您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 長塚 節 >> 正文

芋掘り(いもほり)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-18 7:11:25  点击:  切换到繁體中文


         二

 兼次とおすがの間柄は久しいものである。それで今では拾い手のない日蔭物といふ形に成つて居る。
 百姓の間に生れた子は隨分粗末な扱ひである。お袋が畑で仕事をして居れば笠の中へ入れて畑境の卯つ木のもとへ捨てゝおく。泣いて泣いて火のついたやうに泣いても滅多に構へつけることもない位だから隨て營養も不足なのか六つ七つまでは發育の惡い子も數々あるが、手足がついたとなると容赦もなくこき使はれるので其故か十七八に成ると驚く程立派な體格を持つやうになる。それと同時に女の一人位は拵へるのである。例令そんなことが無いにしても同年輩の誰彼と屹度夜遊に出掛ける。それがだん/\募つて來ると村の隅から隅までふら/\と押し歩いて小娘でもある家の風呂を覗くといふやうになる。兼次も年頃來た時には自然夜遊に屈託した。さういふ場合に兩親はどうするかといふと、自分が以前に其覺えがあつて格別惡いことゝも思はないし一向平氣といふのではないが仕方がないといふ位なものだ。それだから繩の一ぼうも綯ひ出すとか朝草の一籠も餘計に刈るとか仕事に差支がなければ怪我に一言もしみ/″\した小言などはいはぬが普通である。兼次が夜遊に屈託した頃兼次の家からでは離れて居るが同じ村のうちで幾らか暮しの樂な因業者の夫婦があつた。代々其家は仙右衞門といつたので其が訛つて「センネモドン」と呼ばれて居た。何時の間に誰が教唆したか所謂小若い衆と稱する兼次等の仲間が其家に惡戲をはじめた。丁度霜が二三度おりた頃で宅地へなつた柿で串柿を拵へて日南の壁へ吊したのがあつた。串柿は下で胡麻の殼を焚けばいつの間にか落ちて了ふといふので或夜そつと其串柿を外して散々いぶして復たそつと掛けて置いた。案の如く柿はそれから一つ落ち二つ落ちて今年の柿はどうかしたといふうちに滿足に乾上つたものはなくなつた。固より惡戲されたといふことは知らう筈がない。惡戲としては極めて成功したのである。惡戲者はつけあがつた。或晩薪や麁朶や日頃汗水垂らして掘つた木の根などが壁に堆く積んであつたのを大勢で持ち運び/\入口の戸を壓して一杯に積んでおいた。翌朝水汲みに出ようとした女房が見付けて騷ぎになつた。夫婦は火のやうになつた。口もきかずに半日かゝつてもとの壁際へ積み直した。若い衆の惡戲であることは分明であるが扨て手の出しやうがない。深く遺恨に思ひながら我慢をしてしまつた。おすがの家は此の仙右衞門の家のうしろで屋敷つゞきである。其近邊では一番物持で土藏も一つは立てゝある。近所隣のものは皆おすがの家の風呂を貰ひに來る。仙右衞門の女房が或晩風呂を貰ひに行くと若い衆がそこらに出沒して居るのを見た。そこで早速おすがの兄貴に告口をした。兄貴が誰だ/\といひながら裏戸へ出るとばた/\と五六人で遁げ出す足おとがした。然し此風呂場で追はれるのは始終あることで追ふ者も長追はしない。それは自分の家の娘に間違があつてはならぬといふのだから娘が湯上りの赤い顏をして綻びでも縫つて居ればそれで安心が出來るからである。遁げた若者は欅の蔭にでも隱れて居ては又のこ/\と出て來る。仙右衞門の女房は此晩茶うけの菜漬が甘いといふのでむしや/\噛つて饒舌つたので一番あとではひることになつた。裸になつたまゝがらつと裏戸を開けて風呂場へ駈けて行つた。おゝ寒いといひ乍ら風呂の蓋をとつて手拭持つた手を突込んだ。さうしてアレと驚いた聲で怒鳴つた。風呂の湯がちつともなくなつてるといふ騷ぎである。寒さが急に身にしみて慄へて居る所へ厩の蔭から一人飛び出して土だらけの大根を後から肩へぶつ掛けて遁出した。女房は激怒したはづみに裸のまゝ闇の中を追ひかけた。さうして何かへ蹶いてどうんと酷い勢で轉がつた。忽ち三四人の聲でわあと怒鳴つて遁げてしまつた。さつきおすがの兄貴へ告口をしたのは仙右衞門の女房であるといふことを傭人から聞いたので若い者は風呂の栓を拔いてそれから大根を背負はして、豫め二人で繩を持つて居て追つて來る所をぐつと繩を引つ張つたから足をすくはれたのである。女房は口惜しくて翌日は起きなかつた。然し此の事があつてから惡戲はすつかり止んだ。それは間へ人が立つて兎に角若い衆へ謝罪つてどうか惡戲はしないでくれと年嵩の二三人に頼んだからである。兼次も此の惡戲の仲間であつたがいつかおすがの家の傭人と別懇になつた。時には傭人の懷へもぐり込んで泊つて行くこともあつた。以前は大勢で押し歩いたのが屹度一人でおすがの家のあたりへ行つて褞袍どてらを被つて立つて居るのが常のやうになつた。おすがゞ風呂へはひると其側へ行つては只立つて居る。おすがは默つてぼちり/\と手拭の音をさせながら成丈長湯をするやうになつた。時にはおすがゞ流し元で洗ひ物をして居ると窓から篠棒を出して知らせをすることもあつた。二人は遂に扱帶しごきと兵兒帶とをとりやりして型の如き關係が結ばれてしまつた。若い女の多くは男に執念くつけまはされゝばそこは落花流水の深い仲に陷るのである。互に決して離れまいといふ約束のもとに體につけた一品が交換される。孰れが厭になつても此一品が相手にあるうちは事件はこゞらける。女が親族などに強ひられて嫁にでも行かうとなつた時には男は女をおびき出すことがある。其所には双方から人が掛つてごつたすつたの絡れになつて結局は平氣で女が嫁に行く。そこは財産のある方から幾らかの手切が出るといふ捌きになる。手切の多少で二晩や三晩はごた/\で過る。それでも古來の習慣で此の變則な黄金の威力は大抵の紛擾を解決せしめることが出來る。それが兼次とおすがの間はこんな庖丁で南瓜を割る位な手ごたへでは濟まぬ強い關係が結ばれたのである。然し此の時はまだおすがの家の傭人より外には二人の間を知るものがなかつた。暫時にして若い衆の間にそれが響いておすがを狙ふ者はなくなつた。やがて波動の如く其が村一杯に擴がつた。それでもこんなことは特別の事件が惹き起されなければ人の注意に値せぬのが一般の状態である。此の如くにして幾日は過ぎた。
 或早朝のことである。時候はまだ寒さがぬけぬ頃だ。兼次は深い心配な顏で綽名がまたで通つて居る男の所へ來た。四つ又は豚の仲買をして小才が利くので豚での儲は隨分大きい。あれで博奕が好きでなければ身上しんしやうが延びるのだと評判されて居る。兼次の親爺と殊の外別懇である。
「兼ら何だえこんなに早く」
 と四つ又は聞いた。
「おらちつと頼みたくつて來たんだ。おら「ツアヽ」は短氣だから打つ殺されつかも知んねえ」
「なにして又打つ殺されるやうなことに成つたんだ」
「ゆんべ遊びに出て褞袍なくしつちやたんだ。おすがら内の土藏んけ置いたの今朝盜まつたんだか何んだかねえんだ。それからおらうちへ歸れねえ」
「なんだそんなことかおれが謝罪つてやつから待つてろ」
 四つ又は兼次の家へ行つた。お袋は竈に木の葉を焚いて居る。釜が今ふう/\と吹いて居る。四つ又はすぐに厩へ行つた。さうして
「ツアヽ」おら何でもえゝからおれがいふことを聽いてれてえんだ。
 突然にかういひ出した。「ツアヽ」といふのは子が其父に對する稱呼であるが四つ又は格別の懇意である上に年齡が違ふから時としてはかういふこともあるのである。一つは戲談をいふのが好きな性質から四つ又は何時もこんな調子で兼次の親爺に對する。
「なんでえ朝ツぱらから」
 とおやぢは不審相にして半はいつもの戲談でもいはれるやうに微笑しながらいつた。
「ツアヽに打つ殺されつかも知んねえて心配してんだから謝罪りに來たんだ。なんでもかんでも聽いてもらあなくつちやなんねえんだよ」
「解らねえなひどく」
「いやわかつてもわからねえでも世間態もよくねえんだ。實は兼次がことだがおらぢへ來て……」
「あの野郎奴ほんとに夜遊ばかりしてけつかつて」
「さう「ツアヽ」等怒つからしやうがねえ。ゆんべ褞袍られつちやつたといふんだがな。人のうちへ忍び込んでどうしたのかうしたのつて人聞きもよくねえ噺だからまあ餘り騷がねえ方がえゝんだ。褞袍の一枚位仕方あんめえ。此れまでそんなことあつたんぢやなし、いふこと聽いたらよかんべえ」
「そんぢや任せべえ。兼こと連れて來てくろ」
 此れで褞袍の一件は濟んだ。其褞袍は其後盜んだ奴が元の所へ捨てゝ置いたので再び兼次の手にもどつた。兼次はそれを引被つて依然としておすがの許へ通つて居た。

         三

 暑さが漸く催して此から百姓の書入時といふ茶摘の頃までは何の噂もなかつた。春も八十八夜となつて草木のやはらかな緑が四方を飾るやうになるとみじめな姿で顧みられなかつた畑のへりの茶の木のめぐりも赤い襷の女共が笑ひ興じて俄かに賑かになる。さあ焙爐ほいろの糊をかくのだといふうちに茶の葉が延び過ぎるといふ騷ぎである。兼次の家でも茶の葉が強くなつて、もう一日捨てゝおいたらとてもよりつからぬといふので隣近所と「イヒドリ」をして兎にも角にも一日に摘みあげる手筈をした。親爺は朝から焙爐へかゝつて居る。「イヒドリ」といふのは手間の交換でそつちからこつちへ一日仕事に來ればこつちからも一日仕事に行くことである。其頃兼次の家では婆さんが長らく老病に罹つて居た。丁度其日は藥がなくなつたといふので忙しい仲ではあるが鬼怒川を越えて一里ばかりさきの醫者の所まで行かねばならぬことになつた。親爺は毎日蒸し暑い焙爐の前で働いたので幾分ならずもう體が疲れて居る。焙爐を兼次に任せて骨休めながら一寸行つて來ようと思つたのであつたが兼次がいきなり
「ツアヽおれ藥貰ひに行つて來べえ」
 とやつたのでそれでも自分が行くとはいはれぬので澁々と兼次を出してやつた。街道は岡を越えて行く。畑には麥の穗が一杯に出揃つて快げにそよいて居る。菜の花がところ/\に麥畑から拔け出してさいて居る。畑の境の茶のうね/\には白い菅笠がならんで麥の穗の上にふわ/\と動いて居る。そこからは幽かな唄の聲が麥の穗末のやはらかな毛から毛を傳はつて來る。空からも土からもむづ/\と暖いさうして暑い氣が蒸し/\て遠きあたりはぼんやりと霞んで居る。若い者の心はもうそわ/\して落ちつかない。兼次は急いで行つて來た。然し歸りには此岡の畑は空しく通過することが出來なかつた。おすがゞ五六人連で茶摘をして居る所へ引つ掛つてしまつたからである。女達は一畝ひとうねの茶の木を向合ひになつて手先せはしく摘んで居る。爪先の音がぷり/\と小刻に刻んで聞える。兼次は揶揄からかはれながら自分も茶を摘んで乘氣になつて騷いで居る。
「兼ツつあんはおすがさんげばかし贔屓しねえでおら方へも來たらよかつぺなア」
 といつたのはおすがの向うに居た女である。
「ほんとだおいとさん、可笑しかつぺなア」
 少し離れた方からも聲がした。
「そんぢや行くべえ」
 と兼次はおいとの方へ茶の木を押し分けて行つた。
「やだよう、兼ツつあん、構アねえこんなに土だらけにして」
 と泣聲を出したのはおいとの側に下枝を摘んで居た一番小さな子であつた。兼次が其子の籠へ土足を蹈込んだのである。
「駄目だよ、陽氣のせゐだよ、誰だかはどうかしてんだからなア、おいとさん」
 又さつきの少し離れた方から聲がした。此は稍年増なお安であつた。
「おらげもすけたらよかつぺなア兼ツあん、摘んですけなけりや話してやつからえゝよ」
 とお安は又からかふ。兼次はお安の方へ行く。
「あらまあ、兼ツつあんはこんなに小麥踏ンぢやして怒られべえな」
 おいとがこんどは苦情を持ち出す。茶の木に添うては小麥の畑がある。小麥と交ざし作りの豌豆が小麥の莖にからみながら立ちあがつてしほらしい花をびつしりとつけて居る。
「そんなに摘みえゝとこばかし摘んで兼ツつあんはやだよおら、頼まねえよ」
 お安がつゞいて苦情を持ち出す。兼次はお安の肩を叩く。
「おゝひでえまあ、おれことぶつ飛ばしたんだよ、誰さんことかはぶたねえんだんべえな」
「さうだんべえなァアハヽヽヽ」
 みんなが一度に笑出す。おすが許りは默つて居る。こんなことで兼次は散々に暇どつた。空には雲雀が交るがはる鳴いて居る。おやぢが叱る急げ/\といふやうに喉が裂ける程鳴いて居る。それでも兼次は頓着なしに指の先の青くなるまで茶を摘んで居た。漸く氣がついた時に一散走りに走りつづけて家に歸つた。幾ら駈けても後れた時間の取り返しはつかぬ。兼次の姿が見えると親爺は
「何してけつかつた、ぶつ殺されんな」
 と怒鳴つて棒を持つて飛び出した。兼次は青くなつて逃げた。若いだけに足が達者である。親爺が門へ出た時にはもう前の櫟林へ姿は隱れてしまつた。親爺は焙爐の茶が焦げつくので何處までも追ひつめる譯には行かなかつた。兼次が藥貰ひに出た跡で手に餘る茶の葉をいぢつて居たのであるが強くなつた葉はいくら荒筵の上で押し揉んでも容易によりつからぬ。焙爐の火力を強くして只がさ/\な茶を乾かした。疲勞は其癇癪を促した上に焙爐の蒸し暑さは一層親爺の腹をむか/\させたのである。隣近所の二三人が出て漸く兼次を見つけた。さうして例のやうに四つ又へ詫を頼んだ。四つ又はぶらりとやつて來た。
「ツア、獨で太儀こはかつぺ」
「こはえな」
「うんこはえ筈だ、つまんねえ料簡れうけん出すから」
「何よ又そんなことゆつて」
「なにつて兼ことぶつころすなんて騷いてんぢやねえか」
「此忙しいのにあんまりのさくさして居やがつて小世話燒けたからよ」
「のさくさしたつて「ツアヽ」がにや分んめえ。先生がほかさ行つて居なかつたんで待つてたんだつて云ふんだぞ。「ツアヽ」行つたつて先生が居なくつちや駄目だんべ。それも聞きもしねえでぶち殺すなんてそんな短氣出すもんぢやねえよ」
 お袋は晝餐のさいの油味噌の豆を熬つて居たが皿へ其豆を入れて四つ又へ出した。さうして
「本當におらぢの「ツアヽ」は短氣なんだから」
 と獨言のやうにいつた。
「えゝからわツら知りもしねえ癖に」
 とおやぢは又かアつとしてお袋を叱りつけた。
「それさうだからえかねえ。婆さまこと見ろまアおれが鹽梅あんべい惡いから當てつけに兼ことおこんだ。一層おら死んだ方がえゝなんて云つてら。そんだからおれげ任せろよ。隣近所の暇つぶした丈でもつまんめえぢやねえか」
 四つ又は殼竹割である。短氣なおやぢを威したり賺したりいひくるめるのは村でも此の四つ又一人なのである。
「うんそれぢや任せべえ」
 といふことに成つた。
「そんだから愚圖々々しねえで何時でもおれが云ふことア聽くもんだよ」
「おめえぢや仕やうがねえへゝゝゝ」
 此が笑つて收ると四つ又は兼次を連れて來た。さうするとおやぢは
「此葉揉んでくろ、兼」
 といつたやうな譯でさつきの顏とは別のやうである。

上一页  [1] [2] [3] [4] [5] 下一页  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告