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葡萄牙のリスボンで、僕はリンピイ・リンプと呼ぶびっこの英吉利人と仲よしになった。
リンピイは海から来た男で、そしてPIMPだった――あとで解る――それはいいが、ついうっかりしてるうちに僕も捲き込まれて、その跛足リンプの助手みたいな仕事をしなければならないことになった。これも詳しくは「後章参照」だが、早く言えば、毎晩僕が夜の埠頭へ出かけて古いINKの海を眺めてるあいだに、いつからともなくこのリンピイと知り合いになったというだけなのだ。
ほるつがる――種が島と煙草と社交病を日本へ紹介した国。
日本――葡萄牙。
東の果てと西のはずれ。
地理的には遠く、歴史的には近い。
両国共通の言語でちょっとこんな判じ物みたいな小景が出来るくらいだ。
彼は
Raxa の「まんと」の「ぼたん」をかけていた。彼女は「
石鹸」で洗ったばかりの「かなきん」の
襦袢「Jib

o」に、「びろうど」Veludo の着物をきていた。「びょうぶ」の前に、ふたりは「さらさ」Caraca の座ぶとんを敷いて、Carta「
歌留多」をしながら飲んだり食べたりしていた。が、彼はあんまり「ふらすこ」のお酒を「こっぷ」で呑んだし、彼女が Pao「ぱん」と「こんぺいとう」を Tanto「たんと」食べ過ぎるので、お互いに
嫌になって離婚した。
FINIS
といったように、これだって君、あの、この頃産業的に需用の多い「
朝飯の食卓で
焼麺麭・卵子・
珈琲と一しょに消化してあとへ残らない程度の退屈で幸福な近代結婚生活の小説」の作例には、ちゃんとなってるじゃないか。BAH!
で、とにかくリンピイの Who's Who へかかる。
彼の商売は三つから成り立っていた。
第一にリンピイは、マルガリイダという五十近い妻と一しょに、市の
山の手に独特の考案になる
魔窟をひらいていた。マルガリイダは、CINTRAの古城のように骨張った、そして、不平で
耐らない七面鳥みたいに絶えず何事か呪い
喚いてる存在で、リンピイの人生全体に騒々しく君臨していたと言っていい。そのうえ彼女は恐ろしく
けちだったし、自分の思いつき一つで
家が
流行ったので、しぜん稼業のことはすっかり一人で支配していて、リンピイは more or less そこの
居候みたいに、
波止場の客引きだけを専門にしていた。それも、実際マルガリイダ婆さんに言わせると、リンピイなんか居てもいなくてもいいんだけれど、商売の性質上、男の
にらみの必要な場合もあったし、それに、リンピイは跛足のくせに素晴しく
喧嘩が上手だったから、お婆さんも重宝がって、格別追い出そうともせずにただ
顎だけ預けとくがいいよと言った程度に置いてやっていたのだ。この「マルガリイダの家」の呼び物は、テレサという白熊のような
仏蘭西女の一夜の
身体を懸賞に
博奕をさせるのだった。だから、いつ行っても寄港中の船員が
わいわいしてて、マルガリイダ婆さんの靴下は
紙幣束でふくれてた。が、このリンピイとマルガリイダは、お互いにどまでも経済的独立を厳守する夫婦関係――何と近代的な!――だった。と言うより、つまりそれは、彼女が彼に充分な儲けを
別けて
与らなかったからだが、そこで当然リンピイは、妻の一使用人として以外に自分だけの内職を持っていた。ここに企業家リンピイ・リンプの非凡な着眼が窺われる。すなわち、第二に彼は、一種の「
船上出張商人」――英語で
謂う―― ship-chandler「しっぷ・ちゃん」――を開業していたのだ。
夜の
りすぼん波止場で、僕は一つの不思議を見た――。
AYE!
闇黒がLISBOAの海岸通りを包むとき!
各国船員の
行列に
あるこほるが参加し、林立するマストに汽笛がころがり、眠ってる大倉庫のあいだに男女一組ずつの影が
うろうろし、どこからともなく出現するこの深夜の雑沓・桟橋の話声・水たまりの星・悪臭・嬌笑・SHIP・AHOY!
この腐ったインクの海は、何かしら異常な事件を呑んでるに相違ない。波止場の夜気は、僕の
秘有する
荒唐無稽趣味をいつも極度にまで刺激するに充分だ。それが僕の全 being を魅了してすぐに僕を「夜の岸壁」の自発的捕虜にしてしまった。もちろんそこには、何とかして変った話材に come across したいという探訪意識が多分に動いていたことも事実だが、とにかくリスボンでは、今日のつぎに明日が来るのと同じ確実さと連続性において、毎夜の
波止場が浮浪人としての僕をその附近に発見していた。一晩として僕は夜の波止場を失望させることはなかった。
が、これには単なる探険心以上に、僕を駆り立てる理由があったのだ。
それは、こうして毎晩「夜の波止場」に張り込んでた僕へ、僕の熱心な好奇癖を燃焼させるに足る一現象が run in したからだ。
Eh? What?
きまって真夜中だった。暗いなかに人影が
ざわざわして、その黒い一団がしずかに桟橋を下りていく。桟橋の端には、物語めいた一そうの
短舟が、テイジョ河口の三角浪に
擽られて忍び笑いしていた。訓練ある沈黙と速度のうちに一同がそれに乗り移ると、そのままボウテは漕ぎ出して、
碇泊中の船影のあいだを縫って間もなく沖へ消える。そして暫らく帰ってこない。が帰って来るとその一団の人かげが、同じ沈黙と速度をもって
小舟から桟橋へ上り、僕の立ってる前を順々に通り過ぎて、今度は町へ消えてしまう。夜なかに海を訪問する一隊! ははあ! 奇談のいとぐちには持って来いだ。しかも、believe me, それがみんな女で、引率してるのはびっこの小男だった。
これが毎晩である。桟橋と沖を往復する謎の女群。熟練を示すその沈黙と速度。At last, 大MYSTERYは僕のまえに投げられた。何のための毎夜の
とりっぷ? 女漁師? Absurd, 密輸団? Maybe.それにしても、何と祝福すべき小説――作者ライダア・ハガアド卿――的効果とシチュエイション!
山もある。「
はてな!」もある。
大通りも
小みちも充分ある。こいつにちょいと「
予期しない捻り」さえ与えれば、ジョウンス博士主宰通信教授文士養成協会――名誉と財産への急飛躍! はじめて万人に開かれた成功の大秘門! 変名で有名になって親類知己を
あっと言わせ給え!――の「必ず売れる小説を作る法」の講義録に
ぴったり当てはまって、どうだ君、そろそろ面白くなって来たろう。NO?
まだまだこのあとが大変なんだ。
YES。港だから、そら、毎日船がはいるだろう。船乗りってやつは、女を要求して――たとえばマルガリイダの家のテレサなんかを
目的てに――やたらに上陸をいそぐものだ。が、上陸させちまっちゃあ話にならない。いたずらに老七面鳥マルガリイダを
ほくほくさせるばかりで、何らわが新事業家リンピイの利得にはならないから、そこで彼らの上陸の前夜か、もしくは過半上陸しても不幸な当番だけ居残ってるところへ、暗い
いんくの海を桟橋から一
艘の
小舟がこいで来て横づけになる。女肉を満載したボウテ! すると、訓練ある沈黙と速度をもって、五、六人の女隊が、アマゾン流域特産の
ぽけっと猿みたいに
するすると
船腹の
縄梯子を這い上って甲板へ現れる。これが真夜中の船の女客――
船上商人リンピイがひそかに駆り集めて来た「商品」だ。が、これも、昼間の市民としては、女中や場末の売子をしてる女達――相当若いの・かなり若いの・ほんとに若いの・少女めいたの・肥ったの・
瘠せたの・丸顔の・
面長なの・金毛の・黒髪の――。
それらが次ぎつぎに船の手すりを
跨ぎながら、細い、太い、円い、めいめい色のかわった声を発する。
今晩は!
今晩は!
今晩は!
と思うとすでに、長い海によごれ切った水夫と火夫のむれが、この呼吸する商品のまわりにぐるり素早く輪を作ってる。にやにやと殺気立つ選択眼。その、天候と粉炭と余剰精力とで黒い層の出来てる彼らの首根っこへ、女たちの白い腕がいきなり非常な自信をもって巻きついていく。最初に視線を交換した船員と売春婦――これほど直截な相互理解はまたとあるまい。港の挨拶はこれだけでたくさんだ。何という簡潔な「恋の過程」! 何て出鱈目な壮観! そこここの救命艇のかげ、船艙の横が彼らにとって船上の即席らんで
うだ。そして、星くず・インクの海・町の灯・夜風。五、六人の女と、時として五、六十人もの海の野獣と――こうして、それらの全場面に背中を向けて忍耐ぶかく待ってるあいだに、毎晩リンピイは一たい何本の煙草をじゅっと水へ投げ込むことか?――GOD・KNOWS。
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