呉服の地質の種類や品位については全く無知識な自分も、染織の色彩や図案に対しては多少の興味がある。それで注意して見ると、近ごろ特に欧州大戦が始まって後に、三越などで見かける染物の色彩が妙に変わって来たような気がする。ある人は近ごろはこんな色が流行すると言った。しかしある人はまた戦争のために染料が欠乏したからよんどころなくあんな物ばかり製造しているのだとも言った。もしこの二人のいう事がどちらもほんとうであるとすると、われわれの趣味や好尚は存外外面的な事情によって自由に簡単に支配されうるものだと思う。もし試みに十年ぐらいの期間でもいいから、あらゆる染料の製造と販売と使用を停止してみたら、われわれの社会的生活にどんな影響が生じるだろう。実行はむつかしいが、こういう仮設を前提として一つの思考実験を行なってみる事は、はなはだおもしろくもあり有益でありはしまいか。もっともそんな事はもう社会学者や経済学者たちがとうの昔にやってやり古した事かもしれない。たぶんそうだろうと思われる。そうでなくては成り立ちそうもない学説やイズムがわれわれの目に触れるほどだから。
三越の四階に食堂がある、たしか以前は小さな室であったのが、その後拡張されて今のような大きな部屋になったと思う。ちょっと清潔に簡便に食欲を満足させ、そうして時間をつぶすに適当なようにできている。普通の日本人の食事時間でない時でも不断ににぎわっている。草花鉢を飾ったり、夏は花を封じ込めた氷塊がいくつもすえられていて、天井には大きな扇風器が回っている。田舎から始めて来た人などに、ここで汁粉かアイス一杯でもふるまうと意外な満足を表せられる事がある。ここの食卓へ座をとって、周囲の人たち、特に婦人の物を食っているさまを見ると一種の愉快な心持ちになって来る。ある人のいうようにあさましいなどという感じは自分には起こらない。呉服売場や陳列棚の前で見るような恐ろしい険しい顔はあまりなくって、非常に人間らしい親しみのある顔が大部分を占めている。この食堂を発案したのはだれだか知らないが、その人はいろいろな意味でえらい人のように思われる。
食堂のほかには食品を販売する部が階下にある。人によると近所の店屋で得られると同じ罐詰などを、わざわざここまで買いに来るということである。買い物という行為を単に物質的にのみ解釈して、こういう人を一概に愚弄する人があるが、自分はそれは少し無理だと思っている。
ベルリンのカウフハウスでは穀類や生魚を売っていた、ロンドンの三越のような家では犬や猿や小鳥の生きたのを売っていた。生魚はすぐ隣に魚河岸があるからいいが、しかし三越でも猫や小猿やカナリヤを販売したらおもしろいかもしれない。少なくも子供たちに対する誘惑を無害な方面に転じる事になるだろうし、おとなに対しても三越というものの観念に一つの新しい道徳的な隈取りを与えはしまいか。生き物だから飼っておくのはめんどうだろうが。
「三越に大概な物はあるが、日本刀とピストルがない」と何かの機会にたいへん興奮してP君が言った事がある。「帯刀の廃止、決闘の禁制が生んだ近代人の特典は、なんらの罰なしに自分の気に入らない人に不当な侮辱を与えうる事である。愚弄に報ゆるに愚弄をもってし、当てこすりに答えるに当てこすりをもってする事のできる場合には用はないが、無言な正義が饒舌な機知に富んだ不正に愚弄される場合の審判者としてこの二つの品が必要である。」これには自分はだいぶ異論があったように記憶する。しかしその時自分の言った事は忘れてただP君のこの言葉のみが記憶に残っている。
五階には時々各種の美術展覧会が催される、今の美術界の趨勢は帝展や院展を見なくてもいくぶんはここだけでもうかがわれる、のみならずそういう大きな展覧会に出ない人たちの作品まで見られる便利がある、そして入場は無料である。
ここではまたいろいろの新美術品が陳列されている。陶磁器漆器鋳物その他大概のものはある。ここも今代の工芸美術の標本でありまた一般の趣味好尚の代表である。なんでもどちらかと言えばあらのない、すべっこい無疵なものばかりである。いつかここでたいへんおもしろいと思う花瓶を見つけてついでのあるたびにのぞいて見た。それは少し薄ぎたないようなものであったせいか、長い間買い手もつかずそこに陳列されていた。これと始めのうちに同居していたたくさんの花瓶はだんだんに入り代わって行くのに、これだけは木守りの渋柿のように残っていた。ところがこのあいだ行って見ると、もうこの自分の好きな花瓶も見えなくなっていた。なんだかやっと安心したような気がしたがはたして売れたのか、あるいはあまり売れないのでどうにか処分されたのか、それもわからないと思った。
六階にあったいわゆる空中庭園は、近ごろ取り払われて、今ではおもちゃの陳列所になっている。一階から五階までの間に群がっているたくさんの人の皮膚や口から出るいろいろのなまぬるいガスがここまで登りつめたのを、上からふたをしてしまったせいか、ここへ来ると空気が悪くて長くいるとこれが頭にきいて来る。そのせいでもあるまいが自分はここにあるおもちゃに対してあまりいい気持ちはしない。たとえばセルロイドで作ったキューピーなどのてかてかした肌合や、ブリキ細工の汽車や自動車などを見てもなんだか心持ちが悪い。それでも年に一度ぐらいは自分の子供らにこんなおもちゃを奮発して買ってやらないわけではない。おもちゃその物の効果については時々教育家や心理学者の講話を新聞や雑誌で読んでみるが、具体的に何商店のどのおもちゃがいいという事を教えてくれないのは物足りない。実際買おうと思って見渡す時に、自分が安心してこれならと思う品がまことに少ない。こんな親父を持った子供らは不仕合わせでないかと思う事もある。自分の子供の時代に田舎でもてあそんだ自然界のおもちゃには充分な自信をもって子供らに与えたいと思うものがたくさんあるが、この三越にあるようなおもちゃについては、悲しい事に積極的にも消極的にも自信がない。おもちゃというものに関して書いた書物もずいぶんあるだろうと思うが、だれかえらい人のそういう著書があれば読んでみたいものである、ついでに「おとなのおもちゃ」にまでも論及したのであればなおさらおもしろく有益であろう。
六階で以前のままなものは花卉盆栽を並べた温室である。自分は三越へ来てこの室を見舞わぬ事はめったにない。いつでも何かしら美しい花が見られる。宅の庭には何もなくなった霜枯れ時分にここへ来ると生まれかわったようにいい心持ちがする。一階から五階までありとあらゆる人工的商品をこまごま見せられて疲れかわいた目には特にこれらの草花が美しく見える。花ばかりでなくいろいろ美しい熱帯の観葉植物の燃えるような紅や、けがれのない緑の色や、典雅な形態を見ればたれしも蘇生するここちのしない人はあるまい。そしてこのわれわれの衣食住の必要品やぜいたく品を所狭くわずらわしく置きならべた五層楼の屋上にこの小楽園を設くる事を忘れなかった経営者に対してたとえ無自覚にしろ一片の感謝を表しない人はないであろうと思う。
しかしこのごろだんだんいろいろの人に聞いてみると、中にはあの温室へはいると気持ちがわるくなるという人もあった、花だって貧弱なのばかりじゃないかと言った人もある。
丸善から三越へ回って帰る時には、たいていいつも日本銀行まで歩いてそこから外濠線に乗る。どうかして電車がしばらく来ない時には、河岸の砂利置場へはいってお堀の水をながめたり呉服橋を通る電車の倒影を見送ったりする。丸善の二階で得たいろいろな印象や、三越で受けたさまざまな刺激がこの河岸の風に吹かれて緊張のゆるんだ時に、いろいろの変わった形や響きになって意識の上に浮かび上がって来る。かねてから考えている著書を早く書き初めなければならぬと思う事もある。あるいは郷里の不幸や親戚に無沙汰をしている事を思い出す事もある。
しかしまた時として向こう河岸にもやっている荷物船から三菱の倉庫へ荷上げをしている人足の機械的に動くのを見たり、船頭の女房が艫で菜の葉を刻んだり洗ったりするのを見たり、あるいは若芽を吹いた柳の風にゆらぐのを見たりしていると、丸善だとか三越だとかいうものが世にもつまらない無用の長物だという気がする時もある。
電車に乗って帰って宅の門をくぐると、もうこんな事はすっかり忘れてしまって、それで自分の日曜日、あるいは日曜日の自分は消えてしまうのである。
(大正九年六月、中央公論)
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