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やどなし犬(やどなしいぬ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-12 9:53:43  点击:  切换到繁體中文

底本: 鈴木三重吉童話集
出版社: 岩波文庫、岩波書店
初版発行日: 1996(平成8)年11月18日
入力に使用: 1996(平成8)年11月18日第1刷
校正に使用:


底本の親本: 鈴木三重吉童話全集
出版社: 文泉堂書店
初版発行日: 1975(昭和50)年

 

   一

 むかし、アメリカのある小さな町に、人のいい、はたらきものの肉屋がいました。冬のなかばの或寒い朝のことでした。そとは、ひどい風が雨を横なぐりにふきつけて、びゅうびゅうあれつづけています。人々は、こうもりのにかたくつかまりながら、ころがるようなかっこうをして、つとめの場所へ出ていきます。肉屋は、店のわかいものたちと一しょに、かじかんだ手で、肉切にくきりぼうちょうをといでいました。
 すると、店のまえのたたきのところへ、一ぴきのやせた犬がびしょぬれになって、のそりのそりとやって来ました。そして、はげしいしぶきの中に、のこりとすわって、店先にさがっている肉のかたまりを、じろじろ見上げていました。どこかのやどなし犬でしょう。肉屋もこれまで見たこともないきたならしい犬でした。骨ぐみは小さくもありませんが、どうしたのか、ひどくやせほそって、下腹したばらの皮もだらりとしなびさがっています。寒いのと、おそらくひもじいのと両方で、からだをぶるぶるふるわせ、下あごをがたがたさせながら、引きつれたような、ぐったりした顔をして、じろじろと、かぎにかかった肉を見つめています。
 肉屋は、おどけた目つきをして、ちょいちょいそのやせ犬を見やりながら、ほうちょうをこすっていました。犬は肉屋の注意を引くように、ときどきくんくん鼻をならしてはこっちを見ます。そのうちに肉屋はほうちょうをとぎおえて、刃先はさきをためすために、そばの大きな肉のはしの、ざらざらになったところを、少しばかり切り落しました。そして、
「ほら。」と言って、やせ犬になげてやりました。すると犬は、それがびたへおちないうちに、ぴょいと上手に口へうけて、ぱくりと一口にのみこんでしまいました。肉屋はおもしろはんぶんに、こんどは少し大きく切りとって、ぽいとたかくなげて見ました。犬はさっと後足あとあしで立ち上って、それをも上手にうけとり、がつがつと二どばかりかんでのみこみました。
「へえ、こいつはまるでかるわざ師だ。どうだい、牛一ぴきのこらずくうまでかるわざをやるつもりかい? ほら、来た。よ、もう一つ。ほうら。よ、ほら。」と、肉屋はあとから/\と何どとなく切ってはなげました。犬は、そのたんびに、ぴょいぴょいと上手にとって、ぱくぱく食べてしまいます。
「おまいは、おれの店の肉をみんなくっていく気だな? さあ、もうこれでおしまいだ。そのかわり少々かたいぞ。」と、肉屋は最後に、出来るだけわるいところをどっさり切ってなげつけました。しかし、犬はもうそのしまいの一きれだけは食べようともしずに、しばらくそれをじろじろ見つめています。
なんだ。何を考えてるんだい。」と肉屋は思いました。そのうちに、犬はふと、その肉をくわえるなり、どんどん、町角まちかどの方へかけさってしまいました。
 そのあくる日は、からりと晴れたいいお天気でした。きのうの雨できれいにあらわれた往来にはもくもくと黄色い日かげがさしています。人々はあいかわらず急ぎ足で仕事に出ていきます。肉屋は、きょうは極上等ごくじょうとうの肉をどっさりつるして、お客をまっていました。すると、そこへ、きのうの犬がまたのこりと出て来て、同じように、たたきの上にすわったまま、じろじろと肉のきれを見上げています。
「ほう、また来たな。」と肉屋は言いました。
「来い来い。はいって来い。」と、チュッチュッと舌をならしますと、犬はこわごわ店の中へはいって来ました。
「ほら、ここまで来い。どら。」と肉屋はこごんで、かるく犬ののどの下をもち上げながら、
「へえ、かわいい目つきをしてるね、おまいは。毛並けなみもよくちぢれていて上等だ。ちょっと歯を見せろ。歯なみもなかなかりっぱだ。おまいはおれの店の番人になるか。え? いまんとこはまったくやせ犬の見本みたいだが、二週間もたてばむくむくこえていい犬になる。おい、おれんとこにもいい犬がいたんだよ。そいつがにげ出して殺されたんだ。おまいは、かわりに、おれんとこの子になるか。なる? おお、よしよし。」
 肉屋が右手でくびのところをだくようにしますと、犬は、言われたことがわかったように、肉屋の左手の甲をぺろぺろなめました。犬はそのまま夕方まで肉屋の店先で番をしました。あたりの犬たちが出て来て、店の中へもぐりこもうとでもしますと、やせ犬はうゝうときばをむいておいまくり、うろんくさい乞食こじきが店先に立つと、わんわんほえておいのけてしまいます。それはなかなか気がきいたものです。とおりに何かへんな物音がすると、すぐにとんでいって、じいっと見きわめをつけ何でもないとわかればのそのそかえって、店先にすわっているという調子です。
 日がはいると、肉屋はくちぶえをならしてよび入れました。そして、やさしく背中をたたいたあとで、大きな肉のきれをなげてやりました。ところが犬はそれをたべないで、口にくわえてそとへ出てしまいました。そして、どんどん走って、きのうのとおりに、町かどの向うへかき消えてしまいました。
「何だ。」と肉屋は、すっぽかされたような気がしました。しかし、あんなにおれになついて、一日中いちんちじゅう番をしていたくらいだから、夜になったらまたかえって来るかも知れないと思いながら、それとはなしにまっていましたが、夜おそくなっても、犬はそれなりとうとうかえって来ませんでした。
「やっぱりのら犬はのら犬だ。一ぺんでいっちまやがった。」と、肉屋は寝がけに一人ごとを言いました。
 ところが、あくる朝、店のものが戸をあけますと、犬は、もうとくから外へ来てまちうけていたように、ついと店へはいって、うれしそうに尾をふって肉屋のひざにとびつきました。
「よし/\/\。分ったよ/\。」と肉屋は犬の両前足をにぎって、外のたたきの方へつれていきました。犬はそれからまた一日中、店先にいて、一生けんめいに番をしました。肉屋は夕方になると頭をなでて、きのうのとおりに、大きな肉のきれをやりました。ところが犬は、やはりそれを食べないで、口にくわえたまま、またどこかへいってしまいました。そしてあくる朝はまたちゃんと出て来て、店の番をしました。
 とうとう一週間たちましたが、犬は毎日同じように、もらった肉を食べないでもっていきます。肉屋は、一たいああして肉をくわえてどこへもっていくのだろう、一日中おれのところにおりながら、どうして夜はきまって、ほかのところで寝るのだろうと、店のものたちと話し合いました。
「おいおい、きょうもまた食わないでもってったよ。一つあとをつけてって見よう。来な。」と、肉屋は或日あるひ店のものの一人をつれて、ついていきました。夕方は人どおりも少ないために、肉屋と店のものとは、犬のすがたを見失うこともなく、歩いたり走ったりして、どんどんついていきました。
「何だ。どこまでいくんだろう。え、おい。ずいぶん遠くまで来たじゃないか。」
 犬はまだどんどんいって、とうとう町のはずれまで来てしまいました。そこには、ばらばらに小さい家が建ちぐさったりしている、どすぐろい、ひろい砂地がありました。そのあたりは、冬は風がはげしくて、砂がじゃりじゃり家々の窓や、とおる人の顔へふきとんで来ます。
「おお、ひどい砂だ。」と言いながら、肉屋は犬のあとから、そこのところをななめにつッきってかけていきました。犬は肉屋たちがおっかけて来ていることには気がつかないらしいのです。そしてそこいらの或小家こいえのところまで来ますと、さもかえるところまでかえったというように、その家のうしろの方へのそのそはいっていきました。
 肉屋たち二人は、そっといってのぞいて見ました。家のうしろは、ちょっとした空地あきちで、まん中に何かをたてようとした足場らしいものが、くずれかけたまま、ほうりっぱなされており、ぐるり一面にはごみくずや、いろんなきたならしいものが、ごたごたすててあります。犬はその空地の片すみにころがっている、底も天井もぬけた、古ぼけた穀物だるの口もとにすわりこみました。たるの中には、かんなくずや砂なぞがくしゃくしゃにはいっています。そのかんなくずの上に、なんだかしゅろであんだ、ぼろぼろのくつぬぐいをまるめ上げたような、そういう色とかっこうをしたものがころがっています。犬は、そのへんなもののまえに、くわえて来た肉のきれをおいて、くんくんなきつづけました。しかしそのへんなものが動き出しもしないので、犬はたまりかねたように、前足をあげて、おい、おきろ/\と言わないばかりにつッつきました。
 すると靴ぬぐいのようなものは、むくむくとなかばたち上って、よろよろと肉のきれのそばへ来て、たおれるように腹ばいました。栗色をした、よぼよぼの犬です。病気でひどくよわっていると見えて、やせ犬のくれた肉のきれをものうそうに二、三どなめまわしましたが、それを食べる力もないように、そのままぐんなりと顔を下げてしまいました。こちらの犬は、
「さ、早くおあがりよ。よ。よ。」と言うように、くんくん言っていましたが、それでもまだ食べようとしないので、相手の食慾をそそろうとするように、その肉のきれのかどを、小さく食い切って、ぺちゃぺちゃと食べて見せました。それでも病犬は、じっとしたまま動きません。こちらの犬は、しかたなしに、こんどは肉のきれを、二、三尺うしろの方へ引きずって来て、それを前足のあいだにおいてすわり、さも病犬をさそい出そうとするように、口の先で肉をつッつき/\しては、じっとまっています。
「さ、来て食べてごらん。おいしいよ。ね、ほら。うまそうだろう。食べない? きみが食べなけりゃ、わたしがみんな食べるよ。いいかい。食べてもいいかい。」と言わぬばかりに、しきりにくんくんないたりしました。しかし、いくら手をかえてすすめてもだめでした。病犬はちゅうとで一ど、よろよろと出て来て、肉のはしをちょっとかんで見ましたが、またのそのそとかんなくずの中へかえってうずくまり、目をつぶってうとうとと眠りかけました。
 こちらの犬は、肉のきれをくわえていって、その犬の口のところへおき、じぶんも中にはいって砂だらけのかんなくずを、かきまわしたり、ならしたりして、病犬のそばへ一しょに寝ころびました。肉屋たちは、じっとすべてを見ていました。
「おい、もうかえろう。暗くなった。ほんとに感心なものだね。われわれ人間の中にも、あれほどなさけぶかい、いきとどいたやつはちょっといないぜ。毎日朝からおれんところではたらいて、夕方になると肉をもって来てあの犬に食わしてるんだ。見上げたものじゃないか。」と肉屋は、しみじみこう言いました。
「まったくです。だが、だんな、あの犬は、ものが食べたいよりも、のどがかわいてるのじゃないでしょうか。水がのみたくても、あれじゃさがしに歩けないでしょうから。」と店のものが言いました。
「ふん、なァるほど。そいつァよく言った。どこかに水はっからないかな。あ、そこの、へんなちっぽけな家には、だれか住んでるよ。」と肉屋は、空地あきちの向うのうちの戸口へいって、
「もしもしちょっと。どなたかいらっしゃいませんか。」と言って、戸をたたきました。すると、中から、うすぎたない女が戸をあけました。肉屋は今の病犬のことを話して、かわいそうですから水をのましてやりたいのですが、と言いますと、女は、小さなあきかんへ水を入れてもって来てくれました。肉屋がそれを病犬の口もとへおきますと、犬はすぐにくびをのばして、ぺちゃぺちゃと、一気に半分ばかりのみほしました。そして、さもうれしそうに、くびをふりふりしました。もう一つの犬も口をつけてぴちゃぴちゃのみました。病犬は水を飲んだために、少しは元気がついたように見えました。肉屋は、骨と皮とばかりの、そのからだをなでてやり、
「じゃァ、よくおやすみ。あすまた見に来てやるからな。おお/\、かわいそうに。――おまいもあしたまたおいで。」と、もう一つの犬をもなでていきました。

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