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轆轤首(ろくろくび)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-26 15:54:46  点击:  切换到繁體中文


「貴様はおれと同伴いっしょにおりたいか」
 怪量は首を袖へつけたままで山をおり、それから信州の諏訪すわへ出て平気で村から村を托鉢してまわった。
 血で汚れた鬼魅きみ悪い首を見て女達は逃げ走った。村の騒ぎが大きくなったので、土地の役人が出て来た。
「坊主、その首はどうしたものじゃ」
 怪量はにこにこするのみで何も云わなかった。役人達は怪量を不敵な曲者として捕え、翌日白洲しらすへ引き出した。
売僧まいす、その袖の首は、何としたものじゃ、僧侶の身にあるまじき曲事くせごと有体ありていに申せばよし、いつわり申すとためにならぬぞ」
 怪量は役人を見て笑った。
「いや、これは轆轤首と申す妖怪ばけものの首でござる。これへついておるのは、妖怪の方から勝手にいついたまでで、拙僧の知ったことではござらぬ」
 怪量は詳しく当時の模様をはなした。時どき自分で可笑おかしくなると見えて大声を出して笑った。怪量を取り調べていた役人は同僚と何か相談した。そして、向き直って怪量を睨みつけた。
「売僧、そのような無稽むけいな申し立て、此処では通らぬぞ、察するにその方、僧侶の身にあるまじき殺生せっしょうを犯した故、死者の妄執もうしゅう晴れやらず、それへとどまっておるに相違あるまい、ところの法に照らして所刑しおきする」
「いや待たれい」
 その時まで控席に黙々としていた年老いた役人が進み出た。
「まだ御詮議ごせんぎ不充分と見受け申す、一応、首を改めて見ましょうぞ」
 老役人は下役人に云いつけて、衣ごと首を手元へ取り寄せて見守っていたが、やがて驚いたように顔をあげた。
「これこそ、まごうかたなき轆轤首、南方異物志なんぽういぶつしに、轆轤首のうなじには赤い文字が見られるとあるが、御覧なされい、これこの通りじゃ、また、離れ口が木の葉の自然と枝から離れたるがごとき模様といい、それに甲斐かいの国には、昔から轆轤首がおると申すから、まさしくこれは轆轤首、それなる御僧ごそうの申し立ては、いつわりではござらぬぞ」
 役人達は、顔を見合わせた。老役人は怪量の方へ膝を進めた。
「旅の御僧、もはやそなたへの疑いは晴れ申したが、さるにても、斯様かようは怪物を見事に御退治めされたとは、尋常よのつねの出家ではござるまい、お差しつかえなくば、俗名ぞくみょうをうけたまわりたい」
 怪量は微笑した。
「疑いが晴れて何よりでござる、おたずねを受けて名乗る程の者でもござらぬが、いかにも以前は弓矢取る身、九州菊池の一党にて、磯貝平太左衛門武行が成れのてでござりますわい」
「なに、磯貝平太殿」
 役人達は顔色をかえた。鎮西ちんぜいの剛の者磯貝平太の名は、この地まで聞えていたのであった。
 役人達はあわてて白洲へ飛び降りて、怪量のいましめを解いて無礼を詫びた。

       二

 やがて怪量は国守こくしゅやかたへ呼ばれて滞在数日、無上の面目をほどこして出発した。
 それから三日目の深夜、怪量は木曾の山中を歩いていた。
 突然木立の間から怪しいおとこが白刃を手にしておどり出た。
「坊主、身ぐるみ脱いで失せおろう」
 怪量はちらりと対手あいてを身[#「身」はママ]ながら衣を脱いでさしだした。
 山賊はすぐ衣の首に気がいて、その首と怪量の顔を見比べていたが、何と思ったのか飛びしさってひれ伏した。
仮父おやぶん、飛んだ見損ないをいたしました、御勘弁を願います、これこの通りでござります」
 怪量は面白そうに山賊を見た。
「何じゃ、どうしたのじゃ、人を裸にしておいて謝る奴があるか」
「いいえ、めっそうもない」
 山賊は頭をいた。
「こんな度胸のいい仮父衆おやぶんしゅうを、ただの乞食坊主と間違えて、穴があったら入りたいくらいでござります、それにしても仮父おやぶん、人を殺して、衣の袖へその首を付けておどしの道具にするたあ、うまいもあったものだ、どうでしょう、俺のこの着物へ五両つけて仮父おやぶんに差しあげますから、首の附いたその衣を俺に譲ってもらいたいものだが」
「なに、首を譲ってくれ、欲しくばやるが、これは人間の首ではないぞ、妖怪ばけものの首じゃぞ、普通の者では扱いかねる代物じゃが、それでよいか」
「人が悪いや、人を殺して、首を袖につけて、そのうえ人をからかうのだもの、それでは仮父おやぶん、この通り、五両と着物をさしあげます、冗談じょうだん云わないで、早いとここれで手を打ってくだせえまし」
「そうか、それほどまでに所望しょもうなら代えてやろうか、じゃが、五両出して妖怪ばけものの首を欲しがる奴は、天下広しといえども貴様だけだろうよ、自由かってにせい」

       三

 首と衣を手に入れた山賊は、暫くその二品ふたしな資手もとでに、木曾街道の旅人をおどしていたが、間もなく諏訪すわの近くへって首の由来を聞いた。山賊は青くなった。
「やっぱり坊さんの云ったことが真箇ほんとうだったのか、飛んでもない、こんな首を持っていたら、どんな祟りを受けるか判らぬ。せめてこれを体と同体いっしょにしてやって、祟りのないようにしてもらおう」
 山賊は話に聞いた山の中へ入って、怪量が泊ったと云う轆轤首のうちを探しているうちに、やっと探しあてたが、其処には轆轤首の体は一つもなかった。
「仕様がない、せめて首だけでも此処へ葬ってやれ、それにしてもの坊さんは、妙な坊さんだ、ひょっとしたら、あれは、おれに悪事を止めろっていう、仏のお使いかも判らないな」
 首を埋めて塚を築くと、山賊は首をひねりひねり其処を立ち去った。その塚は後世のちのよまで残っていて『ろくろ塚』と呼ばれていた。





底本:「怪奇・伝奇時代小説選集3 新怪談集」春陽文庫、春陽堂書店
   1999(平成11)年12月20日第1刷発行
底本の親本:「新怪談集 物語篇」改造社
   1938(昭和13)年
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2004年9月25日作成
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