少女はその晩から源の許におって、普通の細君のように仕えた。源はその女から囲碁を習ったが、上達が非常に速で、僅の間にその地方第一の碁客となった。
少女は時とすると賈秋壑のことを話した。ある時、秋壑は水に臨んで楼で酒を飲んでいた。傍には秋壑の寵姫が綺麗に着飾ってたくさん坐っていた。欄干の下を一艘の小舟が通って往ったが、舟の中には二人の黒い巾をつけて白い服を著た美少年が乗っていた。それを見つけた女の一人は、
「綺麗な男だよ」
と思わず言った。その言葉が秋壑の耳に入った。
「それほど、あの男が好きなら、それと結婚さしてやろう」
秋壑はこう言って冷たい笑いかたをした。女は秋壑が冗談を言ったものだろうと思って、これも笑いながらやはりその眼を舟の少年の方へやっていた。
やがて酒の座が変った。秋壑はまたそこで盃を手にした。侍臣が一つの盒を持ってきた。
「よし、そこへ置いとけ」
侍臣は盒を置いてから引きさがった。
「皆、その盒を開けて見ろ、かの女の嫁入準備が入っている」
傍にいた女の一人がその盒の蓋を開けた。鮮血に汚れた女の首がその中に入っていた。それはかの美少年のことを言った寵姫の首であった。
秋壑はある時、数百艘の船に塩を積んでそれを販がした。すると詩を作ってそれを謗った者があった。
昨夜江頭碧波を湧かす
満船都て相公の※[#「鹵+差」、279-16]を載す
雖然羮を調うるの用をなすことを要するも
未だ必ずしも羮を調うるに許多を用いず
秋壑はそれを聞いて、その詩を作った士人を
誹謗の罪に問うて獄に
繋いだ。
秋壑はまたある時、
浙西に於て
公田の法を行うたが、人民がその悪法に苦しんだので路傍へそれを謗った詩を題した者があった。
嚢陽累歳孤城に因る
湖山に豢養して出征せず
識らず咽喉形勢の地
公田枉げて自ら蒼生を害す
秋壑は怒って誹謗者を遠流に処した。
秋壑はまたある時、千人の僧に
斎をした。僧は皆集まってきてその数が既に満ちた。ぼろぼろになった法衣を着た道士がその後からきた。
「私も斎に
与りたい」
家の者は道士の前へ往って断った。
「もう千人に足ったから、斎をする訳にゆかない」
「それでも、わざわざやってきたものじゃ、すこしでもして貰いたい」
家の者はしかたなく一鉢の食物を持って往って道士にやった。道士はその食物を
喫って空になった鉢を
案の上に
覆せて帰って往った。
家の者はそれを持って往こうとしたが、鉢が案にくっついて動かない。しかたなしに五六人で、力を合わして取ろうとしたがそれでも動かなかった。
秋壑は奇怪な報らせを聞いて出てきて、ちょっと手をやると何のこともなしに取れてしまった。その鉢の下に紙片があって「好く休する時を得て即ち好く休せよ、花を収め
子を結んで錦州に在り」という詩句が書いてあった。
「乞食坊主が
悪戯をしてある」
秋壑は嘲笑いながら入って往ったが、その二句の文字に彼の未来が予断せられていた。彼は間もなく失脚して循州に
謫せられたが、障州の
木綿庵に着いて便所へ往こうとする所を、
鄭虎臣という者のために
拉殺せられた。
ある時、一人の船頭があって
蘇に舟がかりをしていた。夏の暑い盛りで睡られないので、起きあがって窓の所に顔をやり、見るともなしに舟の著いている
磧の水際の方へ眼をやった。尺に足りないような不思議な人間が三人いた。船頭は眼を瞠ってそれを覗いていた。するとそのうちの一人の声がした。
「張公が来た、どうしたらいいだろう」
すると他の声が言った。
「
賈平章は、仁者でないから、どうしても
恕してくれないよ」
すると、また他の違った声がした。
「
乃公はもう万事休すだ、お前さん達は、乃公のやられるのを見るだろう」
隠々と泣く声が聞えてきたが、やがて三人の者は水の中へ入って往った。
その翌日、漁師の張公という男が、蘇
で一疋の
※[#「敝/龜」、282-3]を獲ったが
径二尺あまりもあった。漁師はそれを秋壑の
第に持って往って売った。秋壑の失敗はそれから三年にならないうちに
作った。
少女はそれからそれと秋壑のことを話した。趙源はその話を聞いた時にこんなことを言った。
「人はそれぞれ数がある、あなたとこうしておっても、その数が尽きると別れなくちゃならない、それともあなたには、普通の人でないから、最後まで私といっしょにおることができますか」
「私でも、その数を逃れることはできません、三年すれば、私の数も尽きます」
少女はこう言って悲しそうな顔をした。
三年すると女は体が悪いと言って床に就いた。源は医者にかけてよいものならかけたいと思ったが、女は承知をしなかった。
「もうあなたとの縁がつきて、お別れする時になりましたから」
女は源の
臂を握った。
「ながなが御厄介をかけました、私はこれで前世の思いを果しましたから、思い残すことはありません、これでお別れいたします」
女は顔を壁の方に向けたままで
歿くなってしまった。源は棺桶を買ってきて泣き泣き女の死骸を中に納めて送り出そうとしたが、棺は空の時の重さと少しも変らなかった。不思議に思って蓋を開けてみた。中には
衣衾釵珥があるのみであった。
源はやがてそれを北山の麓に葬ったが、女の情に感じて他から
娶ろうともせずに独りでいた。そのうちに霊隠寺に入って僧となってしまった。
●表記について
- このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
- [#…]は、入力者による注を表す記号です。
- 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
- この作品には、JIS X 0213にない、以下の文字が用いられています。(数字は、底本中の出現「ページ-行」数。)これらの文字は本文内では「※[#…]」の形で示しました。
「鹵+差」 |
|
279-16 |
「敝/龜」 |
|
282-3、282-3 |
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