四
さて、堅田の顔丸の丸彦は、腰に刀をさし、片手に、鉄づくりの鞭をたずさえ、片手には、たのしい法螺の貝をもって、毎日、出あるきました。そして、怪しい者でもうろついてはいないかと、しらべてあるきました。
しかし、悪者の手がかりさえ得られませんでしたし、第一、観音様についてのふしぎなうわさも、どこから出たものやらさっぱりわかりませんでした。
ところが、ある日のことです。山奥の方をしらべあるいて、そして夕方になってから帰りますと、山の裾のさびしい野原に、馬をつれた男が、ひとりで酒をのんでいました。
その男は、背中にけものの毛皮をつけ、足にわらじをはき、腰に大きな山刀をさして、猟師のようにも見えましたが、なんだか、ひと癖ありげなようすでした。
それが、草の上にあぐらをかいて、徳利と茶碗を前において、酒をのんでいるのです。
なお怪しいのは、そのわきに、馬が一頭、木につないでありました。そのへんに見なれない大きな馬で、栗色の毛なみはつやつやとして、額のまん中に白いところがあり、四つ足とも、ひずめの上の方だけが白毛で、じつに珍らしいりっぱな馬です。
顔丸の丸彦は、その男のそばに立ちどまって、じっと男を見つめました。もしやこの男が、へんなうわさをいいふらしてあるく悪者ではないかと、そんな気がしてなりませんでした。
男はじろりと丸彦を見あげましたが、だまって酒をのみました。
丸彦はそこにかがんで、だまったまま[#「だまったまま」は底本では「だまってまま」]、男の茶碗をとって、徳利から酒をついで、ぐっと一口にのみほしました。そして男をじっと見ました。
こんどは男が、茶碗に酒をついで、一口にのみほして、そしてじろりと丸彦を見ました。
丸彦はまた、茶碗をとって、酒をついで、一口にのみほして、そして男をじっと見ました。
男もまた、茶碗に酒をついで、一口にのみほして、丸彦をじろりと見ました。
ふたりとも、ひとことも口をききませんでした。
やがて、丸彦は立ちあがって、馬のそばにいき、そのみごとな姿をじろじろながめました。
男はあぐらをかいたまま、だまって丸彦の方を見ていました。
その時、丸彦はとつぜん、右手の大きな法螺の貝を、馬の耳もとにくつつけて、息いっぱいに、ぶうぶうと吹きならしました。
馬はおどろいてとびあがり、男はおこって、山刀をぬいてとびかかってきました。
丸彦は一足よけて、鉄づくりの鞭を左手にふりかざし、男のほうをあしらいながら、右手の法螺の貝をなお吹きならしました。馬はますますおどろき、たけりくるって、綱をひききったはずみに、いっさんにかけ出しました。それを見ると、男はびっくりして、丸彦の方をすてて、馬のあとを追って走りだしました。
丸彦は、はははと笑いました。けれどやがて、笑いやめて、法螺の貝で額をこつんと叩きました。
「しまった。あの男は怪しい奴だ。あれをつかまえるのだった」
しかしもう、馬も男も、どこかへいってしまって、姿は見えませんでした。
丸彦は、そそっかしいことをしたとくやみながら、家の方へかえっていきました。
野原をよこぎり、小さな丘をこえて、川づたいに帰っていきますと、その川の岸の柳のこかげに、なにか大きなものがつっ立っていました。もう、うす暗くなっていましたが、よく見ると、それが、さっきの馬だったのです。道に迷って、川岸にぼんやり立ちどまっているのです。
男の姿はどこにも見えませんでした。
「せめて、馬でもつかまえてやろう」
丸彦はそういって、しずかに歩みよって、まんまと馬をつかまえました。
つかまえてみると、なおさらりっぱな馬でした。これほどの馬は、どこをさがしても見つかりそうもありませんでした。
丸彦はすっかりうれしくなりました。その馬にのり、法螺貝をこわきにかかえて、家へ帰りました。
そして丸彦は、長彦にあって、馬をいけどりにしてきたわけを話し、馬のじまんをしました。
長彦はいいました。
「なるほど、これはりっぱな馬だ。しかし、この馬をつかまえてきたことが、よいことになるか、悪いことになるか、いっそう用心しなければなるまい」
「私がひきうけます」と、丸彦はいいました。
丸彦はただ、馬のことがうれしくてたまりませんでした。そして、観音様のお堂のそばに、りっぱな馬ごやをつくりました。
五
それから、しばらくたちますと、なんとなく、怪しいことが目につくようになりました。
観音様にお詣りにくる人たちの中にまじって、目つきの鋭い、へんな男が、こっそりようすをうかがってるようでもありました。夜なかに、観音様のお堂のあたりで、物の音がすることもありましたし、馬がにわかに動きまわることもありました。庭のあちこちに怪しい足跡がついていることもありました。
そして、ある夜、おそく、馬ごやの中で、馬がひどくあばれだしたようで、それからまた静かになりましたが、かねて気をつけていた顔丸の丸彦は、そっとおきあがって見まわりにいきました。
月が出ているはずでしたが、霧のふかい夜で、うす暗くぼうっとしていました。すかしてみると、馬ごやの前に、黒いみなりの男が立っていて、馬ごやの中をのぞいていました。
丸彦はかけよるが早いか、男の頭を、鉄づくりの鞭でぴしりと打ちつけ、男がちょっとよろめいて立ちなおるところを、こんどは、そのわき腹を足でけりあげました。男は気絶してばったり倒れました。
けれど、丸彦はもうその男にかまっておれませんでした。そのすぐむこうに観音様のお堂の前に、もひとり、大きな男がつっ立っているのです。
やはり黒いみなりで、ひげをぼうぼうとはやした大男でした。恐れるようすもなく、丸彦の方をじっとにらみつけていました。
丸彦も大男をじっとにらみつけました。
大男は一足すすんで言いました。
「おまえは堅田の顔丸の丸彦か」
「そうだ。おまえはなにものだ」と、丸彦はいいました。
「おれは、鞍馬の夜叉王だ」
そして、ふたりはしばらくにらみあっていましたが、夜叉王は、地面に倒れている男をさしていいました。
「その男をもらっていくから、こちらにわたせ」
「わたさないぞ。ほしかったら、腕ずくでとってみろ」
そういって、丸彦は鞭を捨て、両手を広げてつっ立ちました。夜叉王も、腰の大きな刀をそこにおき、両手をひろげてつっ立ちました。
二人は、やっと組みついて、互いにあいてをねじ伏せようとしました。
丸彦はおどろきました。夜叉王の強いことといったら、まるで地面からはえぬいた岩のようで、押しても引いても手ごたえがありません。うんうんもみあっているうちに、丸彦は下におさえつけられました。
ところが、夜叉王はそれから丸彦ののどを[#「丸彦ののどを」は底本では「丸彦のどを」]しめつけようとしましたので、丸彦はそのすきをねらって、はねかえし、夜叉王の足をすくって、うまく夜叉王をおさえつけました。
丸彦はけんめいに夜叉王を押さえつけながら、頬をふくらまして、息のかぎり、法螺の貝の音のまねを口で吹きならしました。
先ほどからの騒ぎと、今また、法螺の貝のまねの音を、聞きつけて、下男たちが出て来ました。
顔長の長彦も出て来ました。そしてとうとう、おおぜいで、夜叉王をしばりあげてしまいました。
気を失って倒れている男も、息をふきかえさしてしばりあげました。この男こそ、先日、野原で馬をつれて酒をのんでいたやつでした。
さて、こうなってみると、夜叉王も、さすがに覚悟がよく、すらすらと白状しました。――鞍馬の夜叉王は、鞍馬山のおくにいる賊のかしらでした。堅田の観音様の像のことをきいて、悪いことをたくらみました。それは、観音様を盗み出し、足に泥をぬってもとにもどし、そして手下共にいいつけて、いろいろなことをいいふらし、たくさんおさいせんが集まったところを、盗んでしまおうと考えたのでした。
ところが、夜叉王は、ゆっくりしておられないことになりました。京の都の大臣の所から盗んできた馬を、顔丸の丸彦にうばいとられてしまいましたし、その馬のことをよく知っている坂の上の朝臣が、堅田にやって来られるそうでした。坂の上の朝臣は、もうすぐ来られるはずでしたから、どうあっても、その夜のうちに、馬を取り返し、おさいせんも盗んでしまうつもりで、だいたんにも手下とふたりきりで、忍びこんで来たのです。
「ひどいやつだ。うち殺してしまいましょう」と顔丸の丸彦はいいました。
「いや、まちなさい 私に[#「まちなさい 私に」はママ]考えがあるから……」と顔長の長彦はいいました。
そして、鞍馬の夜叉王とその手下は、堅田の兄弟の所につなぎとめられました。
六
坂の上の朝臣は、はたして、堅田にやって来られました。堅田の顔長の長彦とは前からのしりあいでした。
朝臣は、堅田の観音様のふしぎなうわさをきかれて、顔長の長彦を疑われたわけではありませんが、いろいろ怪しいことのある世の中でしたから、じっさいのようすを見とどけに来られたのでした。そしておどろかれたことには、京の大臣の所で悪者に盗まれたあのりっぱな馬が、とりおさえられていましたし、うわさのたかい鞍馬の夜叉王がつかまえられていました。
それについて、顔長の長彦の話を聞かれて、坂の上の朝臣が満足されたことは、申すまでもありません。そしてこれから先のことについても、ことごとく、長彦の考えに賛成されました。
あの観音様の像は、またどういうことで、悪者どものために、よくないことに使われるかわからないから、琵琶湖に捧げて沈めることにしよう、というのです。観音様のうちにも、魚籃観音というのがあって、水に関係のふかいかたがあるし、また、水天という水の中の神さまもあることだし、あの観音様に琵琶湖の護り主となっていただこう、というのです。
さて、その日になりますと、ありがたい観音様が、琵琶湖の護り主となって、水にはいられるというので、おおぜいの人たちが湖水のふちに集まりました。そこの岸には、紫色のはっぴをきた水夫たちが、洗いきよめた船を用意していました。その船の方へ観音様は進んでいかれました。
まっ先に、三井寺から迎えられたお坊さんが行き、次に、観音様をせおっている鞍馬の夜叉王がつづき、堅田の顔丸の丸彦がうしろから見はりをし、そのあとに、堅田の顔長の長彦と、坂の上の朝臣がならび、さいごに、めしつかいの男や女がしたがいました。
人々はどよめきました。
お婆さんが、地べたにかがんで、観音様をふしおがみました。船頭のおやかたが膝まずいて、観音様にそっと手をふれてお祈りをしました。それから、多くの人たちが、観音様をそっとなでて、それぞれになにか祈りました。
するうちに、観音さまをせおっている夜叉王が、しだいに苦しそうな息づかいをし、汗をながしました。観音様がだんだん重くなっていくようでした。
夜叉主としては、こんなにみんなから敬いあがめられている観音様を、わるだくみのたねに使ったことが、とてもくやまれてならないからでした。
そして船の近くまで来ると、夜叉王は心の苦しみにたまりかねて、ばったり倒れました。その時、額をうって、傷をうけ、黒い血がだらだら流れました。
夜叉王はまた起きあがりました。額からはもう、赤い血が出ていました。そして、泣きながら顔長の長彦に頼みました。
「私も、観音様といっしょに、水にはいらせてください。観音様のおともをして、いつまでも、この湖水を護りとうございます」
それは、真心のこもった言葉でした。長彦はじっと夜叉王のようすを見、深くうなずいていいました。
「今日は、そういうわけにはいかないが、お前のことは、私が考えておいてあげよう。私にまかせておくがよい」
そうして、一同はめしつかいたちを残して、船にのりこみました。
船は沖へこぎだしました。沖の深い所までいくと、そこで、観音様はしずかに水へはいられました。
坂の上の朝臣のはからいで、鞍馬の夜叉王のことは、すっかり顔長の長彦にまかせられ、京の大臣の馬は、顔丸の丸彦がもらいうけました。
鞍馬の夜叉王は、もうまったく、よい心にたちかえっていました。そして、丸彦にとらえられている手下の心も改めさせ、つづいて、鞍馬山のおくに残っていた手下どもも、心を改めさせました。
顔長の長彦は、夜叉王がためていたお金を、貧しい人たちにくばってやりました。
それから、観音様に集まっているおさいせんをもとにし、じぶんもお金を出し、ほかからもお金をきふしてもらって、夜叉王のために大きな船をこしらえてやり、その船で、琵琶湖じゅうをあちこち、客をはこんだり荷物をはこんだりさせました。
そのために、琵琶湖は大変便利になりました。そして、どんな暴風雨の時にも、夜叉王の船はびくともしませんでしたし、また、あの観音様が水にはいられた所には、波が少しも立たなかったということであります。
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