鈴木三重吉童話集 |
岩波文庫、岩波書店 |
1996(平成8)年11月18日 |
1996(平成8)年11月18日第1刷 |
鈴木三重吉童話全集 |
文泉堂書店 |
1975(昭和50)年9月 |
一
これは昔も昔も大昔のお話です。そのじぶんは今とすっかりちがって、鼠でも靴をはいて歩いていました。そして猫を片はしから取って食べました。ろばも剣をつるしていばっていました。にわとりは、しじゅう犬をおっかけまわしていじめていました。
こんなに、何でもものがさかさまだったときのことですから、今から言えば、それこそ昔も昔も大昔の、そのまたずっとずっと昔のお話です。だから、いろんなおかしなことばかり出て来ます。しかし、けっしてうそではありません。
そのころ或国の王さまに、美しい王女がありました。その王女を世界中の王さまや王子が、だれもかれもお嫁にほしがって、入りかわりもらいに来ました。
しかし王女は、どんなりっぱな人のところから話があっても、厭だ、と言って、はねつけてしまいました。
世界中の王さまや王子たちは、それでもまだこりないで、なんども出かけて来ました。
王女は、うるさくてたまらないものですから、とうとうお父さまの王さまに向って、
「ではだれでも三晩の間、私をお部屋の外へ出さないように、寝ずの番をして見せる人がありましたら、その方のお嫁になりましょう。」と言いました。
王さまはさっそくそのことを世界中へお知らせになりました。そのかわり、もし途中で少しでもい眠りをすると、すぐにきり殺してしまうから、そのつもりでおいで下さいとお言いになりました。
すると方々の王さまや王子たちは、何だ、そんなことなら、だれにだって出来ると言って、どんどんおしかけて来ました。
ところが、夜になって、王女のお部屋へとおされて、しばらく王女の顔を見ていると、どんな人でもついうとうと眠くなって、いつの間にかぐうぐう寝こんでしまいました。それで、来る人来る人が、一人ものこらず、みんな王さまにきり殺されてしまいました。
すると、或王さまのところに、鹿のようにきれいな、そしてたかのように勇しい、年わかい王子がいました。この王子がその話を聞いて、私ならきっと眠らないで番をして見せる、一つ行ってためして来ようと思いました。
しかしお父さまの王さまは、王子がうっかり眠りでもしたらたいへんですから、いやいやそれはいけないと言って、どうしてもおゆるしになりませんでした。そうなると王子はなおさらいきたくて、毎日々々、
「どうかいかせて下さいまし。たった三晩ぐらいのことですもの。かならず眠りはいたしません。」と言いながら、王さまにつきまとって、ねだりました。さすがの王さまもとうとう根まけをなすって、それでは、どうなりとするがいいと、しかたなしにこう仰いました。
王子は大よろこびで、お金入れへお金をどっさり入れて、それから、よく切れるりっぱな剣をつるすが早いか、お供もつれないで、大勇みに勇んで出かけました。
二
王子は遠い遠い長い道をどんどん急いでいきました。
すると二日目に、途中で一人のふとった男に出あいました。
その男はよっぽどからだがおもいと見えて、足を引きずるようにして、のッそり/\歩いていました。
「もしもし、おまえさんはどこまでいくのです。」と、王子はその男に話しかけました。
「私は、仕合せというものをさがしに世界中を歩いているのでございます。」と、そのふとった男がこたえました。
「一たいあなたの商ばいは何です。」と王子は聞きました。
「私にはこれという商ばいはございません。ただ人の出来ないことがたった一つ出来るだけでございます。」
「では、その人に出来ないことというのはどんなことです。」
「なに、たいしたことではございません。私はぶくぶくという名前で、いつでも勝手なときに、ひとりでにからだがゴムの袋のようにぶくぶくふくれます。まず一聯隊ぐらいの兵たいなら、すっかり腹の中へはいるくらいふくれます。」
ふとった男はこう言って、にたにた笑いながら、いきなりぷうぷうふくれ出して、またたく間に往来一ぱいにつかえるくらいの、大きな大きな大男になって見せました。王子はびっくりして、
「ほほう、これはちょうほうな男だ。どうです、きょうから私のお供になってくれませんか。私もちょうど、お前さんと同じように、仕合せをさがして歩いているのだから。」と、聞いて見ました。するとぶくぶくはよろこんで、
「どうぞおともにつけて下さいまし。何よりの仕合せでございます。」と言って、すぐに家来になりました。
二人はそれからしばらく、てくてく歩いていきますと、こんどは向うから、まるで棒のようにやせた、ひょろ長い男が出て来ました。王子は、
「おや、へんなやつが来たぞ。」と思いながらそばへいって、
「もしもし、おまえさんはどこまでいくのです。」と聞きました。
「私は世界中を歩くのです。」と、その棒が言いました。
「一たいおまえさんは何商ばいです。」と王子は聞きました。
「私には商ばいはありません。ただ人の出来ないことが、たった一つ出来るだけでございます。私の名前は長々と申します。私がちょいと、こう爪立ちをしますと、すうッと天まで手がとどきます。それから一と足で一里さきまでまたげます。このとおりです。」
棒はこう言うが早いか、たちまちするするとからだをのばして、おやッという間に、もう高い高い雲の中へ頭をつっこんでしまいました。そして、ひょい/\/\と五足六足歩いたと思いますともう五、六里向うへとんでいました。それからまたひょい/\/\と、またたく間に目の前へかえって来ました。王子は、
「いや、これは便利な男がいたものだ。」と、すっかりかんしんして、
「これから私のお供になってくれないか。」と言いました。
「へいへい、それはねがってもない幸でございます。」と、棒は大喜びで、すぐに家来になりました。王子は二人をつれて、またどんどんいきました。そして間もなく、ある大きな森の中へ来ました。
するとそこに、だれだか一人の男がいて、ぐるりの大きな木を片ッぱしからひきぬいては、どんどんつみ上げていました。
王子は、
「もしもし、それをつみ上げてどうするのです。」と聞きました。
するとその男は、
「なァに、ただ目から火をふいて、この丸太を一どきにもやすんです。」と言いながら、じっと目をすえて、その山のようにつみかさねた木をにらみつけました。すると、両方の目の中から、しゅうしゅうと、長い焔がふき出て、それだけの丸太をまたたく間に灰にしてしまいました。
「ほほう、これはすばらしい。どうです。私のお供になりませんか。」と王子は言いました。
「はいはい、どうぞおねがいいたします。」と、その男も家来になりました。この男は火の目小僧という名まえでした。
[1] [2] [3] [4] [5] 下一页 尾页