新年
新年來り
門松は白く光れり。
道路みな霜に凍りて
冬の凜烈たる寒氣の中
地球はその週暦を新たにするか。
われは尚悔いて恨みず
百度もまた昨日の彈劾を新たにせむ。
いかなれば虚無の時空に
新しき辨證の非有を知らんや。
わが感情は飢ゑて叫び
わが生活は荒寥たる山野に住めり。
いかんぞ暦數の囘歸を知らむ
見よ! 人生は過失なり。
今日の思惟するものを斷絶して
百度もなほ昨日の悔恨を新たにせん。
晩秋
汽車は高架を走り行き
思ひは陽ざしの影をさまよふ。
靜かに心を顧みて
滿たさるなきに驚けり。
巷に秋の夕日散り
鋪道に車馬は行き交へども
わが人生は有りや無しや。
煤煙くもる裏街の
貧しき家の窓にさへ
斑黄葵の花は咲きたり。
――朗吟のために――
品川沖觀艦式
低き灰色の空の下に
軍艦の列は横はれり。
暗憺として錨をおろし
みな重砲の城の如く
無言に沈鬱して見ゆるかな。
曇天暗く
埠頭に觀衆の群も散りたり。
しだいに暮れゆく海波の上
既に分列の任務を終へて
艦等みな歸港の情に渇けるなり。
冬の日沖に荒れむとして
浪は舷側に凍り泣き
錆は鐵板に食ひつけども
軍艦の列は動かんとせず
蒼茫たる海洋の上
彼等の叫び、渇き、熱意するものを強く持せり。
火
赤く燃える火を見たり
獸類の如く
汝は沈默して言はざるかな。
夕べの靜かなる都會の空に
炎は美しく燃え出づる
たちまち流れはひろがり行き
瞬時に一切を亡ぼし盡せり。
資産も、工場も、大建築も
希望も、榮譽も、富貴も、野心も
すべての一切を燒き盡せり。
火よ
いかなれば
獸類の如く
汝は沈默して言はざるかな。
さびしき憂愁に閉されつつ
かくも靜かなる薄暮の空に
汝は熱情を思ひ盡せり。
地下鐵道にて
ひとり來りて
地下鐵道の
青き
歩廊をさまよひつ
君待ちかねて悲しめど
君が夢には無きものを
なに
幻影の後尾燈
空洞に暗きトンネルの
壁に映りて消え行けり。
壁に映りて過ぎ行けり。
「なに幻影の後尾燈」「なに幻影の戀人を」に通ず。掛ケ詞。
小出新道
ここに道路の新開せるは
直として市街に通ずるならん。
われこの新道の交路に立てど
さびしき四方の地平をきはめず
暗鬱なる日かな
天日家竝の軒に低くして
林の雜木まばらに伐られたり。
いかんぞ いかんぞ思惟をかへさん
われの叛きて行かざる道に
新しき樹木みな伐られたり。
――郷土望景詩――
告別
汽車は出發せんと欲し
汽罐に石炭は積まれたり。
いま遠き
信號燈と鐵路の向うへ
汽車は國境を越え行かんとす。
人のいかなる愛着もて
かくも機關車の火力されたる
烈しき熱情をなだめ得んや。
驛路に見送る人人よ
悲しみの底に齒がみしつつ
告別の傷みに破る勿れ。
汽車は出發せんと欲して
すさまじく蒸氣を噴き出し
裂けたる如くに吠え叫び
汽笛を鳴らし吹き鳴らせり。
動物園にて
灼きつく如く寂しさ迫り
ひとり來りて園内の木立を行けば
枯葉みな地に落ち
猛獸は檻の中に憂ひ眠れり。
彼等みな忍從して
人の投げあたへる肉を食らひ
本能の蒼き
瞳孔に
鐵鎖のつながれたる惱みをたへたり。
暗鬱なる日かな!
わがこの園内に來れることは
彼等の動物を見るに非ず
われは心の檻に閉ぢられたる
飢餓の苦しみを忍び怒れり。
百たびも牙を鳴らして
われの欲情するものを噛みつきつつ
さびしき復讐を戰ひしかな!
いま秋の日は暮れ行かむとし
風は人氣なき小徑に散らばひ吹けど
ああ我れは尚鳥の如く
無限の寂寥をも飛ばざるべし。
中學の校庭
われの中學にありたる日は
艶めく情熱になやみたり。
怒りて書物を投げすて
ひとり校庭の草に寢ころび居しが
なにものの哀傷ぞ
はるかに
彼の青きを飛び去り
天日直射して 熱く帽子の
庇に照りぬ。
――郷土望景詩――
國定忠治の墓
わがこの村に來りし時
上州の蠶すでに終りて
農家みな冬の
閾を閉したり。
太陽は埃に暗く
悽而たる竹藪の影
人生の貧しき慘苦を感ずるなり。
見よ 此處に無用の石
路傍の笹の風に吹かれて
無頼の眠りたる墓は立てり。
ああ我れ故郷に低徊して
此所に思へることは寂しきかな。
久遠に輪
を斷絶するも
ああかの荒寥たる平野の中
日月我れを投げうつて去り
意志するものを亡び盡せり。
いかんぞ殘生を新たにするも
冬の蕭條たる墓石の下に
汝はその認識をも無用とせむ。
――上州國定村にて――
廣瀬川
廣瀬川白く流れたり
時されば皆幻想は消え行かむ。
われの
生涯を釣らんとして
過去の日川邊に糸をたれしが
ああかの幸福は遠きにすぎさり
小さき魚は
瞳にもとまらず。
――郷土望景詩――
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