十七日は最終の晩だというので、宵のうちは宿の池のほとりで仕掛け花火があったりした。別荘の令嬢たちも踊り出て中には振袖姿の雛様のようなのもあった。見物人もおおぜい集まって来た。中には遠くから自動車で見に来る人もあるらしかった。
年の行かない令嬢が振袖に織物の帯を胸高にしめて踊るのがなんと言ってもこういう民族的の踊りにはふさわしく美しく見えたが、洋装のお嬢さんたちのはどうも表情体操でも見るようで、おかしくはないが全くなんの情味もないものに思われた。それからまた、浴衣に頬かぶりの男はいいが、その頬かぶりの中からロイドめがねの光っているのも不思議な見ものである。いちばん板について見えるのはやはりふだん着のままで踊る宿の女中や村嬢たちの姿であろう。
踊りの興がたけなわな最中を、全く無関心で静かに眠っている小さな生命があった。それは宿の前の池のあひるである。この前に来たときは橋より下流の大きい池にばかり泳いでいたのが、その後に一度下の池で花火を上げてから以来上の池へ移って、それきり、どうしても、橋一つ隔てた下の池へは行かなくなったそうである。そうして、一日じゅうの大部分は藤棚の下の浅瀬で眠ったり泥の中をせせったりして暮らしている。夜になると下流の発電所への水の供給が増すせいであろう、池の水位が目に立つほど減って、浅瀬が露出した干潟になる。盆踊りを見ての帰りに池面のやみをすかして見るとこの干潟の上に寂寞とうずくまっていることもあり、何かしら落ち着かぬように首を動かしていることもあった。
このあひるが自身たちの室の前の道路に上がっているときに、パンやまんじゅうの皮の切れはしを投げてやると、はじめはこわそうに様子をうかがってはその餌をさらって急いで逃げ出す、そうして首を左右に曲げて人間なら横目づかいといったような格好で人間の顔色を見ながら、次のをくれるかどうかと待っているように見える。毎日やっているうちに次第に慣れて来た。朝早く起きてヴェランダへ出て見ると、もうちゃんと上がり口の階段の前へ来て待っている。人を見ると低い声でガーガーガーと三声か四声ぐらい鳴く。有り合わせの餌を一片二片とだんだん近くへ投げてやると、おしまいには、もう手に持っているカステイラなどをくちばしで引ったくって頬張る事を覚えてしまった。いくら食わせてもなかなかこの貪食な小動物を満足させることはむつかしいように見える。それでいいかげんに切り上げて池の中へ追い込んでやると、またいつもの藤棚の下へ帰って行って、そうしてきっと水を飲む。それが実にさもうまそうに、ひと口しゃくっては首をゆすり上げ、舌鼓を打って味わっているように見えるのである。そうして浅瀬のせせらぎに腹を洗わせながら、じっとして動かないでいる姿は実に美しいものである。あひるが陸へ上がってよちよち歩くときの格好は、およそ醜い歩行の姿の典型として引き合いに出るくらいであるが、こうしてその固有のおるべき環境にいるときの自然の姿はこのようにも美しく典雅なものである。固有でない環境に置かれれば錦繍でもきたなく、あるべき所にあれば糞堆もまた詩趣があるようなものであろう。今の日本では毛色の変わったいろいろの環境と物とが入り乱れて、何が固有であるか見当がつかない状態にあることは、ちょうどここの盆踊りのようなものである。これが時の精錬器械にかかって渾然とした一つの固有文化を形成するまでには何百年待たなければならないことか見当もつかない次第である。おそらくいつまでもそうならないところに日本文化の特徴があるかもしれない。
あひるは四五日の間に目に見えて肥ったようである。そうして一日のうちには何度となくヴェランダの前へ来て、ガーガーと来意を告げるのである。今に秋風が音ずれて、われわれのみならず、このへんの人たちがみんな引き上げて帰ってしまったあとでも、このあひるはやはりだれもいない明き家のヴェランダの前へ来て、首を左右にかしげて、小さな丸い目でのぞき込みながらガーガーと鳴いているであろうと想像するのはちょっとおかしくもあればあわれでもある。
驟雨が襲って来るとあひるは肩をそびやかしたような格好をしてその胸にくちばしをうずめたまま、いつまでもじっとしている。雨の落下の流れに対してあひるに可能な最小な断面を向けるような格好をしている。科学も何も知らないあひるは、本能に教えられて最も合理的な行動をすると見える。人間はどうかすると未熟な科学の付け焼き刃の価値を過信して、時々鳥獣に笑われそうな間違いをして得意になったり、生兵法の大けがをしてもまだ悟らない。科学はまだまだ、というよりはむしろ永久に自然から教えを受けなければならないはずである。科学の目的といえばもともと自然から学ぶということよりほかには何物もないはずであるのに、いつのまにかこの事を忘れ思い上がった末には、あべこべに人間が自然を教えでもするもののような錯覚を起こす。これもおもしろい現象である。こういう思い違いをすることも、しかし何かやはり人間に必要なことであるかもしれない。こういう自負心のおかげで科学が進歩し社会も進展するのかもしれない。
池にはめだかとみずすましがすんでいる。水中のめだかの群れは、頭上の水面をみずすましが駆け回っても平気で泳いでいる。この二つの動物の利害の世界は互いに交差しないと見える。しかし、めだかは人影が近づくと驚いてぱっと一度にもぐり込む。これに反してみずすましのほうは、人間を見ただけでは平気である。つかまえようとするとついと逃げる。めだかのほうは数千年来人間におどかされて来たが、みずすましのほうは昔から人間に無視されて来たせいではないかと思われる。
蚊ぐらいの大きさのみずすましの子供が百匹以上も群れていたのが、わずか数日の間にもうみんな一人前のみずすましになった。
めだかもみずすましも群居を好むものらしい。めだかやみずすましの世界にもやはり盆踊りがあるものと見える。
あひるがただ一羽とはあまりにさびしいと思っていたが、宿の人に聞いてみると、はじめは二羽いたそのうちの一羽が別荘の黒犬に食われたのだそうである。そのかわりに今雛鳥を二羽、宿の裏手の鶏小屋の片すみの檻に養っている。それを時おり池へ連れて来ては遊泳の練習をさせている。もう少し大きくなったら放養するのだという。みずすましとちがってあひるの成長はなかなか骨が折れるのである。
うちの子供らがあひるを慣らしているのを見て、今まではいっこうにあひるに対する興味がないか、あるいは追い回す以外の可能性を考えなかった近所の子供たちも、とんぼをつかまえて来たりあき鑵にいっぱいいなごを取ってはあひるに食わせることを覚えて来た。
ある日大きな芋虫が路上をはっているのを、子供らが見つけて池の中へ投げ込んだら、あひるは始めのうちは見るには見ても、それが食物になるという事に気がつかないのか、いっこう無頓着なように見えたが、しばらくしてから気がついてついばんではみたものの、長さ二寸ほどな大芋虫であるから咽喉につかえて容易に飲み込めない。それでも結局はどうにかして嚥下してしまった。
この数日の間にあひるの生活にはずいぶん大きな変化があったが、しかしその変化が結局あひるのために有利であるかどうかはわからない。われわれ人間はただ自分たちの享楽と満足のために、かわいがるつもりで知らず知らずあひるに不自然な生活を強制している。しかし、こうして人間に慣れ過ぎて水を離れた陸上をうろついていると、いつかはまたどこかの飼い犬か以前の黒犬かが来て一口にかみ殺すようなことになるかもしれない。そういう機会を多くするようにわれわれ人間が仕組んでいるのではないかという疑いも起こって来る。やはり陸へ上がっているあひるは蹴飛ばしなぐりつけて池の中へ追い込んでやるのが正当であるかもしれない。人間の子供でも時々いじめ苦しめ、かついだりだましたりするのがかえって現実の世の中に生きて行く道を授けることにならないとも限らないのである。飲んだくれの父の子に麒麟児が生い立ち、人格者のむすこにのらくらができあがるのも、あるいはこのへんの消息を物語るのかもしれない。
盆踊りなども、青年男女を浮世の風にあてるという意味で学校などというものより以上に人間の教育に必要な生きた教育機関であるかもしれないのである。
(昭和八年十月、中央公論)
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