四
エキモスはたのしく眼をさましました。ゆうべのことをかんがえると、うれしくてたまりませんでした。あの人たちが、あんなによろこんで元気よく食事をしたことは、いままでにありませんでした。
エキモスはたくさんの金貨を宿の主人にあずけて、ゆうべの人たちがきたら食事をさせてくれるようにたのんで、都のなかを見物にでかけました。
いろいろな店がありました。いろいろな人がとおっていました。公園や博物館などもありました。
夕方はやく、エキモスは宿にかえって、ゆうべの人たちをまちうけました。が、その人たちは、夜になって、二三人ずつ、つれだってやってきまして、お礼をいっただけで、もどっていきました。
エキモスは宿の主人にたずねました。
「あの人たちは、なぜ早くかえってしまうんだろう」
主人はこたえました。
「それはむりもありませんよ。一日はたらいたんだから、くたびれているんです。それに、あなたにごちそうになっては、すまないと思っているんです。あの人たちはもう大丈夫です。けれど、びんぼうで、おおぜい子供があったり、病気だったりして、ひどくこまってる人が、まだまだたくさんあります。その人たちをみんなたすけてやることは、いくらあなたが神さまのお使いだって、なかなかできますまい」
主人は頭をふって、かなしそうな顔をしました。
「僕は神さまのお使いなんかじゃないんですよ」とエキモスはいいました。「けれど、こまってる人たちがそんなにあるなら、どうかして、よろこばしてあげたいもんだなあ」
エキモスはいろいろかんがえました。そして、金貨でちょっとしたものをかっては、おつりに銀貨や銅貨をもらい、それを金色の鹿の毛皮でこしらえた袋にいれて、みんな金貨にしてしまいました。たくさんの金貨ができました。それをもって、エキモスは毎晩おそく、びんぼうな人たちのすんでるところへ、でかけていきました。
びんぼうな人たちのところでは、ふしぎなことがおこりました。
病気で仕事ができなくて、お金がないので、ものもたべられず、どうしていいかわからないでいる男が、ぼんやり外にたっていますと、そまつななりをした少年が、これでうまいものをおあがりなさいといって、金貨を一つくれます。男はあっけにとられてるうちに、少年はもうどこかへいってしまいます。
靴をもたない子供が、はだしで使いにいきますと、そまつななりをした少年が、これで靴をおかいなさいといって、金貨を一つくれます。
窓のガラスがこわれたまま、それをあらたにかうことができなくて、紙をはってるところがありますと、夜おそく、おもたいものがなげつけられます。紙がやぶけて、金貨がばらばらと部屋のなかにふってきます。
それからある朝、まだくらいうちに、戸をどんどんたたく者があります。一けん一けん戸をたたいていきます。どのうちでも眼をさまします。なにごとかと思って、おもてにでてみますと、そこに、たくさんの金貨がふりまかれています。みんながとびだしてきて、その金貨をひろいます。
どのうちにも、金貨がたまっていきました。みんな元気になりました。じようになるものをたべますし、帽子や靴もかいました。男たちは、いさんではたらきにでかけますし、女たちは、家の中をきれいにします。みんなの、しょんぼりした眼はいきいきとかがやいてきます。町じゅうに元気があふれてきました。
それがみな、エキモスのしわざでした。みなの人にもそれはわかっていました。けれど、エキモスを神さまのお使いだとおもっていましたので、おもてだってお礼にいくこともおそろしいような気がして、ただかげで、ありがたがって、ひそひそとうわさするだけでした。
それでも、お菓子や果物などを、エキモスの宿に、そっととどけにくる者がたえませんでした。いくらことわっても、またそっとおいていきます。それには、宿の主人がいちばんこまりました。うちのなかはお菓子や果物でいっぱいです。しかたがありませんから、ほうぼう知りあいのうちにくばりましたが、しまいには、どこのうちでもかまわずやたらに、それをくばってあるきました。そのためにまた、どこのうちにも、お菓子や果物があるようになりました。
びんぼうな子供たちはほんとにうれしがりました。これまであおい顔をしてうちにばかりひっこんでいたのが、お菓子や果物をたくさんたべて、元気になり、公園などにあそびにでました。
エキモスは、そういう子供たちとあそぶのが、なによりたのしみでした。公園の木には、たくさんの雀がいました。エキモスは子供たちとあそびつかれると、木のかげにやすんで、銀色の葦笛をふきます。すると雀たちが、笛の音にききとれて、エキモスのまわりにおりてきます。あたりいちめん雀ばかりです。子供たちがつかまえても、すこしもにげようとはしません。それを子供たちは、頭にとまらせたり、肩にとまらせたり、手のひらにのせたりして、うれしがっています。
「もうこれでおしまい」
そういってエキモスが立ち上がって、笛をしまいますと、雀たちも木のうえにとんでいきます。
そのようにして、ある日、エキモスが公園で子供たちとあそんでいますと、まっ黒い服をきた一人の男が、しずかに近よってきました。大きなつよそうな男で眼がするどくひかっていました。
男はエキモスのようすをじろじろながめてから、ひくい声でいいました。
「じつは、あなたにぜひごそうだんしたいことがありますので、あちらまできてくださいませんか」
エキモスはニコニコしていいました。
「ここではいけませんか」
「ええ、ちょっと……ひみつのことですから……」
それでエキモスは、その男についていきました。公園のではずれに、馬車がまっていまして、黒い服をきた大きなつよそうな男が四人のっていました。エキモスはいわれるままに、その馬車にのりました。馬車はいっさんにはしりだしました。
五
エキモスをのせた馬車は、どこまでもはしっていきました。くろい服をきたつよそうな五人の男が、エキモスをかこんでいました。
ずいぶんいってから、馬車は大きな石の門をはいりました。そこでエキモスは馬車からおろされました。あかい服をきて剣をさげてる五人の男が、くろい服の男とかわって、エキモスをとりかこみました。
エキモスにはわけがわかりませんでした。でもべつにこわいともおもいませんでした。あかい服の男たちにつれられて、大きなたてもののなかにはいり、ながいひろい廊下をとおって、ちいさな中庭にでました。そしてそこで、じゃりのうえの木の腰掛にすわらせられました。
やがて、正面の幕がまきあがりました。中庭より一だんたかい部屋のなかに、大ぜいの人がひかえていました。
あかい服の男の一人が、エキモスにいいました。
「王さまと大臣だ。おじぎをしろ」
エキモスはおじぎをして、顔をあげました。みると、まんなかに、金のかんむりをかぶってむらさきの服をきている人が、王さまらしく、そのすこし前のほうに、ぴかぴかひかる服をつけているのが、大臣らしゅうございました。そのほかの人たちは、赤や金のすじのはいった服をつけて、王さまの左右にならんでいました。
大臣はおごそかな声で、エキモスにたずねました。
「お前は、なんという名前だ」
「エキモスというものです」とエキモスはへいきでこたえました。
「エキモス、お前は魔法つかいだな」
「いいえ、魔法つかいではありません。山の羊かいです」
「その羊かいが、どうして、公園の雀をよびあつめるのか」
「よびあつめるのではありません。雀があつまってくるんです」
「それでは、なんのために、びんぼう人どもの町に、金貨をまきちらすのか」
「みんなをよろこばせたいからです」
「その金貨は、どこからぬすんできたのか」
エキモスはへんじにこまりました。しかたがありませんから、金色の皮袋をとりだして、そのふしぎな力をみせてやりました。銅貨や銀貨をいれると、金貨にかわりますし、石ころをいれても、金にかわってしまいました。
大臣はあかい服の男たちにさけびました。
「その魔法の袋をとりあげて、しばってしまえ」
エキモスは皮袋をとりあげられ、うしろでにしばりあげられました。どうすることもできませんでした。
大臣はいいました。
「お前は、けしからんやつだ。魔法をつかって、むほんをたくらんでいる。しかしもう、魔法の袋をとりあげたからには、どうにもできないぞ。かくごするがよい」
エキモスはいろいろいいわけしましたが、なんのやくにもたちませんでした。びんぼう人たちのところに金貨をまきちらして、はたらくのがばかばかしいという気をおこさせ、公園で雀をよびあつめて、みんなのきげんをとり、そして神さまのお使いだなどといいふらして、むほんをたくらんでいる、というのです。
「これから、七日のあいだ、森のなかの牢にとじこめて、それから、島ながしにいたします」
大臣は王さまにそうもうしました。王さまはだまってうなずきました。
それで、おしまいでした。エキモスは森のなかの牢屋にいれられました。だいじな笛までも、牢屋でとりあげられてしまいました。
森のなかに石でこしらえられて、兵士たちだけがばんをしている、おそろしいさびしい牢屋でした。エキモスはそこにとじこめられ、七日たてば、舟にのせられ、川をくだって海にいで、海をとおくわたって、人の住んでいないちいさな島にながされるのでした。
けれど、エキモスはさほどかなしみませんでした。なんにもわるいことをしたのではありません。今にだれかたすけにきてくれるような気がしました。
牢屋には、ちいさな窓が一つついていました。その窓からのぞくと、森の木がみえます。木のしげみをとおして、むこうに野原がみえます。エキモスは、山で羊かいをしていたときのことを、なつかしくおもいだしました。
――羊たちはどうしてるだろう。
そして毎日、その窓から、森の木やむこうの野原をながめてくらしました。だが、野原には人のかげもみえません。だれもたすけにきてくれるものはありません。
三日たちました。四日たちました。だれもきてくれません。五日……六日……七日……。だれもきてくれません。森のなかはしいんとしていますし、森のむこうの野原には人かげもありません。
八日目の朝、いつも食事をはこんでくれる番人が、エキモスをかわいそうにおもってか、こういいました。
「いよいよきょうは、島にいくんだ。なにかねがいはないかね」
エキモスはすぐにこたえました。
「なんにもありませんが、ただ、なごりに、笛をふかしてください」
「うむ、きいてきてあげよう」
しばらくたつと、番人は白葦でこしらえた銀色の笛をもってきてくれました。
エキモスはとびあがってよろこびました。そのだいじな笛を胸にだきしめて、なみだをながしました。それから一心に、笛をふきはじめました。なんともいえないうるわしい音がひびきわたりました。エキモスはもうなにもかもわすれて、むちゅうにふきつづけました。いく時間ふきつづけたか、じぶんでもしりませんでした。
そのうち、なんだかさわがしいので、エキモスは気がつきました。そして窓からのぞきみると、びっくりしました。
森のなかいっぱい、鳥や獣ばかりでした。鷲や狼やライオンのようなおそろしいものもまじっていました。エキモスの笛をききにやってきたのです。牢の番人たちはにげだしてしまって、だれもいません。ただ鳥や獣ばかりです。
エキモスは笛をふきやめて、ぼんやりそれをながめていました。ふと気がつくと、森のむこうの野原のなかに、なにかうごいています。だんだんちかよってきます……。たくさんの人が、馬をかけさしてやってくるのでした。
六
エキモスがとじこめられている牢屋へ、馬でかけつけてきたのは、王さまと王子でした。大臣もおともしていました。それからおおくの兵士がしたがっていました。
はじめ、エキモスが牢屋へおくられた時、皮袋は、魔法の袋だといって、大臣から王さまの手にわたされました。王さまはそれを、じぶんの部屋にもってかえって、ふしぎそうにながめました。みごとな金色の鹿の毛皮でした。そしてその毛をなでてみてるうちに、ふと、魔法とかいうのを、ためしてみたくなりました。
王さまはその皮袋に、銅貨を一ついれてみました。とりだすと、金貨になっています。小石を一ついれてみました。とりだすと、黄金になっています。
王さまは、うれしさに眼をひからしました。そして銅貨や小石をとりよせては、皮袋にいれて、みな黄金にしてしまいました。くたびれてくると、大臣をよびました。つぎには、ごてんじゅうの役人をよびました。小石や銅貨をはこぶもの、それを皮袋にいれて黄金にするもの、その黄金を部屋のすみにつみかさねるもの、おおさわぎでした。黄金がだんだんふえてゆくのをみて、みんなむちゅうになりました。
一日たちました。一つの部屋が黄金でいっぱいになりました。
二日たちました。二つの部屋が黄金でいっぱいになりました。
王さまに、エキモスとおなじくらいな年ごろの王子がありました。王さまはじめみんなが、黄金をこしらえて、むちゅうになってるのをみて、かなしそうにいいました。
「そんなことをして、なにになりますか」
でも、だれもへんじをしませんでした。
三日……四日……五日たちました。五つの部屋が黄金でいっぱいになりました。
王子はいいました。
「そんなことをして、なにになりますか」
だれもへんじをしませんでした。
六日たち、七日たちました。七つの部屋が黄金でいっぱいになりました。
王子はかなしそうにいいました。
「そんなことをして、なにになりますか」
だれもへんじをしませんでした。がこんどは、みんな、たがいに顔をみあわせました。そしてため息をつきました。くたびれていました。なんだかさびしくなっていました。七つの部屋にいっぱいの黄金の山をみて、どうしていいかわからなくなってきました。
王子はいいました。
「石ころをつんでるのと、おんなじではありませんか」
じっさい、黄金ばかりこしらえて、なにになるんでしょう。こうなると、石ころをつんでるのとおなじでした。これまであんなにとうといものとおもっていた黄金も、七つの部屋いっぱいほどになると、どうにもしようがありませんでした。
――ばかなことをしたものだ。
そうかんがえて、王さまは大臣のほうをみました。大臣も王さまのほうをみました。二人ともこまってしまいました。
そして、八日めの朝になると、七つの部屋いっぱいの黄金をまえにして、王さまも大臣の役人たちも、ただため息をつくばかりでした。
そこへ、いちどに、いろんな知らせがまいりました。――人民たちは、エキモスが牢にとじこめられて、いよいよ今日は島ながしになるんだということを、いつのまにかききだして、たいへんさわぎたっています。ぜひともエキモスをうばいかえすとさわいでいます。――エキモスがむほんをたくらんでたということも、びんぼう人たちのところへ金貨がまきちらされるのを、ねたんでる者どもが、かってにこしらえた話です。――そして牢屋のほうでは、ふしぎにも、数かぎりない鳥や獣がやってきて、牢屋から森まで、すっかりせんりょうしてしまっています……。
王さまは立ち上がりました。王子も立ち上がりました。すぐに馬をひきださせて、牢屋のほうへかけさせました。それを気づかって、大臣はおおくの兵士をつれて、あとにしたがいました。
きてみると、ほんとでした。牢屋のまわりの森のなかは、鳥や獣でいっぱいでした。鷲や狼や獅子のようなおそろしいのもまじっています。馬はおどろいてはねあがりました。王さまも王子も大臣も兵士たちも、馬からとびおりました。牢屋の窓には、にこにこしてるエキモスの顔がみえます。けれども、鳥や獣のためにちかよれませんでした。
そこへ、エキモスをうばいかえそうとして、たくさんの人民たちがやってきました。王さまはすぐに、エキモスをゆるすということをふれさせました。人民たちはあんしんしました。けれど、森のなかの鳥や獣をみて、エキモスのところへはちかよれませんでした。
そのうちに、王子はなんとおもってか、一人で森のなかにはいっていきました。ふしぎにも、狼や獅子もじっとうずくまったまま、なんの害もしませんでした。王子はずんずんすすんで、牢屋のなかにはいり、かぎをさがして、エキモスの部屋をあけました。
エキモスはよろこんで王子をむかえました。
王子は金色の皮袋をエキモスにかえしていいました。
「エキモス、お前はその皮袋で、わたしたちにたいへんよいことをおしえてくれました。人間の欲というものが、どんなにばかげてるものか、おしえてくれました。ありがとう」
王子のあとについて、王さまもはいってきました。王さまはいいました。
「エキモス、わしのおもいちがいだった。お前をくるしめたのを、ゆるしてくれ」
王さまのあとから、人民たちがとびこんできました。どうするひまもありませんでした。人民たちはエキモスをかつぎあげて、牢屋からつれだし、野原のなかにはこんでいきました。
それからたいへんなさわぎでした。都じゅうの人が野原にでてきて、王さまも、王子も、大臣も、兵士も、かねもちも、びんぼう人も、みないっしょになって、エキモスをかんげいするおまつりさわぎをしました。
おまつりさわぎは、一日じゅうつづきました。
そのさわぎのなかで、エキモスはなんだかさびしくなりました。もう都には用がないような気がしました。山の羊たちのことがおもいだされました。そしてその夜おそく、エキモスは葦笛と皮袋をかかえて、そっと都をたちのきました。
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