性によつて発育する。そしてその芸術論は、たとひ人類のための芸術論といふ外被におほはれてゐようとも、著しく芸術のための芸術の色彩を帯びる。それは必然であつて、ブルジヨア社会と特殊の関係をもつてゐるものでもなければ、芸術観として絶対に幼稚なものでもない。
かくて、私は目的意識文学を認めると同じ理由によりて「芸術のための芸術」的文学をも認める。苟くも科学的理論に於ては、存在するものゝ意味を全的に否定して、そこから出発するのは誤である。存在するものゝ理由を認めつつ何がさうさせたかを研究すべきである。若し、今日に於て、無産階級的、社会主義的理論(文学の場合に於ても)が、他の理論に比してすぐれたもの、進歩したものであるとすれば(さうであることは後に来るものにとつて当然であるが)それは、単なる盲目滅法の対抗、盲目的敵本主義から出発すべきではなくて、ブルジヨア文学(文学に限つていへば)が如何なる社会的条件によつて生れたかを考究することからはじめられたものでなければならぬ。
私は、勝本清一郎、田口憲一両氏の所論について、最も多く筆を費すつもりでゐたのであるが、それ等について一言もふれないうちに予定の紙数がつきてしまつた。勝本氏はより多く芸術の自律性に関心をもたれ、田口氏はより多く政治闘争の必要に関心をもたれる別があるに拘らず、両氏の所論は最近に於けるプロレタリア文学理論のうちで、最も注目すべきものであつたし、私自身も、それによつて啓発されることが少なくなかつたことだけを指摘して、それ等の検討は他日に譲らうと思ふ。最後に私が「文学の本質」について何等積極的な提言をし得なかつたのは、忙しさと紙数との制限も非常にあづかつてゐるに拘らず、私の考へがまだ殆んど五里霧中であるためであることは、この私の論文自身が到るところに理論的混乱を暴露してゐるであらう事実によつて読者はうなづかれるであらう。私はまだぼんやりした明りをみとめながら、それをたよりに筆をとつたのだ。今後、幾多の修正を、読者の示教と私自身の反省とによつて加へてゆくことが絶対に必要である。何となれば、こゝに論じたことは理論の基礎をなす部分の一つだから。
(昭和二年五月「新潮」)
附記――文学が読者の意識を組織するといふことは、組織といふ言葉を非常に広い意味に解するならば言へないことはない。
だが、私は組織といふ用語は矢張り不適当であると今でも思つてゐる。
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