散歩者の感情
「旅は、はるばるほんとの自分をさがしに出るようなものだ」という。この「ほんとの自分」として最初に行ってくるのが、じぶんの属する人種と国籍にいまさらのように気のつくこと。そしてそのもっとも端的な場合が――床屋だ。 で、これは床屋での出来事――出来事というほどのことでもないが――である。 いったい日本でも理髪店は私を臆病にする。鏡という女性的な、伝説的な存在のまえで、刃物と饒舌が思うさま活躍するからだ。ことに白い布を首のまわりへ押しこめられて、大きな椅子に捕虜になっていると、私はすっかり自信をうしない、かがみの中の自分へむかってひたすら恐縮する。「一男子がこころから友達を要求する時」――そんな気がしてくるのだ。 だからその時も、こみ上げてくるこのはかなさで一ぱいになりながら、私は椅子にじっとして一刻も早く「手術」がおわるのを待っていた。倫敦の町はずれの、一住宅区域内の商業街の、煙草屋の奥の床屋である。午後二時半。良人たちはみな市の中心へ出勤し、夫人達はそろそろお茶の支度にかかり、胃は昼飯を消化して睡気をもよおし、交通巡査はしきりに時計を見て交替にあこがれ――これを要するに、町ぜんたいがようやく一日の疲れを示し出して、蠅と床屋の鋏と太陽だけがますます調子づくほか、一時ちょっと万物が虚脱するような真昼の静寂だった――どうもいかにも大事件が突発しそうだが、また私じしんにとっては確かにひとつの衝懼にちがいなかったが――。 ところで、「近処の床屋」と言えば、その舞台装置はたいがいきまってる。あんまり綺麗でない壁にあんまり綺麗でない大鏡が二個乃至三個ならび、そのあいだに角の演芸館の二週間まえのびらと、ジョニイ・ウォウカア―― Born in 1882, still going strong ――の広告絵がかかり、あんまり綺麗でない白衣を着た床屋が――床屋のくせに髪をぼうぼうさせて――とにかく、出はいりの誰かれとみんな知合いとみえ、 『よう、ハアリイ! あれからどうしたい?』 『へっへ、ゆうべの勝負か――とうとう七志の負けさ。』 『わりに軽傷で済んだね。』 なんかと昨夜の歌留多を追憶したりすること日本におなじ――そのハアリイやデックやタムが、ちらとひとつの鏡を見ては一様にちょっとおどろいている。そこに、黄色い黒い顔の、眼の吊り上った、針金みたいな黒髪の異形な人物の映像がありありと写っているからだ。が、入り代り立ちかわりする外来者が、南あめりか森林地帯で捕獲された不運な小動物――学名未詳――を見学するときの、明白な好奇心と多少の不気味さをあらわした眼をもって、いくら斜めに――正面から凝視することはこの怪人を激怒させるかも知れない。そして犬や猫をさえ激怒させるようなことはしないのが英吉利の紳士だから――見ようと、その映像の本尊たる私は平気以上に平気だ。とは言え、たださえ床屋における私は一ばん弱い瞬間の私だ。私は正直に、このとき私は私のなかの日本人を意識し、三千年の光栄ある歴史を思い、私のうしろにぼうばいたるにっぽんの背景を感じ、この床屋の椅子のうえで、民族代表の重大な責任にいささか身体を硬ばらせていた、と告白したほうがいいかも知れない。つまり、すくなからず気取っていたのである。 公衆のまえで気取ると私は顔面から水蒸気を発散するのがつねだ。ことにその日は暑かったので、私は、鏡のなかの私からぽっぽと湯気が立っているのを見た。 ちょうど客一同のあいだに不自然な沈黙がつづいている最中だった。無言でいることの苦痛な床屋は、私の水蒸気に気がついたのを機会に、それを利用して、ちょっと変なその場の空気を救うべく、えへん! と一つ英語で咳払いしてから直接私へ話頭を向ける。 『お暑うございますな今日は。』 べつに反対すべき理由もないから、私もかるく同意の旨を発表する。 『然り。何と暑き日でこんにちのあることよ!』 『全くこうあつくちゃあやり切れませんな――しかし、こんなのはそう長くは続きませんよ。きっと、また明日あたりみんな外套を着るでしょう、へへへへ。なあデック!――と大きな声でデックへ――ロンドンの天気だけあわからねえなあ。』 『そうよ。ロンドンの天気だけあからきしわからねえ。』 順番を待っているデックが答える。こいつが店へ這入ってきたとき魚のにおいがしたから、按ずるに、このデックは四、五軒さきの魚屋の若い者であろう。と言っても、べつにいなせななりをしているわけではない。金いろの毛の密生した手で新聞を読んでいる。 『じっさい、』と床屋は私の頭のうえで、『もう二、三時間もしたらわたしの考えじゃあざあっと一雨来ますね。それからぐっと涼しくなりまさあ。』 『われは、そのなんじの予言の真実ならんことを望む。』 これは言うまでもなく私だ。何だか知らないが床屋はひどく驚いている。 『おや! 旦那は暑いのはお嫌いですか?』 『われは、あまりに寒きを好まざるがごとく、あまりに暑きをも好まざるものなり。』 『へえい! そいつあ驚きましたね。わたしゃまた、旦那あ寒いのあ閉口だろうが、暑いのはどんなにあつくても、暑くて困るってこたあないのかと思ってましたよ。』 『そも何が汝をしてしかく思わしめしや?』 『だって、暑さには慣れておいででしょう? お国は素敵にあついんじゃありませんか。』 『われらは故国において相当暑き夏と、相当さむき冬と、ちょうどよきところの春と秋とを持つ。』 『ひゃあっ! 年が年中べらぼうに暑いってえじゃありませんか。うそですか?』 『否。そは断じて事実にあらず。』 会話の速度が早まるにしたがい、私は一そう切口上だ。床屋は非常に不服そうな顔をしている。 『そうですかねえ――ばかに暑いってことを聞いたがなあ。うそですかねえ、すると。』 そこで私は、念のために訊いてみた。 『汝は果して世界のいずくに関して談じつつあるや、われこれを疑う。』 すると床屋が言下に応答した。 『印度じゃありませんか勿論――お顔は? お剃りになりますか。』 『否!』 『洗髪は?』 『否!』 『おつむりへ何か?』 『否!』 『香油でも――。』 『否!』 八片おいて出てくるときひょいと鏡を覗くと、真赤に憤慨中の「印度人」が、この小さく傷つけられた民族の誇りに、いよいよ昂々然と刈りたての頭を高く持しているのを発見した。 戸外は、それこそ印度猛夏の日中だった。 亜米利加ではしじゅう支那人あつかいされたものだが、どういうわけか、いぎりすへ来たら今度はよく印度人に間違われる。これも或る日の午後、私はろんどん一流の百貨店セリフリッジ、彼女の命令により旅行用の衣裳掛け――あの、折畳式になって皮のふくろに這入ってるやつ――を、hunt down すべく、ちょうど買物時刻の人ごみのなかを血相かえて右に左に奔走していた。すでにこんな努力が必要だったくらいだから、いかにその折畳式袋入衣裳掛なる物品が、ふくろにはいっているせいか旅行用品部のどこを見ても決して露出していなかったかがわかろう。そのうちにつるべ落しの夏の陽はとっぷりと暮れかかるし、足は棒のようになるし――これじゃあまるで山道にさしかかっているようだが――いったい私は、何ごとによらず西洋人にものを教えてもらうことが大嫌いで、ロンドンなんかでもたとえどんなに途に迷っても never 人に訊くということはしないんだが、この時だけは仕方がないから、恥を忍んでちらと見えた売子監督へ駈け寄った。 執事と門衛と売子監督はいぎりす産に限ると言われてるほど、いかさま堂々とした「能なし」がお仕着せのモウニングを一着におよび、微笑の本家みたいな顔をして直立している。 そこを私が襲った。 『旅行用の衣裳かけは一たいどこに隠してあるんです?』 かれは、ここぞとばかりふだんの三倍も落着きはらって反問した。 『旅行用の――何と仰言いましたかしら? 失礼ですがあとのほうが聞きとれませんでしたので、はなはだ御面倒ながら、もしおさしつかえございませんでしたら、もう一度おうかがい致したいと考えておりますところですが。』 英吉利人はこういうものの言い方をする。 『旅行用のコウト掛け――まさか旅行中じゃありますまいね。』 『いえ! コウト掛けならば確かにどこかにございますから――。』 『どこに? ――その潜伏場所をはっきり――。』 『旅行品部は捜索なさいましたろうな?』 『もちろん!』 『では――と、では、衣裳掛けですからことによると衣裳掛部にございましょう。御案内いたしましょう。こちらでございます。』 というので、私はこの微笑するモウニング・コウトと伴れ立ち、ふたたびほそい通路の旅行に発足したんだが、みちみちくだんのモウニング・コウトがだんだん個人的な声を出す。 『ずいぶん長くかかりましょうな、お国からここまで。』 『イエエス。だから帰りにはどうしても衣裳掛けが要ると思って――。』 『いや、よく解ります。どうですか、コロンボのほうは? やっぱり景気がよくないですか、ここと同じに。』 『コロンボ?』 と訊きかえしながら私は気がついた。が、第一うるさいもうるさいし、せっかくこのモウニングがそう信じこんで得意になっているのだから、とっさに私は、そのままコロンボ市を「懐しい故郷」として、とにかくこの場は採用しておくことに決心した。 『あんまり面白くないです景気は。』 『ははあ、そうですかな――印度からですと、どういう路順でこちらへ――?』 『こっちから印度へ行く路のちょうど逆に当りますね。』 『ははあ――すると?』 『衣裳かけはこの売場にあるはずなんですか。』 『は。そうです。ここでございます。』 急に現職業にかえったかれは、そこの売台と私の中間に正しくななめに停ちどまりながら、つんとモウニングの袖ぐちを引っぱって、売子の女に上官としての適度の威をしめして言った。 『この紳士へ旅行用衣裳掛けをお見せ申すように。』 で、ついに私も、こんなに骨を折らせた旅行用衣裳掛けなる怪物を現実に――OH! じつに現実に!――私のこの掌のうえに捕獲する機会に到達し得たのだった。これは一に私が、印度人にまで「変装」してその難捜査に従事した結果であると私はいまだに信じている。 買物で思い出したが、英吉利人はやたらに「Q!」という。Thank you だが、これがどうしても「キュウ!」としか聞えない。それも恐らく尻上りの「キュウ!」なんだから、はじめは誰でもちょっとびっくりさせられる。店へ這入る。すぐに番頭か女が近づいてきて、 『わたくしに出来ることがございますか――何をお眼にかけましょうか?』 なんかという。こっちの店の制度は、たいがい売子がじぶんの売上高の何割かを貰うことになっているから、みんな一片でも高いものをひとつでも余計に売りつけようというので一生懸命だ。これを知らずにいぎりすの店員は親切で熱心だなどと無闇に感心する人がよくあるが、たちまち自分のぽけっとへ影響して来るんだから、露骨に熱心にもなろうし、売らんがためには親切であることも必要なわけだ。が、このやり方は私はあまりいいとは思わない。それはなるほど店員の刺激にはなるだろうけれど、時として店の空気を不純にし、かつ多くの場合、客に自由に店内を見てまわる気をなくさせ、監視されているような感じを起させやすい。で、いや、なに、ただ漫然と見て歩いてるに過ぎないから放っといてくれ――こう店員に言ってやるんだが、すると彼らのすべてが、ぷいとそっぽを向いて「キュウ!」と楽器的な音響を発する。これも例の「有難う」なんだが、この場合は「ふん、お生憎さまでしたね!」ぐらいにしかこっちにはひびかない。その他あらゆる機会にあらゆる意味の「多謝」をふりまく。そして、あらゆる意味の言葉なるものは、ただちに無意味な発音として以外に存在し得ないわけだから、いぎりす人の「有難う」は要するに習慣によって機械的に出る無意味な発音に過ぎないということになる。 「Q!」の用例を二、三左に示せば――。 仮りに電車のなかで誰かがいやというほど君の足を踏んだとする。このとき、君がもし大英国の紳士!――もしくは淑女――なら、君はしずかにその加害者を振り返って、おもむろに、しかし出来るだけ金属的に、社会道徳上一般に公認された悲鳴をあげることであろう。 『有難う!』と。 そしてまた――。 市街自動車で車掌から切符を買う。すると、車掌も客も同時にこの「キュウ!」をやりあう。車掌は切符を売るのがあたりまえ、客は車掌から切符を買うのが当然で、その間「有難う」も何もなさそうなものだが、そこらがいぎりすの英吉利たるゆえん――車掌も客も紳士であり淑女である発露なのであろう。もっとも何の意味もない「キュウ!」なんだから、たとえそれが「多謝」のかわりに「地獄へ行け」であってもいっこうさしつかえないわけだけれど――だから、女中が料理をはこんでくれば「キュウ!」その皿を落して割っても「キュウ!」皿のかけが飛んで怪我をしても「キュウ!」雨が降っても「キュウ!」陽が照っても「キュウ!」――で、こういう私たちも、朝から晩までボウイにも門番にも運転手にも「キュウ!」の撒きつづけだ。 『キュウ!』 皿を割るというので思い出したが、こっちで日本に関してこんなことをいう。 ある金持の家に、中世紀から伝わっている古い英吉利の皿が十二枚そろっていた。こんなに見事なものが一打そっくりあるのは非常に珍しいとあって、その家でも大いに大事にしていたところが、何かの粗相で一枚こわしてしまった。そこで、残念でたまらないというので、いろいろ相談の結果、一枚同じのをつくらせて補うことになったんだが、そのふるい製法はいぎりすではもうあとかたもなく消えてしまい、どこへ訊きあわせても、それと同じ模様、おなじ色あい、同じにおいを出し得る自信をもって引き受けようというところは一軒もない。一打の半ばを満たそうというんだから、言うまでもなくすべての点で完全に他とおなじでなければ、新たに大金を投じて一枚焼かせる意味をなさないから、躍起になってあちこち照会した末、とにかく日本という国は物を真似することにかけては世界の天才だから、こういう仕事には日本が一ばん適任だろうということに一決し、こわれた皿のかけらを全部あつめて、これと寸分違わないものを拵えるようにとはるばる日本の一名匠へ註文したのだった。と、驚いたことには、早速出来上って送ってよこした。主人公は大満悦、たいへんな期待で包みを解いてみると――出て来たのは、色から模様から「時代」まで元品とすこしも変らない皿――ではあったが、見本に送ったこわれた皿と完全に同じに、それは一枚分の新しい皿の破片で、べつに手紙がついていた。 「ずいぶん骨が折れ候えども、仕事はかなり細かきつもりに御座候。ちなみに見本の皿破片全部別送仕候あいだ、なにとぞ新品とお較べのうえ御満足をもって御嘉納下さるよう願上げ候。頓首。」 主人は、のこりの十一枚のうえへ思いきりよく卒倒した――というのがおちだが、もちろん、これは、日本人は真似が上手すぎてこんなに融通が利かないということを言いたいつもりなんだろうけれど、いぎりす製の莫迦ばなしだけあってどうも狙いが外れていてぴったり来ない。気の毒だが、敵ながら天晴れとは言えないのだ。私から見ると、この場合、日本のその陶工のほうが一枚も二枚も役者がうえである。一境地に達している。この話をそのままに取っても、この勝負、あきらかにかれの勝ちだ。下宿の食卓で同席のいぎりす人からこの笑話を聞いたとき、私はいみじくもなせるものかなと大いにうれしく思った。が、私は黙っていた。いくら論じたって彼らには金輪際わかりっこないことを知っているからだ――私は紳士的微笑とともにしずかに麺麭をむしりながら話題を転じただけだった。 日本と言えば――。
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