麒麟の歌
黒と黄の縞のネクタイ鮮やけき洒落者と見しは僻目か
春の夜のシャンゼリゼェをマダム連れムッシュ・ヂラフがそゞろ歩むも
社交界の噂なるらむ麒麟氏が妻をかへりみ何かいふらしき
山高も持たせまほしき男ぶり麒麟しづ/\と歩みたりけり
泥濘を避けて道行く禮裝の紳士とやいはむ麒麟の歩み
隙もなき伊達男ぶりやワイシャツの汚れもさぞや気にかかりなむ
ハイエナ(鬣狗)
死にし子の死亡屆を書かせける代書屋に似たりハイエナの顏は
カンガルウ
力無きばつたの如も春の陽に跳び跳びてをりカンガルー二つ
柵内の砂乾きゐて春風にカンガルー跳ぶ跳躍のさぶしも
熊
立上り禮する熊が月の輪の白きを賞でて芋を與へし
熊立てば咽喉の月の輪白たへの蝶ネクタイとわが見つるかも
象の歌
年老いし灰色の象の前に立ちてものうきまゝに寂しくなりぬ
象の足に太き鎖見つ春の日に心重きはわれのみならず
心はれぬ様に煎餅を拾ひゐる象はジャングルを忘れかねつや
× ×
子供一人菓子も投げねば長き鼻をダラリブラリと象徘徊ほる
花曇る四月の晝を象の鼻ブラリ/\と搖れてゐたりけり
徘徊ほる象の細目の賢し眼に諦觀の色ものうげに見ゆ
この象は老いてあるらし腹よごれ鼻も節立ち牙は切られたり
象の顎に白く見ゆる毛剛げにて口には涎湛へたるらし
鰐魚の歌
さきつ年アフリカゆ來し鰐怒り餌を食はずして死ににけりとぞ
故もなく處移されて知らぬ人の與ふる食を拒みけむかも
飢ゑ死にし鰐の怒りを我思ふわれの憤りに似ずとはいはじ
蝙蝠
小笠原の大蝙蝠は終日を簑蟲のごとぶら下りたり
晝を寢る倒さ蝙蝠よく見れば狡げなる目をあいてゐにけり
手の骨の細く不気味き蝙蝠はひねこび顏に何をたくらむ
穴熊
うつし世をはかなむかあはれ穴熊は檻の奧處にべそをかきゐる
穴熊の鼻の黒きに中學の文法の師を思ひいでつも
穴熊の鼻の黒きが気になりぬ家に歸りて未だ忘れず
雉
春の陽を豊かに浴びてさ野つ鳥雉子は專ら砂浴びてゐる
家つ鳥鷄の匂を思ひけり野つ鳥雉の小舍の前にして
梟
何處にか汝が古頭巾忘れ來し物足らぬ気ぞ汝の頭の
大きなるおどけ眼も陽の中に見えぬと思へば哀れなりけり
猪
藁屑と泥にまみれてぼやきつゝ猪の口うごめきあさる
カメレオン
日に八度色を変ふとふ熱帶の機會主義者(青き魔術師)カメレオンぞこれ
蠅來ればさと繰出すカメレオンの舌の肉色瞬間に見つ
長く圓き肉色の舌ひらめくやカメレオンの口はたと閉ぢけり
カメレオンが木に縋りゐる細き尾のくる/\と卷く卷きのおもしろ
カメレオンの胴の薄さや肋骨も翠なす腹に浮きいでて見ゆ
鵜の歌
豆州稻取海岸にて
山直ちに海に崩れ入る岩の上に飛沫浴びつゝ鵜は立ちてゐる
我が投げし石はとどかず崖下の
氷雨しぶかふ荒磯の鵜に
たちまちに海黒み來ぬ
巖の上の鵜の聲風に吹消されつゝ
雨まじり吹く風強み岩の鵜は
翼收めてこらへてをるも
鸚鵡の歌
まどろみゐてふと眼をあけし
赤羅鸚鵡我を見いでて
意外気なり
緋衣の
大嘴鸚鵡我を見てまた
懶うげに眼をとぢにけり
娼婦の
衣裳を纒へる哲学者鸚鵡眼をとぢもの思ひをる
いにしへの達磨大師に似たりけり緋衣曳きてものを思へば
眼をとぢて日にぬくもれる緋鸚鵡の頬の毛
脱けていた/\しげなり
緋に燃ゆる胸毛に
嘴を挿入れて鸚鵡うつ/\眠りてゐるも
麻の實をついばむ鸚鵡かたへなる我を無視してひた
食みに
食む
嘴と嘴
疾く動きつゝま
つ黒の鸚鵡の舌はまるまりて見ゆ
麻の實の殼を猛烈に
彈き飛ばす
赤羅裳鸚鵡ひたむきなるを
年老いし大赤鸚鵡
翼さきの瑠璃色なるが伊達者めきたり
小蝦の歌
――土肥海岸所見――
潮ひきし岩のくぼみの水溜り
許多小蝦の影ひそみゐる
飴色に
陽に透きとほる小蝦らの何か驚きにはかに乱る
幾多の小蝦隱れし砂煙やがて靜まり水澄みにけり
砂煙の砂の一粒一粒が音なく沈み蝦隱れけり
黒鯛の歌
――土肥釣堀にて――
巖陰はさ青に透り黒鯛の尾鰭白々と
妖しく
翻る
洞窟に光は入らず黒き水の湧くが如くに黒鯛
群るる
仔山羊の歌
熱川の浜に一匹の仔山羊あり
海に向ひてしきりに啼く
その聲あはれなりければ
荒濱に仔山羊が一つ啼きてをりあはれ仔山羊は何を
欲りする
大島も黒雲がくり隱れけり仔山羊は何を見らむとすらむ
曇り日の海に向ひて立ち啼ける仔山羊は未だ角みじかかり
潮風にみじかき髯を吹かせゐる仔山羊の眼ぬち哀しと思ふ
●表記について
- このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
- 「くの字点」は「/\」で、「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。
- 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
- 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。
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