李汾は山水が好きで四明山にいた。山の下に張という大百姓の家があって、たくさんの豕などを飼ってあった。永和の末であった。ちょうど秋の夜で、中秋の月が綺麗であるから、李汾は庭前を歩いた後に、琴を弾いていると、外の方で琴に感心しているような人の声がした。李汾は夜更けにこんな処へ何人が来たろうと思って、
「何人だね、この夜更けにやってきたのは」
と言うと、外から女の声で、
「私は秀才の琴を聞きにあがったのですよ」
と言った。李汾は不審に思って戸を開けてみると、若い女が来て立っていた。李汾が、
「あなたはどうした方です」
と聞くと、女は、
「私は張の家の者でございますが、今晩はお父さんもお母さんも留守でございますから、そっとお目にかかりにまいりました」
と言った。李汾が喜んで、
「穢い処でかまわなければおあがりなさい」と言った。
女があがってくると、李汾は茶を出して冗談話をはじめたが、女の口が旨くてかなわなかった。その後で、帷をおろし、燈に背き、琴瑟已に尽きたところで、が啼いて夜明けを知らせた。女は起きて帰ろうとしたが、李汾は女を帰すのが厭であるから、女の履いていた青い靴を一つ隠して籠の中へ入れた。そのうちに李汾はとろとろと眠りかけた。その李汾の体を女は揺って、
「どうか靴を返してください、今晩きっとまいります、その靴がないと、私は死ななくてはなりません」
と言って泣いたが、李汾はとうとう返さずに眠ってしまった。女は暫く悲しそうに泣いていたが、李汾が眼を覚ました時には、女はいずに床の前に流れている鮮血が眼に注いた。李汾は不審に思って籠へ入れてある靴を出してみると、豕の蹄殻となっていた。再び血を見てみると、家の外の方へ往っていた。朝になってその血の後をつけて往ってみると、張の家の豕を飼ってある処へ往った。そこには李汾のくるのを見て、眼を怒らして吠えかかってきた豕がいた。李汾はそのことを主人の張に話して、その豕を烹さした。
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