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銀の笛と金の毛皮(ぎんのふえときんのけがわ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-13 6:49:30  点击:  切换到繁體中文


      四

 エキモスはたのしく眼をさましました。ゆうべのことをかんがえると、うれしくてたまりませんでした。あの人たちが、あんなによろこんで元気よく食事をしたことは、いままでにありませんでした。
 エキモスはたくさんの金貨を宿の主人にあずけて、ゆうべの人たちがきたら食事をさせてくれるようにたのんで、都のなかを見物にでかけました。
 いろいろな店がありました。いろいろな人がとおっていました。公園や博物館などもありました。
 夕方はやく、エキモスは宿にかえって、ゆうべの人たちをまちうけました。が、その人たちは、夜になって、二三人ずつ、つれだってやってきまして、お礼をいっただけで、もどっていきました。
 エキモスは宿の主人にたずねました。
「あの人たちは、なぜ早くかえってしまうんだろう」
 主人はこたえました。
「それはむりもありませんよ。一日はたらいたんだから、くたびれているんです。それに、あなたにごちそうになっては、すまないと思っているんです。あの人たちはもう大丈夫です。けれど、びんぼうで、おおぜい子供があったり、病気だったりして、ひどくこまってる人が、まだまだたくさんあります。その人たちをみんなたすけてやることは、いくらあなたが神さまのお使いだって、なかなかできますまい」
 主人は頭をふって、かなしそうな顔をしました。
「僕は神さまのお使いなんかじゃないんですよ」とエキモスはいいました。「けれど、こまってる人たちがそんなにあるなら、どうかして、よろこばしてあげたいもんだなあ」
 エキモスはいろいろかんがえました。そして、金貨でちょっとしたものをかっては、おつりに銀貨や銅貨をもらい、それを金色の鹿しかの毛皮でこしらえた袋にいれて、みんな金貨にしてしまいました。たくさんの金貨ができました。それをもって、エキモスは毎晩おそく、びんぼうな人たちのすんでるところへ、でかけていきました。
 びんぼうな人たちのところでは、ふしぎなことがおこりました。
 病気で仕事ができなくて、お金がないので、ものもたべられず、どうしていいかわからないでいる男が、ぼんやり外にたっていますと、そまつななりをした少年が、これでうまいものをおあがりなさいといって、金貨を一つくれます。男はあっけにとられてるうちに、少年はもうどこかへいってしまいます。
 靴をもたない子供が、はだしで使いにいきますと、そまつななりをした少年が、これで靴をおかいなさいといって、金貨を一つくれます。
 窓のガラスがこわれたまま、それをあらたにかうことができなくて、紙をはってるところがありますと、夜おそく、おもたいものがなげつけられます。紙がやぶけて、金貨がばらばらと部屋のなかにふってきます。
 それからある朝、まだくらいうちに、戸をどんどんたたく者があります。一けん一けん戸をたたいていきます。どのうちでも眼をさまします。なにごとかと思って、おもてにでてみますと、そこに、たくさんの金貨がふりまかれています。みんながとびだしてきて、その金貨をひろいます。
 どのうちにも、金貨がたまっていきました。みんな元気になりました。じようになるものをたべますし、帽子ぼうしや靴もかいました。男たちは、いさんではたらきにでかけますし、女たちは、家の中をきれいにします。みんなの、しょんぼりした眼はいきいきとかがやいてきます。町じゅうに元気があふれてきました。
 それがみな、エキモスのしわざでした。みなの人にもそれはわかっていました。けれど、エキモスを神さまのお使いだとおもっていましたので、おもてだってお礼にいくこともおそろしいような気がして、ただかげで、ありがたがって、ひそひそとうわさするだけでした。
 それでも、お菓子や果物などを、エキモスの宿に、そっととどけにくる者がたえませんでした。いくらことわっても、またそっとおいていきます。それには、宿の主人がいちばんこまりました。うちのなかはお菓子や果物でいっぱいです。しかたがありませんから、ほうぼう知りあいのうちにくばりましたが、しまいには、どこのうちでもかまわずやたらに、それをくばってあるきました。そのためにまた、どこのうちにも、お菓子や果物があるようになりました。
 びんぼうな子供たちはほんとにうれしがりました。これまであおい顔をしてうちにばかりひっこんでいたのが、お菓子や果物をたくさんたべて、元気になり、公園などにあそびにでました。
 エキモスは、そういう子供たちとあそぶのが、なによりたのしみでした。公園の木には、たくさんのすずめがいました。エキモスは子供たちとあそびつかれると、木のかげにやすんで、銀色の葦笛あしぶえをふきます。すると雀たちが、笛のにききとれて、エキモスのまわりにおりてきます。あたりいちめん雀ばかりです。子供たちがつかまえても、すこしもにげようとはしません。それを子供たちは、頭にとまらせたり、肩にとまらせたり、手のひらにのせたりして、うれしがっています。
「もうこれでおしまい」
 そういってエキモスが立ち上がって、笛をしまいますと、雀たちも木のうえにとんでいきます。
 そのようにして、ある日、エキモスが公園で子供たちとあそんでいますと、まっ黒い服をきた一人の男が、しずかに近よってきました。大きなつよそうな男で眼がするどくひかっていました。
 男はエキモスのようすをじろじろながめてから、ひくい声でいいました。
「じつは、あなたにぜひごそうだんしたいことがありますので、あちらまできてくださいませんか」
 エキモスはニコニコしていいました。
「ここではいけませんか」
「ええ、ちょっと……ひみつのことですから……」
 それでエキモスは、その男についていきました。公園のではずれに、馬車がまっていまして、黒い服をきた大きなつよそうな男が四人のっていました。エキモスはいわれるままに、その馬車にのりました。馬車はいっさんにはしりだしました。

      五

 エキモスをのせた馬車は、どこまでもはしっていきました。くろい服をきたつよそうな五人の男が、エキモスをかこんでいました。
 ずいぶんいってから、馬車は大きな石の門をはいりました。そこでエキモスは馬車からおろされました。あかい服をきて剣をさげてる五人の男が、くろい服の男とかわって、エキモスをとりかこみました。
 エキモスにはわけがわかりませんでした。でもべつにこわいともおもいませんでした。あかい服の男たちにつれられて、大きなたてもののなかにはいり、ながいひろい廊下をとおって、ちいさな中庭にでました。そしてそこで、じゃりのうえの木の腰掛こしかけにすわらせられました。
 やがて、正面の幕がまきあがりました。中庭より一だんたかい部屋のなかに、大ぜいの人がひかえていました。
 あかい服の男の一人が、エキモスにいいました。
「王さまと大臣だ。おじぎをしろ」
 エキモスはおじぎをして、顔をあげました。みると、まんなかに、金のかんむりをかぶってむらさきの服をきている人が、王さまらしく、そのすこし前のほうに、ぴかぴかひかる服をつけているのが、大臣らしゅうございました。そのほかの人たちは、赤や金のすじのはいった服をつけて、王さまの左右にならんでいました。
 大臣はおごそかな声で、エキモスにたずねました。
「お前は、なんという名前だ」
「エキモスというものです」とエキモスはへいきでこたえました。
「エキモス、お前は魔法つかいだな」
「いいえ、魔法つかいではありません。山の羊かいです」
「その羊かいが、どうして、公園のすずめをよびあつめるのか」
「よびあつめるのではありません。雀があつまってくるんです」
「それでは、なんのために、びんぼう人どもの町に、金貨をまきちらすのか」
「みんなをよろこばせたいからです」
「その金貨は、どこからぬすんできたのか」
 エキモスはへんじにこまりました。しかたがありませんから、金色の皮袋かわぶくろをとりだして、そのふしぎな力をみせてやりました。銅貨や銀貨をいれると、金貨にかわりますし、石ころをいれても、金にかわってしまいました。
 大臣はあかい服の男たちにさけびました。
「その魔法の袋をとりあげて、しばってしまえ」
 エキモスは皮袋をとりあげられ、うしろでにしばりあげられました。どうすることもできませんでした。
 大臣はいいました。
「お前は、けしからんやつだ。魔法をつかって、むほんをたくらんでいる。しかしもう、魔法の袋をとりあげたからには、どうにもできないぞ。かくごするがよい」
 エキモスはいろいろいいわけしましたが、なんのやくにもたちませんでした。びんぼう人たちのところに金貨をまきちらして、はたらくのがばかばかしいという気をおこさせ、公園ですずめをよびあつめて、みんなのきげんをとり、そして神さまのお使いだなどといいふらして、むほんをたくらんでいる、というのです。
「これから、七日なのかのあいだ、森のなかのろうにとじこめて、それから、島ながしにいたします」
 大臣は王さまにそうもうしました。王さまはだまってうなずきました。
 それで、おしまいでした。エキモスは森のなかの牢屋にいれられました。だいじな笛までも、牢屋でとりあげられてしまいました。
 森のなかに石でこしらえられて、兵士たちだけがばんをしている、おそろしいさびしい牢屋でした。エキモスはそこにとじこめられ、七日たてば、舟にのせられ、川をくだって海にいで、海をとおくわたって、人の住んでいないちいさな島にながされるのでした。
 けれど、エキモスはさほどかなしみませんでした。なんにもわるいことをしたのではありません。今にだれかたすけにきてくれるような気がしました。
 牢屋には、ちいさな窓が一つついていました。その窓からのぞくと、森の木がみえます。木のしげみをとおして、むこうに野原がみえます。エキモスは、山で羊かいをしていたときのことを、なつかしくおもいだしました。
 ――羊たちはどうしてるだろう。
 そして毎日、その窓から、森の木やむこうの野原をながめてくらしました。だが、野原には人のかげもみえません。だれもたすけにきてくれるものはありません。
 三日たちました。四日たちました。だれもきてくれません。五日……六日……七日……。だれもきてくれません。森のなかはしいんとしていますし、森のむこうの野原には人かげもありません。
 八日目の朝、いつも食事をはこんでくれる番人が、エキモスをかわいそうにおもってか、こういいました。
「いよいよきょうは、島にいくんだ。なにかねがいはないかね」
 エキモスはすぐにこたえました。
「なんにもありませんが、ただ、なごりに、笛をふかしてください」
「うむ、きいてきてあげよう」
 しばらくたつと、番人は白葦しろあしでこしらえた銀色の笛をもってきてくれました。
 エキモスはとびあがってよろこびました。そのだいじな笛を胸にだきしめて、なみだをながしました。それから一心いっしんに、笛をふきはじめました。なんともいえないうるわしいがひびきわたりました。エキモスはもうなにもかもわすれて、むちゅうにふきつづけました。いく時間ふきつづけたか、じぶんでもしりませんでした。
 そのうち、なんだかさわがしいので、エキモスは気がつきました。そして窓からのぞきみると、びっくりしました。
 森のなかいっぱい、鳥やけものばかりでした。わしおおかみやライオンのようなおそろしいものもまじっていました。エキモスの笛をききにやってきたのです。ろうの番人たちはにげだしてしまって、だれもいません。ただ鳥や獣ばかりです。
 エキモスは笛をふきやめて、ぼんやりそれをながめていました。ふと気がつくと、森のむこうの野原のなかに、なにかうごいています。だんだんちかよってきます……。たくさんの人が、馬をかけさしてやってくるのでした。

      六

 エキモスがとじこめられている牢屋へ、馬でかけつけてきたのは、王さまと王子でした。大臣もおともしていました。それからおおくの兵士がしたがっていました。
 はじめ、エキモスが牢屋へおくられた時、皮袋かわぶくろは、魔法の袋だといって、大臣から王さまの手にわたされました。王さまはそれを、じぶんの部屋にもってかえって、ふしぎそうにながめました。みごとな金色の鹿しかの毛皮でした。そしてその毛をなでてみてるうちに、ふと、魔法とかいうのを、ためしてみたくなりました。
 王さまはその皮袋に、銅貨を一ついれてみました。とりだすと、金貨になっています。小石を一ついれてみました。とりだすと、黄金おうごんになっています。
 王さまは、うれしさに眼をひからしました。そして銅貨や小石をとりよせては、皮袋にいれて、みな黄金おうごんにしてしまいました。くたびれてくると、大臣をよびました。つぎには、ごてんじゅうの役人をよびました。小石や銅貨をはこぶもの、それを皮袋かわぶくろにいれて黄金にするもの、その黄金を部屋のすみにつみかさねるもの、おおさわぎでした。黄金がだんだんふえてゆくのをみて、みんなむちゅうになりました。
 一日たちました。一つの部屋が黄金でいっぱいになりました。
 二日たちました。二つの部屋が黄金でいっぱいになりました。
 王さまに、エキモスとおなじくらいな年ごろの王子がありました。王さまはじめみんなが、黄金をこしらえて、むちゅうになってるのをみて、かなしそうにいいました。
「そんなことをして、なにになりますか」
 でも、だれもへんじをしませんでした。
 三日……四日……五日たちました。五つの部屋が黄金でいっぱいになりました。
 王子はいいました。
「そんなことをして、なにになりますか」
 だれもへんじをしませんでした。
 六日たち、七日たちました。七つの部屋が黄金でいっぱいになりました。
 王子はかなしそうにいいました。
「そんなことをして、なにになりますか」
 だれもへんじをしませんでした。がこんどは、みんな、たがいに顔をみあわせました。そしてため息をつきました。くたびれていました。なんだかさびしくなっていました。七つの部屋にいっぱいの黄金おうごんの山をみて、どうしていいかわからなくなってきました。
 王子はいいました。
「石ころをつんでるのと、おんなじではありませんか」
 じっさい、黄金ばかりこしらえて、なにになるんでしょう。こうなると、石ころをつんでるのとおなじでした。これまであんなにとうといものとおもっていた黄金も、七つの部屋いっぱいほどになると、どうにもしようがありませんでした。
 ――ばかなことをしたものだ。
 そうかんがえて、王さまは大臣のほうをみました。大臣も王さまのほうをみました。二人ともこまってしまいました。
 そして、八日めの朝になると、七つの部屋いっぱいの黄金をまえにして、王さまも大臣の役人たちも、ただため息をつくばかりでした。
 そこへ、いちどに、いろんな知らせがまいりました。――人民たちは、エキモスがろうにとじこめられて、いよいよ今日は島ながしになるんだということを、いつのまにかききだして、たいへんさわぎたっています。ぜひともエキモスをうばいかえすとさわいでいます。――エキモスがむほんをたくらんでたということも、びんぼう人たちのところへ金貨がまきちらされるのを、ねたんでる者どもが、かってにこしらえた話です。――そして牢屋のほうでは、ふしぎにも、数かぎりない鳥やけものがやってきて、牢屋から森まで、すっかりせんりょうしてしまっています……。
 王さまは立ち上がりました。王子も立ち上がりました。すぐに馬をひきださせて、牢屋ろうやのほうへかけさせました。それを気づかって、大臣はおおくの兵士をつれて、あとにしたがいました。
 きてみると、ほんとでした。牢屋のまわりの森のなかは、鳥やけものでいっぱいでした。わしおおかみ獅子ししのようなおそろしいのもまじっています。馬はおどろいてはねあがりました。王さまも王子も大臣も兵士たちも、馬からとびおりました。牢屋の窓には、にこにこしてるエキモスの顔がみえます。けれども、鳥や獣のためにちかよれませんでした。
 そこへ、エキモスをうばいかえそうとして、たくさんの人民たちがやってきました。王さまはすぐに、エキモスをゆるすということをふれさせました。人民たちはあんしんしました。けれど、森のなかの鳥や獣をみて、エキモスのところへはちかよれませんでした。
 そのうちに、王子はなんとおもってか、一人で森のなかにはいっていきました。ふしぎにも、狼や獅子もじっとうずくまったまま、なんの害もしませんでした。王子はずんずんすすんで、牢屋のなかにはいり、かぎをさがして、エキモスの部屋をあけました。
 エキモスはよろこんで王子をむかえました。
 王子は金色の皮袋かわぶくろをエキモスにかえしていいました。
「エキモス、お前はその皮袋で、わたしたちにたいへんよいことをおしえてくれました。人間の欲というものが、どんなにばかげてるものか、おしえてくれました。ありがとう」
 王子のあとについて、王さまもはいってきました。王さまはいいました。
「エキモス、わしのおもいちがいだった。お前をくるしめたのを、ゆるしてくれ」
 王さまのあとから、人民たちがとびこんできました。どうするひまもありませんでした。人民たちはエキモスをかつぎあげて、牢屋ろうやからつれだし、野原のなかにはこんでいきました。
 それからたいへんなさわぎでした。都じゅうの人が野原にでてきて、王さまも、王子も、大臣も、兵士も、かねもちも、びんぼう人も、みないっしょになって、エキモスをかんげいするおまつりさわぎをしました。
 おまつりさわぎは、一日じゅうつづきました。
 そのさわぎのなかで、エキモスはなんだかさびしくなりました。もう都には用がないような気がしました。山の羊たちのことがおもいだされました。そしてその夜おそく、エキモスは葦笛あしぶえ皮袋かわぶくろをかかえて、そっと都をたちのきました。





底本:「豊島与志雄童話集」海鳥社
   1990(平成2)年11月27日第1刷発行
入力:kompass
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年4月29日作成
青空文庫作成ファイル:
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