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金の目銀の目(きんのめぎんのめ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-13 6:50:39  点击:  切换到繁體中文

  まっ白いネコ

 九州の北海岸の、ある淋しい村に、古い小さな神社がありました。その神社のそばのあばら屋に、おじいさんとおばあさんとが住んでいました。おじいさんは、神社の神主で、ふだんは、近くの人達のためにお祈りをしてやったり、子供達にお習字(しゅうじ)のけいこをしてやったりしていました。えらい学者だとの噂(うわさ)でした。
 この老人夫婦といっしょに、十二―三歳の男の子がいました。老人達の孫にあたる子供で、早くからふた親に死なれ、ほかに身寄りもないので、ひきとられて育てられてるのでした。上野太郎(うえのたろう)という名前で、頭が大きく、生まれつき大変りこうで、その上、おじいさんからいろんなことを教わって、深い、広い知恵を持っていました。
 おじいさんとおばあさんと孫と三人は、貧乏ではありましたが、楽しく、暮らしておりました。
 ところが、冬の寒い日、おばあさんは病気になって、亡くなりました。
 悲しみのうちに、お弔(とむら)いもすみました。
 それから毎日、五十日のあいだ、太郎は、おばあさんの墓におまいりしました。雨が降っても雪が降っても、欠かしませんでした。

 五十日目の日は、珍しい大雪でした。二、三日前から降り続いていたのが、夜になって急にひどくなり、朝起きてみると、野も山も見渡す限り、一面にまっ白でした。
「あの通りの大雪だから今日は止めたらどうだい」と、おじいさんは言いました。
「いいえ、今日でお終(しま)いだから、行ってきます。だいじょうぶです」と、太郎は答えました。
 足には、ももひきの上に、きゃはんをつけ、たびを何枚もかさね、ぞうりをはき、手に毛糸の手袋をはめ、大きな頭には、おじいさんの大きな大黒帽(だいこくぼう)をかぶり、そして古いマントにくるまって、まるで人形のようにまんまるくなって、太郎は出かけました。
 雪はもう降り止んで、うすく日の光が差していました。どちらを見ても、どこを見ても、まばゆいほど、まっ白に光ってる世界です。誰も通る人もなく、犬の姿も見えず、小鳥の声も聞こえず、ただまっ白で、静かです。太郎は飛ぶようにすすんでいきました。
 街道からそれて、せまい坂道をしばらくのぼり、向こうの小高い丘の上、そこにおばあさんの墓がありました。
 太郎は墓の前の雪を払いのけ、青柴(あおしば)の枝を折ってきて供(そな)え、そして祈りました。
「おばあさん、もう五十日たちました。安らかに眠ってください。おばあさんがいなくて、ぼくはさびしいけれど……けれど……しっかり生きていきましょう」
 何度もおじぎして、そして帰りかけました。
 手足が冷たくかじかんで、身体(からだ)がこわばってくるようでした。でも、元気を出して、息をふうふうはきながら、雪を蹴散らして歩きました。
 墓地を出て、丘を下りかけ、大きな杉の木が一本立ってる曲り角まで来ましたときに、ばったり前に倒れました。
 太郎は自分でもびっくりして、頭をあげて見まわしました。そして、膝がしらで起き上がろうとすると……なおびっくりしたことには、杉の木の根元に、吹き寄せられて積もってる雪が、ひとかたまり、むくむくと動き出しました。おや……と思って、よく見ると、そのまん中に、金色と銀色との二つの玉が、ぴかりと光っています。……それが、猫でした。
 太郎は夢中に立ち上って、猫を抱きとりました。――一本の混じり毛もない、全身まっ白な小さな猫で、片方の目が金色で、片方の目が銀色で、長い尻尾(しっぽ)の毛がふさふさとして、白狐(しろぎつね)のようです。
 猫は太郎の胸にしがみついて、ニャーオ……と鳴(な)きました。
「おう、よしよし……寒いの……」
 太郎は猫をマントの中に入れてやり、上からしっかり抱きかかえて、うれしくてしようがありませんでした。もう寒さも疲れも感じませんでした。一散(いっさん)に家へ飛んでいきました。
「おじいさんおじいさん……猫がいたよ……あの大きな杉の木のところに……とてもきれいな猫ですよ」
 おじいさんは、こたつから出てきました。
「ほう、なるほど、これは珍しい、きれいな猫だ」
 太郎はマントも大黒帽(だいこくぼう)も手袋もたびも、そこに放りだして、上がってきました。
「おじいさんの髭(ひげ)より、もっとまっ白でしょう 雪より[#「でしょう 雪より」はママ]白かったんだもの……」
 おじいさんの胸までたれてる白髭(しろひげ)より猫の尻尾(しっぽ)の長い毛の方が、いっそう白くて光ってきれいでした。
「でも……どこの猫でしょう。うちにおいといて、いいかしら」
「そうさねえ、あんなところに、この雪の中にいたとすれば……ああこれは……おばあさんが、おまえに下すったのかもしれない」
「そうだ、きっとそうですよ」
 猫は少しも恐がりませんでした。御飯を食べると、こたつの上へ座わりこんでお化粧(けしょう)をしています。名前がわからないので、白いから、かりにチロとよびますと、ニャーオ……と鳴いて、返事をします。
 太郎は、チロを自分のそばから放しませんでした。夜もいっしょに寝てやりました。チロは、おとなしく太郎の腕を枕にして眠りました。
 夜中に、太郎は心配になって目をさまし、猫をなでてやりますと、猫もうっとり目を開き、その金の目と銀の目が、大きな星のように光りました。……その猫が、だんだん大きくなり、空いっぱいに大きくなり、長い尻尾が白雲のようにたなびき、二つの目が、金と銀の、まん丸なお月さまとなって、輝やきだします……。
 太郎がびっくりして夢からさめると、白い小さな猫は、太郎の腕を枕にして、すやすや眠ってるのでした。
 珍しい大雪がとけると、暖い天気が続いて、にわかに春めいてきました。木の芽が出かかり、草の葉が萌えだし、海は平に凪(な)いでいます。
 太郎はチロをつれだして、野原や海岸で遊びました。通りがかりの人達は、まっ白な美しいチロを、立ち止まって眺めました。
 りんごやなしを籠(かご)にかついでる人が、通りかかりました。
「まあ、きれいな猫ですね。どんなものを食べてるんですか」
「なんでも食べるよ」
 と、太郎は答えました。
「りんごでもなしでも、食べるよ」
「では、これも、食べさしてください」
 そしてりんごとなしを、いくつも太郎にくれました。
 みかんをかついでる人が、通りかかりました。
「まあ、きれいな猫ですね。どんなものを食べてるんですか」
「なんでも食べるよ」と、太郎は答えました。
「みかんでも、食べるよ」
 するとその人は、みかんをいくつも置いて行きました。
 大根や芋(いも)や人参(にんじん)をかついでる人が、通りかかりました。
「まあ、きれいな猫ですね。どんなものを食べてるんですか」
「何でも食べるよ」と、太郎は答えました。
「大根でも芋(いも)でも人参(にんじん)でも、食べるよ」
 するとその人は、大根と芋と人参を、たくさん置いて行きました。
 海で地引網(じびきあみ)をやりますと、いろんな魚がたくさん、ぴちぴち跳ねながら、引き上げられました。
「まてまて……」
 と、漁師のひとりが言いました。
「太郎さんの白猫に、御馳走してやろう」
 そして大きな鯛(たい)や平目(ひらめ)を、持って来てくれました。
 魚や果物や、野菜が、たくさんたまりますので、太郎もおじいさんも困りました。しまいには、それを近所の貧乏な人達に分けてやりました。

 けれどもまた、その美しい白猫を、うらやみねたむ者もありました。
 太郎がチロといっしょに野原で遊んでいると、そっと、大きな犬をつれてきて、けしかけておどかす子供がありました。チロはびっくりして、太郎の肩に飛び乗って、せなをまるくして怒っています。太郎はそのチロを胸に抱いて、相手をにらみつけてやりました。
「きみんとこのチロ、弱虫だね」
「何言ってるんだい。りこうだから、やたらに喧嘩(けんか)しないんだ」
 と、太郎は言い返してやりました。
「いざとなったら負けやしないよ。どんな高い木にだって登れるんだ」
「だけど、この犬みたいに水泳(みずおよ)ぎはできないだろう」
「できるとも。水も泳げるし、地にももぐれるし、空も飛べるし、何でもできるよ」
 言ってしまってから、太郎は、とんだことを言ったと、後悔(こうかい)しました。が、もう取り返しがつきませんでした。相手の子供は突っ込んできました。
「うそばかり言ってらあ。それじゃ、泳がしてごらん。海を泳がしてごらん」
 太郎はしばらく考えてから、答えました。
「泳がしてもいいが、濡れて風邪でもひくといけないから……そうだ、水にはいっても、毛のぬれないような薬を、持っておいでよ、そしたら、すぐに泳がしてみせましょう」
 相手の子供は困った顔をしました。そして、言いました。
「そんなら、地にもぐらしてごらん」
「いいとも。だけど、地面の中じゃあ、道に迷うといけないから……そうだ、地の中に、いっぱいローソクをつけてくれよ」
 相手の子供は困った顔を[#「困った顔を」は底本では「困って顔を」]しました。そして言いました。
「そんなら、空を飛ばしてごらん」
「いいとも。だけど、鳥じゃないから、やたらに飛ぶわけにはいかんよ。ここまでってはっきり、空中に印をつけてくれよ。すぐに飛ばしてみせよう」
 相手の子供は困って、黙りこんでしまいました。
「ほんとに、チロはなんでもできるんだよ」と、太郎は言いました。
「だけど、めったにしないだけなんだ」
 そして、かれはチロを抱いて、帰って行きました。
 そういうことがあってから、太郎はなんだか心配になってきました。おじいさんは笑いました。
「心配することはないよ。猫というものは、なかなかえらいやつで、犬なんかに負けはしない」
 それでも太郎は、安心しませんでした。家にいるときでも、始終、眠ってまで、チロのことを気にしました。いっしょに外に出かけるときには、そのそばを離(はな)れませんでした。チロは駆けまわって、草の中に隠れたり、木に登ったり、石ころにじゃれたりしました。そのあとを追っかけて、太郎も駆けだし、息を切らしました。そして、チロ……チロ……と呼ぶと、チロはすぐに駆けてきて、彼の胸に飛びつきました。

    

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