一
お月様の中で、
尾のない鳥が、
金の輪をくうわえて、
お、お、落ちますよ、
お、お、あぶないよ。
むかしむかし、まだ森の中には小さな、
可愛い森の精達が
大勢いました頃のこと、ある国に一人の王子がいられました。王様の
一人子でありましたから、大事に育てられていました。王子はごくやさしい、心の美しい方でした。
王子は小さい時から、どういうものか月を見るのが非常に好きでした。よくお城の
櫓に上ったり、広いお庭に出たりして、夜遅くまで月を見ていられました。月を見ていると、亡くなられたお母様を見るような気がしました。母の女王は、三歳の時に亡くなられたので、王子はその顔も覚えていられませんでしたが、どう考えてもお母様は月に昇ってゆかれたように思われてなりませんでした。それで、じっと月を見ては亡くなられたお母様のことを考えていられました。
王子が八歳になられた時、ある晩やはりいつものように庭に出て、一人で月を見ていられますと、どこからともなく一人の小さな、頭に
矢車草の花をつけた
一尺ばかりの人間が出て来ました。そして王子の前にひょっこりと頭を下げました。
王子はびっくりされました。そんな小さな人間はまだ見たことも聞いたこともありませんので。けれども、王子は姿はやさしく心は美しい方でしたけれど、後に国王となられるほどの人でありますので、非常に強い勇気を持っていられました。それで落ち付いた声で、
一尺法師にたずねられました。
「お前は何者だ?」
一尺法師は歌うようなちょうしで答えました。
「森の精じゃ。お城のうしろの、森の精じゃ」
王子は
微笑んでまたきかれました。
「何しに来たのだ?」
「王子様をお迎えに」と一尺法師は答えました。「
千草姫のお使いで、お城のうしろの森の中まで、まあずまずいらせられ」
そう言ったまま森の精は、向こうをむいて歩き出しました。王子は非常に喜ばれて、その後について行かれました。城の裏門の所まで
参りますと、門がすうっと一人で開きました。森の精と王子とがそこを出ると、門はまた元の通り音もなく閉じてしまいました。
城のすぐうしろには、
白樫の森と言われている大きな森がありました。森の精はその中にまっ
直にはいってゆきました。王子も黙ってついて行かれました。ところが森の
中程に来ると、ふいに森の精の姿が見えなくなりました。王子はびっくりしてあたりを見廻されますとすぐ前に森の中に広い
空地が開けていまして、青々とした芝が一面に生えており、その中にいろいろな花が咲いていました。
芝地のまん中には、赤や黄や白の薄い
絹の
衣を着、
百合の花の
冠をかぶった、一人の女が立っていました。そして王子を見て、
微笑んで手招きしました。それを見ると王子は、何だか亡くなられたお母様を見るような気がして、
恐れ
気もなくその側に寄ってゆかれました。
「まあよく来られました」とその女は言いました。「私は
千草姫と申すこの森の女王でございます。今おもしろいことをご
覧に入れましょう」
そして千草姫は、声を高めて言いました。
「王子様のもてなしに、みんな出て来て踊っておくれ」
すると、どこからともなく芝地の上に、さっきのような森の精が一人飛び出してきました。
薔薇の花を一つ頭にかぶっていました。そして次のように歌いながら、くるりと廻りました。
ひいとつ ひとつ
くるりと廻って、まーた出ろ。
すると、
菊の花をつけた森の精が出て来ました。それから二人でまた歌って踊りました。
ふうたつ、ふたつ、
くるくる廻って、まーた出ろ。
牡丹の花をつけた森の精が出て来ました。
みいっつ、みっつ、
くるくる、くーるり、まーた出ろ。
梅の花をつけた森の精が出て来ました。
よーっつ、よっつ、
くるくる、くるくる、まーた出ろ。
桜の花をつけた森の精が出て来ました。
いーつつ、いつつ、
いっしょにみんな、とんで出ろ。
王子様のもてなしに、
わあそび、こそび、
くるりと廻って、くるくるり。
すると、眼の前の芝地は森の精でいっぱいになりました。みんな頭には、いろんな草や木の花を一つずつつけていました。そして手をつないで、円く輪になっておもしろい唄を歌いながら踊りました。
王子はそれを見て、夢のような心地になられました。森の精の踊りはいつまでも続きました。いくら続いても飽きないほどのおもしろい踊りでありました。
「お時間じゃ、お時間じゃ。御殿のしまるお時間じゃ」と、どこからかふいに声がしました。すると今まで踊っていた森の精達が、一度に高く飛び上がったかと思うと、地面に落ちつく時にはもう姿がなくなっていました。
王子はびっくりして、あたりを見廻されますと、千草姫はやはり微笑んだまま立っていました。そして王子に言いました。
「もう遅くなりますから、今晩はこれきりにいたしましょう。またお迎えをあげますから、その時に来て下さいませ」
王子はもっとそこにいたく思われましたが、姫からそう言われて仕方なしに帰られました。いつのまにか、矢車草の花をつけた森の精が出て来て、王子を城の庭まで送って来ました。
二
それから王子は、月のある晩はたいてい白樫の森の中に行って、森の精達と遊ばれました。その上千草姫からいろんなことを教えられました。森の精達は、もとは野原に住んでいる野の精でありましたが、野原が開かれてたんぼにされてしまいましたので、今では森の中に隠れてしまって、森の精となったのでした。そして千草姫は、新しい森の精と元からの森の精との女王となっているのでした。それで姫は元の野原のことも、今のたんぼのことも、前からすっかり知っていました。今年の夏にはひでりがあるとか、秋には洪水があるとか、そういうことを前から言いあてました。王子はそれを聞かれると、いちいち父の国王に申し上げました。国王は笑われましたが、王子があまり何度も申されますので、おしまいには試みにその用心をされました。
夏にひでりがしましても、山奥の泉から水が引いてありましたので、百姓達は少しも困りませんでした。秋のはじめに洪水が出ましても、前から川の堤が高く築かれていましたので、少しも田畑を荒しませんでした。そして王子の言葉がいちいち当たるので、王様はじめ御殿中の者は皆、大変に驚きました。いつとはなく、「王子は神様の生まれ変わりだ」という評判が国中に広まりました。王様はどうして先のことを知ることが出来るのか、いろいろ王子にたずねられましたが、王子は千草姫から堅く口止めをされていましたので、何とも答えられませんでした。そして遂には王様まで、自分の子は神の生まれ変わりではないかと思われるようになりました。
けれど、王子にも、ただ一つ自分の思うようにならないことがありました。それは毎晩月を出すことが出来ないことでありました。月が輝いた晩でなければ、千草姫は迎えにきてくれませんでした。
宵に月が出る時は、いつも矢車草の森の精が御殿の庭まで迎えに来てくれました。王子は千草姫の所に行って、御殿の戸がしまる十時少し前に帰って来られました。
ところがある晩、いつものように白樫の森の中の芝地へ王子が行かれますと、千草姫は非常に悲しそうな顔をして立っていました。またその晩は、森の精さえ一つも出て来ませんでした。王子は何となく胸をどきどきさせながら、姫にたずねられました。
「今晩はどうなされたのです」
「今に悲しいことが起こって参ります」と千草姫は答えました。王子はいろいろたずねられましたが、千草姫はどうしてもわけを言いませんでした。ただ「今にわかります」と答えるきりでした。
王子と千草姫とは黙って芝地の上に坐っていました。月の光りが一面に落ちて来て、草の葉や花びらや木の葉をきらきらと輝かしていました。やがて千草姫はほっと溜息をついて言いました。
「もうお目にかかれないかも知れません」
それをきくと、王子は急に悲しくなりました。
「お時間じゃ、お時間じゃ、御殿のしまるお時間じゃ」と、うしろで歌う声が聞こえました。
見ると、いつのまにか矢車草の森の精がうしろに立っていました。それでも王子は帰ろうとされませんでした。けれど千草姫は、むりに王子を慰めて帰らせました。
王子にはどうしても、千草姫に逢えないというわけがわかりませんでした。そして「千草姫は自分の亡くなったお母様ではないかしら」と、ふと思われました。それで、たずねてみようと思ってふり返られると、もう千草姫はそこにいませんでした。
王子は御殿の庭に立ったまま、も一度千草姫に逢わなければならないと決心されました。
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