6
第三の場処「夜の花園」――については、残念ながら何ら筆にすることが出来ない。ただ所在を記すだけにとどめておこう。広場ダンフェル・ロウに近いルウ・デ・アウブルの一〇八番だ。
第四の場処「狂画家の工房」――これも困る。
つぎは第五「人魚の家」―― 87, Rue de L'Orange。ノウトルダムのすぐそばである。これも、這入った時は何のへんてつもない、相当の広さの普通の応接間だった。
が、一同がその部屋へ案内されて、さて、これから何がはじまるんだろうといったふうに、多少要心するような態度で、きょときょとそこらを見廻していると、何らの予告なしに急に室内の電灯が消えて真暗になった。すると、どこかでざわざわと水の動く音がして、おや! と思ってるうちに、映写のようにぱっと真上から強烈な光りがさした。そして、敷物と言わず家具といわず人の肩と言わず、部屋全体に無数の影がゆらゆらと揺らめき出した。
とこういうと、何か人為を超越した恐しい設備でも伏せてあったように聞えるが、なに、よく観察すると至極簡単な装置なんで、誰だって、部屋へ通されると同時に天井へ注意を向ける人なんかないから、今やっと気が付いただけのことなんだが、ここの天井は一面に硝子張りで出来ていて、上に水が張ってある。そしてそのなかで、多勢の人魚が泳いでいるのだ。
室内は闇黒だ。天井は板硝子で満々と水をたたえている。そこに、硝子の下と天井裏とに晧々と電灯が輝き渡っているんだから、早く言えば、金魚鉢を陽にすかして下から覗くようなもので、頭のうえに、光線を溶かして照明そのもののような水がひたひたと浪を打ち、女たち――のが薄桃色の蘭の花みたいに大きくひらいては縮み、鳥のようにつうと流れ、二本の脚を拡げたまま浮かんで行ったり、潜りながら魚のように急廻転したり、静かに水を煽って平泳ぎを続けるのもあるし――何のことはない、まるで海水浴場か湯船の底を見上げるのと同じで、水はそんなに深くないから、なかには立って歩いているのもあれば、蹲跼んで肩まで浴かってるのもある。
十五、六の、女になり立てのから三十歳前後まで、十人あまりの女群のなかには、アルジェリイかどこか植民地産らしい黒人の女もいた。水に濡れて、膃肭臍のように光っていた。それがみんな、水中の必要に応じて思い切り行動する――その全部を細密に照らし出して、石化したようにじっと振りあおいでいる一行の肩に、頭に、絨毯のうえに、硝子ごしの光線は千切れ雲のような投影を落している。
上は明るい海底と人魚の乱舞、下は、ぽうっと月夜の森のような半暗の凝結だ。
幻のように水の音が聞えていた。
戸外へ出ると、ノウトルダムのてっぺんに巴里の月が引っかかって、石畳が汗をかいていた。夜露が降りたとみえる。
この NOTRE DAME ――ノウトル・ダムの寺院だが、これこそは、巴里のノウトル・ダムかノウトル・ダムの巴里か、てんで誰でも知ってる。そしてそれが、船の形をしてセエヌに浮んでいる、小さな市の島の小高いところに建ってることも、昔シイザアが威張り散らして羅馬からここへ来たとき、巴里はこのセエヌの小舟島イル・デ・ラ・シテだけに過ぎなかったことも、だから今でも巴里の市章は、この市の起原を象どった船の模様であることも、イル・デ・ラ・シテはよく巴里の眼と呼ばれ、ノウトル・ダムは屡々その瞳と形容されることも、いつの世に誰が建立したのか未だにはっきり、判らないこのノウトルダムに関して、ヴィクタア・ユウゴウは紀元七百年代にシャレマアニュがその第一石を置いたんだと説いてることも、この、ルイとボナパルトと敵と味方の泪を吸って黒いゴセックの堆積が、いかに多くの荘厳と華麗と革命と群集の興亡的場面を目撃して来たのであろうことも、傴僂のカシモドが身を挺してエスメラルダを助けたことも、一八〇四年、ナポレオン一世がここで戴冠式を挙げて、参列者の一人ダルバンテ公爵夫人が「眼に見るように」手記してるとおり、せっかちなナポレオンは、まず一つの冠を非常に静かに――痛くないように注意して、軽くジョセフィンの頭へ戴せたのち、自分のは実にがさつに引っ奪るが早いかぐっとかぶって並居る僧正大官を驚かしたことも、そして今、そのノウトルダムは巴里第一の名所として、見物の異国者が引きも切らずに出たり這入ったりしてることも――これらはみんな、巴里のノウトルダムかノウトルダムの巴里かてんで、誰でも知ってる。いわんや中殿の屋上に十二聖徒の立像が巴里を見張っていることや、その有名な塔のうえに、より有名な異形変化の彫刻が、これもおなじく巴里を見張っていることやなんか――有名だから誰でも知ってる。
が、そう何からなにまで誰でも知ってるんじゃあ僕も物識り顔をする機会がなくて困るんだが――ここにたった一つ、これは確かに僕が最初に発見したんだと揚言して憚らない、「ノウトルダムの妖怪」という新事実があるのだ。
妖怪は、塔の上の変獣化鳥、半人半魔の奇異像である。
まあ、聞きたまえ。
7
故郷を見捨てるのはロマンテストの哀しい権利だ。みんな他の種族の秘夢をさぐり、新しい人生の瞥見にあこがれ、地球の向側の色彩をおのが眼で見きわめたい衝動に駆られて旅に出る。そして、そのうちの或る者は、鬢に霜を置いても帰ろうとしない。この種の「漂泊の猶大人」の多くを、人は今ふらんす国セエヌ河畔の峡谷に見るであろう。
セエヌの谷――「巴里」。
こうして、何だか自分でもはっきりしないものを翹望して旅をつづけて来た流人達は、一度セエヌの谷へ這入るや、呪縛されたようにもうそこからは動こうとしない。巴里は魅精を有つからだ。ここに言うノウトルダムの妖怪がそれである。木乃伊取りが木乃伊になるように、この妖怪に取り憑かれた彼らは、いつの間にかその妖怪の一つに化し去ってしまうのだ。
こころみに暗い螺旋段をノウトルダムの塔上へ出てみたまえ。
そこの、栄誉あるGOTHICの線と影のあいだに、或いは、長い曲った鼻を市街の上空へ突き出し、または天へ向って鋭い叫びを投げあげ、もしくは訳ありげに苦笑し、哄笑し、頬杖をついている不可思議な石像の群――巨鳥の化けたようなのもあれば、不具の野獣に似たの、さては生き物を口へ押し込んでる半身魔、眼を見張って下界を凝視してる幽鬼――これら石造の畸形児の列が、肘と肘をこすり、互いに眼くばせし合い、雨の日には唾をしながら、はるか下に霞む巴里を揶揄している。
これがノウトルダムの、いや、世界に名だたる巴里の、妖怪像なんだが、より驚くべきことは、夜になって魔性の巴里が「べつの生」を持ち出すが早いか、これらの奇像群がのこのこ塔を下りて来て夜っぴて町じゅうをうろつく一事である。うそでない証拠には、私はよく夜の巴里で、この、現実にそして巧妙に人間化している妖怪どもに会った経験があるのだ。
土耳古の伯爵になりすましてグラン・ブルヴァアルの鋪道の椅子に ap
ritif を啜ってるのや、セルビヤの王子に化けて歌劇のボックスに納まってるのや、諾威船の機関長として横町の闇黒で売春婦と交歩してるのや、なかには波蘭土の共産党員を気取って聖ミシェルのLA・TOT0で「赤い気焔」を上げてみたり、ぶらじるの大学生に扮して「円い角」で喧嘩してみたり、タヒチの画家と称して街上に春画を密売したり、そうかと思うと、セエヌの塵埃船を夜中にせっせと掃除していたり、メニルモンタンあたりの軒下にボルドオ赤――一九二八年醸造――の壜を抱いてぐっすり眠っていたり、古着屋に乗り移って、車を押しながら天へ向って鋭い呼び声を投げ上げて行ったり――その他、かれらの千変万化ぶりは枚挙にいとまもないが、これらのノウトルダムの grotesques が仮りに人格化した有機物こそは、夜の巴里の忠実な市民なのだ。邪教のMECCAの狂信的な使徒達なのだ。
げんに今も、その妖怪の一つは、日本老人アンリ・アラキという存在を藉りて、こうして「生ける幽霊たち」の行列を引率している。ひょっとすると、この「脱走船員ジョウジ・タニイ」なる性格も明かに妖怪の化身かも知れない。ただ近代の百鬼夜行だから、練り歩くかわりに大型自動車をすっ飛ばしてるだけだ。N'est-ce pas ?
夜が更けるにしたがって、巴里は一そう生き甲斐を感じてくる。
ことにその裏まち――ノウトルダムの化物どもは巴里の裏町を熱愛する。
例えばこの、美しく不潔で、巨大に醜い大街セバストポウル――巴里人の通語では略して「セバスト」、憲兵が一般にシパルであるように――は、デュウマの世界が今をそのままに生きている巴里諸相の代表的なひとつだ。そこには、聖マリ・聖ユスタスの両会堂に近く、あまりに古い名の町々が残っていて、その横町と門内の中庭、よごれて傾いた家と、痩せて歪んでいる街灯の柱、そして、酒と脂粉と自動車油のまざった、むっと鼻を突いて甘い巴里の体臭、各民族の追放者のような群集の吐息――そのなかに蠢く市場の「強い男達」と彼ら相手の女のむれ、焼粟屋の火花と肥った主人と、より以上に肥満し切ったその夫人、酒番とトラック運転手と、愛すべき「小説」の apache と彼の gon-zesse。
いまこの町は、笑い声と色眼と秘密と幽暗で一杯だ。
ヴァイオリンを弾く妖精・モリエレルの下男・キャロウの乞食・女装に厚化粧した変態の美青年・椅子直しの角らっぱ・鳥の餌売りの十八世紀の叫び・こうる天ずぼんの夜業工夫・腹巻に剃刀を忍ばせている不良少年・安物の絹のまとまったコティ製の女――これらがみんな露路と入口と鋪道をふさいで、ざわめき、饒舌り、罵りあい、大げさな表情と三角の髯がフェルトの上履きのままおもてを歩き、灯の明るい酒場から呶鳴るバリトンが洩れ、それに縋って金切り声のソプラノが絡み、つづいて卓子が倒れてグラスが砕け、一膳めし屋の玉葱汁――定価金三十文也、但し紙ナプキン使用の方には二十五サンチイム余計に頂きます――に人影が揺れ――この、楽しい窮乏と色彩的な喧噪のSEBASTO街なる「おいらの巴里」を、ぶうと迂廻したわが妖怪自動車は、やがて、びいどろのXマス緑樹に色電気をかけつらねて、そこへ香水を振り撒いたような、最も高価な好奇の牧場、真夜中過ぎのシャンゼリゼエを――ぶうと第六の場処へ。
シャンゼリゼエからちょいと横へ切れた、眼立たない裏通り、Rue d'Albe の九番地下室である。
第六「劇場後の劇場」。
這入ると直ぐ大きな字で書いてある。
Vive L'amour ! ――恋ばんざい!
Vive le bon Vin ! ――好い酒ばんざい!
Vive la chanson ! ――唄ばんざい!
Vive la danse ! ――ダンスばんざい!
Vive L'amour ! ――恋ばんざい!
ふっくらとした真赤な絨毯を敷き詰めた階段だ。先に立って降りながら、親分が言う。地下室とはいえ、あかるい電灯と金ぴかの装飾に化粧品みたいなにおいが漂って、ちょっと大ホテルの婦人室を思わせる。
『御覧のとおり、ここは今までのところと違いまして、ずっと高級であります。劇場後の劇場――名前が示しているとおりに、芝居が閉ねてからの芝居でありまするが、つまり巴里じゅうの有名な女優たちが、木戸を打ってから此家へ集りまして、特に皆さんのために珍しい舞踏をお眼にかけようというのであります。今夜はことに、名のある女優さんはほとんど全部来ておるはずですが、この連中にはまた外聞ということもありますから、どうぞ仮面だけはお許し下さるように、これは予め私から、お願い申しておきます。では、御随意にお掛け下さい――。』
と言うんで、一同がばかに豪そうな重い扉からいわゆる劇場へ案内されると、これは小劇場をうんと小さくしたような、というより、室内劇場とでも命名したい、ささやかな、けれど暖く落着いた一室で、真赤な絹張りの安楽椅子が、劇場の観覧席のように舞台の方を向いて並んでいる。正面に高目の小舞台、真赤な幕が垂れ下っていた。
みんなが席につくと、例の饒舌家がはじめる。
『すると、これは公開の劇場というわけじゃあないんですね。』
『冗談じゃありません。公開の場処ならこうして私がお供するまでもないじゃあありませんか。もちろん極く内証にやっておるのです。』
馬鹿なことを訊くやつだといったふうに、アンリ親分は冷淡に受け応えする。が、しゃべっていなければ気の済まない饒舌家は、
『有名な女優というと――。』
『先週オペラ・コミイクでサロメをやったモナ・ベクマン嬢だの、テアトル・フランセイズのミリイ・ブウルダンだの、いま出てきますから一々名前を申しあげます。ただしかし、面をかぶっていますが、それは先刻もお許しを願ったとおり、下っ端ではないのですから、これだけあどうも――。』
『なに! ベクマンやブウルダンなんかまで? そいつあたいしたもんだ。うむなるほどね。それあ面ぐらいは我慢しなけりゃあ――。』
それに同意して、全員しきりにうなずいているところへ、舞台の下で急に蓄音機が鳴りだすと同時に、見物席の電気が消えて音もなく幕があがった。
脚下灯のまえに二十人ほどの女優が二列にならんでいる。
黒の靴下に高踵靴だけの着付けだった。すこし背の低い前列は、それに一様に黒い毛皮の襟巻をして、つばの広い黒い帽子をかぶっていた。せいの高い後列の女優たちは、絹高帽に鞭のような細身の洋杖を持っていた。前が「女」、うしろが「男」の組らしい。それがみんな、靴と靴下と帽子のほかは完全に裸だった。その靴も靴下も帽子も、「女」の組の毛皮も、「男」の組の洋杖もすべて漆黒なので、女優たちの膚の色と効果的に対照してちょっと美術的な舞台面だった。全部、言うまでもなく顔ぜんたいを黒布の仮面で覆って、眼と鼻のさきと口だけ出している。
アンリ親分が立って、端から名を呼びあげる。
『デ・ラヴェニウ座のイヴォンヌ・モレエル嬢、つぎはモナ・ベクマン嬢、第三は、いまオデオン座の「サフォ」で売出しの若手人気女優ジャンヌ・ロチ嬢、四番目は――。』
と言ったぐあいに、前列が終わると静かに入れ代って後列が前へ出る。そうして一わたりこの披露が済んだかと思うと、やにわに二十本の脚が高く上がり、蓄音機に合わして盛大な舞踏になった。
「男女」二人ずつ組んで社交だんすの形をとったり、バレイみたいに団体的に跳躍したり、かわるがわる一人の花形を中心にレヴュウのように廻ったり、反ったり開いたり――その度に杖と毛皮と乳が揺れて、黒い靴下のほかははだかの脚が、何本も何本も見物のあたまのうえで曲がる、伸びる、廻る――つよい脚下灯の光りを下から受けて――。
『これがみんな有名な女優なんですからなあ。ほかで見ようたって、思いも寄りませんや。』
饒舌家が呟いていた。が、誰にも聞えないとみえて、振り返るものもなかった。
白と黒の廻転は幕なしにつづいて往ったが、おわりに近づくに従い、舞台は記述の自由を与えないことを遺憾とする。
一行はぞろぞろ戸外へ出た。そして、白みかけた朝の空気のなかで解散した。
『さあ、これあこれで宜し、と――。』
一行を送り出して角で別れた親分が言った。
『あいつら、巴里にゃあ凄えところがあるってんで、嬉しがって帰りやがった。』
じっさい、ことごとく満足した全隊員は、解散真ぎわに例の饒舌家が五十法のチップをはずんだのを皮切りにみんな真似して五十法ずつ親分へ献上して行ったくらいだ。が、忘れ物でもしたのか、饒舌家は間もなく引っ返してきた。すると親分は、ごく事務的に私と彼を連れて、いま出たばかりの「劇場後の劇場」へこうして後戻りしたのである。
面を脱って着物を着た「有名な女優たち」が、観覧席で帰り支度をしながら、きゃっきゃっと騒いでいた。そのなかにまず、私は「モナコの岸」のマアセルを発見した。つぎに、ほかの「女優」もすべて、「すすり泣くピエロの酒場」や「人魚の家」やその他の場処で今夜見た顔にすぎないことを知った。饒舌家は草臥れたと言って、不機嫌そうに隅の椅子に腰かけた。そして直ぐに女のひとりと口論をはじめて、アンリ親分に呶鳴られていた。
がやがやするなかで、親分は、出発まえに客から集めた金を取り出して、八百長役の饒舌家をはじめ、幾らかずつそれぞれの女に配りながら、大声の日本語で私に話しかけた。
『どうだ、ジョウジ。いい商売だろう! みんなよく働いてくれるから俺も楽さ。なに? 有名な女優の名を使うのは非道えじゃねえかって? 馬鹿言いなさんな。そっくり出鱈目だあね。モナ・ベクマンだのジャンヌ・ロチなんて、そんな名の女優さんがあったらお眼にかかりてえもんだ。知らねえのは恥だてんで、紳士連中しきりに頷首くからね。そこがこっちのつけ目さ。え? 「モナコの岸」? マアセル? このマアセルか。止せよジョウジ、冗談じゃあねえぜ。此女あお前、俺んとこの嚊じゃねえか。』
そう言って笑った時のアンリ・アラキの顔に、私ははっきりノウトルダムの妖怪を見た。
――と、ここでこの話は済んだのかと思うと大間違いで、君、忘れちゃ困る。君もいま巴里へ来てることになっているのだ。で、着く早々「女の見世物」を漁りに飛び出すはずだったが、ま、もすこし我慢しておしまいまで聞くとして、さて――いやに星のちかちかするPARISの夜、聖ミシェルの酒場、大入繁盛のLA・TOTOの一卓で、数十年来この巴里の「不鮮明な隅」に巣をくっている日本老人アンリ・アラキと、老人のいわゆる「脱走いぎりす船員」たるジョウジ・タニイとは、実はこうして、昨夜から今までまだ饒舌りこんでいたのだ。
が、不思議なことには、夜どおし一人でしゃべり続けて疲れたせいか、話しているうちにアンリ・アラキは、だんだん当初の親分的な無頼さを失い、それとともに、私の尊崇おく能わなかった「七つの海の潮の香」も、「大胆沈着・傍若無人の不敵な空気」もどこかへすうと消えてしまって、かわりにそこに、「さまよえる老猶太人」らしい淋しい影が一そう拡がり、見るまに彼の全人格と身辺を占領して、この長ばなしを語りおわったとき、「大親分アンリ・アラキ」はただの見すぼらしい日本人の一お爺さんに還元していた。
眼をしょぼつかせながらべっと唾をして彼は結んだ。
『――と言ったふうにね、いまお話したような商売を始めれあ儲かること疑いなしでさあ。それというのが、巴里というところはどういうものか昔からそんなふうに思われていて、早え話が、巴里にゃあ物凄え場処があるってんで、英吉利人やめりけんなんか、汗水流して稼いだ金ではるばるそいつを見にやって来るてえくれえのもんです。だからさ、見たがるものを見せてやるために、ちょいとね、今の話のようなすげえところを拵えといて、その物欲しそうな面の外国の金持ちを集めてしこたまふんだくって一晩引っ張り廻そう――てのが、つまり、これあわたしの、長えあいだの、ま、夢でがさ。が、よくしたもんで金はなし、第一そんな女もなし、今さらこの年で日本へ帰ろうにも、領事館へ泣き付いて移民送還てのも気が利かねえしね――済んませんが、あんた、いくらか煙草銭でも与ってくれないかね。』
言い終わった老人の顔に、私は、今度こそほんとにノウトルダムの妖怪を見た。
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