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緑衣人伝(りょくいじんでん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-26 15:51:33  点击:  切换到繁體中文



 少女はその晩から源のもとにおって、普通の細君のように仕えた。源はその女から囲碁を習ったが、上達が非常にすみやかで、僅の間にその地方第一の碁客きかくとなった。
 少女は時とすると賈秋壑のことを話した。ある時、秋壑は水に臨んで楼で酒を飲んでいた。傍には秋壑の寵姫ちょうきが綺麗に着飾ってたくさん坐っていた。欄干の下を一艘の小舟が通って往ったが、舟の中には二人の黒いずきんをつけて白い服を著た美少年が乗っていた。それを見つけた女の一人は、
「綺麗な男だよ」
 と思わず言った。その言葉が秋壑の耳に入った。
「それほど、あの男が好きなら、それと結婚さしてやろう」
 秋壑はこう言って冷たい笑いかたをした。女は秋壑が冗談を言ったものだろうと思って、これも笑いながらやはりその眼を舟の少年の方へやっていた。
 やがて酒の座が変った。秋壑はまたそこで盃を手にした。侍臣が一つのはこを持ってきた。
「よし、そこへ置いとけ」
 侍臣は盒を置いてから引きさがった。
「皆、その盒を開けて見ろ、かの女の嫁入準備じたくが入っている」
 傍にいた女の一人がその盒の蓋を開けた。鮮血に汚れた女の首がその中に入っていた。それはかの美少年のことを言った寵姫の首であった。
 秋壑はある時、数百艘の船に塩を積んでそれをひさがした。すると詩を作ってそれをそしった者があった。

昨夜江頭こうとう碧波へきはを湧かす
満船すべて相公のしお[#「鹵+差」、279-16]を載す
雖然たといこう調ととのうるの用をなすことを要するも
未だ必ずしも羮を調ととのうるに許多おおきを用いず
 秋壑はそれを聞いて、その詩を作った士人を誹謗ひぼうの罪に問うて獄につないだ。
 秋壑はまたある時、浙西せつせいに於て公田こうでんの法を行うたが、人民がその悪法に苦しんだので路傍へそれを謗った詩を題した者があった。
嚢陽じょうよう累歳るいさい孤城こじょうに因る
湖山に豢養けんようして出征せず
識らず咽喉いんこう形勢けいせいの地
公田げて自ら蒼生そうせいを害す
 秋壑は怒って誹謗者を遠流に処した。
 秋壑はまたある時、千人の僧にときをした。僧は皆集まってきてその数が既に満ちた。ぼろぼろになった法衣を着た道士がその後からきた。
「私も斎にあずかりたい」
 家の者は道士の前へ往って断った。
「もう千人に足ったから、斎をする訳にゆかない」
「それでも、わざわざやってきたものじゃ、すこしでもして貰いたい」
 家の者はしかたなく一鉢の食物を持って往って道士にやった。道士はその食物をって空になった鉢をつくえの上にせて帰って往った。
 家の者はそれを持って往こうとしたが、鉢が案にくっついて動かない。しかたなしに五六人で、力を合わして取ろうとしたがそれでも動かなかった。
 秋壑は奇怪な報らせを聞いて出てきて、ちょっと手をやると何のこともなしに取れてしまった。その鉢の下に紙片があって「好く休する時を得て即ち好く休せよ、花を収めを結んで錦州に在り」という詩句が書いてあった。
「乞食坊主が悪戯いたずらをしてある」
 秋壑は嘲笑いながら入って往ったが、その二句の文字に彼の未来が予断せられていた。彼は間もなく失脚して循州にたくせられたが、障州の木綿庵もくめんあんに着いて便所へ往こうとする所を、鄭虎臣ていこしんという者のために拉殺らつさつせられた。
 ある時、一人の船頭があって※(「こざとへん+是」、第3水準1-93-60)そていに舟がかりをしていた。夏の暑い盛りで睡られないので、起きあがって窓の所に顔をやり、見るともなしに舟の著いているかわらの水際の方へ眼をやった。尺に足りないような不思議な人間が三人いた。船頭は眼を瞠ってそれを覗いていた。するとそのうちの一人の声がした。
「張公が来た、どうしたらいいだろう」
 すると他の声が言った。
賈平章こへいしょうは、仁者でないから、どうしてもゆるしてくれないよ」
 すると、また他の違った声がした。
乃公おれはもう万事休すだ、お前さん達は、乃公のやられるのを見るだろう」
 隠々と泣く声が聞えてきたが、やがて三人の者は水の中へ入って往った。
 その翌日、漁師の張公という男が、蘇※(「こざとへん+是」、第3水準1-93-60)で一疋のすっぽん[#「敝/龜」、282-3]を獲ったがさしわたし二尺あまりもあった。漁師はそれを秋壑のやしきに持って往って売った。秋壑の失敗はそれから三年にならないうちにった。
 少女はそれからそれと秋壑のことを話した。趙源はその話を聞いた時にこんなことを言った。
「人はそれぞれ数がある、あなたとこうしておっても、その数が尽きると別れなくちゃならない、それともあなたには、普通の人でないから、最後まで私といっしょにおることができますか」
「私でも、その数を逃れることはできません、三年すれば、私の数も尽きます」
 少女はこう言って悲しそうな顔をした。
 三年すると女は体が悪いと言って床に就いた。源は医者にかけてよいものならかけたいと思ったが、女は承知をしなかった。
「もうあなたとの縁がつきて、お別れする時になりましたから」
 女は源のひじを握った。
「ながなが御厄介をかけました、私はこれで前世の思いを果しましたから、思い残すことはありません、これでお別れいたします」
 女は顔を壁の方に向けたままで歿くなってしまった。源は棺桶を買ってきて泣き泣き女の死骸を中に納めて送り出そうとしたが、棺は空の時の重さと少しも変らなかった。不思議に思って蓋を開けてみた。中には衣衾釵珥いきんさいじがあるのみであった。
 源はやがてそれを北山の麓に葬ったが、女の情に感じて他からめとろうともせずに独りでいた。そのうちに霊隠寺に入って僧となってしまった。





底本:「中国の怪談(一)」河出文庫、河出書房新社
   1987(昭和62)年5月6日初版発行
底本の親本:「支那怪談全集」桃源社
   1970(昭和45)年発行
※疑問箇所の確認にあたっては、底本の親本を参照しました。
※「※[#「敝/龜」、282-3]」には、底本の親本では、「鼈」があててあります。
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2004年11月3日作成
青空文庫作成ファイル:
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●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
  • この作品には、JIS X 0213にない、以下の文字が用いられています。(数字は、底本中の出現「ページ-行」数。)これらの文字は本文内では「※[#…]」の形で示しました。

    「鹵+差」    279-16
    「敝/龜」    282-3、282-3

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