ふしぎな地図
太郎と一郎は、料理屋によって、いろんなおいしいものを買い、それを折り箱に詰めてもらいました。そして、一郎のおじさんの、手品使いの老人のところへ行きました。だんだんからだがきかなくなって、もう寝てばかりいるのだそうです。だから一郎はひとりで、下手な手品(てじな)を使って、働かなければならなかったのです。
町はずれの、汚い小さな宿屋でした。
「そっとはいるんだよ。おじさんはよく眠ってることが多いから……」
と、一郎は言いました。
部屋にはいると、片隅に、薄い布団(ふとん)にくるまって、老人がすやすや眠っていました。一郎と太郎は、そっと窓のほうに行って、そこに座りました。
小さな戸棚(とだな)が一つあるきりの、がらんとした、さびしい部屋でした。戸棚の上に、剥製(はくせい)の白い鳥がおいてありました。
窓から外を見ると広い荒地(あれち)で、その先の方に、赤くにごった池があって、柳の木が二、三本立っていました。そのにごり池と、ひょろひょろした木とを眺めていると、太郎はもの悲しくなってきました。
「さびしい所だね」
と、太郎は言いました。
「でも、馴(な)れるとそんなでもないのよ」
と、一郎は言いました。
「あの池ね、どうしてあんなに赤くにごってるんだい」
「まわりが赤土だからだよ」
「魚も何もいないだろうね」
「いないよ」
「つまらないね」
「それでも、水鳥(みずとり)が時々くるんだよ。ああ、おもしろいものを見せようか」
一郎は、そっと立っていって、戸棚(とだな)の上の剥製(はくせい)の鳥を持ってきました。それは、鷺(さぎ)に似た白い鳥でしたが、不思議に、長いくちばしが頭の横っちょについていました。
「これね、おじさんが大事にしてる鳥なんだよ。そして何度も、おかしな話を聞かしてくれるんだよ」
一郎はその話をしてくれました。
あるところに、くちばしを二つ持ってる鳥がいたんだって。長いくちばしと、短いくちばしと、二つあるんだよ。その鳥が、池のふちに立っていた。おおかたあすこに見えるような、にごった池なんだろう。食べるものがない。鳥はお腹を空かして、池の面(おもて)をじっと見ていた。けれど、一匹の小さな魚も泳いでいない。それで、長いくちばしは短いくちばしに言ったんだよ。
「おまえ、そのへんのごみの中をつついてみないか。何かいるかもしれないよ」
「いやだ」
と、短いくちばしは答えた。
「こんな汚いごみの中をつっつくのはいやだ。おまえがつっついたらいいじゃないか」
そして二つのくちばしは、喧嘩(けんか)を始めたんだよ。長いくちばしはお腹が空いて困るから、ごみの中をつっついてみろと、短い方に言うし、短いくちばしは、えてかってなことを言う奴だと、長い方を怒ったんだよ。いつも何かうまいものがあると、長い方が先に食べてしまった。森の中で美しい果物を見つけたり、川の中できれいな魚を見つけたりすると、長いくちばしが先にそれをつっついて、短いくちばしには、皮(かわ)や骨(ほね)しかくれなかった。それを、短いくちばしは怒っていたんだよ。
――「だって、いいじゃないか」
と、長いくちばしは言った。
――「お前とおれとは、一つの腹きり持っていないんだから、おれが食べたって、お前が食べたって、同じことじゃないか」
――「違うさ」
と、短いくちばしは言い返した。
「お前はいつもうまいものを味わってるし、おれはまずいものばかり、味わってる。不公平(ふこうへい)だ」
――そして、いくら言い争ってもきりがないし、しまいにはどちらも黙りこんでしまった。けれど、やはり食べるものはないし、お腹は空いてくるので、長いくちばしはまた、短いくちばしに向かって、そのへんをつっついてみろと言いだしたんだ。短いくちばしはほんとに怒っちゃって、どうなろうとかまうもんかという気で、ごみの中や泥の中をやたちにつっつきまわしたよ。
――すると、食べるものはなんにもなかったが、泥の中から、大きなものがにゅっと出てきた。よく見ると、亀(かめ)の首なんだよ。
――「危ない、危ない」
と、長いくちばしは叫んだ。
「もうやめろよ。亀(かめ)に食いつかれたら、死んじまうじゃないか。危ない」
――「なに、かまうもんか」
と、短いくちばしは言った。
「おまえが無理にさせたんじゃないか。死んだっておれの知ったことじやない」
――そして短いくちばしは、半分やけくそになって、わざと亀の頭をつっつくと、亀は怒って、その短いくちばしをくわえたんだ。大きな亀で、短いくちばしをくわえたまま、鳥全体を、泥水の中に引きずりこんでしまった。そして、両方のくちばしとも、鳥と一緒に、その汚い泥水の中で溺(おぼ)れ死んだんだよ。
――その鳥がこれだと、おじさんは言うんだ。短いくちばしは、亀にくわえられて折れたから、長いくちばしだけが残ってるんだって。だからこのとおり、横っちょについてるんだよ。
そんな話を聞いていると、太郎にはその剥製(はくせい)の鳥がおかしく思われましたし、向こうの泥水の池もおもしろく思われてきました。
「きみのおじさんは、そんな話をたくさん知ってるのかい」
「ああ、いくつも知ってるよ。もっと話してあげようか……。あ、おじさんが起きた……」
薄い布団(ふとん)に[#「布団(ふとん)に」は底本では「布団(ふとん)んに」]くるまって眠っていた老人が、からだを動かして、そして目を開いて、こちらを不思議そうに見ていました。
老人は、薄いどてらをひっかけて、起きあがりました。やせ細っていて、顔や手は日に焼けて赤黒く、髪には白髪(しらが)が交っていて、みすぼらしいようすでしたが、目だけはきれいに澄(す)んで光っていました。
一郎は太郎を紹介(しょうかい)して、これまでのことをくわしく話しました。太郎は自分のことを話しました。玄王(げんおう)の娘のチヨ子のこと、李伯将軍(りはくしょうぐん)のこと、金銀廟(きんぎんびょう)のことなどすっかり打ちあけました。そして、そうしながら、持ってきた御馳走(ごちそう)を三人で食べました。
老人はいちいちうなずいて、おもしろそうに一郎や太郎の話を聞きとりました。
「私も手品(てじな)使いをしてほうぼう歩いたことがあるから、満州(まんしゅう)や蒙古(もうこ)のことはよく知っていますよ。金銀廟のことも、行ったことはないが、話には聞いています。あんたが金銀廟を訪ねて行きなさるなら、よいものを見せてあげましょう」
老人は、押し入れの中に頭をつっこんでしばらく何かさがしましたが、やがて何枚もの白い紙と、柄(え)のついた大きな眼鏡(めがね)を、取り出しました。
「さあ、その紙を、その眼鏡でのぞいてごらんなさい」
太郎は不思議に思いながら、その白い紙をひろげて、眼鏡でのぞいてみますと……びっくりしました。ただの白い紙のようですが、その上に、ありありと、いろいろなものが浮かび出てきました。山があります、川があります、道があります、家があります、大きな塔があります、馬車があります、熊(くま)がいます……。
「わかったでしょう。それは、地図ですよ。さて、その金銀廟(きんぎんびょう)というのは……」
老人は他の紙一枚よりだして、その始めの方を指しました。そこを眼鏡でのぞいてみると……白い塔が立っていて、その上に、小さな白猫が寝ています。よく見ると、太郎のチロとそっくりで、いまにも起きあがって駆け出しそうです。
太郎は驚いてしまいました[#「驚いてしまいました」は底本では「驚いてしましいました」]。ちょうど、窓から夕日が差して、部屋の中がまっ赤になり、まるでおとぎばなしの国にいるような気もちでした。
「一郎がお世話になったお礼に、その地図をあげましょう」
と、老人は言いました。
「金銀廟まで行くには大変だから、李伯将軍(りはくしょうぐん)でも道に迷うかもしれません。だから、その地図を見ながら行くといいんです。それは不思議なインキで書いたもので、その眼鏡でなければ見えません。けれど、人に見せてはいけませんよ。地図など持ってるところを見つかると、探偵(たんてい)とまちがわれて、ひどい目にあうことがありますよ」
太郎はうれしくてたまりませんでした。もう、すぐにも金銀廟まで行けるような気がしました。白い塔……白い猫……それまでも地図に書いてあるんです。
太郎は何度もお礼を言いました。そして、おじいさんからもらった薬――肌につけて大事にしてる薬を、少し老人にわけてやりました。そして帰って行きました。
一郎がおくってきてくれました。ふたりはまた、腕を組みあわせて歩いていきました。
「きみのおじさんは変な人だね」
「なぜだい」
「変なものばかり持ってるじゃないか」
「そりゃあ、手品(てじな)使いだからね」
そして一郎は立ち止まりました。
「あ、明日の手品はどうしよう」
「そうだ、これからキシさんに相談してみよう」
ふたりは、あくる日のことを約束して別れました。
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