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猫又先生(ねこまたせんせい)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-21 9:02:02  点击:644  切换到繁體中文

高橋順介、それが猫又先生の本名である。
 先生はT中學校の國語並に國文法の先生で、私達が四年級に進んだ年の四月に新任されたのである。しかも、當然私達の擔任たるべく期待されてゐた歴史の杉山先生が、肺患が重つた爲めに辭任されたので、代つて私達のクラスを擔任されることになつた。杉山先生は若かつたが、中學校の先生には稀に見る程の温かな人格者で、而も深い學識を持ちながら淡々たる擧措きよそが一同の敬愛の的となつてゐた。故にその辭任の原因が肺患と知つた時にも、私達は先生と離れるのを幸福と思はなかつた。そして一同涙ぐましい程失望した。猫又先生はこの失望の前に迎へられたのである。
 講堂で催された新學期始業式の席上で、教頭が新任先生三人の紹介をした後、猫又先生は三人の最後に壇上に現れて、赤面しながら挨拶された。先生のたけは日本人並であつたが、髮の毛が赤く縮れた上に、眼が深くくぼんでゐて、如何いかにも神經質らしい人に見えた。私達は擔任の先生であると聞いたので、特別の期待と好奇心を以て、先生のことばに耳を傾けてゐた。が、遠くに離れてゐた私達の眼に、先生の紫ずんだ唇が磯巾着いそぎんちやくのやうに開閉し、それにつれて左右にねた一文字髭がとびの羽根のやうに上下するのが見えたかと思ふと、先生はもう降壇されてしまつた。呆氣あつけに取られたのは私ばかりではない。みんなきよとんとした眼で互に顏を見合せて、にやりと笑つた。私達は所屬の教室に退いて、今度こそは――と思ひながら、先生の到着を待つてゐた。
「おいおい、あの先生は少し露助に似てるな。」と、剽輕者へうきんものの高木が眞先に口を切つた。
「露助……それよりも僕は猫みたいな氣がしたぜ、眼が變に光つて、髭がぴんと横つちよにねてて……」と、一人が笑ひながら云つた。
「とに角、貧相な先生だ。」とまた一人が叫んだ。
「然し、あの挨拶つ振りなんか見てると、人は好ささうだね。」と、得能が振り返つた。
「人が好ささうだつて、そいつはどうだかな。」副級長の松川が、それに答へた。
「だつて顏をあかくしたり、もぢもぢしたりして、何だか落ち着かなかつたぜ。」
「そりや違ふ、それで人が好いとは云へない。人間、誰だつて初めん時はちよいとてれるからね。」松川がまた反對した。
「てれる……」と、得能が呟いた。
「まあどつちみち、杉山先生とは比べ物にならないさ。」と、首藤が二人の間に口を※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)んだ。
 姿から來た先生の印象は、とに角みんなの心持に輕い失望を與へたらしい。が、いづれにしてもみんなの口は、新任先生の下馬評ににぎはつて、ささやきとなり呟きとなり笑ひとなつて、部屋の空氣がざわめき立つてゐた。
「來たよ、來たよ。」と、一人が聞き耳を立てて叫んだ。
 途端に、廊下から先生の靴音が明かに聞えて來た。みんなは一齊に默り込んで、顏を見合せた。教室は急に谷底にでも沈んだやうにひつそりして、ずんと抑へかかるやうな沈默が其處に擴がつた。そしてその靴底から傳はつてくるモノトナスな響が、みんなの聽覺をくすぐるやうに刺戟した。而も、それが近寄つてくるにつれて、金屬と板との擦れ合ふやうな鈍音が聞えるのは、双の靴底に重い鐵の金具が打ち着けてあつたからに違ひない。
 扉のハンドルががちやりと鳴つて、教壇の上に先生の姿を見るまでの數秒間、先生の動作は講堂で見た時のそれとは、餘程落ち着いてゐるやうに思はれた。それは恐らくは、初めての先生を目前に見ると云ふ一種のあらたまつた心持が、拔目のない私達の觀察眼を鈍らした爲めか、或は教へ子の前に自己の威嚴を保たうとする先生の意志が、十分の戒心を自らに加へた結果か、何れにせよ、先生が黒板を前にして端然と直立された時、私達は級長谷の號令に應じて、謹嚴な心持で一禮を行つたのである。先生の顏はそれに對してかすかにあからんだが、それは明かに私達の敬意に答へる滿足の紅潮で、また實際の處、新任挨拶の爲めに着用されたフロッコオトの黒がたとへ古色蒼然たるものであつたにせよ、師としての敬意に價ひするだけの感じを、私達の心に與へてゐたのである。挨拶をすました私達は緊張した心のまま席に着いて、靜かに先生の顏に視線を集中した。
「私がこれから諸君のクラスを受け持つこととなつた。諸君は學生としての諸君の本分を……」先生はゆるやかに腰を降して、出席簿を讀み終ると、やがてかう口を開かれた。みんなは從順な學生振りを示して、ぢつと傾聽してゐた。
 目の前にして見ると、額の狹い、頬骨の角張つた、そして痩せこけた先生の顏附は、如何にも貧相で、如何にも神經質らしい感じを深くした。その聲は相變らず低かつたが、聞いてゐる内に時々聞き慣れない調子はづれの音がまじつた。而も初めには誰も氣附かなかつたらしいが、それが一音二音と重なつてくるにつれて、何處となく語調が可笑をかしく響くのである。然し、思ひの外滑なめらかなことばの運びと、引き續いてゐたみんなのつつしみの念が、そのすきを探る餘裕を與へなかつた。
「一體諸君は、國語學と云ふと輕蔑する傾きがある。然しそれはとんだ間違ひで、諸君が日本の人間である以上、一瞬間も諸君は國語學をゆるがせにしてはいけない……」私達の靜肅さに氣を得た先生は、その顏に輕い興奮の色を見せて、國語學の我田引水論を試み始めた。先生の女のやうな細い聲に、ややあがつた調子さへ加はつて來たのである。
「さうだ、一瞬間も諸君は國語を離れることは出來ない。例へば文章を書くにしても……」先生は得意らしく身振り手振りで諄々じゆんじゆんと説き出したが、かうなつて來た時、私は先生の所論の如何にも陳腐なのに氣が附かずにはゐられなかつた。そればかりではない、話にうはずつて來た先生の風貌は眼慣れるに從つて、堪らなく貧弱な、下品な物に見えて來た。みんなの愼しみは漸次に崩れざるを得なかつた。そして心持に餘裕の生じてくると共に、そろそろ中學生らしい惡戲性が働き出して、意地惡く何かの隙をねらひ始めたのである。
 ――一瞬間も諸君は――と、その詞が二度目に先生の口をいて出た時、背後うしろの席で誰れかが「一シン間も諸クンは……」と、小聲で口眞似して囁いた。一人がくすりと笑つた、續いてまた一人がくすりと笑つた。先生の詞には東北生れらしい怪しげな田舍ゐなかなまりと、それから起る變てこなアクセントが隱れてゐた。語調の可笑しさの正體がそれと知れてくると、その可笑しさが次から次へと移つて行つて、ひそやかなどよめきが教室の中にみなぎつた。そしてぢつと先生の顏を見詰めてゐた私達は、一人一人俯向うつむいて來て、先生の詞を聞くよりも、次第に腹の底から込み上げてくる可笑しさをこらへる爲めに、息の詰るやうな苦しい努力を續けなければならなくなつた。
「……。だから諸君にとつて國語學程重要な物はない。」先生はチョッキのボタンからんだ、恐らくは天麩羅てんぷららしい金鎖を指でまさぐりながら、調子に乘つて饒舌しやべつてをられた。その糞眞面目な、如何いかにももつともらしい先生の樣子を見てゐると、流石さすがに吹き出すのははばかられたのである。が、たうとう我慢のならなくなつた笑ひ上戸じやうごの吉田が、※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)の締め殺されるやうな奇聲を上げてしてしまつたので、それに釣り出されたみんなの笑ひ聲が堤の切れたやうにどつとほとばしつた。春の明るい光線をたたへた教室の中には、笑ひの波が崩れ合ひもつれ合つて、一時に湧き返つた。
何故なぜ笑ふ。何が可笑しい……」さつきから教室の中に漲つてゐたざわめきを、薄々感じてゐたらしい先生は、私達の笑聲の爆發と共にかつとなつた。そして先生の顏の平面が急に崩れて、顏面筋が小波さざなみのやうに痙攣けいれんしたかと思ふと、怒りの紅潮がさつと顏中に走つた。
しからん、國語學が重要だと云ふのが何で可笑しい……」先生は教壇の板に靴底を叩き附けて立ち上つて、はげしく呶鳴どなつた。
 氣の毒な先生は、私達の笑ひの原因をすつかり誤解されてしまつた。その誤解の爲方しかたが、餘りに眞正直らしい先生の性格から産み出された物であると考へた時、その激怒の表情を痛ましく思つたのは私ばかりではなかつたらう。而もその先生に、單純な中學生の心理を巧に綾なして行く程の教授法以外の手管てくだがあらう筈もない。痛ましいとは思ひながらも、むきに腹を立ててしまつた先生の姿を見てゐると、やつぱり可笑しさが先に立つて、私も吹き出した。或る者は机を叩いた、或る者はぴゆつと口笛を鳴した、或る者はチェストオと小聲で叫んだ。教室は滅茶滅茶に混亂してしまつた。
「君達は私を侮辱するのか……」かう云つて更に詞を繼がうとした先生は、突然の興奮の爲めに唇が硬直してぐいと云ひ詰つた。そしてフロッコオトの長い尻尾しつぽをぴくぴくふるはせて、立ちすくんでしまつた。何分かが喧囂けんがうの内に過ぎた。血走つた先生の凹んだ眼には、その時涙さへにじんで來たのである。
 ふと部屋が靜かになつたので、思はず顏を上げて先生の姿を見詰めた時、輕い同情の念と幽かな悔い心がみんなの胸を過ぎたらしい。が、それに心附いた時は遲かつた。もとの眞面目さに返つて、この新しい先生を迎へようとした一人一人の心は、さうする爲めにはあたりの空氣が餘りに崩れ過ぎてゐるのをどうする事も出來なかつた。小さな渦は大きな渦に卷き込まれねばならなかつた。そしてまた中には、我知らず騷ぎ立ててしまつたうしろめたさを胡魔化ごまかさうとして、故意に再び喧囂の内に隱れようとした者さへあつたのである。
「諸君は諸君の……」さんざんな混亂の内に先生が退室された時、高木がわざとらしい道化だうけた聲で呶鳴つた。みんなはそれに和してわいわい騷ぎ立てながら、教室を出て行つた。
 この不幸な第一印象は先生と私達の心に、遂に最後まで埋め切れなかつた一ツの gap を造つた。快き第一印象は、時とすると惡しき第二第三の印象をも包まうとする。が、私達はその反對を先生との感情の中にあぢはつた。そして全く單純な誤解に始まつた先生の私達に對する不快の氣持は、その日から漸次に色を深めて行くやうに思はれた。先生は何かと云ふと激昂された、詞に角を立てた。先生の、殆ど病的と思はれるばかりに鋭敏な神經は、私達の前に立つと何時いつ苛立いらだつてゐた。その顏には絶えず陰重な影が差してゐた。私達は先生の朗かに笑つた顏を一度も見たことはなかつた。先生はあたかも生存の歡びを忘れた人のやうに感じられたのである。
「面白くない先生だ。」と、私達は囁き合つた。「面白くない生徒だ。」と、恐らく先生も自らに呟いてをられたに違ひなかつた。
 が、面白くない先生は猫又先生だけには限らなかつた。T中學校の教員室にも色々な性格を持つた先生達が集まつてゐたのである。頑迷その物の化身かと思はれるやうな教頭がゐた。なかば禿げ上つた額、曲つた鼻、人情の何たるかを解しないやうな冷然たる眼。そして不幸な私達は聞いても聞いてゐられないやうな反感をそそられながら、その少し鼻にかかつたねばり聲から、乾干ひからびきつた倫理の講義を授けられた。また小才子の英語の先生がゐた。生白い顏に、紅を塗つたやうな唇、そして張り物のやうにぴつたり分けた髮の毛。彼が小首を傾けて氣取りながら、生徒達の機嫌をうかがふやうな眼附をして、にたりと笑ふ時、私達は蟲酸むしづの走るやうな輕薄さを感じた。五萬圓の財産家たることを畢世ひつせいの理想としてゐた漢文の先生の憧憬。何かの式や遠足の時と云ふと軍服を着けて來て、日清日露役の從軍記章と、功六級の金鵄きんし勳章と、勳七等の青色桐葉章を得意氣にぶら下げた動物學の先生の稚氣、それ等は寧ろ氣持の好い先生達の愛嬌だつた。
 私達は教頭を「つくね芋」と呼び、漢文の先生を「五萬圓」と呼んでゐた。これ等の多くの先生達の内、正確にその名を呼ばれてゐたのは既に學校を去られた歴史の杉山先生だけだつた。杉山先生の親しみ深い人格には仇名あだなを以て呼ぶ程の隙がなかつたからである。然し、私達が先生を仇名で呼ぶのは、必ずしも惡意や皮肉にばかり由來するのではなかつた。一體私達の感情から云へば、七尺去つて師の影を踏まずと云つたやうな儒教的道徳は、先生をあまりに冷たくいかめしくする inhumane な道徳であつた。先生を一個の偶像として遠くから崇敬するのは容易であるが、若々しい或る憧憬の絶間ない私達にとつて、それは餘に寂しいことであつた。私達は何處までも先生を温い懷しい人間として、近寄つて親しみたかつたのである。が、先生達は私達が親しめば親しまうとするだけ、自己の周圍に城壁を築いた。そして益々自己を偶像化さうとした。しかも、時には偶像としての自己を壇上に置いて私達をひややかに見降さうとする矯飾的態度さへ現した。その態度を私達は冷笑したかつた。その城壁の隙間から見える先生達の固陋ころうさを碎いてしまひたかつた。
「つくね芋、五萬圓……」かう呼んでみる時、私達の心には期待を裏切られた腹いせの滿足と、偶像をこき降す小さな快感が潜んでゐた。同じ意味で、高橋順介先生は間もなく私達から「猫又」の仇名を奉られた。その仇名の由來はかうである。
 丁度その頃、私達の使つてゐた國語讀本に「猫又」と云ふ小話が載つてゐた。
「猫又よ、やよ猫又よと申しければ……」と、先生はその中の一句を、田舍ゐなかなまりの可笑しな抑揚で高らかに讀み上げた。みんながどつと笑ひ崩れた。その可笑しさと、追ひ掛けられて逃げて行く猫又法師の姿を描いた文章の面白味と、先生の何處となく猫を思ひ出させるやうな風貌とが、その瞬間にひよいと結び着いた。私達は――猫又、猫又――と心の中に繰り返した。而も日が經つて行く内に、「猫又」の一語が表象するシニックな感じが、先生の人柄にぴつたりまるばかりでなく、それが巧に先生を諷し得てゐるやうな氣持がして來た。そして先生はたうとう「猫又さん」にされてしまつた。
 ――故に國語學は重要である――と、氣焔を擧げた先生は、時間の鐘が鳴ると、型の古い黒のモオニングに包んだ姿を機械的に教室へ運んで來た。そして何時も熱のない、退屈な講義を繰り返した。私達は先生の氣焔が餘に空言そらごとであつたのに、失望せずにはゐられなかつた。
 或る時間に、先生は「方丈記」を講義された。丁度春の盛りの頃で、左手の窓の擦硝子すりガラスには自然の豐熟を唄ふやうな長閑のどかな日光が輝いてゐた。明るい教室の中にはもやもやした生暖い空氣が一杯にめ渡つてゐた。なかば開いた窓の隙間からは鮮かな新芽の緑がのぞいて、カアテンの白をそよがす風もなかつた。ぢつと机に向つて腰掛けてゐると、けだるい先生の講義の聲が蜜蜂の翅音はおとのやうに聞えてくる。そしてともすれば肉の締りがほぐれて行くやうな氣持がして、快い睡魔が何時いつとなく體を包んで行くのである。片隅で誰かの幽かな鼾聲いびきごゑくすぐるやうな音を立ててゐる。先生の講義は誰の耳にも這入つてゐなかつたらしい。
「あゝ、つまらん……」と、右後の席で上村が不意に呟いた。鹿兒島育ちの彼は、クラスの野次の音頭取おんどとりで、田舍丸出しの率直さがみんなに愛されてゐた。
「『朝に死し、夕べに生るるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける……』と云ふのは……」先生の牛のよだれのやうな講義の聲はぱつたり止んだ。そしてふと顏を上げると、けはしい皺を眉間みけんに寄せて上村を睨んだ。
「おい上村、今何と云つた。もう一遍云つて見ろ……」先生の眼は鋭く光つた。
 みんなは思はず顏を上げて、先生を見詰めた。
「『あゝ、つまらん……』と云うたですばい。」
上村は落ち着き拂つて云つた。みんなはわつと笑ひ出した。足擦りの音と机を叩く音が入り混つて聞えた。
「馬、馬、馬鹿つ……」先生は顏に蚯蚓みみずのやうな青筋を立てて、上村の席に近寄つた。
「教室を何と心得る。お前は、お前は……」
「お前とは何です。僕は學生ですぞ。」
「生意氣云ふな。お前のやうな奴はお前で澤山たくさんだ。」先生はせき込みながら續けた。「一體、つまらんとは何の云ひ草だ。」
「つまらんけんつまらんですたい。分らんですか、シエんシエい……」
 上村はけろりとした顏附で答へた。いきり立つた先生と、糞落ち着きに落ち着いた上村とのコントラストはまるでポンチ繪だつた。
「お前はおれを馬鹿にするのか、その分では濟まされないぞ。さあ教室を出ろ、出て行けつ……」先生の顏は蒼白に變つて、唇は怒りの爲めにぶるぶるふるへてゐた。上村は空嘯そらうそぶいて脇を向いた。不愉快な沈默が教室中に流れた。
「先生、『方丈記』の講義を續けて下さい。」と、級長の谷がわざとらしく叫んだ。「さうだ、さうだ……」と、みんなはまたそれにわざとらしく雷同した。先生は憎惡に燃えた眼で上村を見返りながら、舌打ちした。そして靴音荒く教壇に歸つた。讀本が再び手に取られた。
「質問があります。」と、哲學者としてみんなの尊敬を集めてゐた武井が、Pensive な瞳を上げて立ち上つた。
「何だ……」先生は我を守るやうに身構へた。
「先生の今講義なさいました『方丈記』の中には長明の人生觀の面白味があります。それに對する先生の御意見が伺ひたいと思ひます。字句ばかりの解釋では、國語なんて無意味です。」理智的な鋭さを持つた武井の蒼白い顏が、あからんだ。どよめいた部屋の空氣がふと鎭まつた。意外な質問を受けた先生の顏には、狼狽の色が幽かに現れた。
「そ、それはある。長明は厭世家だ、この世を悲觀したのだ。つまりその頃の天災地變の哀れさを見て……」先生は口籠くちごもりながら云つた。
「それは分つてゐます。」と、武井がさへぎつた。「長明の思想は佛教の※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)りんねせつの影響を受けた厭世思想だと思ひます。彼は天災地變にさいなまれる人生の焦熱地獄に堪へられなくなつて、この假現の濁世ぢよくせ穢土ゑどからのがれようとしたのです。そして解脱げだつしようとしたのです。然し『方丈記』に現れた處では長明の思想は不徹底です。のみならず、その厭世的態度には何となくわざとらしい、誇張されたやうな厭味いやみがあります。」武井の頭は何時も私達の世界を遠く先んじてゐた。私達が押川春浪の小説に熱中する時、彼は大西博士の「西洋哲學史」などを耽讀してゐた。彼が三年級の時、校友會雜誌に發表した「超人論」は私達には難解の文字だつたが、ニイチェの側面觀として杉山先生などの推稱を受けた。
「そんな事はどうでも好い……」先生は苦笑しながら、ややあざけるやうな態度でかう云つた。
「どうでも好くはありません、先生は私達に思想上の問題は無用だとおつしやるんですか。」と、武井は氣色けしきばんで、鋭く迫つた。

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