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踊る地平線(おどるちへいせん)08しっぷ・あほうい!

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-27 6:55:04  点击:  切换到繁體中文


     5

 窒息しそうな濃いけむりのなかに、海のやけで茶褐に着色された無数の顔が、呶鳴どなって笑って呪語していた。鋼鉄の指金具ナックルあき壜は星形の傷痕をのこす。頬へ受けたナイフは、古くなると苦笑に見えるものだ。マラガ生れの水夫長ボウシン、パナマ運河コロン市から来た半黒はんぐろの三等火夫、濠州ワラルウの石炭夫コウル・バサア、ジブロウタの倉番ストッキサンジャゴの料理人、ロッテルダムの給仕、各国人種から成る海の無産者と、大きな喧嘩師ブルウザアと敏捷なちびラントと、留索栓ビレイング・ピンの打撲傷と舵手甲板の長年月と、そしてそれに、荒天の名残の遠い港のにおい、強いあごきのこのような耳、桐油とうゆ外套に赤縞のはんけち――海岸通りサン・ジュアン街の酒場アベニダは、深夜の上陸船員で一ぱいだった。
 そこへ、リンピイと僕が半ドアを押したのだ。
 すると一度にこの異国語の tenor crescendo だ。どこの貨物船の乗組員にも特有な、ストックホルム産炭油タアルにおいだ。それが S57 の感情的な水平線と、snappy なケイプホウンの雲行きを思わせて、この狭い酒場タベルナ内部の色のついた空気を滅茶苦茶に掻き乱していた。
 呵々大笑するふとった酒神バッカス、習慣的に一刻も早く給料袋をからにしなければ安心出来ない船員たちのむれ!
 正面にずらり瓦斯ガスタンクのような大樽バリイルが並んでる。その金具の輪が暗い電灯に光って、工場地帯行きの朝電車みたいな混み方だ。数人の酒場男タベルネイロ酒場女タベルネイラが、この、戦時そのままの騒ぎを引き受けて、酒をつぐ・グラスをなげる・金をひったくる・お釣りを投げる・冗談を言い返す・悪口もかえす・喧嘩の相手もする・自分も呑む。酒はきまってる。燃える水アグワルデンテ。言わば、ほるつがる焼酎。一ばい金2セント――どいす・とすとんえす――也。
 壁は、十九世紀末葉の雑誌の口絵で張り詰めてある。何といううら悲しい明け方の夢の展覧会! はちのような腰の馬上貴婦人と頬ひげの馬上紳士。乳を出して笑ってるボンネット。大帆前船バアカンテン難航の図。花の代りに美人の顔が咲いてる絵――これは仏蘭西フランスしゃぼんの広告――寝台の脚とそばに脱いである男女二足の靴だけを大きく出した写真――靴屋の広告――「OH!」と題したのは、女が向い風にすそを押さえて困却してるところ。豚とダンスしてる坊さん。いかりをあしらった老船長の像。万国国旗一覧表。隣りはあめりか煙草 111 の広告画。
 郵便棚も置いてある。この酒場へ頼んで、ここを郵便の宛所アドレスにしてる各国の船乗りが大分あるとみえる。寄港のたびに立ちよって受け取る仕組なんだろう。手紙や葉書がたくさん挟んである。混雑に紛れて、僕は郵便棚へ近づいて二、三枚手に取ってみた。古いのばかりだ。手垢てあかとごみで薄黒くよごれてる。が、これは一たいどうしたというのだ?――酒場の常連はきまってるはずだ。酒番の主人に顔の知れた船員ばかりで、あす出港という晩なんか、「おい、これからちょっと地中海まわりだ。今度はひと月ぐらいだろう。手紙が来たら頼むぜ。」「承知しました。気をつけて行って来なさい。よそであんまり変なやつらねえようにね。」なんかと別れて、そして帰港するや否や、不恰好な既制服に、新しい安靴で久しぶりの固い土に足を痛めた彼らが、若いのも年寄りも、みんなどんなに期待に燃えてこの酒場タベルナの郵便棚のまえにひしめくことであろう! すると、来てる来てる! 恋人から妻から娘から老母から! 眼白押めじろおしに立って、一枚々々熱心に自分への宛名を探す海獣たち――僕もこうしていまその一人をよそおってるんだが――この時は、彼らも完全に良人おっとであり、父であり、息子であるだろう! それだのに、みんなに捜し残されて、ここにこれだけ溜ってるのはどういうわけだ? これらの宛名の主は、船出したきり帰って来ないのか? 何と、船乗りへ届かない手紙の不気味さ! 暗い海底マアル・テネブロウゾへは転送のしようもあるまい。
 が、港の酒場はすべての不可能を信じてる。じっさい、七年前に笑って地中海へ出て行ったきりのあの男、一八九三年のXマスの晩に最後に見た彼――それらがひょっこりいつあらわれないとは who could tell? だからこうして、そっくり保管して待ってるんだろうが、封筒も葉書も、それから毎日、一応出入りの客の調べを受けて真っくろだ。
 何といろいろな人生を黙示する、この、受取人のない酒場の郵便! 陸の声が、ここ「大地の果て」でぷっつり切れてるのだ。素早く僕は宛名に眼を通し出したが、急いでるのと、何しろどれもこれも非道ひどい悪筆のうえに、おまけに得態えたいの知れない外国語がおもなので、名前だけでも容易に読めない。ジョセフ何とかいう男へ、白耳義ベルギーアントワアプのKCN――これだけでは差出人の性別はわからないが、「御存じより」と言ったところだからまず女とみてよかろう――から三通来ている。三つとも1926年で、これはわりに新しい。ほかに「サルデニア島トルトリ」と投函地名だけ判読出来たのが一本、他は書体がくしゃくしゃしててどうにも手に負えない。そのうちに、英吉利イギリス Hull 港の絵葉書がひとつ出て来た。Mr.Arthur W.Cole へ宛てたもので、差出人の名は書いてないが、なくても解る間柄なんだろう。文言も、男の字で大きく Souvenir と走り書きしてあるだけだった。
 入口の横に、黒板が一枚立てかけてある。下級船員専門の桂庵けいあんの募集広告だ。が、ちっとも希望者がないとみえて、貼り出してあるのは、求人の部ばかりである。水夫・水夫・石炭夫。なになに号・なになに号・なになに号・高給・高給・高給・別待・特遇・履歴不要。なかに一つ「大工をもとむ」と特別大書してある。この黒板面はいつも変らないとみえる。何年にもこのとおりで、消すこともないらしい。あきを埋めて、一めんに船乗りの楽書きだ――。
 リンピイの声が、僕を酒台へ呼び戻す。

けれ・うま・ぴんぎにあ!
一ぱい飲まねえかケレ・ウマ・ピンギニア」――一杯てのは「ぴんが」なんだが、そのピンガに愛称をあたえてぴんぎにあ――みんな仲よくこの燃える水アグワルデンテのピンギニアをあおりつけてる。
お! いっぺえやりねえな。
けれ・うま・ぴんぎにあ!
けれ・うま・ぴんぎにあ!
ありがてえ!
おぶりがど!
おぶりがど!
おぶりがど!
 ふしくれ立った指に、幾つも並べてめた十八金の大指輪――これは伊達だてばかりじゃない。めり拳をくらわす時の実用のため――が、あちこちに毒々しくちらついて、ぺっと唾をして靴でこすりながら――。
えっ! 腹の虫を殺してやれパラ・マタアル・ウ・ビッショ
 誰もかれも、この呪文を合図に、威勢よく「燃える水」を流しこむのだ。そうだ! この強いやつで腹の虫を殺せ!
えっ! ぱら・またある・う・びっしょ!
えっ! ぱら・またある・う・びっしょ!
 とん、とんと酒台に鳴るからこっぷの音。
 ――こう明るいところへ出てみると、リンピイ・リンプは若いくせに老人オウルド・マンだった。全く、ちょっと年齢のはっきりしないリンピイだった。ひどくけても見えたし、そうかと思うとかなり若いようでもあったが、たぶん四十五、六らしかった。よれよれの茶の背広を着て、洋襟カラアのかわりに首のまわりに青い絹を結んで端をだらりと垂らしてるのが、恐らく前世紀的でもあったし、また観察によっては、領地巡視中の英吉利貴族イギリスロウドといった場外れの効果がないでもなかった。じっさい、いささか「ゴルフ・乗馬・午後の茶」の筆触タッチをつけて古風に気取ってみたいのが、この潮臭い無頼漢びっこリンピイ・リンプの趣味らしかった。しかし、その不幸な歩行機関の支障と、あまぞん特産のポケット猿みたいな小さな顔と、鼻からロへかけて間歇的にひくひくする筋肉痙攣けいれんと、悪疾のため舌の絡む語調とが、可哀そうな彼の努力のすべてを裏切って、親愛なリンピイ・リンプを、やっぱりただの「りすぼん埠頭の幽霊」びっこリンピイ・リンプ以上の何ものにも買わせていなかった。つまり事実は、彼リンピイは「港の Old Man」に過ぎなかったのだ。
 船でおやじオウルド・マンと言うと船長のことだ。そして、船から上っておかおやじさんオウルド・マンといえば、それは直ちにわがリンピイのような港の売春宿の御亭主オウルドマンを意味する。だから、リンピイは若いくせに老人オウルド・マンだった。
 PIMPという一つの職業がある。
 リンピイはそれに従事していた。
 何かと言うと、これは、不思議に女性の肉だけを食べる人喰い人種のことで、妻だの娘だの情婦だのの肉を切売りして衣食している。もっとも、こんな身辺の女肉だけじゃあ需要に応じ切れないから、そこで、あらゆる方法で女を駆りあつめるんだが、この、専門の売春婦を養成して一定の契約のもとに各地へ配給する問屋制度に、昔から有名ないわゆる白奴交易路ホワイト・スレイヴ・トラフィクなる秘密工業がある。と言うと、莫迦ばかに十九世紀的にひびくが、この事実は、いまも国際的「底の社会アンダアワウルド」の暗黒を貰いて立派に存在している。現に、国際聯盟の「世界悪」退治運動の重要項目の一つに上げられてるくらいで、パンフレットを発行したりして妨止に努めてるけれど、いくら国際聯盟あたりが躍起になって騒いだって、それは単にその暗流の実在を公表するにとどまり、何ら直接刷掃さっそうの資にはなるまい。と思われるほど、欧羅巴ヨーロッパ中の都会、ことに港町における売春婦の跳梁ちょうりょうはおびただしいものだ。が、これも古今東西を通じて、人間の集まってるところには厳然たる一つの必要らしいからまず仕方があるまいとして、個人的動機から落ちるところへ落ちてく女はそれでいいだろうが、そもそも白奴交易なるものは、PIMPの元締もとじめが映画的に活躍して、夜のピキャデリなんかを迂路うろついてるぽっと出の女や、ボア・ドュ・ブウロウニュを散策中の若奥さまや、学校帰りにそこらを歩いてる女学生などを甘言をもって誘拐し、気のついた頃は、すでに輸出向き商品として南あめりかあたりへ運送の途にあったりするんだから、これはどうも社会的におだやかでない。だいぶ赤本めいた話だけれど、知ってる人は知ってる事実である。だからこの白奴交易網に引っかかった女の多くは、新大陸の植民地でその売春婦としての教育を卒業する。それがまた市場マアケットへ出て欧羅巴ヨーロッパへ逆輸入される頃には、いかに彼女らが海一〇〇〇山一〇〇〇の物凄い莫連ばくれんになってるかは想像に難くあるまい。僕はこのカンの大音潮に多少 look into する機会を捉えたことがあるから――リスボンでのびっこリンピイリンプとの交渉もその一つだが――この歴史的潜在白奴交易路に関する多くのえぴそうどを所有している、が、それらは本篇「しっぷ・あほうい!」とは些少の接続しかないから略すとして――日本でだって君、不良の相場といえば「飲む・打つ・買う」の三拍子とちゃんとちょんまげ時代から決定してる。この酒・ばくち・女は、欧羅巴でも同じく社会悪の三頭目だが、この頃ではもう一つDOPEというのがえて来て、四つの脅威をなして文明と道徳を襲撃している。そこで坊さん・社会教育家・職業的慨世家――これはどこにでもある――がしじゅう何だかんだとやかましく言うんだけれど、これらの邪悪イヴルスのかげには「史的に約束された一つの大きな手」が動いてるので、目下急にはどうすることも出来ない形だ。事実、すべての社会的破壊作業は国際的に共同戦線を張ってる。近くはこの白奴交易路ホワイト・スレイヴ・トラフィクにしても、これは世界的に組織された well known 売春団で、リンピイ・リンプのごとき、彼じしんの自覚と無意識を問わず、その有機網の末梢神経を構成するほんの一細胞に過ぎなかった。
 それにしても、女肉を常食とする点で、リンピイもPIMPはぴんぷだった。
 で、彼がどんな猛悪な――あるいは罪のない――「ピンプ」だったかは、その女のしっぷ・ちゃんの手腕を見ただけでもおよそ判断のつくことだが、そのうえ彼は、妻のマルガリイダ婆さんから振り当てられてる手引人としての仕事も、決して忘れてるわけではなかった。
 が、どうしてリンピイが「客を引」いたのか、僕は知らない。とにかく、僕と彼のあいだに支那公チンキイロン・ウウのしっぷちゃん契約が目出度めでたく成立して、二人が酒場タベルナを出たとき、おどろいたのは、六、七人の船員たちが自進的に燃焼水アグワルデンテに別れを告げて僕らといっしょに歩き出したことだ。
 だから、リンピイを先に妙に黙りこくった一行がどんどん山の手バイロ・アルト――高い区域――の坂を登って行った。マルガリイダの家へ。
 あとが大変なんだ。Eh,What?

     6

「マルガリイダ」の家の red hot stuff がテレサという仏蘭西フランス女であることは前にも言った。テレサは、北極熊みたいな白い大きな身体からだと、いつもいま水から上ったばかりのような、濡れた感じの顔とをもっていた。その、安ホテルの二人用寝台ダブル・ベッドのように大々的に広漠としたところが荒っぽい船員達の好みに投じたとみえて、ばいろ・あるとのマルガリイダの家は、いつ行っても、まるであのサンジュアン街の酒場のように、そこには、7seas からの男たちと、その留索栓ビレイング・ピンの打撲傷と、舵手甲板の長年月と、難航の名残りと遠い国々のにおいと、怒声と罵声と笑声とがたのしく満潮していた。バイロ・アルトは、りすぼんの街が羅馬ローマの真似をして七つの丘――いまは八つにふえてるが――の上に建ってるその一つで、ちょうどテイジョ河口の三角浪が大西洋の水と争う港のうずまきを眼下に見下ろしていた。夜など、しつぷ・ちゃんの僕がすこし沖へ漕ぎ出ると、この山の手バイロ・アルト――「山の手」と当て字してみたところで、いわゆる山の手のもつ閑寂な住宅地気分とは極端に縁が遠いが――にちかちかする devil-may-care の紅灯と、河港をへだてて、むこう側の山腹、慈悲ピエダアレの村に明滅する静かな、家庭的な漁村の灯とが、高台同士で中空に一直線にむすびついて、へんになみだぐましい人生的対照をつくり出していた。こんなふうに、桟橋広場の一ぽうが胸を突く急坂になって、そこを昇り詰めた一帯がバイロ・アルトの私娼区域――と言っても、定期的に非公式の健康診断があるんだから、政府の黙許を得てる半公娼と称すべきかも知れないけれど、それがひどく不徹底なものだったし、その半公娼に伍して倍数以上の私娼が混入してごっちゃになっていたので、やはり大きな意味では、そこら全体を私娼窟と呼んでよかった。じっさい一くちにばいろあるとといえば、それは直ちに「坂の上の娼家横町」を語意していた――そして、そこの白っ茶けた建物の窓から、朝夕の出船入船の景色が、まるで大型活字の書物の一頁を読むように詳細に一眼だった。つまり、リスボンの出入港は、海事局・水上警察・税関よりも先に、逐一この女魔が丘バイロ・アルトの窓に知れてしまった。地獄ダン・ビロの釜に火がはいると煙突のけむりが太くなって、出帆旗は女たちも心得てる。すると、あのNAJIMIの男がまた闇黒の海マアル・テネブロウゾへ出てくるところだというんで、ばいろ・あるとの一つの窓で、ひとりのプウタが、ひょっと浮んだ彼の体臭の追憶のなかで思い出し笑いにふけっていようというものだ。船乗りはみんな恋巧者である。一度会った女に決して忘れさせはしない。だから、黒地に白の出港旗を見つめる女たちの眼には、めいめいの恋人を送るこころもちがあった。が、出帆の時は、これでまだいい。新入港の船がテイジョ河口の三角浪を蹴立けたてて滑りこんで、山の手バイロ・アルトの家々の窓掛けを爽やかな異国の風がなぶると、週期的活気・海と陸との呼応・みなとのざわめきが坂の上の町一帯に充満して、彼女らはゆうべの顔へまた紅をなすり、七面鳥マルガリイダ婆さんは一そうがんがんわめいて家じゅうを駈けめぐり――さあ! お部屋の用意は出来てるかい? 何でもいいから花を取り変えてお置きって言うのに! お船の人は家庭らしい空気が好きなものだから。それから掃除! リンピイ! おや! リンプ! どうしたんだろうまああの人は――しかし、テレサにだけは急に眼立って御機嫌を取り出して――テレサや、今夜も強い好い人がわざわざ海を越えてお前んとこへ来るんだよ。テレサや、お前は一たい、帆桁ほげたのような水夫さんか、手の白いボウイさんか、それとも黒輝石みたいな印度インド釜たきファイアマンさん? どんなのが一番好きでしたっけ? わたしの可愛いお猫さんのように、さ、お湯をつかって支度をしましょう――といった調子なので、テレサはテレサですっかりふくれ返って、その巨大な北極熊みたいな全身へ万遍なくおしろいを叩きはじめる。この裸体のお化粧は、何もテレサひとりの個人的趣味ばかりではなく、「マルガリイダの家の」一 attraction として大いに事務的必要があったのだ。
 テレサは、僕の知る限りにおいてすこし「二階がお留守ノウバディ・アップステアス」――頭がからっぽ――だった。さもなくて、ああのべつ幕なしに甘いもの――名物こんぺいとう・乾し無花果いちぢく水瓜すいかの皮の砂糖煮・等等等――を頬ばっていられるわけがなかったし、そのため、今にもぱちんと音がして破けそうに肥っていたが、そのうえ、恐ろしいまでにあらゆる無恥と醜行に慣れ切っていて、いかに同情をもって見ても、この女にはいささか病的に欠如しているものがあった。それでも、港々の売春婦プウタなみに彼ら社会の常識だけは心得ていて、自分ではちゃあん仏蘭西フランス生れと名乗っていた。そして、何と素晴しいふらんす語をこのふらんす女の白熊テレサが話したことよ! 「めあすい」とジョンティ・ミニョンとこむさと「ねすぱ?」と! これでも判るとおり、彼女は生え抜きの――流行雑誌のもでると、一九二七年度の巴里パリーの俗歌以外には仏蘭西なんかその smell も知らない――ほるつがる人で、現に、「太陽の岸コスタ・デ・ソル」サン・ペドロの村はずれで馬の爪へ鉄靴をはかせる稼業をいとなんでる父親が、二週間に一度のわりで小遣いをせびりに出市していた。が、なぜこう、売春婦という売春婦が、売春婦になると同時にふらんす女――ことに巴里パリーから流れてきた――をもって自任し出すんだろう? 眼の黒い女・あおい女・茶いろの女・髪の毛の黒い女・それほど黒くない女・むしろ赤ちゃけた女――要するにすべての女が、すこしでも外国めいた点地タッチがあると人工的にそこを強調し、どう探しても無いやつは無理にも作って――自由な自国語を商売のときだけ御丁寧に不自由らしく片ことで話したりなど――どれもこれも、先天的器用さをもって仏蘭西フランスうまれに化けすましてしまう。だから、ふらんす以外の土地で、売春婦というと、片っぱしから自称ふらんす女・巴里おんなにきまってる。近いためしが、このりすぼあのバイロ・アルトだけでも、テレサを筆頭に、何と多くの葡萄牙ポルトガルの女が、チェッコ・スロヴァキアの女が、波蘭土ポーランドの女が、ぶるがりあの女が、揃いもそろって仏蘭西生れ、巴里うまれであったことよ! この売春婦の非公式ふらんす帰化の心理には、いくぶんそこに、じぶんの行為によって自国の名誉を傷つけたくないという少しの愛国的作用も働いてることだろうし、それに、外国の女となると、べつの現象スペシメンに対するように男の好奇心が沸き立つところをも、彼女らは経験によって捉えているのであろう。第一、遠い国から来てると言えば、自然そこに「告白物語・涙の半生」――これでもじぶんも元は「銀のさじを口」に巴里の名家に長女と生れた身の上だったが、二十歳の春に、十も年上のゆだや人が黄金と将来と結婚指輪とをもってわたしの人生へ侵入して来た。そうしてあの退屈な「炉ばたの生活ファイアサイド・ライフ」が何年かつづいたのち、ちょうど例の結婚倦怠期に当って the War broke out。毎日々々隣近処の若者が戦線へ消えて、重い靴の音が、長いながい列を作って窓の下につづいていた。戦争とそのあとの、あの誰でもがめた恐怖パニック良人おっとの商業は犬へ行った。紙幣を焼いて暖をとった。その最中に夫アイザックの病気と死! 残されたわたしはどうして食べたらよかったろう? そのうえ、黒はいつもわたしによく似合う。洒落た喪服姿が完全にわたしをそのころ巴里パリーをうずめつくした「大戦未亡人」のひとりにして、戦後のゆるんだ気もちのなかで、男たちの同情と誘惑の手が一時にわたしに集まりはしなかったか? もちろん当時わたしは、この地球上にあなたのような親切な方が自分のために存在しようとはDREAMにも知らなかった。And the result ? Here I am. Just look at me now !  なんかと言ったような、大同小異千遍一律の身の上ばなしも出来るわけで、事実、毎夜々々の寝台で、そも何人のぷうたが、そも何人の異国の水夫に、めいめいこの「あわただしい戦時の巴里」を背景に最後は必ず「親切なあなたにもっと早く会わなかった」ことを残念がる打明け話をうちあけたろう! この浪漫さ! ここは何とあっても仏蘭西フランス女でなければ出ない色あいだし、おまけに、ふらんすの女とさえ言えば、妙に扱いの上手な経験家のように一般に信じられているので、そこで、みんな争って勝手に仏蘭西の国籍を主張するんだけれど、おかげで、婦人用手袋と香水と葡萄酒と売春婦だけを一手専売に輸出してるように思われてる肝心のふらんすこそ、好いつらの皮だ。もっとも、ほんとに仏蘭西製のこの種の豪のモノが世界じゅうに散らばってることも満更まんざらうそじゃあないんだが、その多くは、女中つきで倶楽部くらぶなんかに出没するグラン・オペラ的な連中で、このぽるとがる国リスボン市ばいろ・あるとあたりで船乗りの相手をしてる「ふらんす女・巴里パリー」は、テレサをはじめ、このとおり十中の十までFAKEである。へんな話だが、こんなことで国際聯盟あたりが仏蘭西に嫌味を言ったりするんだから、ふらんすにとっては飛んだ迷惑だろう。だいたい仏蘭西の女、ことに巴里女パリジェンヌなんて、そんな原始的に荒っぽい冒険家じゃあないんで、たとえば巴里市内の娼婦だって、大部分はチェッコ・スロヴァキアの女・波蘭土ポーランドの女・ぶるがりあの女・葡萄牙ポルトガルの女なんかなんだが、それらのすべてが、この「自称ふらんす女」と同一の心理と理由から、本場の巴里では、言い合わしたようにことごとく「西班牙スペイン女」と自己広告することにきめてるから、面白い。つまり巴里の売春婦で眼の黒い女・碧い女・茶色の女・髪の毛の黒い女・それほど黒くもない女・むしろ赤ちゃけた女、要するにすべての女が、すこしでも外国めいた点地タッチがあると人工的にそこを強調し、どう捜しても無いやつは仕方がないから無理にも作って――自由な仏蘭西フランス語を商用としてだけ御丁寧に不自由らしく片ことで話したりなど――どれもこれも、先天的俳優能力をもって器用にすぺいん生れに化けすましてしまう。だから仏蘭西の名誉としちゃあ、ここでまあ幾らか帳消しになる勘定かも知れない。BAH!
 ところで、問題は「ふらんす女」テレサだが――。
 そのテレサが、身体からだぜんたいに白粉おしろいを塗りこむ。
 何のためにそんな莫迦ばかなことをするかというと、「マルガリイダの家」では、船員を招いて博奕ばくちをさせ――これはいつも船乗りらしい簡単な歌留多かるたの勝負にきまってたが――そして単に賞品として、勝った男に一晩のテレサをあたえるという組織だったから、言わばテレサは、この場合一個の物品に過ぎない。したがって、それを目的に金を賭けるくらいだから、客のほうも前もって詳しく現物を見ておきたい。なんかと権利を主張するかも知れないし、マルガリイダ婆さんはまた、はじめに調べてもらわないと気が済まないなどとていのいいことを口実に、じつは、ただテレサの皮膚で一そう男たちの賭博心を焚きつけるための手段にすぎないんだが、その夜の客が詰めかけてるところ、からだ中に化粧をしたテレサを真っぱだかにして、「はい、これで御座います、HO・HO・HO!」なんかと挨拶に出すのだ。恐ろしいまでにあらゆる無恥と醜行に慣れ切ってるテレサが、その白熊みたいな莫大な裸形らぎょうと濡れた微笑とを運び入れて、そこで明光のもとに多勢の船員たちからどんな個人的な下検査を、平気で、AYE! むしろ大得意で受けることか。そして唯々諾いいだくとしていかなる姿態ポウズをこの半痴呆性の女がとって見せるか? つぎにまた、それによって刺激された船乗りたちが、何と、この女を所有するためなら「血だらけなブラッディ」給料の二、三個月分ぐらい前借しても構わない旺盛さをもって、ばくちに熱中し出すか――それは電灯と、偉大な舞台監督マルガリイダと and GOD・KNOWS!
「マルガリイダの家」は、ばいろ・あるとの一ばん奥まったはずれだった。白っぽい石壁に赤瓦あかがわらを置いた、そこらに多い建物のひとつで、這入ると、正面の廊下を挟んで左右に幾つも小さな部屋が並んでた。それがみんないわゆる歌留多かるた場だった。どんなにお客が来ても、夜中の二時まではお酒を売って――これがまたマルガリイダの儲けだったが――釣っておいて、二時かっきりに、例のテレサのお目見得を挙行する。それが済むと直ぐ、マルガリイダが「賭け札テップ」を売り出す。これは赤・白・黒の三種に塗られた円い木片で、赤のが五十エスクウド――約五円――白は三十エスクウド――ざっと三円――一円どこの十エスクウドのは黒のテップだった。つまり、どこの博奕場とも同じに直接現金でやり取りするんではなく、一応はじめに金をこの「賭け札テップ」にえて、これで勝負を争うのだ。そしてあとで清算してそれぞれまた現金に直すわけだが、ここでは、いくら馬鹿勝ちしたって一文にもならない。そのかわりテレサを取る。言わば、金をテップに換えてやった額だけ、そっくりそのままハウスの所得なんだから、誰が勝とうが負けようが、あとは卓子テーブルの上を色付きの木片が動くだけで、マルガリイダ婆さんは最初から取るものはすっかり取って大安心なのだ。ある者は五十の赤を二枚、または三十の白札で百五十エスクウド分、或いは黒だけ五枚で五十なんかと、どんなに細かく千切ちぎっても大きくまとめても、札は買える。が、一度テップにかえた金はすぐ婆さんのふところへ這入って、それを資本に勝ってテレサをない以上、この家のそとへ持って出たって勿論どこへ行っても金にはかわらないし、お婆さんもテップの買い戻しだけは金輪際こんりんざいしなかった。すると、それにしては、五円・三円・一円なんて安過ぎて大した儲けにもならないような気がするかも知れないが、何しろこれは下級船員間のはなしだし、また、毎晩なかなか人数にんずが多い――これにはリンピイの客引きもあずかって力がある――のだから、はじめ二時にどかんと「賭け札テップ」を売った金だけでも、往々にして、この社会ではそう莫迦にならないたかに上ることも珍しくない。それに、負け出してくると、博奕本来の興味と性質からいつの間にか熱くなって追っかけはじめる。だから中途で二度も三度も立って、ぽけっとの底を集めたので新しいテップを買いに来たり、なかには、飛び出してって波止場附近の酒場に友達の顔をさがしたり、船へ帰って金を工面して来たりするから、何度でもそれらに、金と交換に賭け札を渡していると、一夜の入金にしたところで、時としてなかなか大きくなる。テレサのことなんか忘れて、ばくちそのものへせっせぎ込む人間が、マルガリイダには何よりも有難いのだ。こうして船員の金はお婆さんへ移り、よそへ持って行っては価値のない木札テップだけが、男から男へ取引きされてるうちに、単純なかるたげいむだから興亡は転々として、やがて決勝時に近づく。五時だ。この五時になると、景気のいいものも落ち目のやつも一せいに手をめて、各自持ち札の総計トウタルをとらなければならない。赤一枚を五十エスクウドにかぞえ、白が三十、黒が十のことテップ面のとおりだ。で、全部の部屋の全部のテエブルを通じて、Aが七百八十二エスクウドで最高位、四百十七のBが次点――なんてことになるんだが、どうせお金で返ってくるんではなし、女もテレサ一人なんだから、そこでその夜の勝ちっ放しAが、テレサの待ってる二階の一室へ上ってくだけで、次点以下はいつも一さい切り捨てだった。この、負けてても勝ってても、正五時A・Mをもって打ちきり、そのときの札数スタンデングひとつで最後のTALKをすることには、さすが博奕に苦労してる連中だけに案外さっぱりしてて、出そうなもの言いもあんまり出なかった。それどころか、なかには、一番勝ちの札をぱらりと床へ撒いて、次点者にテレサを譲ってさっさと出て行ったりする見上げたSPORTYも現れたりして、この「マルガリイダの家」は大いに色彩的カラフルな人生の蛮地だった。もっとも、ときどき五時の決勝になってひねったことを言い出す解らねえ胡桃クラムズイ・ナッツも飛びだしたけれど、そんなのは大概自治的に客のあいだで押さえつけたし、すこし騒ぎが大きくなると、マルガリイダの眼くばせ一つで、跛足リンピイリンプが大見得を切って例外なく綺麗に取っちめていた。
 そして、明け方の五時から正午ひるまで――十二時になるとお婆さんが二階の戸を叩打ナックして男を追い出す――こうして、この空博奕からばくちに勝ったやつが、白熊テレサと彼女の over voluptuousness を専有し満喫するのだ。甘い物のげっぷと一しょに、いつもの「ふらんす女・涙の半生」を機械的に繰り返しながら、はなし半ばに怒濤のようないびきをかき出す可哀そうなテレサ! 何という呪われた大健康と、悲しいまでの肉体への無関心インデファレンスであろう!
 垂れたかあてんから光る海風が流れこんで、リスボンは今日も輝かしいお天気だ。
 この坂の上の魔窟町バイロ・アルトへ最初に訪れる「ほるつがるきぬぎぬ情緒」は、早朝から真下の裏街を流して歩く跣足はだしの女魚売りの呼び声である。
あう! かしゅうれ!
 というのは小鯛。
サア――ルデエイニアス!
 と聞えるのがいわし
えいる・えいる!
むしりおううん!

 ははまぐりの大きなの。

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作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

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