您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 田中 貢太郎 >> 正文

海神に祈る(かいじんにいのる)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-25 8:48:01  点击:  切换到繁體中文


       四

 権兵衛は普請役場の内にあるじぶんへやにいた。其処は八畳位の畳も敷き障子も入っているが、壁は板囲の山小舎のような室であった。そして、室の一方には蒲団を畳んで積み、衣類を入れた葛籠つづらを置き、鎧櫃よろいびつを置き、三尺ばかりの狭い床には天照大神宮てんしょうだいじんぐうの軸をかけて、其の下に真新しいさかきをさした徳利を置いてあった。権兵衛は其の床の前の小机の傍にいた。其の小机には半紙を二枚折にした横綴よことじの帳面を数冊載せてあった。
 権兵衛は思い詰めた顔をして考えこんでいたが、やがて何か考えついたようにして手を鳴らした。するとすぐ近くで返事があって、廊下にした板の間へ顔を出した者があった。磯山清吉いそやませいきちと云う下僚したやくわか小兵こがらな男であった。
「お呼びになりましたか」
「呼んだ」
「何か御用でございますか」
「総之丞はおるか」
「浜の方へ出て往きましたが、何か御用が」
「それじゃ、総之丞でなくてもええ、神様のお祭をするから、白木の台と、あ、台は普請初めの時にこしらえたものがある、それから雉子きじか山鳥が欲しいが、それは無いかも知れんから、鶏の雌と雄を二羽買い、蜜柑も柿もあるまいから、芋でも大根でも、畑に出来る物を三品か四品。幣束しでも要る、みんなと相談して調ととのえてくれ」
何時いつお祭をします」
「すぐ今晩するから急いでくれ」
「何処でします」
「港の口じゃ。供物が出来たら、港の口へ幕を張って、準備したくをしてくれ」
「よろしゅうございます」
 清吉が往こうとすると権兵衛が留めた。
「待て」
「へい」
「それから、供物の台は、沖の方へ向けて、つまり海の方へ向けるぞ」
「承知しました」
「普請初めの時のようにすればええ。判らん処があれば、総之丞が知っておる、総之丞に聞け」
「よろしゅうございます」
「それから、松明たいまつ準備したくもしておいてくれ」
 落日に間のない時であった。清吉は急いで出て往った。権兵衛は腕組みして考えこんだ。廊下へ武次がどかどかと来た。
「旦那、湯が沸いたが」
 権兵衛は顔をあげた。
「湯か」
「後がつかえるから、はよう入ってもらいたいが」
「俺は今日は、入らん、今井いまいさんに入れと云え」
「殿様が来ておるに、湯に入ってあかを落とせばええに」
 武次はまだ何か云いながら往ってしまった。権兵衛は口元に苦笑をからめたが、すぐまた考えこんだ。
 その時浜の方で法螺ほらの音がしはじめた。人夫に仕事をかす合図であった。仕事を措いた人夫が囂囂がやがや云いながらあがって来た。人夫は地元の者もあれば、隣村の者もあり、また遠くから来て小舎掛をして住んでいる者もあった。

       五

 間もなく夜になった。其の夜は月がないので暗かった。其の夜の八時いつつすぎになって堰堤の突端に松明の火が燃えだした。其処には明珍長門家政みょうちんながといえまさ作の甲冑かっちゅうけて錦の小袴を穿き、それに相州行光そうしゅうゆきみつ作の太刀をいた権兵衛政利まさとしが、海の方に向けてしつらえた祭壇の前にひざまずいていた。そして、其の周囲まわりには一木家の定紋じょうもんの附いた紫の幔幕まんまくを張りめぐらしてあった。
「どうか私の此の体を犠牲いけにえに御取りくださいまして、釜礁かまばえを除くおゆるしを得とうございます」
 下僚したやくたちは権兵衛が云いつけてあるので何人たれも傍に来ている者がなかった。
「此の礁が一日も早くれまして、此の荒海を往来する諸人もろびとをお助けくださいますようにお願いいたします。こうして犠牲いけにえあがりました私の生命いのちは、速刻お召しくださいましてもいとうところでございません」
 権兵衛は一人で朝まで祈願をこめていた。朝になって室戸岬の沖あいから朝陽が杲杲きらきらと登りかけたところで、人夫たちが集まって来た。
 人夫たちは左右の堰堤を伝ってじぶんの持場につこうとしていた。礁の方にかかっている五六十人ばかりの人夫は其処からおりるべく祭壇の近くへ来た。それと見て権兵衛は幔幕の一方を解いて姿をあらわした。人夫たちは甲冑の武者を見て驚きの眼をそばだてた。
「あ」
「何事じゃ」
何人たれじゃ」
の鎧武者は」
 権兵衛は腰にさしている軍扇をさっと拡げた。それは赤い日の丸の扇であった。
「来い」
 人夫たちは権兵衛と云う事を知ったので安心して傍へ寄った。権兵衛はりんとした顔をした。
みんなよく聞け、拙者は此の釜礁が割れないから、じぶんの身を竜王様にたてまつって、何時いつなんどき此の生命いのちをお取りくだされてもかまいませんから、釜礁を一刻も早く取りけるようにしてくだされと、昨夜ゆうべ八時いつつすぎから一睡もせずにおがんをこめたから、其の方たちにはもうおかまいがない」
 人夫たちの中にささやきが起った。権兵衛は呼吸を調えた。
「それに殿様も、此の普請を御心配なされて、昨日、御微行でお成りになったから、今日は此処へ御検分にお成りになる。それでみんなも気をいれかえて、新らしい気もちになってかかれ、決して其の方たちにお咎めはない、お咎めがあれば拙者せっしゃじゃ」
 人夫たちの眼はいきいきとした。権兵衛は軍扇をった。
「それでは、かかれ、かかれ」
 人夫たちはわっと歓声をあげながら、勇みたって下へおりて往った。総之丞はじめ五六人の下僚したやくが来ていた。総之丞は前へ出た。
「一木殿お疲れでございましょう、さあ、どうぞお食事を」
「飯は後でええ、此処をかたづけてくれ」
 そこで総之丞はじめ下僚は幔幕を畳み、祭壇の始末をはじめた。権兵衛は釜礁の方を見おろしていた。
 釜礁の方には、もうどっかんどっかんの音が盛に起っていた。それに交ってじゃりじゃりじゃりと砂を掘る音も聞えて来た。ざるあじかの群はまた蟻のようにおか往来ゆききをはじめた。
 空には何時の間にか鰯雲いわしぐもが出て、それが網の目のように行当岬の方へ流れていた。その時釜礁の方に当って歓声があがった。それは仕事の上の喜びにあがった歓声のようであった。権兵衛はじっと眼を見すえた。石を砕く音がやんで、其処には数人の者が手をあげて、はしゃいでいるのが見られた。
 どっかんどっかんの音はまた聞えだした。権兵衛はやはり釜礁の方を見ていた。と、また其処から歓声があがった。今井武太夫ぶだゆうと云う老年としより下僚したやくが傍へ来た。
「あれは何でございましょう」
 武太夫は視力が鈍いので遠くが見えなかった。権兵衛はそれを知っていた。
「礁がうまくれておるじゃないか」
「そうでございますか、それは結構なことでございます」
「うむ」
 二人の人夫が石垣をってあがって来た。組頭の松蔵とこれも組頭の一人の寅太郎とらたろうの二人であった。松蔵はにこにこしていた。
「旦那、神様のお蔭がございますよ」
「そうか、割れるか」
「どんどん割れます、今、ときの声があがりましたろう」
「あがった」
「あれでございますよ、最初なんか、児鯨こくじらほどの物が割れましたよ」
「児鯨はぎょうさんなが、そうか、そうか、それはよかった」
「此のむきなら、十日もやれば、割れてしまいますよ」
「大きな礁じゃ、そう早くもいくまいが、緒口いとぐちが立てば大丈夫じゃ」

上一页  [1] [2] [3] [4] 下一页  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告