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どぶろく幻想(どぶろくげんそう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-13 7:37:03  点击:232  切换到繁體中文

四方八方から線路が寄り集まり、縦横に入り乱れ、そしてまた四方八方に分散している。糸をこんぐらかしたようだ。あちこちに、鉄の柱の上高く、または地面低く、赤や青の灯がともり、線路のレールを無気味に照らしている。ぱっと明るくなり、轟々と響く。それが右往左往する。電車や汽車が通るのだ。長く連結した、窓々の明るい、汽車、電車。姿も黒く、窓々も暗い、汽車、電車。通る、通る、通る。やたらに通る。網目のような架線。電気のスパーク。石炭の黒煙。白い蒸気。高い台地の裾に繰り広げられてる線路の輻輳。駅はどのあたりやら見当もつかない。どうしてこうめちゃくちゃに線路を寄せ集めたものか。
 中ほどに高い土手があり、土手の上が道路だ。下方は幾ヶ所も刳り抜かれて、線路が通っている。土手は二つに分れて、その先が木造の陸橋。どこへ通じているのか、通る人もない。その土手上の道路にふらりと踏み込み、右に落ちても左に落ちても直ちに汽車か電車に轢かれることを思い、空を仰いで星々の光りの淡いのを眺め、肌寒い気持ちで後に引っ返した。その時から、方向を取り失ってしまった。
 東西南北の方向、固より厳密なものではなく、だいたいの見当に過ぎないのだが、それが道行く時の指針となる。ただに人里遠い平野に於てばかりでなく、都会の街路においても、酔ってる時にはそうだ。多くの人は、たとい酔っても方向など頼りにせず、ほとんど意識しないらしいが、俺にとっては方向が最上の頼りである。通り馴れた街路でも、深夜、方向の指針を失うと、どちらへ行ってよいか分らないし、電車に乗っても、車の走る方向に錯覚を起すと、全く不安になってくる。より多く動物的なのであろうか。
 あの線路の輻輳地帯から、引っ返して、歩いて行ったが、もうすっかり、方向の指針を失っていた。第一、ひどく酩酊していた。立ち止って深呼吸をやってみても、酔いを感ずるだけで、方向の感覚は蘇って来ない。
 それでも、とにかく歩いて行った。ずいぶん歩いた。街路はぎらぎら明るくなったり、闇に沈んで暗くなったりし、俺は前に進んだり、後に戻ったりした。どうしても辿り着きたかったのだ。酔いの一徹心で、是非とも、周伍文のところへ行って、あのうまい濁酒を飲みたかった。もう十日間ばかり無沙汰していたのである。ずいぶん歩いた。
 それらしい曲り角が漸く分った。だが、暫くして、またも方向が分らなくなった。その辺、空襲の焼跡で、荒れるがままに見捨てられ、名も知れぬ雑草が茫々と生えていた。高い煙筒や壊れかけたコンクリート塀などが残っていた。もうだいぶ夜更けなのだろう。通行人も見当らなかった。
 雑草の中にわけ入り、腰を下して、煙草を吸い、方向を考え、そして……何をしていたやら。
 淡い月がいつのまにか出ていた。
 見覚えのある女の顔が、俺の方を覗きこんだ。見覚えはあるが、どこの誰だか分らなかった。淡緑のセーターを着て、青いズボンをはいている。
「野島さん……。」
 秋の夜気が身にしみて、へんにぞっとし、そして初めて分った。なあんだ、周伍文のおかみさん、千代乃さんじゃないか。
「こんなところで……どうなすったの。」
 立ち上ったが、躓きかけた。
「道がすっかり分らなくなった。」
「いらっしゃい。こちらですよ。」
 歩きだして、はっきりした。周伍文の店の近くなのだ。
 表の戸は半分しまり、半分だけ開いていた。つかつかとはいってゆくと、そこの土間には客はなく、奥の小部屋で、周さんとも一人、差し向いで飲んでいた。
 周伍文のこの店はありふれた小さな居酒屋で、おでん、焼酎、安物のウイスキー、などが並んでいた。だが、置台の横手の通路をはいると、奥にまた狭い土間があって、そこでは、懇意なお客が特別なものを味った。豚肉や鶏肉や魚類の中華料理、どれもみなうまかった。それから殊に、上等の濁酒があった。粟で造った薄味のものとか、雑菌がはいってる酸味のものとか、あんなのではない。白米で厳密に製造した、真白なこってりした最上品だ。
 俺は毎晩のようにここに通ったものだ。ただこの十日間ばかり、心に深い悩みがあり、うらぶれて、馴染みの場所を避け、なるべく見知らぬところを彷徨していた。
 俺の姿を見ると、周さんは立ち上って来て、手を執り、はげしく打ち振った。
「待っていましたよ。なぜ来ませんでしたか。どうしていましたか。なぜ来ませんでしたか。」
 言葉はせっかちだが、へんに俺の顔色を窺ってるような眼色だった。
 俺の方でも、なんだか、周さんの顔色を窺うような気持ちだった。
 周さんの相手の男は、もう五十年配の同国人で、俺も何度か顔を合せたことがある。その男へ、俺の知らない言葉で周さんはべらべら饒舌りたて、相手はなんども頷いた。
 そこの、腰掛に落着き、卓子に片肱でもたれかかり、甘酢の鶏肉をさかなに、温い真白な濁酒をあおっていると、俺はもう口を利くのも懶くなった。
 周さんは、その同国人へは俺の知らない言葉で、俺には俺の知ってる言葉で、こもごも話しかけた。それが却って遠慮ない態度に見えた。
「あんた、いいところへ来ました。もう、どぶろくも無くなりかけた。今晩、飲んでしまいましょうや。」
 ばかなことを言ってる。無くなったら、新たに仕入れすればいいじゃないか。周さんももう酔ってるようだった。それでいて、濁酒のお燗なんか自分でしていた。
「つねちゃんは……。」
 つねちゃんという若い女中がいたはずだ。
「暇をだしましたよ。今は、わたし一人きり。」
 俺はあたりを見廻した。千代乃さんはどうしたんだろう。
「千代乃さんは、また出かけたの。」
「千代乃……もうわたし、諦めています。死んだ者は仕方ない。」
「死んだ者……。とぼけちゃいかんね。さっき僕は、そこで逢ったんだから。」
 周さんは腰を浮かした。じっと俺の顔を眺めた。
「あんた、なにも知らないんですか。」
 俺はへんな気持ちで、周さんの顔を窺った。
 周さんは突然、すっかり立ち上って、俺の腕を捉えた。
「千代乃に逢った……ほんとに逢いましたか。」
「逢ったとも。あっちの、焼跡のところで……そして、一緒に、ここへ来たはずだが……。」
「たしかに千代乃ですか。」
 間違いはなかった。言葉まで交わしたのだ。けれども、連れ立って歩いてきて、それから、後のことは、ぼーっとしていた。はぐれた、というより、彼女は消えてしまった感じだ。説明のしようがなかった。
 周さんは俺の腕を離して、こんどは、同国人の腕を捉え、俺の知らない言葉でしきりと饒舌り、そしてふいに、卓上に顔を伏せて泣きだした。その肩を相手は軽く叩きながら、低い声でなにか言った。
 やがて、周さんは涙の顔を挙げた。
「千代乃はあんたに好意を持っておりました。その話、ほんとうに違いありません。わたしも、あれから、千代乃に逢ったことあります。」
 しんみりした空気になって、俺は事の次第を尋ねかねた。ただ酒を飲むより外はなかった。
 掛時計が十一時を打つと、周さんの同国人は立ち上り、周さんと短い言葉を交わして、帰っていった。
「さあ、あらためて飲みましょう。今晩はつきあって下さいよ。それより、先ず、話を聞いて下さい。」
 周さんはいろいろな料理を持ち出した。ありったけの御馳走と言ってもよかった。俺はもう食べられなかった。その代り、濁酒をたくさん飲んだ。周さんはよく食いよく飲んだ。酔っ払って、二人とも、話はしどろもどろだったが……。
 千代乃はほんとに死んでいた。家から逃げ出すとたんに、追っかけられて捕っては危いと思いつめたものか、かねて所持していた毒薬を呑み下し、そして駆け出したが、あの焼跡のあたり、俺が彼女に逢ったあの辺で、もう毒が廻って苦悶し、雑草の中にぶっ倒れて、息が切れたのだ、と想像される。
 早朝に発見されたその死体は、やがて解剖されたが、死因は毒薬以外には何もなかった。
「わたしが千代乃に逢ったのも、あの辺でした。」と周さんは言った。
「通りかかると、誰か、影のようにぼんやり立っている。それが千代乃です。一度は闇の中で、一度は霧の中でした。思いが残ったに違いありません。」
 千代乃は周伍文によく尽してくれた。中国の戦争、次で太平洋の戦争、そのために周は東京での生活が次第に窮屈になり、横浜の知人の家に身をひそめたが、千代乃は横浜にまでついて来てくれた。料理屋の女中をしながら、陰に陽に周を庇護し、周も彼女を頼りにした。
「言ってみれば、千代乃のスカートの中に、着物の裾の中に、わたしは頭を突っ込んで、そしてそんな時、最も安らかに息が出来るのでした。」
 戦後、東京の今の家に戻って来て、飲屋を始めてからも、千代乃は実によく働いてくれた。
 ただ、お互に、一つずつ祕密が出来た。
 当時の飲屋のことだから、ヤミの品物を扱うのは止むを得なかった。それから、第三国人は税金を免れることが出来た。それに眼をつけて、地廻りの男がよく飲みに来た。金を払う時よりも、払わない時の方が多かった。店の景気がよくなってくると、土地でも有力な尾高一家の者まで、ちょいちょい顔を見せるようになった。尾高自身も来た。その尾高の強請によって、千代乃は三万円の金を融通してやった。それが彼女の唯一の祕密だったのだ。
「女の祕密なんか、どうせばれるにきまっております。」と周さんは言った。「いや、ばれない前に、自分から白状しますよ。千代乃も自身から進んで、その祕密をわたしに明かしました。」
 そこで、周は尾高に向って、元金返済の催促をし、延びるようならば、月五歩の利子を払って貰いたい、と談判した。
「親兄弟の間だって、金を貸せば利子を取ります。誰が無利子で金を貸す者がありますか。今時、月五歩の利子といえば、たいへん安いものです。わたしが尾高さんに月五歩の利子を請求するのが、どうして悪いことがありますか。正当な権利ではありませんか。」
 尾高もさすがに、千代乃から金を借りていないとは言わなかったが、利子の件はそっぽ向いて取り合わなかった。そしてそれからは、濁酒の極上品の仕入れ先はどこかと、しつっこく千代乃に尋ねかけた。だが、その仕入れ先こそ、周伍文の唯一の祕密だったのである。固より、自家で造っているものではなかった。
「誰にも言ってくれるな、よろしい、誰にも言わない、そういう約束です。男と男との約束です。信用の問題です。人間としての信義の問題です。日本のひとは、約束を破って、祕密をもらすことを、自慢にさえしているようですが、わたしどもは違います。一旦誓った約束ならば、たとえ女房に対しても守ります。わたしは千代乃に、どぶろくの仕入れ先を、決して明かしませんでしたよ。」
 その仕入れ先を、尾高がどうしてああまで知りたがったのか、理由ははっきりしない。つまりは、統制経済違反の確証を握って、周伍文を脅迫する意図だったとも見える。そして千代乃にしつっこく迫ったが、千代乃自身知らないこととて、何の手掛りも得られなかった。それを尾高は千代乃の強情のせいだと思ったらしく、悪どい手段に出た。詳しいことは分らないが、女中の言葉などを綜合してみると、尾高は周伍文の不在をねらい、子分を二人も連れてきて、卓子に短刀を突き立て、罵詈雑言や脅迫の限りをつくしたらしい。千代乃は恐らく逆上の態で、とっさに毒を呑んで逃げ出し、そして草原で死んだ。
「純情といいますか、判断力が乏しいといいますか、可哀そうです。」
 周さんは卓子に顔を伏せて、またも泣くのだった。
 だが、俺の頭には、千代乃さんの死がさほど深刻なものとは映らなかった。人おのおのの立場によるありふれたものとさえ思えた。何かのきっかけに依るもので、例えば、一足踏み外して階段から転げ落ちるようなものじゃないか。
 実のところ俺は、死というもの、自殺というものを、漠然と考えていたのだ。漸く探りあてた一筋の人の心の誠実さ、真心が、ごく些細なことのために壊れかけるのを、見てきた。それが壊れ去った後は、人は完全に孤独だ。その孤独の中では、自殺も無理なくしぜんに行なわれる。場所と方法も自由に選択出来る。ぎりぎりの切羽つまった、どうにもならないものではない。
 今日見た線路の輻輳地帯、いつもと違った道筋を取ったので初めて見たのだが、あすこでも、人はいつでも死ねる。一歩誤れば否応なく轟々たる車輌に轢かれる。だが、俺はあんなところで死にたくはない。だからぞっとして引っ返した。
 俺の頭にはいつとはなく津軽海峡が浮んでいた。特別の理由はなく、しぜんに浮んできたのである。交通が自由ならば朝鮮海峡でも差支えないが、それはだめ。そこで、津軽海峡の青函連絡船。いつでも誰でも乗られる。敗戦後の日本には思いがけない立派な船だ。航程約五時間余。食堂で思いきり食べ思いきり飲むんだ。それから船の甲板をぶらつく。勿論夜分のこと。秋の夜の冷い潮風に吹かれて船室外をぶらついてる者など、恐らくあるまい。ただ俺一人。海峡の中ほど、夜気は冴え、海は暗く、空も暗い。その空に星を仰ぐ、オリオンでもスバルでも何でもよい。いや、赤い北極星がよかろう。北極星を仰ぎ見て、そのとたん、舷側の欄干の間から身を躍らす。体は宙に流れて、意識はもう茫とかすみ、海面との衝撃が最後の火花となり、あとは黒闇々の虚無の底。
 船は航行を続ける。俺自身の一片だに後に残らない。だが、波浪のまにまに弄ばれる俺の体の、眼球の底の網膜には、北極星の映像が暫くは残るだろう。このオプトグラムが俺の最後の存在。
 自由意志による方法の選択と、決行後の確実不可避な結果、これこそ真の自殺と言うべきではないか。
 千代乃の場合、あるいは最後に星を仰ぎ見て、それが彼女のオプトグラムとなったかも知れないけれど、それはただ偶然のチャンスで、俺が理解する自殺の決意なんか、毒薬を嚥下する際にも果してあったであろうか。切羽つまった羽目なんてものは、人生にはありがちなもので、そして大した意味はない。
 周さんが泣くのを、俺はぼんやり見守るきりだった。
「日本人のうちで、ほんとうに心からわたしを愛してくれたのは、千代乃一人です。」
 一人あれば充分ではないか。二人も三人もと、慾張っちゃいけない。俺だって、たった一人を求めてきた。

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