泣菫随筆 |
冨山房百科文庫、冨山房 |
1993(平成5)年4月24日 |
1993(平成5)年4月24日第1刷 |
1997(平成9)年7月20日第2刷 |
太陽は草の香がする |
アルス |
1926(大正15)年 |
この頃咲く花に石竹があります。照り続きで、どんなに乾いた磧にも、山道にも、平気で咲いてゐるのはこの花です。茎が折れると、折れたままにその次の節からまた姿勢を持ちなほして、伸びてゆくのはこの花です。細くて、きやしやで、日盛りのあるかないかの風にも、しなしなと揺れるほどの草ですが、針金のやうな強い神経をもつてゐて、多くの草花がへとへとに萎びかかつてゐる灼熱の真つ昼間を、瞬きもせず澄みきつた眼を開いて、太陽を見つめてゐるのはこの花です。茎を折つても、水気ひとつ出るではなし、線香のやうに乾いた髄を通して、生命が呼吸してゐるのはこの花です。砂の夢。灼けつく石の夢。そしてまたどんな貧しい土地にも、根をおろして伸びてゆく不思議な「生命」の石竹色の夢。
●表記について
- このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。