「貴様はおれと同伴におりたいか」
怪量は首を袖へつけたままで山をおり、それから信州の諏訪へ出て平気で村から村を托鉢してまわった。
血で汚れた鬼魅悪い首を見て女達は逃げ走った。村の騒ぎが大きくなったので、土地の役人が出て来た。
「坊主、その首はどうしたものじゃ」
怪量はにこにこするのみで何も云わなかった。役人達は怪量を不敵な曲者として捕え、翌日白洲へ引き出した。
「売僧、その袖の首は、何としたものじゃ、僧侶の身にあるまじき曲事、有体に申せばよし、偽り申すとためにならぬぞ」
怪量は役人を見て笑った。
「いや、これは轆轤首と申す妖怪の首でござる。これへついておるのは、妖怪の方から勝手に啖いついたまでで、拙僧の知ったことではござらぬ」
怪量は詳しく当時の模様を語した。時どき自分で可笑くなると見えて大声を出して笑った。怪量を取り調べていた役人は同僚と何か相談した。そして、向き直って怪量を睨みつけた。
「売僧、そのような無稽な申し立て、此処では通らぬぞ、察するにその方、僧侶の身にあるまじき殺生を犯した故、死者の妄執晴れやらず、それへ止まっておるに相違あるまい、処の法に照らして所刑する」
「いや待たれい」
その時まで控席に黙々としていた年老いた役人が進み出た。
「まだ御詮議不充分と見受け申す、一応、首を改めて見ましょうぞ」
老役人は下役人に云いつけて、衣ごと首を手元へ取り寄せて見守っていたが、やがて驚いたように顔をあげた。
「これこそ、まごう方なき轆轤首、南方異物志に、轆轤首の項には赤い文字が見られるとあるが、御覧なされい、これこの通りじゃ、また、離れ口が木の葉の自然と枝から離れたるがごとき模様といい、それに甲斐の国には、昔から轆轤首がおると申すから、まさしくこれは轆轤首、それなる御僧の申し立ては、いつわりではござらぬぞ」
役人達は、顔を見合わせた。老役人は怪量の方へ膝を進めた。
「旅の御僧、もはやそなたへの疑いは晴れ申したが、さるにても、斯様は怪物を見事に御退治めされたとは、尋常の出家ではござるまい、お差しつかえなくば、俗名をうけたまわりたい」
怪量は微笑した。
「疑いが晴れて何よりでござる、お訊ねを受けて名乗る程の者でもござらぬが、いかにも以前は弓矢取る身、九州菊池の一党にて、磯貝平太左衛門武行が成れの果てでござりますわい」
「なに、磯貝平太殿」
役人達は顔色をかえた。鎮西の剛の者磯貝平太の名は、この地まで聞えていたのであった。
役人達は慌て白洲へ飛び降りて、怪量の縛めを解いて無礼を詫びた。
二
やがて怪量は国守の館へ呼ばれて滞在数日、無上の面目を施して出発した。
それから三日目の深夜、怪量は木曾の山中を歩いていた。
突然木立の間から怪しい漢が白刃を手にして躍り出た。
「坊主、身ぐるみ脱いで失せおろう」
怪量はちらりと対手を身[#「身」はママ]ながら衣を脱いでさしだした。
山賊はすぐ衣の首に気が注いて、その首と怪量の顔を見比べていたが、何と思ったのか飛びしさってひれ伏した。
「仮父、飛んだ見損ないをいたしました、御勘弁を願います、これこの通りでござります」
怪量は面白そうに山賊を見た。
「何じゃ、どうしたのじゃ、人を裸にしておいて謝る奴があるか」
「いいえ、めっそうもない」
山賊は頭を掻いた。
「こんな度胸のいい仮父衆を、ただの乞食坊主と間違えて、穴があったら入りたいくらいでござります、それにしても仮父、人を殺して、衣の袖へその首を付けて脅しの道具にするたあ、うまい術もあったものだ、どうでしょう、俺のこの着物へ五両つけて仮父に差しあげますから、首の附いたその衣を俺に譲ってもらいたいものだが」
「なに、首を譲ってくれ、欲しくばやるが、これは人間の首ではないぞ、妖怪の首じゃぞ、普通の者では扱いかねる代物じゃが、それでよいか」
「人が悪いや、人を殺して、首を袖につけて、そのうえ人をからかうのだもの、それでは仮父、この通り、五両と着物をさしあげます、冗談云わないで、早いとここれで手を打ってくだせえまし」
「そうか、それほどまでに所望なら代えてやろうか、じゃが、五両出して妖怪の首を欲しがる奴は、天下広しといえども貴様だけだろうよ、自由にせい」
三
首と衣を手に入れた山賊は、暫くその二品を資手に、木曾街道の旅人を劫していたが、間もなく諏訪の近くへ往って首の由来を聞いた。山賊は青くなった。
「やっぱり坊さんの云ったことが真箇だったのか、飛んでもない、こんな首を持っていたら、どんな祟りを受けるか判らぬ。せめてこれを体と同体にしてやって、祟りのないようにしてもらおう」
山賊は話に聞いた山の中へ入って、怪量が泊ったと云う轆轤首の家を探しているうちに、やっと探しあてたが、其処には轆轤首の体は一つもなかった。
「仕様がない、せめて首だけでも此処へ葬ってやれ、それにしても彼の坊さんは、妙な坊さんだ、ひょっとしたら、あれは、おれに悪事を止めろっていう、仏のお使いかも判らないな」
首を埋めて塚を築くと、山賊は首をひねりひねり其処を立ち去った。その塚は後世まで残っていて『ろくろ塚』と呼ばれていた。
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